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ポスター用写真撮影、苦労してます

2009年7月6日(月) 08:51
 昨日は、新宿の野宿者支援活動で知り合ったカメラマンの大島さんが東京から伊那谷に来てくれ、ポスターやチラシ用の写真撮影をしました。とはいっても、街宣をしながらの撮影でしたし、途中、雨も降ってしまいなかなか思うようにいかなかったのです。しかも、自然な(笑)顔を撮影するのってホントに難しい!!

 今日もこれから屋内で撮影続行予定。顔の筋肉をほぐしておかなければ。
 
 さて、カメラマンの大島さんとは20代前半からの付き合いで、私が新宿で最初に参加した「新宿たまパト団」の活動を通じて知り合いました。その後、私が業界紙記者から政治の場に転職をした後も仕事でお世話になったり、ありがたい先輩です。
 「今日の街宣の様子や人との付き合い方を見ていると、幸代は政治の仕事向いているぞ」と言われ、とても嬉しかったです。

政見放送の収録

2009年7月4日(土) 08:52
 昨日は、長野2区の中川博司さんと一緒に、大芝高原(南箕輪村)で政見放送の収録をしました。
 中川さんは陽に焼けて真っ黒。
 私も実はジャケット下、手首から下はとても焼けているのですが、母上から、「SPFの高い日焼け止めを塗って出かけないと、あとでシミができるわよ」とおっそろしいお達しを受けているのです。
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 画像は机に飾ったお花。とってもかわいかったので、ご覧下さいませ。
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 あらかじめセリフがある訳ではないので、その場で中川さんと打ち合わせをしながら収録。メモしたキーワードを抜かしてしまったり、なかなかうまく言えたかなと思うと、湖畔の鐘が鳴ったり、車が通過したり、結局午前中いっぱいかかって収録しました。
 
 午後からはマスコミ各社合同記者会見。
 昨年9月に候補者として名乗りをあげてからこれまでの活動の内訳や政策の柱などの硬い話から、好きな言葉、趣味の読書のジャンル、海外で訪れたことのある国々、果ては結婚したことがあるのかまで、多様なご質問を頂きました。
 
 私は、記者の仕事をしていましたから、実はこういうやりとりは結構楽しんでいます。いい「引き出し手」にかかると、自分の考え方も整理されますから、助かるのです。
 もちろんツボにはまる質問をするには、自分自身も事前に、相手の経歴や考え方などをしっかりつかんでおいて、その先を引き出す必要があるのですけど。
 

リアルな声をしっかり伺うこと

2009年6月21日(日) 08:49
 先週からはすっかり伊那谷で活動モードに。
 先週伺った高森町の五平餅のお店「野の花亭」で、こういう看板を見ました。
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 あちこちでお話を伺うと、私たちが何をしなくちゃならないのかが見えてきます。
 地域の状況と人が見えてくると、俄然この仕事は楽しくなります。
 出会いと学び。
 また、あちこちをガシガシ歩いていきます★
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「どうやって暮らせって言うの?」の声に応える政治を

2009年6月14日(日) 14:20
 先週は、東京の福島みずほ事務所で勤務。
 参議院の厚生労働委員会で、「国民年金法一部改正法案」の審議があったためだ。いろんな資料を見るごとにホントに「どうなっていくんだろう、この国は…」というため息が出る。候補者になって8カ月。地元で大勢の方々の声を聞き、その暮らしの現状が数字の中に浮かび上がる。
 人数や金額や見通し。それも確かに大事だけれど、政治がもっと生活実感を伴っていく必要があることを強く感じる。

 金曜日の晩に伊那谷に戻ってきたのだが、東京滞在中に、社民党の緊急医療・雇用問題対策の勉強会で、派遣村村長(という肩書きが妙に馴染んだ)の湯浅誠さんから、生活保護受給者を中心とする経済的に困窮している人たちの行き場となっている「宿泊所」が法外施設として雨後の竹の子のように出来ている。この実態把握をすべき、という話を伺った。
 また、あまりにも福祉事務所のケースワーカーの荷が重いので、昨今の生活保護受給者急増に対応して、ケースワーカーの増員も必要だと思う。

 更には、「老後の沙汰も金次第」という現実になっている。
 お金があれば、有料老人ホームにも入所できるけれど、多くの人たちは介護保険の保険料を支払っているにも関わらず、施設整備も在宅の受け皿整備も不十分なために、施設入所の待機者となっている。もしくは、療養病床に行き場を求めたり、身寄りもなく貧困な高齢者で、要介護になった場合は、無届けの施設に入所するということにつながる。

 結局、「公共サービス」という側面をそぎ落として、医療も、福祉も市場原理の世界にどんどん追い込んできたことが、「命を守れない医療や福祉」になってしまった背景にあると思う。命に対する責任を放棄した政治は、政治とは呼べない。

 やはり、年金や医療や介護や福祉などの社会保障の公共性、つまりは公の責任を取り戻すべき時だと思う。

私の原点

2009年6月5日(金) 12:53
 明日、ある会合で新宿の野宿者女性の会の活動のことをお話するため、昨日レジュメを作成した。
 以前雑誌に寄稿した文章や、取材を受けた記事を読み返しながら、改めて新宿の野宿者女性の会の活動やそれ以前の「たまごパトロール」(ゆで卵を持って、新宿のダンボールハウスを訪ね歩く活動)、そして山谷での日雇い労働者の方々向けの食堂での皿洗いの活動が今に繋がっているなあ、と思うことしきり。

 更には、高校時代の「平和ゼミナール」で、陸軍登戸研究所の聞き取り調査をしたこと、それが現在の厚木基地爆音防止期成同盟の活動に繋がっている。

 一言に集約すれば「貧困と暴力をなくしたい」という今の私の願いになるのですが、私って高校時代や大学時代からずっと同じテーマを掲げていて相当しつこいなあ、とも思う次第。

 同時に、「何もなかった」ところから、これが必要なんじゃないかという思い込みで突っ走っているという側面もあり、周囲の方々には迷惑をかけていることも多々あるだろうと省みる日も。

 候補者って見栄えも、いろいろ言われるため、顔の造作は変えられないまでも、ちっとはこぎれいにしていなければならないということから、先日、「オーラのある人」ということを考えていて、ふとお風呂の中で、あっと思いついたこと。それは、オーラは、おいしいとこ取りでは決して溢れないものなんじゃないのか、ということ。
 オーラは、人から寄せていただける信頼感でもあり、凄みや迫力でもあるように感じるのだけど、どれくらい泥をかぶってきたか、濃い闇や懊悩を垣間見たか、という経験に負うところも多いのでは

 私も地域での活動をするたびに、世の中には、楽しいことも多いけれど、それ以上に困難や苦しみや孤独に出会うことも多いのだと痛感する。政治はその最後のドロドロした側面をも引き受けてなんぼなんだなあ、と感じる。

 外見は可愛さのある働きウーマン、けれどもその中身は世間さまで起こる大抵のことには驚かない&動じない腹のくくり方を備えた人物になるぞ!と思っている。

内輪話の党首討論

2009年5月27日(水) 15:59
 今日3時から3時45分まで、党首討論が行われるとのことで、ご覧になった方も多いことと思います。
 衆参いずれかで10人以上の議席を持つ政党のみが党首討論できるため、私たちの社民党はその要件にあてはまらず、指をくわえて見ているしかない状況。
 ものすごーく悔しい
 さて、ご覧になった皆さま、どのような感想をお持ちになったでしょうか?
 私は内輪話が多く、しかも、相手の弱みを指摘しあうだけの討論で、とても残念でした。
 だって前フリは、「社会保障など」ではありませんでしたっけ?
 医療も、介護も、福祉も、雇用もまったなしで、人の命が毎日失われ続けている事態がこの日本で既に起こっている訳です。
 なのに、相変わらず議論の優先順位がずれているように感じます。
 
 民主党の鳩山代表の表明する「社会の絆を取り戻す」「居場所を作る」「役割がある」などのスタンスに異論はないけれど、あまりに漠然としているようのでは?
 こういう議論を聞きながら、自分だったら何をテーマに選ぶかと考えます。
 私だったら、超高齢化&過疎化&単身化&不安定雇用化&貧困化する社会の中で、社会保障制度や雇用の立て直しをどうするかということをテーマにします。
 
 今日はテレビ信州の取材。
 5月29日の18時16分ごろから放映されるそうです。
 ぜひご覧下さい。

布団に入ったら3秒で爆睡

2009年5月27日(水) 08:34
 「すわ解散総選挙」と言われた昨年11月からあっという間に半年以上が経った。
 隔週で東京と長野を往復する日々も続き、東京では秘書(裏方)を、そして長野では候補者をやっている。
 私の実家から新宿までは高速バスで約3時間。
 東京に行く日はなるべく前日までにと思っているのだけど、夕方からの集会などが入った場合にはどうしても翌日の朝一番、5時3分のバスで東京に行くことになる。東京から戻る時は一日の仕事を終えて夕方のバスに駆け込むことになる。
 いずれにしてもあまりに慌しい生活のため、バスに乗るとばったり眠ることになる。

 この忙しい中で、いかに体調管理をするかということも私を含め候補者の大事なテーマだ。
 まず何と言っても良質な睡眠が肝でしょう!
 これについては私は本当によく寝る。夜なんか布団に入ったら3秒で爆睡ですもん。
 そして、栄養たっぷりのお食事!
 これも何てったって実家にいますから、母が腕によりをかけて作ったご飯を食べられるというもの。東京で働いている時は、自宅にたどり着くと9時・10時。それから夕飯を作るということは現実には厳しいため、職場でかんてんぱぱの雑炊やスープを飲み、近くのコンビニで購入した納豆まきを食す、という状態。
 この夜遅くの食事が、太る原因なのです

 そして、4年ほど前から始めたヨガもどき。最近では、腰回しがいいよと知人から聞いたため、早速腰回しダイエットの本を購入し、朝晩運動をしています。
 更に相模原の金子ときお市議から頂いた「琉球もろみ酢」を飲み始めたら、これがイケる。これも朝飲んでから仕事に行きます。

 そして、それでも首や肩がゴリゴリになった場合は、マッサージに駆け込みます。
 こうして、「働きウーマン」の日々は過ぎていく〜。
 
 今日は自民党と民主党の党首討論。
 今、地域では「政治を変えて」という声があちこちからあがっている。
 私もしっかりそのお声を受け止められるよう、日々体と精神を鍛えています

政治家の金銭感覚や命への感受性が問われている

2009年5月16日(土) 10:59
 先日来、民主党の新しい党首が誰になるのか、ということがメディアの中心テーマだ。けれども、地域で聞く声はそこには注目していない。
 事態はもっと深刻で、「党首も政治家も誰がなっても同じ」という、怒りを通り越して諦めの境地に至っている、というのが、私があちこちで聞く声だ。

 なぜ、ここまで事態は進んでしまったのか。
 それは政治家の金銭感覚や命への感受性が問われているのに、そのことを省みてこなかったからに他ならない。

 6月までに20万を越す失業者を生み出し、11年連続毎年3万人以上の自死者を出し、特に今年は私たち30代の自死者が急増しているという
 雇用と社会保障をずたずたにして生存権が守られない状況にしておきながら、相変わらず、政官業の癒着構造は維持され、お金持ちのところにお金が回るような政治をしている。
 政治家も官僚も、国民を侮っているけれど、実は全部お見通しなのだ。
 小泉構造改革以降の政治は、激痛を国民に及ぼした。切り捨てられた地方はホントに大変なことになっている。高齢化と過疎化と若い世代の仕事の不安定さが残された。

 この地点から「再生」していくためには、これまでのような「大都市型モデル」を地方に持ち込んでもどうしようもない。この地域にいる人とあるものを組み合わせて、持ち味を生かした地域づくりが必要なのだと感じる。

 先日行った、阿南町「かじかの湯」併設の「しゅふふ」のように、この地域でおいしくいただける食材を提供する場などがこれから鍵になってくると思う。
http://www6.ocn.ne.jp/~a-kajika/shufufu/index.html
 
 また、飯田市南信濃では、いろりの宿島畑で、ジビエ(山肉)の鹿肉のステーキを頂き、熊の胆を頂いた。
 http://irori-shimabata.com/megumi.html

 これからの時代のキーワードの一つは「健康」だと感じる。
 こういう地域の恵ももう少し発信していきたいと思う。
 
  
 
 

いのちを守る政治と連帯福祉社会

2009年5月6日(水) 08:47
 5月3日、憲法記念日、昼間街宣をし、夜はNHKのETV特集「いま憲法25条、生存権を考える」を見た。
 私も愛読している評論家の内橋克人さんと、昨年末からの年越し派遣村で一躍時の人になった湯浅誠さんの対談。期待に違わぬ濃い内容だった。

 95年から渋谷で野宿者支援をしてきた湯浅さんは「昨年の秋から始まったことじゃない。このままじゃ社会がもたない」と言っていたがまさにその通りで、生存権についての議論を中途半端にしてきてしまったために、結局のところ何が「命を守る基礎的な要素」なのかが不明確なままきている。

 そしてこの10年あまり。「自己責任」と「自助努力」のみが強調されて、更に生きにくくなってしまった。働く人一人ひとりを「労働者」ではなく、「労働力」として扱ってきたのは、長い目で見れば弊害を生むだろう。熟練の労働者にも、消費者にもなれず、更に結婚格差まで生み出している現状は放置してはならない、と思う。
 「貧困」が自己責任ではなく、「社会的構造」から引き起こされていることにもっと注目していかなければならないのではないか。
 11年間で30万人以上の人が自ら命を絶つ状況を作り出し、放置してきたツケはあまりにも重い。
 社会福祉を市場原理に叩き込んでしまったために、貧しい高齢者を支える基盤はどんどん削られ、「老後の沙汰も、命の沙汰も金次第」にしてしまった私たちの社会の責任は償いきれない。

 湯浅さんが番組の最後にとても面白い発言をしていた。「世の中おかしいと思った時、変える回路がない」から、「活動家を作る学校」をこれからスタートさせるというのだ。アジア太平洋資料センターの「社会にモノ言うはじめの一歩 活動家一丁あがり」がそれ。
  http://www.parc-jp.org/freeschool/2009/kouza/kouza_27.html
 残念ながら締め切りは過ぎてしまっているが、私の仲間がこの企画に参加していて、受講者にはなかなか面白いメンツが集まっているよ、と言っていた。中には「もう一丁あがっているだろう」人も申し込んできたらしい。
 なんかすごくその気持ち分かるなあ。70年安保世代が躓き、その後社会運動がなかなか盛り上がらない時期が続いたように感じる。

 私も東京の山谷地域で、日雇い労働者向けの食堂で皿洗いボランティアをした93年、初めて「活動家」という人たちと出会って、本当に大変だなあと感じた。運動を続けるために自分自身も日雇い労働をして食い扶持を稼いでいたのだ。
 私は結局その後、大学を卒業してから就職をして、働きながら山谷や新宿にボランティアという立場で通ってきたのだけど、確かに非凡な人たちは周囲に大勢いた。
 「活動家」で食べていかれる時代になるといいなあ、と私も思っていた。

 私はそこまでの力量はないけれど、いつか「活動家系政治家」になりたいな、と思っている。 問題の根本要因を割り出し、その場所で生きる人たちと共に生きやすくなるための「居場所」と「役割」を作っていきたい。必要があれば社会に働きかけるし、問題を共有する人やグループと連携をする、そんな回路になりたいと思う。

元気な先輩方と!

2009年5月2日(土) 18:05
 今日は森田恒雄県議とご一緒に、下伊那郡阿南町に。
 太陽がさんさんと照りつける中、ゲートボールをなさっている方々のお姿を見つけました。最高年齢はなんと94歳
 「今の政治は高齢者に冷たい」とおっしゃる方々が多く、私も医療や介護などの分野でしっかり底上げできるよう頑張ろうと思います。
 先輩方のお姿に励まされました。
阿南町の方々と.jpg


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