元気に働いています

2008-04-27 19:24:10
 ご無沙汰しています。
  私が更新していないのに、このブログをのぞいてくださる方が今でもいらっしゃるということに気づき、やっばーいと思い、久々の更新です。
 
  何をやっているのかと申しますと、平日は社民党党首の福島みずほさんの事務所で秘書として働き(何を隠そう、私が社民党とのご縁を頂いたのも、10年前、福島さんの最初の選挙の時に、夫婦別姓=民法改正をしてほしいと思っていた私は、知人にお誘い頂き、パーティの受付のお手伝いに行ったことからなのです)、休日は藤沢で街宣したり、厚木基地爆音防止期成同盟の活動をしたり、ボランティアに行ったり、とにかく今も動き回っています。

  平日は帰宅時間が10時、11時になり、飯(10時過ぎに食べるっていうのもいかがなものか…と思いつつ)、フロ、寝るという生活を送っています。
 なかなかブログの更新を怠っていて、かなり反省ではあるのですが、怒濤の日々を送っているということをまずご報告します。

 今日は、東京・港区の「女性と仕事の未来館」で、「ひろがる女性の貧困化ーとりもどそう人間の尊厳を」という集会が開かれ、福島さんがシンポジストとして参加したので、同行。 
 基調講演は東京大学の大沢真理さんの「ジェンダーの視点から『男性稼ぎ主」型生活保障システムを斬る」、そして、福島さんも参加したシンポジウムのお題は「格差・貧困から抜け出すためにわたしたちはどう取り組むか−雇用・医療・介護・福祉・地域など」。
 もう面白くって、レジュメにメモをしまくり、書くスペースがないから付箋にバシバシ書いちゃった
 96年から新宿で、野宿を余儀なくされている女性たちのお茶会を始め、今もぼちぼちペースでやっていますが、この貧困問題はボランティアやNGОの活動で変えられることもあるけれど、最終的には政治の責任だろうと、ずっと思い続けてきた。
 
 道のりは遠く険しく、ますます貧しい女性は増え、状況は厳しくなってきたのだけど、同時にこれはまずい!何とかしなくちゃと思って行動する人がずいぶん増えた。
 嬉しいやら、申し訳ないやら、ないまぜではありますが、やっぱり隠されてきた貧困問題をもっと表面に引っ張り出していかなくちゃならない、という点は間違いない
 
 私の政治に飛び込む原点は、貧困と暴力をなくしたいということ。
 政治・行政・市民活動・メディア・法律関係者・教育関係者・医療関係者など、前の仕事でお世話になったり、ボランティア活動を通じて知り合ったり、という方々が、今も熱い思いで動いている姿を見るたびに、めちゃめちゃ励まされながら、私もがんばるそっと思う。
 昨日は、山谷の城北福祉センターで相談員をなさっていた宮下忠子さんの「赤いコートの女−東京女性ホームレス物語」(明石書店刊)を読破。
 私が見聞きしてきたことと少し重なるなあ、と思いながら、読んだところ。状況は老いも若きも大変なことになっているけれど、希望を手放さず、たくさんの仲間とスクラムを組んで現状を変えていきたいって思っている。

 また、ぼちぼちですがよろしくお願いします。
 

やっぱり燃えるかも。

2007-07-12 19:46:56
 今日から、参議院選挙がスタート。
 選挙を何度かやって、私自身は、落ちた選挙しか経験したことないのですがやっぱり、気合が入ります。
 はたから見ると、きっと「何、この人?」とビミョーなことも多いのだと思いますが、選挙は歩いて、人と話して、伝えたいことを制約なく話せて、応援も頂いて、結構楽しいことも実は多いのです。(結果に結びつかないのが残念なのですが)
 たくさんの人たちの思いとパワーを持ち寄って、作り上げていく選挙。私も改めて、県議選でお世話になった方々への感謝の気持ちでいっぱいです。
 
 

働きまくってました

2007-07-10 08:55:32
 昨夜、高校生の友だちから「さっちゃん、何やってるの?心配してるよ〜」のメールが
 も、申し訳ないと平謝りのメールを出したところ。

 何をしていたのかと申しますと、5月末から参議院選が終わるまで社民党の福島みずほ党首の事務所にお手伝いに行っているのです。
 
 4年間、地元事務所だったので、4年ぶりの国会事務所勤務。しかも、長時間通勤と長時間勤務により、なかなかブログを更新する時間もなく、あー月日が過ぎてゆく状態でした。
 短期間の割には、厚生労働委員会の年金問題の攻防など、濃く、熱い毎日を過ごしてました。

落選、でも希望の種はあちこちに

2007-04-13 13:51:42
 4月8日投票の神奈川県議選(投票率43・54%)で、1万2259票をいただきましたが、8人中7番目で、落選しました。
 他の候補者は、現職または市議経験者で、新人は私一人という中で、未知数の私に賭けてみようと思って下さった方々がこれほどいらっしゃったにもかかわらず、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

 連日、ご挨拶に回っていたため、ブログでのご報告が遅くなってしまってごめんなさい。
 
 今回の選挙では、私のテーマの「貧困と暴力をなくしたい」をお伝えしました。毎日、街頭に立って訴えてきました。
 選挙中の候補者は、一種ハイな状態になるので、普段はできない「握手」を多くの方々ともさせて頂きました。私が嬉しかったのは、私と同世代の女性たちが、今回握手をしてくれ、チラシも受け取ってくれたこと、制服姿の高校生たちが「池田さん、がんばって」と声をかけていってくれたことです。
 
 今回の選挙は落選はしましたが、周囲の方々のおかげで、乗り切ることができました。選挙は期間中ではなくて、その前にどれくらい候補者を信頼していただけるかが勝負なのですが、私がどこから取り掛かったらいいか右往左往している期間に、阿部議員の後援会の方々や社民党の方々に多くの支えを頂きました。

 そして、沖縄から、ロンドンから、甲府から、相模原から、メッセージを寄せてくれた友だち、沖縄に引っ越す前の時間を私の選挙のために使ってくれた友達、埼玉から街宣カーの「ウグイス」を手伝うために来てくれた友達、甲府からおにぎりを持参で来てくれた友達の存在は本当に心強かった!
 
 そして、終わった後、疲労感どっぷりになっていた私の背筋を伸ばしてくれた中学生の友だち!
 おととし平和ミュージカルで共演した彼女は、街中で会うたびに大きくなっていって、私はその成長を、女子探検部のメンバー同様、かなり楽しみにしているのですが、「池田さんは私のヒーロー」との内容のメールをもらい、彼女たちに、しょげた、しょぼい姿は見せられないと気持ちがしゃっきりしました。

 昨日は、憲法改正のための国民投票法案が衆議院の憲法調査特別委員会を通過しました。国会では圧倒的な多数を握る与党の思うままになっています。
 だからこそ地方からこの流れに掉さしていきたかった。2大政党に納まりきらない多様な意見の受け皿として機能できるように、私も更に、地域の中で多くの意見を伺っていきたいと思います。
 来週からは統一地方自治体選の後半、市議選などが始まります。
 あきらめず。めげずにやっていきましょう。

明日から県議選スタート

2007-03-29 22:30:04
 今夜12時から4月8日の投票日まで、ブログも更新できません。

 毎日、ひたすら地域を歩き回ってきました。結果はまたご報告します。

 最新のリーフレットに載せた政策をアップしていなかったことに気づきました。これらのことを少しでも実現するために働きたいと思います。

 @子産み・子育てを支える地域社会に
 ★産みたい・育てたいあなたを強力にバックアップしたい
・産婦人科医・小児科医の育成強化
・病院と連携した助産施設の充実や助産師の再教育支援
・産後ヘルパー派遣制度
・病児・病後児保育などへの支援充実
 ★不登校・引きこもりの子ども・若者をサポートしたい
・子ども同士・子どもと親・子どもと教師の関係長背するスクールソーシャルワーカーの学校への配置
・学校に行けない・社会に出ることができない子どもたち・若者たちの居場所の確保
 ★暮らしの中での「困った!ピーンチ!」に対応する力を育てたい
・学校教育・社会教育で、病気・失業・離婚・暴力などの、「人生の危機」に出くわした時に、どのような制度・施設・人材を活用すればよいのかを学ぶ機会を増やし、個人の問題解決力アップにつなげる
 ★もっと学びたい子どもを応援したい
・親の病気や失業、収入減などの不測の事態にも、すぐに対応できる奨学金制度を

 A若者の働き方を人間らしいものにし、格差是正と脱貧困を
 ★県の発注する公共事業の入札に社会的基準を盛り込みたい
・若者の正社員比率、障がい者雇用比率、環境負荷軽減、男女平等、高齢者雇用比率などのものさしを加え、経済効率ばかりでない、社会的な役目を担う企業を応援する
 ★人が壊れない働き方を 働く人たちの無権利状態の解消を進めたい
・サービス残業、低賃金、不安定雇用、解雇などに悩み、苦しむ人たちをサポートする相談窓口の充実
・職場での、働く人たちの権利教育を進め、人間らしく働ける環境を労使双方で作る
 ★若者の「これぞ、自分の生きる道」探しを応援したい
・高校教育での仕事体験の充実
・キャリアアップしようとする若者への支援金支給
・仕事探し応援専門スタッフの充実

 B自然豊かで、支えあい、助け合う「私たちの」地域社会を
 ★老老介護の負担軽減、孤独死を防止したい
・家族の「介護疲労」を減らすためのサポート。家族がにっちもさっちもいかなくなった時の「介護シェルター」的存在として県立病院や介護老人福祉施設や介護老人保健施設への空きベッドの確保
・孤独死を防ぐための地域活動の支援
 ★住まいの必要な人誰もが、安定した住宅を得られるように応援したい
・自力で住宅確保ができない人に対する保証人制度の公的支援
・高齢者だけで維持管理できない空き家を県が窓口になり貸家として貸し出す
 ★助け合って暮らす自立と共生の場を増やしたい
・高齢者や障がい者、シングルペアレントなどが必要なサポートを受けながら暮らせる兼営住宅に
 ★農地・緑地を大切にし、食糧自給率の向上や自然環境
・都市近郊での有機農業の支援
・雑木林の保全
・川や海岸の保全

 C静かな湘南、基地のない神奈川を
 ★米軍機・自衛隊機の騒音を減らしたい
・人口密集地の上空を我が者顔に飛び回る戦闘機の飛行差し止め要求も含め、「第4次厚木基地爆音訴訟」を支援
 ★厚木基地の返還、平和の発信源にしたい
・厚木基地を返還させ、医療支援活動の拠点にし、紛争地で被害に遭った子どもたちを受け入れる
 ★「これ以上の基地押し付けは嫌だ!」はっきり国に言いたい
・原子力空母の横須賀母港化、米陸軍第1軍団司令部の移駐など、神奈川県に押し寄せる基地受け入れにがっちり反対する

見なくちゃいけない現実

2007-03-09 09:16:58
 今週月曜日、10年来の知り合いのお葬式に行ってきた。
 候補者なのに、何をやっているんだ?とお思いの人もいたかもしれないが、どうしても私には外せない葬式だった。
 
 私は96年から足掛け10年以上、私は新宿で野宿を余儀なくされている女性たちと、野宿経験以後、生活保護を受給して暮らしている女性たちとのお茶会を月に一度のペースでやっている。そこに参加してくれている女性が亡くなったのだ。
 しかも、自室での突然死だったらしい。死語数日経ってから隣室の人に発見されたとのこと。隣室の女性も、私たちのお茶会に来ていた女性だ。
 
 私は、私たちとつながっているのに誰にも見取られずに亡くなったということに対して、申し訳ないと思った。一緒に活動している仲間と電話口で、申し訳なくて二人で泣いた。
 そのことをお知らせしなければと、ボランティア活動をしている仲間たちあちこちに、メールを送った。私は「私は自分の選挙でいっぱいいっぱいで、私がこの仕事に飛び込むことになった原点でもある、一番大事な人を孤独死という最悪の事態で失うことになり、呆然としています」と書いたのだけど、孤独死が「最悪」なのかどうかは私が判断することじゃないのでは?という意見もいただいた。

 確かにその通り。もちろん、突然死・孤独死を、すべてダメとくくる必要はないのは理解できる。だけど、孤独死に至った要因は確かに私たちにもあるのだ。
 彼女は公園にいる時、最後まで、離れることに抵抗した。それは、「私はここ(新宿)に来て、野宿だったけれども、初めて人間らしく扱ってもらえた」というコトバの通り、仲間との関係、あるいはボランティアでやってくる年下の人たちとの日常が彼女には、とても大事だったのだと思う。

 古くから公園にいた彼女のお葬式は、前日の炊き出しで呼びかけたこともあり、また、多くの野宿者・元野宿者・ボランティア総勢50人ほどになり、さしずめ同窓会のようだった。
 多くの人と再会したが、私がボランティアに通い始めた93年から、14年経っているので、「お互いに歳をとったよね」などと言い合いながら、私も今いる場所でしっかり働こうとひそかに誓った。

 お骨になった彼女と、彼女の弟夫婦と、ボランティア仲間と、彼女の部屋の遺品整理に行ってきたが、彼女の部屋には、新宿の炊き出しのときなどに配布されているビラや、新宿での写真、それに私の最初の選挙のビラや歴代の仕事の名刺などもあった。この仕事に就いてから土日は出勤ということで、なかなかお茶会にも参加できない日もあったけれど、また、選挙が終わったら、活動にも参加していきたい。私にとっての、政治に対する気持ちのよりどころは、やっぱり新宿であることは間違いない。

リーフレット3版

2007-02-26 17:19:47
 朝から晩まで、あちこち出歩いていると、なかなか事務的な作業がはかどらない。
 たまに、よっこらしょと気合をいれて、事務作業をする。
 私はもともと出歩くのダイスキだし、人と話をすることも、これもダイスキ。苦手なのは整理整頓と片付け。故に私の机の上はすごいことになっている。

 リーフレット3版を現在作成中。新宿の野宿者支援活動の仲間のカメラマンに写真を撮ってもらい、文章も、1版・2版のものを改良し、より多くのご意見を取り入れさせてもらった。1年間地域を歩き回ったから、何に困っているのか、どうすればいいのか、私なりに感じるところ大!だった。
 しかも、こうやって働きながら人生の学びをさせてもらっているし、精神的脱皮の作業に時間をかけられることってありがたいことこの上なしなり。

どちら側からものごとを見るか

2007-02-06 09:34:05
 昨日、大阪の長居公園で行われた野宿者の強制排除の模様をニュースなどでご覧になった方もいらっしゃることと思います。
 ちょうど私の新宿での活動仲間も応援にかけつけており、テレビカメラの前を通る姿が映ったので「あー、大丈夫かなあ」と思いながら見ていました。
 すぐにメールを出したところ、今朝返事があり、けが人や逮捕者は出なかったとのことで、ちょっとホッとしたところです。

 公共スペースから追い出したい行政側と、「出て行けってどこへ行けばいいのか」と必死の思いで暮らす野宿者側と、その間を調整する存在がありません。行事の都度、場当たり的に排除が繰り返され、当事者の行政への不信が募るばかりという悪循環に陥っています。
 
 私は、最初の大規模な強制排除として、何人もの逮捕者を出した新宿駅で、知り合いがどんどんごぼう抜きにされていく様を見ていました。
 たくさんのメディアがその様子を撮影していましたが、野宿者側から行政を撮る記者、行政側から野宿者を撮影する記者、双方がいました。

 その時以来、どちら側に立つかがその都度問われ、「中立」はあり得ないんだと肝に銘じています。
 私は排除される側・虐げられる側・直接影響を受ける側・少数者からの視点でいつも物事を見ていきたいと思っています。
 大きい声の人の代弁者ならば数え切れないほどいますが、私はそれは選ばないつもりです。
 

過去のブログ文章をアップしました その12

2007-02-01 15:25:59
郷の味を堪能する
[2006-06-25]21:27:40
 今日は近くの市民センターで北海道ラーメンを作っていただくお茶会に参加。
 先月は、私の実家のある長野の五平餅を、同じく長野の上伊那郡出身の方が音頭をとってくださって作った。今日は北海道の西山ラーメンを、息子さんが北海道に在住の方がお取り寄せしてくださって、いただくことができた。
 しかも、私以外の参加者の方たちは、それぞれ、お料理上手★
 手際がいいし、連携プレーも見事だし、私は足元にも及びませんっ!という方たちばかり。 当然、おいしいラーメンをいただきました。多謝

 ちなみに私は食べることがだーい好き! 

藤沢で仕事をすると決まりかけたその日、Hanakoの湘南特集を持ってきて、驚かれたり、そこまで食べ物に執着があるのかと感心されたり…ということがあるけれど、今ではすっかりHanakoよりもうまい店をチェックしている自信はある。
 うまいお店はこれから少しずつご紹介していきたい。
| 湘南の美味いもの |


福祉の世界も官民格差?
[2006-06-21]23:41:08
 今日は、私のもともとの関心領域、社会福祉に関することに、いくつも出くわした。

 午前中は、神奈川県立の児童自立支援施設に伺った。「罪をおかしたり、おかすおそれのあるこどもたち」が暮らす施設だ。事実上は親が子どもを育てきれず、万引きしちゃったり、先生を殴っちゃったりなどのことをやって、児童相談所などを経てやってくる。

 施設は明治時代の議員や農家から寄贈された広大な緑の中にあり、浮世から隔絶されがちになる部分はあるにせよ、寮生活で(全国的にも類を見ないという)個室もあり、「今まで暮らしていた自宅よりも部屋が広い」と言う子どもさえいるという。
 
 学生時代の実習が教護院(現在の児童自立支援施設)で、卒業後は子どもにかかわる仕事に就きたいなあと思っていたので、とても懐かしく、同時に私の立ち位置も再確認した。
 ただ、実際の夫婦が24時間寝食を共にするというかつての形態はなく(北海道にある、元祖感化院=児童自立支援施設の北海道家庭学校では、まだこの形態をとっていて、私の先輩はそこで家族と一緒に住み込んでいる)、公務員だし、長時間勤務の日はあるとしても、ローテーションを組んで休んでいる。
  
 夕方からは学生時代、4年間の寮生活を共にした友人とゴハン。彼女と話していて同級生の驚くべき状況を知った。

 私たちはずっと働いていれば10年は越す。私自身も給料をもらって生活してきた。でも、彼女づてに聞いた同級生は、給料が出たのは最初の2年だけで、その後は住み込みということで給料が出なかったらしい。思わず「うっそー」と叫んでしまうくらい、驚いた。
 何かヘンだと思いながら働いてきて、ようやく10年以上を経て辞めることを決意したらしいのだけど、それまでの給料は運営費に回されていたらしい。既に別の職場で働いていて、事を荒立てるつもりはないようだけど、言葉はきついけれど、福祉という看板の下で、奴隷化されていたんじゃないか?おせっかいだけど、このまま泣き寝入りをするにはひどすぎると思うな。 
 
 私は人を支える仕事をする人は、ある程度まともな給料と待遇を得る必要があると思っている。自分が切羽詰っていたら、サポートを必要とする人に対して、何が必要なのかを想像する力が湧いてこないと思うから。

 障がい者も、高齢者も、サービスの利用料、医療費などがどんどん自己負担になって、厳しくなっている。今の政治はバリバリ働けない人間に対しては、本当に「最低限度の」負担しかしない姿勢を強くしている。
 でも、誰しもが老いを迎え、病や障がいを得ることだって、ヒトゴトじゃない。そんな当たり前のことが見えなくなっている今を変えていきたいと思う。
| セーフティネット |


応用編@仕事
[2006-06-20]22:26:52
 今の私のオシゴトは秘書なのだけど、その前も別の議員の議員会館で働いていたので、秘書の仕事は2ヵ所目ということになる。

 その前の仕事は業界紙の記者をしていた。今の私からは想像できないかもしれないが(でも、今だって感情が高ぶるとたまに涙が出てきて困ることはある)、新入社員の頃はよくトイレに駆け込んで泣いたものだった。
 
 少ない人数で週刊の新聞を発行していたため、新人(当時)の私に注げる時間は殆どない。知り合いの新聞記者の人に聞いたら、大きな新聞社や通信社ではずいぶん新入社員の研修なるものがあるみたい。私がいた会社にはもちろんそんな夢のようなことはあるはずもなく、どうやったらいいのか分からず、悔しい思いをしたのだけど、とにかくがむしゃらに歩き回り、3・4年経つころには「○○新聞の池田さん」ではなく、私自身のことを知ってくれて信頼してくださる人が現れ始めた。
 そうなると自ずと仕事も面白くなるもので、この頃は面白い・今の状況から半歩進んでるー
と感じるキーパーソンの方々の言葉から、次の仕事のキーワードを得ることができた。

 ステキな方々と毎日出会え、そのことを連日のように、当時一緒に暮らしていた彼に話していたため、「あなたは毎日、誰かと出会えて、何かが起こる」とうらやましがられた?ものだった。

 さて、今のオシゴト。
 私が感じるのは何といっても、「その次」を先読みして、調整と段取りする力が必要なのだということ。私自身が完全にできているわけではなく、願望も含めてなんだけど。
 「その次」を想像するためには、「その前」の蓄積が必要不可欠な気がする。
 
 仕事は人!なので、いろんな人と出会って話をすること、そしてありとあらゆる経験をすること、特にピーンチ(冷や汗) という経験は私にとっては結構大事だったかな。
 そのデータが私の中に蓄積されて、「その先」をはじき出そうとするのだけど、当たるもあたらぬも八卦で、何の根拠もない。他の人に説明も伝達もしようがない。「いくつかの選択肢はあるけれどそう思う」というおぼつかない根拠だけを頼りに仕事をしてきた。
 
 まだまだこれからも応用編@仕事は続いていくのだと思う。
| 秘書のオシゴト |


歌って、踊って、演じて
[2006-06-19]21:10:38
 土日にかけて、「平和ミュージカル・藤沢」の合宿に参加してきた。
 藤沢市が非核平和条例を制定(1995年)した後、市民がそれを記念して1998年から「勝手に」市民がミュージカルを演じてきた。
 そのミュージカルのメンバーの合宿があるというので、江ノ島女性センターにお泊りに行ってきた。夜まで歌い、語り、久しぶりに学生時代のようなノリを味わった。

 私は03年・04年に上演したミュージカルを観て、感動して泣きまくり、05年は押し寄せる仕事をかいくぐって、出演を果たした。
 藤沢駅前にある藤の木の精の「藤ばあさん」の役を演じたのだけど、がらっぱち系なばあさんの役は何だかはまり役で、私もノッて演じた。でも、本番でちょっとセリフをとちってしまったのだなあ。とほほ。
 
 ミュージカルで役を演じることは、ものすごく自分の血肉になるなあ、と感じた。役柄のセリフを覚えることは、自分自身のフィルターを通すことになる。時代背景などを含めて知って、セリフの意味を考え、模擬体験をし、どう演じれば最も人に伝わるか感情を込めて工夫をする。そういうステップを踏んで初めて、ミュージカルが成立する。

 やってみてわかったのだけど、歌も、踊りも、セリフも覚えるのはなかなかタイヘンだった。でも、小学生・中学生・高校生から、60代・70代の方まで一緒にやるのだから、弱音を吐いている場合じゃない。何とか覚えて一瞬遅れながらもステップを踏むことができた。

 来年のミュージカルに向けてみんなは練習している。
 私は来年の参加はできそうにないけれど、どういう応援の仕方があるのか考えているところ。
| 平和ミュージカル |


国会(見学ツアー)終わり…
[2006-06-18]21:30:09
 ようやく国会(見学ツアー)が終わった。通過・成立した法案もあれば、10月以降の臨時国会に持ち越された超!重要法案もある。
 国会のないこれからが、地元事務所にとっては仕事のホンバンって感じなのだ。
 
 私が阿部知子衆議院議員の地元事務所の秘書の仕事をして4年目。住まいも、仕事も、選挙区にあるため、殆ど国会に行くことはなかった。
 たまーに会議に行くくらいで、選挙区にこもりきりだったと言っても言いすぎではない。
 
 以前から国会見学ツアーはやっていたのだけど、今まではどちらかといえば内輪向けの企画だった。それが、事務所に新しいスタッフも加わり、ポスティングをしたことで爆発的に広がり、これまでご縁のなかった方々(でも、ボスの仕事に関心を寄せてくださっていた)がじゃんじゃん参加してくださる、人気企画になった。

 参加した方々の話を伺っていて、へーそうなんだと思ったことがある。
 それは「これまで人から頼まれて投票していたけれど、これからは考え直す」という言葉に象徴される、投票行動だ。
 選挙って、携わっている人間にとってはしゃかりきだけど、日常忙しく・必死に過ごしていると、いざ選挙になった時に誰に投票しようかを考えることは優先順位の下の方にくる。

 日々の暮らしの一つひとつに法律がからまっていて(例えば、路上駐車が厳しくなったことだってそうだ)、法律が変わることで、暮らしのパターンが変わることも多い。でも、やっぱり遠いんだよな。
 だから、「一票の重み」なんてことも意識にはのぼらず、判断材料も少ないから人から頼まれていれることだってあり得る。
 
 そうやって考えていくと、どのように情報をお伝えするかが大事になってくる。
 鮮度や品質が伝わるような情報提供をしなくちゃならないだろう。
 
 私も2月からミクシーで日記を書き始め、ウォーミングアップしたので、そろそろブログにも日々感じたことや考えたことを書き始めるつもり。
Posted at 15:25 | この記事の詳細

過去のブログ文章をアップしました その11

2007-02-01 15:25:05
40年越しの訴え
[2006-07-13]20:44:05
 私の暮らす藤沢市の上空を、すさまじい音をたてて飛ぶ米軍機。横須賀港に空母「キティホーク」が入港している時は、朝も夜も遠慮なしに飛ぶ。特に、キティホークが出港する際に、夜間着艦訓練のため、深夜2時にも飛ぶ。「おいおい、何時だと思ってるんだよ(怒)」と天を仰いで叫びたくなる。
 その騒音の主、厚木基地に配備されている戦闘機は、50年近く、3度にわたって住民による爆音訴訟が取り組まれているにもかかわらず、2年前に30%もエンジン出力のアップした機種が配備された。
 
 私たちの国はミサイルの訓練に対して大騒ぎをしているのだけど、実は私たちの日常には、既に戦闘機が上空を飛んでいるのだ。そしてここで訓練をしてアフガニスタンやイラクに実戦に向かう。私たちは意識していないけれど、既に戦争に加担しているんだよね。

 同盟国の戦闘機は、どんなに国民の迷惑になっていようとも、大目にみるだけでなく歓待し、土地も金も安全も差し出している。
 私がここ藤沢で仕事をしている4年の間にも、マッチ箱大の戦闘機の部品が工場の屋根に落下する事故、要人輸送用のヘリが海岸に不時着した事故が起こっている。
 たまたま人が巻き込まれていないのは不幸中の幸いだけど、大きな事故につながりかねない予兆として見過ごしちゃいけないと思う。
  
 今日、その米軍機の騒音の被害を受けた住民4800人以上が原告になっている「厚木基地爆音訴訟」の東京高裁判決があったので、傍聴に行った。私は当日券の抽選に外れてしまったが、当たった原告団の女性が譲ってくださったので、ありがたく傍聴させていただいた。
 おおざっぱにいえば、被告である国の控訴を棄却する内容で、原告の40億円の賠償金を認めた判決。
 でも、原告団の真屋さんがおっしゃっていたように、「お金が問題じゃない」のだ。
 国に対して賠償金という負荷を与えることで、基地政策全般を見直してもらいたいという地域住民の切実な訴えだ。
 真屋さんは、かつて戦闘機の爆音がうるさくて踏み切りの音が聞こえず、息子さんが電車に轢かれて亡くなる経験をなさっている。その時までは、せっかく買った土地だけど、他に引っ越してもいいかと考えていらっしゃったのだけど、息子を失い、やむにやまれず、この爆音解消=基地撤去に向けた活動を続けてこられた。
 
 以前、厚木基地の真下で「スーパーホーネット追加配備反対」という行動に参加をしたことがあるけれど、40年前は私と同年代だった方々が70代になっても声をはりあげ、こぶしを固めている姿を見て、どうして国はこのような叫びを放置しておくのか涙が出たことがあった。

 もうこれ以上、この原告の人たちを苦しめるような上告はして欲しくないし、国の基地政策を変えて欲しい。(でも、この件で以前、防衛施設庁に電話したら、担当者は「これは自分たちの手に負えることではなく、政治で解決して欲しい」と言っていた)
 やっぱ政治のプレイヤーを変えるしかないのかな。
 だけど、今の政府与党の人たちの発言を聞くたびに、これからの道のりの長さにため息が出る。
| 騙されない |


落ち着いて考えること
[2006-07-07]07:17:18
 一昨日から北朝鮮のミサイル発射実験についての報道が続いている。「軍部の暴走か?」という見方もあるけれど、実際のところははっきりしない。「一国として実験するのは権利である」と開き直っているが、自国の行動が他国に影響を及ぼすことが分かっているのだから、得策でないことは明白だ。 
 
 そして日本では、原発施設の警備強化、あるいはミサイル防衛網の配備を前倒しするという報道もある。さらに朝鮮の民族学校に対する脅迫が既に行われている。冷静になって国と個人を区別して考えて欲しいと願う。

 だけど、不思議なのは他の国の領土に駐留し、ミサイルを打ち込み続けているアメリカの行動は不問にされていることだ。
 北朝鮮の実験に対して安保理決議なら、同じようにアメリカに対して安保理決議をしてもいいと思う。(もちろん、アメリカが拒否権を発動するだろうけど)

 おかしいことに対して、おかしいと指摘をすることは大事だけれど、誰かだけを(どこかだけを)悪の権化=敵にして、同じ事をやってもそこだけ攻撃するのはバランスを欠いていると感じる。国の力の大きさによらない世界共通のルールが今必要なんだと思う。
| 騙されない |


人が捨てられていく社会って?
[2006-06-29]18:45:51
 ここ数日、ガンジョーな私もついにへばっていました。
 なんせ私の周りの人はみんな働き者で、ついつい私もそれに影響されてしまうのです。けれど、やっぱり自分の体調は自分で見極めなきゃと改めて思った日々でした。
 反省しても、またエンジン全開しちゃんうんだろうけど、きっと。

 さて、ブログに書いたらとご要望のあった「メイドバーに行った」ことについては、近日中に書こうと思いますが、まずは昨日のニュースについて!
 
 昨日の夜の「ニュース23」は特集のタイトル「イラク帰還兵の悪夢とPTSD」を見て何としても見なきゃ、と思って見たのですが、きっとご覧になった方もいらっしゃるでしょう。

 今、ここでアメリカに加担しない方向を選ぶしかない、ととことん思った昨日のニュース。
 もともと、PTSD(心的外傷後ストレス障害)という概念そのものが、ベトナムの帰還兵の間で共通する症状として認識され、それが言葉化されたもの。戦争とはきっても切れない存在なのですが。
 私のミクシーの日記をご覧になった方には、同じような内容になってしまうけれど(過日、高遠菜穂子さんの講演を聴いた時に、イラク帰還兵のPTSDについて高遠さんがお話になっていたので、そのことを書いたのです)、個人の人生をめちゃめちゃにする戦争=暴力の毒について、戦争のために貧困を放置していることについて書きたいと思います。

 今、ちょうど私の住むアパートの上空を、厚木基地から横須賀に向かう戦闘機が飛んでいきました。もし、私の隣にイラク帰還兵がいたら、「敵の来襲か?」と身構えるでしょう。
 
 帰還兵の人たちの日常には、常に戦場での記憶が付きまとうのです。しかも、家族や恋人に言えたかどうかわからないけれど、おそらく人(多くは民間人)を殺した記憶が。

 昨日の番組でインタビューを受けていた州兵の人たちは、近所のそこら辺で働いていた人たち。もともとそんなに高収入で働けていたわけじゃないから、イラクに行けば高い報酬を得られるとそそのかされ、トレーニングを受けた兵士の人数が不足しているからという理由で、イラクに送られ、それ以前とは別人になって戻ってくる。
 
 日常の生活に悪夢が復元され、以前の彼や彼女ではないのです。家族との仲は疎遠になり、働けなくなり、経済的にも困窮し、気持ちを落ち着かせるために麻薬や酒に手を伸ばしていく、その結果の野宿生活。
 「退役軍人ホームレス連合」という団体の調査では、アメリカ全土のホームレスの4人に1人は退役軍人だと見ています。

 貧困・暴力・戦争の関係については、ずっと前から気になっていました。どうしてかといえば、一つは超個人的なこと。私の父は若い頃、大学を中退して自衛隊に数年入隊していたのですが、体を鍛えることだけでないその体験が父を酒飲みに、そしてそれまでの父に比べて暴力的な人間にしたのではないかという仮説を持っていること。
 もう一つは、学生時代から山谷や新宿で野宿をしている人たち(ホームレス)のところに通って話をすると、ずいぶんと自衛隊出身者が多いことに気づいたことです。
 
 この仮説についてはヒントをくれた人がいて、その人は、ドメスティックバイオレンスの被害者がもう一度、自分の力で生活することを応援しているのですが、彼女はこう言っていました。「自分のこれまでの歩みを振り返るということで、家系図を描いてもらうのだけど、その中に誰かしら戦争に行った人がいるのよ」
 暴力の種は時限爆弾のように内在させられ、何かをきっかけに表出した結果が、夫婦間暴力や児童虐待などにつながるのではないでしょうか?

 戦争でぼろ儲けして、人をどれだけ使い捨てにしてもこれっぽっちの痛みを感じない、感じないどころか、どれだけ犠牲者をうみ、貧困と憎悪と暴力の連鎖を自らの手で作り出そうとも、自分だけは天国にいける気になっている人たちは確実に存在しているんだと感じます。

 でも。騙されないっ!
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