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ふぇみんな日々

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KIの映画13
子どもが主人公の映画ってその周辺のおとながどう描かれるかが重要だったりする。子どもが脇役でないことで、むしろ周辺のおとなたちが魅力的で際立つ存在に見えることがある。(KI)

■『ミルコの光』★★★★☆
 
 1971年イタリア、トスカーナ。10歳の少年ミルコは事故で両眼の視力を失ってしまう。
当時のイタリアでは盲目の子どもは、通常の教育を受けられず、両親と離れ、全寮制の男子だけの盲学校に転校させられる。そこで偶然彼が手に入れた1台の古いテープレコーダー、その機械を通して知る音との出会い、彼はみずみずしい感性で周辺の音を集め始める。

 この映画は、現在イタリア映画界の第一線で活躍するサウンドデザイナー、ミルコ・メンカッチをモデルにした実話。70年代初頭の自由を求める運動が大きなうねりを見せていたイタリアの社会の中で、視覚障害者に対する保守的な思い込みを乗り越えようとする主人公ミルコとその周辺のおとなたちが魅力的に描かれる。
 『ニュー・シネマ・パラダイス』や『ライフ・イズ・ビューティフル』につらなるイタリア映画らしい、いい映画だ。舞台となる盲学校の生徒を演じるのは、イタリア全土で行われたオーディションで選ばれた演技未経験の少年たち。目の見えない子、見える子ほぼ同数ずつキャスティングされ、撮影前のトレーニング合宿では見えない子どもたちが見える子どもたちに、視覚に頼らずに外の世界を感じる術を教えたという。
 ちなみにミルコ・メンカッチは最近日本でも公開された1960年代から現代にいたる青春群像を描いた長編映画『輝ける青春』の音楽も手がけている。




■ 『この道は母へとつづく』★★★☆☆
 極寒の凍てつくロシアの大地、見渡す限り雪に囲まれたフィンランドとの国境近くの孤児院、映画はそこに遠くイタリアから一組の夫妻がやってくるところから始まる。
 映画の舞台となる2000年当時のロシアは、銀行や金融の破綻により、都会の通りにはホームレスの子どもたちがあふれ、その日一日生きのびるために路上で働いていた。田舎の貧しい孤児院でアル中の院長と暮らす子どもたちにとって、その劣悪な環境から抜け出す唯一の方法は、裕福な養父母に引き取られていくことだった。必死な目で養父母を迎える子どもたちと、院長とお金のやりとりをする仲買業者、べたべたした感傷を排した映像が胸を打つ
 イタリアの夫妻に選ばれたワーニャは、引き取られていく前に一人で本当のお母さんに会いに行くという無謀な計画をたてる。彼は自分に関する資料を読むために隠れて字を覚え、そして孤児院を抜け出し、冒険の旅へと…。
 ワーニャの周辺の人間たち、絶望し、開き直ってその日を暮らすおとなたちが、一途なワーニャの思いに引き込まれていく。映画の中で、束の間ワーニャに関わるおとなたちのその表情やしぐさに彼らの重い日常、人生が見て取れる。そしてワーニャは最後にお母さんに会えるのだろうか。ロシアで実際にあったお話。
2007年11月2日(金) 14:05 [ 映画 ]
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片づけたい女たち
三軒茶屋のシアタートラムに『片づけたい女たち』を見に行く。芝居とか見に行きたいから誘ってね、と言われていたのでFさんを誘っていっしょに。



もう最初の、舞台が明るくなってきて、ごみ、ごみ、ごみの山の部屋を見たとたん、笑いの渦。
なんでこんなに片づけられないんだろう。というかなんで女は片づけるべきと思ってるんだろう。あまりにも身につまされることだらけで、笑い通し。
きちんとやろうとするから却って何も片付かないとか。
ごみの山から出てきた茶碗のお茶を飲むときにためらったりとか、あまりに日常的な動作が繰り広げられる。
下手に分別したいとか、リサイクルをがんばろうとかするからさらに片づけられないとか。

さらにだんだん女たち三人三様の悩みが出てきて…怖くもなっていくのだが…。

この芝居は確実にフェミの芝居でした。
こんな風にフェミってひろがっているんだなあって観客の笑いを感じながら思った。

脚本は永井愛さん。
演出は木野 花さん。
そして達者な役者が3人。

帰ったら朝日新聞夕刊に劇評が載ってました。でもなんかピンボケ。

4日までやっているそうですが、満杯だったので入れないかな。
2007年10月31日(水) 00:50 [ 編集部だより ]
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追悼・若桑みどりさん
 10月3日、夜、都内の女性センターを出たところで、電話がかかってきて若桑みどりさんの死を伝えられた。まったく信じられない状態のまま家に帰りネットをみると訃報がでていたのだが、それから御通夜に行ってもなんだか信じられないままだ。
 
 「ふぇみん」ではごめんくださいに登場し、また大阪で50周年集会のときの講師をつとめてくださり、何度もふぇみん紙上に登場してくださっていた。特に軍事化とジェンダーバッシングが軌を一にして私たちに襲い掛かってきたこの数年、戦争とジェンダーの問題で発言してきた若桑さんにお願いすることはたびたびあった。私もインタビューもさせていただいたこともあり、原稿をお願いしたこともある。

 下北沢のお気に入りの喫茶店で白い麻のシャツ姿でインタビューを受けてくださった若桑さんは怖くもあり(怖い人は結構好きなのでOKなのだが)なかなかに魅力的だった。

 しかしなんといっても思い出のいちばんは上野千鶴子さんの国分寺事件での若桑さんだ。2005年に国分寺市の市民が企画した講座の中で、上野千鶴子さんの講演案を東京都が中止させるという暴挙に出た。それはジェンダーフリーに触れる可能性があるという理由だった。ことの次第が表に出たのが翌年の1月。そこでまっさきに手を上げ、これは言論弾圧であると声明を書き、賛同人を1800人以上集めたのは若桑さんだった。その行動力と勢いはすごかった。

 その後「ジェンダー概念を話し合うシンポジウム」シンポジウムは実り多いものであったが、それに巻き込まれ、本『「ジェンダー」の危機を超える!』(青弓社)つくりでごいっしょした。お弟子さんたちの「チーム若桑」を動員しながらの猪突猛進ぶりは印象深い。世田谷カソリック教会での御通夜の席で息子さんが亥年でしたと語ったときに、こっそり微笑んだ人は多かったのではないか。ともかくジェンダー平等を実現しようという熱い思いに動かされ私も右往左往しながら共に「闘った」。
 そんなストレートで、正直で、感情豊かな若桑さんのファンは年齢別なくいたと思う。
 
 さらに、東京都知事選の時には女性たちで浅野女性勝手連をつくり、集会はかなり盛り上がったのはこのブログでもご存知のとおり。4月のある1日、女性勝手連が1日、宣伝カーとともに歩いたのだが、そのとき、路上演劇をするはめになってしまった。若桑みどり作の芝居は、シロクマ役若桑さん、ブラックタイガー役は私。巣鴨から銀座、原宿まで路上芝居した。このパフォーマンスはおっぱいパフォーマンスとともに賛否両論で果たして選挙に効果があったかは私もよくはわからない。しかし、ともかくシロクマのかぶりものを入手し路上でタイガー(イシハラ)をやっつける若桑さんは真剣だった。
 
 『戦争がつくる女性像』(筑摩学芸文庫)『お姫様とジェンダー』(ちくま新書)は入門編としてぜひおすすめしたい。また『女性画家列伝』(岩波新書)もまだamazonで入手できるようなので私もこれから読んでみたい。美術史家としての著作は多数あり、少しずつ読ませてもらいたいと思う。

 彼女は研究者であり、アクティブな研究者だった。本来すべてのジェンダーにかかわる人がそうであってほしいと私たちが願うところを、まったくちゅうちょなくやっていた人だった。そういう人が少ない中で、明らかに貴重な人だった。

 今年の夏は暑かった。その夏に大きな仕事をまとめられていたと聞いている。
 なんでまた逝ってしまったのだろう、そんな若桑さんの代わりを出来る人はいないのにと思う。

 ともかくごいっしょした行動のあれこれは楽しい思い出となっている。シロクマ姿の若桑さんを頭の片隅で思い出しつつ、もういちど本棚の『お姫様とジェンダー』を手にとって、若桑さんの死を少しずつ受け止めるしかない。

 そうそう、若桑さんは赤い薔薇に囲まれているのではないかと想像していたが、白と薄いピンクの薔薇に囲まれていた。(衣)
 
2007年10月7日(日) 20:12 [ 編集部だより ]
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KIの映画12
 今回は、公開が始まるホットなドキュメンタリーをふたつ。
一見全く違う趣の映画なのだけれど、見終わった後に共通の思いがわいてくる。権力から重い被害をこうむった人が、人間への信頼を取り戻していく、率直で愛情あふれる人間関係で人が変わっていく…、2作とも、その過程が映像を通して体験できると言ったらいいのだろうか。こんな世の中だけど、こんなふうに関わり合える、人間ってそう捨てたもんじゃないと思えてくる。(KI)


■『オレの心は負けてない―在日朝鮮人「慰安婦」宋神道の闘い』★★★★☆

 
 朝鮮の忠清道で生まれ、16歳の時だまされて中国に慰安婦として連れて行かれ、敗戦後、再びだまされて日本に渡り、半世紀にわたり、過酷な暮らしの中で心の傷を深めていった宋神道さん。宋さんが、「支える会」のメンバーと出会ってからの10年を映画は追っていく。裁判に踏み切る過程の中で動揺し、不安をぶつける宋さん。とまどいながら宋さんの気持ちを受け止め、建前でなく真っすぐに向き合うメンバーたちの率直な語りがいい。メンバーたちと宋さんがお互いの気持ちを確かめ確かめしながら信頼関係を築いていく姿がていねいに語られ、この「在日慰安婦裁判を支える会」の10年の重みが説得力を持って伝わってくる。宋さんが自分の受けた被害を語っていくこと、そしてそれを聞いてくれる人がいること、その人たちが逃げずに向き合い続けてくれること。裁判をたたかった10年の中にそういう時間があったからこそ、宋さんが裁判の敗訴にも「オレの心は負けてねえ」と語れる今を獲得できたのだと納得できる。
 宋さんに謝罪も補償もしようとしないこの国や、裁判所に怒りがわくが、この10年の「支える会」との出会いの中で、宋さんがかけがえない人間関係を得て、心に受けた被害を回復していくこのドキュメンタリー、魅力的な宋さんのキャラクターと共に一見の価値あり。今後各地で自主上映、ネットで調べてみて。


■『ミリキタニの猫』★★★☆☆

 
 ニューヨークに住む80歳の日系人路上画家ジミー・ミリキタニ。このドキュメンタリーの監督、リンダ・ハッテンドーフが毎日歩く路上で彼はいつも絵を描き、その絵を買わない限り施しも受けない誇り高きホームレスだった。2001年9月11日、ツインタワーが崩れ落ちる緊張状態の中で、咳き込みながらそれでも絵を描き続ける彼を見て、リンダは思わず彼を自分のアパートへ招じ入れ、その日から2人の奇妙な共同生活が始まる。
 戦争中、日系人強制収容所に送られたため、アメリカに抵抗して自ら市民権を捨てたジミー。強制収容所での痛ましい記憶、決して忘れることの出来ない怒り、癒えない傷。ジミーは長い間、心の中でたったひとりの孤独なたたかいを続けていた。
 リンダは手をつくして47年前にジミーの市民権が回復していたことを明らかにし、彼の社会保障番号を探し当てる。彼は老人ホームへの入居が可能になり、離ればなれになっていた姉の生存を知る。孤独で頑固な彼をサポートするリンダの行動が自然でとてもいい。彼に向き合う時の飾らない率直な態度。それは、1作目に紹介した「支える会」のメンバーたちの宋さんに対する態度に通じるものがある。
 ジミーは、彼が以前収容されていたツールレイク強制収容所の跡地をリンダと共に訪れる。そこでの過酷な生活の中で幾人もの命が消えた。記憶をたどりながら彼はつぶやく。「もう怒ってはいない。通り過ぎるだけだ。思い出はワシに優しかった」
2007年9月3日(月) 13:00 [ 映画 ]
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イルダ記者との交流会
昨日はイルダ記者との交流会でした。
ソウルの竹下通りと表参道がミックスしたようなインサドンという通りの伝統茶のお店で懇談会。
4ヶ月の記事提携はふぇみん→イルダの記事のほうが イルダ→ふぇみん よりも多いのですがそれは、紙媒体とネットの制約の違いなので、仕方ないかなと。
お互いが刺激になっていることもわかりなかなかおもしろかったです。
またネットの活用についても意見交換しました。
その後移住労働者の映画祭に立ち寄りました。
外国人労働者の研修生問題で裁判の判決があったとのこと。
映画祭のパーティも熱気にあふれていました。
それにしても、通訳してくれているスンミさんは大活躍。でも話したりないことばかりで困ります。

今日は写真なし。というかカメラを忘れた一日だったのです。



2007年9月2日(日) 23:47 [ 編集部だより ]
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イルダ事務所を訪問!
ソウルにあるイルダ事務所を訪問しました!

西大門近くのすてきな敷地内にある建物の一室がイルダ事務所です。
スタッフ5人が歓待してくれました。




実はこの敷地内の別棟にはあの女性団体連合も入っています。おお、びっくりですね。




イルダスタッフは今日は、記事更新の木曜日。私たちとの再会を祝った食事のあと、また事務所に戻って仕事です。
私たちも東京に残してきた仕事が心配。

明日は日韓シングルマザーの当事者運動と支援について懇談会を開く予定です。
楽しみです。



2007年8月30日(木) 23:22 [ 編集部だより ]
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あかちゃんぽすとシンポジウムを取材
まだ猛暑。あかちゃんポスト問題を取材。ご存知熊本市内慈恵病院に設置された、あかちゃんを親が置いてくることのできるポストのこと。話を聞いてますます疑問が膨らんできた。
え、合法的捨て子。なぜ親は罪に問われないか?子どもの出自を知る権利は?なぜ子育て支援の不足は問われない?慈恵病院って中絶はしない病院なんだ。などなど…疑問がてんこもり。
とりあえず、これからも取材することにした。
韓国訪問が迫ってきたので、発表資料などまとめた。明日は生活保護の集会です。私も北九州市の福祉事務所長を刑事告発する1人になりました!今日も写真なしでごめんなさい。(赤)
2007年8月26日(日) 00:48 [ 編集部だより ]
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滞納って言うな!
 ふぇみんの8月5日号で「給食費滞納問題」を取り上げた。文部科学省の1月の調査の報道がいかに針小棒大な報道であったかを、調査データをもとに、反証した。
実は、3月にはデータも持っていたのだが、いろいろあって、紙面も取れずやっとアップしたわけだが、記事の反響はよいようだ。今日も、「知らなかった」、「どうもおかしいと思っていたが数字を上げてくれたので、よくわかった」などの反応があってちょっとご満悦。
だいたい、給食費滞納問題は、読売新聞と産経新聞のでっちあげだと私は思っている。
しかし、そこにのってしまったメディアもある。それが朝日新聞や毎日。朝日新聞の社説など恥ずかしくて読めない。
で、保育料滞納問題も、取材しようと思ってデータを探しているところだ。
厚生労働省の調査結果も8月に発表されるということなので、どんな「偏向」報道がされるかよく見てみよう。
それにしても、「保育料」「滞納」で検索をかけると、ほとんどが、「滞納けしからん」という論調。
日本のみなさま、そんなにかんたんにひとつの方向に行ってしまっていいの?

8月5日号でインタビューした、本田由紀さんを見習って、「滞納って言うな!」とか叫ぼうかな。
それにしても本田さんのインタビューもめちゃめちゃ楽しかったです。ありがとうございました。
(akaishi)
2007年8月7日(火) 00:33 [ ブログ ]
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KIの映画11
 情報が少なくて、あるいはステレオタイプの情報しかなくて、実際のところその国の人たちがどのように暮らしているのか知らないという国は多い。出かけて行って直接その国の人たちに会うことが出来なくても、映画でそこで暮らす人の息づかいが伝わってくることがある。今回はイランの映画と、イスラエルの映画を紹介してみます。(KI)

■『オフサイド・ガールズ』★★★★☆

イランでは、現在もイスラム教の教えによって法律で、女性がスタジアムで男性のスポ
ーツを観戦することが禁じられている。しかし、国民的スポーツといってもいいほど大人気のサッカー、イラン代表チームのワールドカップ出場がかかった大事な試合を見ようと、男装してスタジアムに少女たちが乗り込んだ。
この映画はサッカー大好き少女たちの元気で勇気に満ちた物語。男装してスタジアムに向かうバスに乗り、試合前の興奮に沸き立つ男たちの間に紛れ込みながら列に並んで中に入ろうと…、ドキドキ胸の高鳴りがこちらにも伝わってくる。全体に緊張感はあるけど悲壮感はない。ドキュメンタリーを見ているような臨場感、そこここにユーモアがあふれ、見終わった後、彼女たちと一緒にサッカーの熱戦を応援し終わったような高揚感にかられる。世界3大映画祭での受賞暦をもつジャファル・バナヒ監督の最新作。バナヒ監督の作品は政治的な異議申し立てを含んだ作品が多いため、本作を含め今まで作った作品もイラン国内では公開されていないという。
サッカー大好き少女といえば『ベッカムに恋して』(どうしてこんなタイトルにしたのかわからないけど、原題の『Bend It Like Bekham』はデビット・ベッカムのような弧を描くキックが蹴りたい、また、そのキックのように人生を変えたいという意味)も親に反対されながらサッカーチームに入っていくイギリスに住むインド系の少女の映画。これも元気が出る。

■『ジェイムズ聖地へ行く』★★★☆☆

南アフリカの小さな村で次期牧師に任命された敬虔なクリスチャン、ジェイムズはあこ
がれの聖地、エルサレムに巡礼の旅にやってきた。聖地への入口、イスラエル空港に降り立った途端、不法労働者と間違われ、その日から彼の外国人労働者としての過酷な毎日が始まる…。
素朴なジェイムズ青年が想像もしなかったイスラエル社会の現実とは。キリスト教、イスラム教、ユダヤ教の聖地であるエルサレムのあるイスラエルには毎年200万人以上の巡礼者、観光客が訪れる。人口約700万人のこの国には約50万人の不法労働者が住んでいるという。近代資本主義国家イスラエルと、宗教の聖地エルサレムの矛盾、資本主義的欲望の渦巻く社会に翻弄されながらも金儲け主義のルールを次第に理解していくジェイムズの姿を映画は皮肉とユーモアを交えて描いていく。彼の心の旅の行き着く先は?

本作プロデューサーのアミール・ハレルは、パレスチナの自爆攻撃者を淡々と描いた『パラダイス・ナウ』のプロデューサーでもある。
2人の若者が自爆攻撃へ向かう48時間を描くこの映画は、毎日銃撃戦が起こり、ロケット弾が飛んでくる街、イスラエル占領地ナブルスで撮影されたという。昨年のゴールデングローブ賞最優秀外国語作品賞を初めとして数多くの賞を受賞している。
2007年7月24日(火) 17:52 [ 映画 ]
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KIの映画10
太平洋戦争後アメリカに占領されていた沖縄が復帰して35年。沖縄に行くのにパスポートが必要だったなんて知っている人は少なくなっているんだろうなあ。でも、悲惨な地上戦が戦われた地であることと、米軍基地が集中していることは知らないではすまされない。縁あってこの6、7年沖縄に何度も通っているが、行く度になんと言ったらいいのだろう、その空気に圧倒されるというか。なにか、沖縄には違うカミサマが住んでいるようなのだ。今回紹介するのは沖縄の映画2本。『涙そうそう』なんか見ている場合じゃないよ。(KI)

■『恋しくて』★★★☆☆
 沖縄の映画といえば、中江裕司監督。『ナビィの恋』、『ホテル・ハイビスカス』はどち
らも沖縄の不思議いっぱいの映画だった。1998年の『ナヴィの恋』は沖縄では18万人の動員で、これは『タイタニック』を抜いて沖縄県の最多動員を記録した。そして彼は、2003年には石垣島の底抜けに明るいお年寄り楽団のドキュメンタリー『白百合クラブ 東京へ行く』を自主制作、06年には那覇市の閉館した映画館を街の劇場「桜坂劇場」として復活させたという沖縄どっぷりの監督なのだ。
 さて『恋しくて』だが、石垣島を舞台にしたラブストーリーで、これまた島の空気がたっぷり味わえる。3500人のオーディションで選ばれた主役たちは、石垣島の太陽の下、のびのびと自然体で活躍する。登場人物になりきれるよう、監督が物語の時間にそって撮影したというとおり、彼らが映画の流れとともに成長していく様子は、まるでドキュメンタリーをみているよう。主人公の母役、ジャズボーカリスト与世山澄子の歌う「What a Wonderful World」は絶品。もちろんBEGINの「恋しくて」もいい。




■『ひめゆり』★★★☆☆
柴田昌平監督は、1963年生まれ。彼が上映会で「ひめゆりと言った時、私より上
の人たちにはまたかと思われ、下の年代の人たちには知らないと言われるのでは」と語った言葉が印象に残る。彼が実際に出会った生存者たちが背負ってきた壮絶な体験、それは、時間の経つ中でようやく言葉にして彼女たちの中から出てきたものだった。今まで語られなかったたくさんのことが、生き残った者の使命として映画の中で今思いを込めて語られようとしている。
 敗戦間近の沖縄で、看護活動を担った15歳から19歳のひめゆり学徒隊の女学生たち、211人が亡くなったその悲惨な体験を13年間かけて記録した柴田監督は、彼女たちの証言をとことん記録したいという思いでカメラを回し続けたという。「こちらからカメラをストップすることはやめよう。皆さんが語り終えたと思えるまで何時間でもカメラを回そう」と決めていたという。80歳前後となった彼女たち22人の語る沖縄戦は凄まじい。とりわけ、米軍が包囲する中、解散命令を受け突然戦場に投げ出された彼女たちが、その後の数日で100名以上亡くなったというその現実を忘れてはならない。 
2007年6月6日(水) 16:12 [ 映画 ]
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