ふだんのきもの

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裾あわせのいろいろ 
[2008年06月17日(火)]
 
先日は、”野村万作 人間国宝 認定記念  万作&萬斎 狂言の現在2008”を関内ホールに観に行ってきました。
能や狂言というと 憧れはあるけれど、なんだか難しいしわかりずらい・・・という イメージがかなりありますよね。
観に行く前には少しお勉強していかなくちゃ、と思い どんな演目なのかをちょっと調べて行きました。

始めに 野村萬斎さんの小舞&トークがあり、わかりやすく そして おもしろく解説してくださいました。
私の前調べなんて いらなかったかも?!というくらい。

演目は”二人大名”と”川上”。
”川上”は人間国宝に認定された野村万作さん と 萬斎さんのお二人で!

お話もさることながら、私が気になったのは なんといっても萬斎さんの着物。
萬斎さんの役は 妻。男性が演じる 女形ということですよね。
着物の裾合わせが 日本舞踊なんかでの女の人が踊る男踊りや 男性がする女役のように かなり脇線を右後ろにもっていって裾線をぐっとあげて おくみの線(裾)が体の真ん中にくるくらいになっていました。
能や狂言の衣装は なんとなく時代ものの着物とはまた別格だと思っていたのですが、一緒なんですね〜〜。

現代の着物では こんな風に着たりはしないので、いつから 今のような裾あわせになったのか 気になるところです。

ちなみに私は お気に入りの単衣のお着物で 行ってきました〜〜〜♪

裾あわせは 現代風(笑)です。 

しかし あんなに 面白いなんて ビックリでした〜〜〜
また 行きた〜〜〜い♪
Posted at 00:39 | 時代着物 | この記事のURL

歴史探究の旅にでかける・・2 
[2008年04月09日(水)]
 

鹿児島には仕事の前日に到着して、
仙巌園という島津家が別邸としてつかっていた庭園を見に行きました。。
(今は篤姫人気でもりあがっているようでした。)
こちらでは 桜島が見えるすばらしい眺めを堪能!!

そしてお茶と一緒にでてきたお菓子には 薩摩藩の紋が!!

薩摩藩の丸に十文字の紋を見るたびに 気持ちが盛り上がり、嬉しくなってしまいました。
この薩摩藩を示す紋が 今までの倍以上にかっこ良く見えてしまう私・・・ただたんにはまりやすいんですけど。

ところで 今回の舞台では 裃 (江戸時代の武士の礼装、よくTVの時代劇でも見かけます。),侍の旅姿、侍の工事現場の姿が大多数。その他には芸者 庄屋の娘 奴 などなど。
勉強した事をなかなか実践で向かい合える機会が少ないので イイ勉強になりました。
 
なにも考えないで鹿児島に来ていたら きっとおいしいものだけを堪能して終わってしまったでしょう。
このお仕事のお陰で 小説を読み 時代や人物について考え そして ゆかりの場所を訪れる事ができて 数倍も鹿児島を堪能できた気がします。
それもこれも 着物のおかげ・・・・。
着物にはまらなかったら きっと 鹿児島では食にはまっていたでしょう・・・・
(鹿児島はおいしい物もたくさんあって ホントよいところですね・・・笑)

余談・・・おみやげに買った かるかんやかすたどんのパッケージにも 丸に十文字がデザインされており、帰ってからも楽しませていただきました♪
Posted at 07:21 | 時代着物 | この記事のURL

歴史探究の旅にでかける・・1 
[2008年04月07日(月)]
 
杉本苑子さんの”孤愁の岸”という時代劇のお手伝いに鹿児島まで行ってきました。
(実は3月は三重県の公演にも行ったんです)
今回はこの小説をしっかり読み込んで 時代や登場人物の人柄なども勉強していきました。
そして せっかく鹿児島に行くのですから 薩摩藩ゆかりの場所も行ってきました。

”孤愁の岸”の小説の舞台は 江戸時代中期。幕府の命令で薩摩藩約1000名が桑名(三重県)まで行き 大きな川(木曾・長良・伊尾)の治水工事をした時の事を書いており、この工事を請け負ってしまった薩摩藩の奉行 平田靱負(ゆきえ)が薩摩藩と薩摩人々の為に知力をつくし切腹までしてしまった 理不尽な 悲しい話なのです。

なぜ薩摩藩が桑名まで・・・というのも、幕府が薩摩藩の財力をそぐ為にこの巨大工事を請け負わせ、その為に薩摩藩士の50人余りが幕府への抗議の為、自害しているのです。

読めば読む程に やりきれない思いが募ってくる小説でした。
今の時代にも 似たような事柄はたくさんあるけれども この主人公の平田さんのような生き方ができる人はなかなかいないのでは、と 平田ファンになってしまいました。

そしてそんな平田さんの銅像が鹿児島にある事を知ったので、行ってきました!
鹿児島中央駅から徒歩10分ほどのところに平田公園という 平田靱負の銅像
がある公園があるんです。

※夕方だったのでちょっと写真が暗くなってしまいましたが これが平田靱負像!!
そこから歩いて20分ほどのところには薩摩藩の慰霊碑もあるということで
夕方暗くなり始めたのですが 行かなければという 使命感にかられ、行ってきました。小説にでてきた藩士達の名前を確認し、しっかりお祈りしてきました。
Posted at 09:58 | 時代着物 | この記事のURL

昔の写真から学ぶ事 
[2008年03月04日(火)]
 
着物が日常の普段着だった頃は 苦しいとか、めんどうくさいとか
それほど考えずに着物を着ていたはずではないでしょうか?
そしてきれいに着なくちゃ・・・という事も あまり意識していなかったようす。

私は幕末から明治,大正、昭和の古い写真が好きでよく本をながめたりする事が多いのですが、大正時代や昭和初期の着物を着た普段着の人達って 着方はけっこうぐだぐだなんですね。
衿の感じや 帯の巻き加減、おはしょりなんか みんなそれぞれ。
幸田文さんの小説”きもの”を読んでも 着方や着心地にこだわった人もいるようだけれど、みんながみんなそうではなかった様子。
着方が上手な人もいれば下手な人もいて、今のように綺麗に着なくちゃ・・・・とあまり執着はなかったのかもしれません。
まぁ、現代も身なりをとても気にする人とそうでない人がいたのと同じだと思うのです。
昔の結婚式の写真も今程 きっちり着ていないのも みんながきっちり着なくちゃ と意識していなかったという現れではないでしょうか。

そして 今のように 慌ただしく時間に追われる事は少なかったので、着るのに多少時間がかかることに関しても あまり気にしていなかったのかもしれませんね。
今よりも個人個人のオリジナルな着方があって、みんなそれほど人の着方に干渉しなかったのかもしれませんね。


※一番下の写真集は洋書
Posted at 10:19 | 時代着物 | この記事のURL

時代着物から学ぶ 
[2007年11月06日(火)]
 
今、時代着付けの勉強もしているのですが、現代着付けとは違う着物のルーツを探っていくようで非常に面白いんです。
そしてまだまだ知らない事がたくさんあるなぁ〜〜とさらに着物が楽しくなっている今日この頃。
そこで聞いた抱え帯の話をしましょう。
現代では抱え帯(しごき)といわれる帯だが、昔はこし帯とも言われていたとのこと。
分かりやすいものでは 七五三の七歳のお着物の帯の上に結んである柔らかい素材の帯
で腰のあたりで揺れているのを見た事ありませんか?(ちなみにこれはしごきというのですが)
私はてっきり華美な装飾の為だと思っていました。
が実はこのしごき(抱え帯)は むか〜しむかし、まだ日本人が洋服を知る前の時代、長旅をする際に 帯が外れないよう緩まないように結びはじめ
たという。有名なものでは真田紐!! とっても丈夫な真田紐は男性の貝の口結びが
ほどけてしまわないように、腰帯として使われていたという。
(たしかに帯を刀で斬られたら 戦えないかも・・・・笑)
そこから女性にも腰帯(抱え帯)が普及して、きれいな色柄のものがでてきて装飾としてのこっていったんですね〜。

それを聞いたら、今の時代 帯を締めるのに慣れない私達には こし帯って実は便利
かもしれませんね〜

黒い帯の上に重ねて結んである薄いピンク色のが腰帯です♪
この腰元の衣装 よくみかけますよね。
Posted at 11:04 | 時代着物 | この記事のURL

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