先日、ソルボンヌで文化政策を学ぶ友人から「これは絶対いってみて!」と勧められたのが、ワシリー・カンディンスキー展。というわけで先日、ポンピドゥーセンターに足を運んでみました。公式サイトは
こちら。(8月10日まで開催)
カンディンスキーはモスクワに生まれ、その後拠点をミュンヘン・モスクワ・ワイマール・ベルリン等に移し、晩年はパリで過ごした画家。その作風は時ともに変遷していきます。ロシア時代はややレトロな画風で、人物や情景描写はまるで他の画家の作品のようですが、その頃から書き溜めていた即興(improvisation)には、後年の作風が顔を覗かせています。点・線・円といった幾何学模様と、多彩な色彩を組み合わせて、独自の世界観を生み出そうと試みています。その一つ一つに、しっかり計算された「創造性」が感じられます。
独ワイマールのバウハウスで教鞭をとっていた頃は、実験に近い作品作り。タイトルも"black line", "red spot", "white center", "blue segment", "circle on black", "accent in pink"など。点・線・色彩などの素材の組み合わせを発展させることで、表現世界を押し広げていきました。ドイツ時代の作品は鋭角かつ直線的で、がっちりした構成感を感じさせます。
しかし晩年にパリに居を構えてからは、直線が曲線的に、色彩も柔らかくなり、作品に軽やかさとまろやかさが加わります。彼は恐らく、外的環境からインスピレーションを受ける画家だったのでしょう。
その後ミュージアム・ショップで、「ブゾーニ⇔シェーンベルク、シェーンベルク⇔カンディンスキーの往復書簡集」という本を買いました。20世紀前半を代表するアーティスト同士の書簡、これが面白くないわけはないと思い、早速読んだところ、実に生き生きとした手紙のやり取りが綴られており、時間を忘れて読んでしまいました。
カンディンスキーという画家は、なかなか率直で飾り気ない方だったようです。1911年初めてシェーンベルクの演奏会に行き、その音楽に感激し、感動を率直にシェーンベルクに書き送っています。演奏会プログラムは、弦楽四重奏曲第2番 嬰ヘ短調 op.10(1907-1908)と、3つのピアノ曲 op.11(1909)。カンディンスキーの方が8歳も年上ですが、シェーンベルクに敬意を表して「cher professeur!」と宛てた上で、彼の音楽と自分の絵画が目指すものの方向性が同じであると、共感の意を示しています。そして、その印象を「impression III konzert」という絵に残しています。
やがて二人は、音楽や芸術、お互いの演奏会や絵画展の話、日常のこと等、手紙で意見を交わすようになります。メールなどない時代、手紙のやり取りも日数がかかって大変だろうと思いきや、返信の早いこと!マメだったんですね。返事が遅いと、「何で返事をくれないのでしょうか。何かまずいこと言いましたか?一刻も早くあなたのことを知りたいのです」と率直に書いているところにも、カンディンスキーの人柄が表れています。
さて、その中で一番胸を打たれたのは、1923年にシェーンベルクが最後にカンディンスキーに宛てて書いた手紙。それは、ユダヤ人として理由なき差別を受ける立場におかれた宿命を嘆き、やり場のない怒りに満ちていました。ユダヤ人というだけで白い目で見られる、ユダヤ人ではない君たちにこの苦しみが分からないだろう、きっと君も同じはずだ・・民族を超えて分かり合えるというのは所詮夢なのだ・・・と長文に綴られています。人間としての尊厳を傷つけられた、シェーンベルクを始めとするユダヤ人の嘆きが、痛々しく刻まれていました。この手紙は第二次世界大戦が始まる15年以上も前に書かれたものですが、このとき既に、民族排斥・浄化の空気が色濃く街中に流れていたことが伺えます。シェーンベルクはこの10年後、1933年にアメリカに亡命し、41年に帰化しました。
これに対して、後にカンディンスキーは「僕は君をユダヤ人だと意識したことはない、大切な友人として付き合ってきた、これからだって同じだ。・・そうだ、いつか君に会いにアメリカに行こう」と返事しています。これもまた、やるせない心情がにじみ出ています。そして10年以上続いた二人の往復書簡は、ここで終わります。
それにしても、このカンディンスキーとシェーンベルクは、出会うべくして出会った二人でした。二人とも従来の作曲法や画法にしばられず、全てを音・線・点といった「素材」に分解し、それらを組み合わせて、新しい表現を生み出しました。カンディンスキーはシェーンベルクへ送った初めての手紙で、「絵画の世界でも『新しいハーモニー』を創造したい」と、この作曲家に大いなる共感を寄せています。
それから約100年たった今。実は近いようで少し遠い存在だった20世紀初頭の前衛音楽ですが、カンディンスキーの絵画を見ながらシェーンベルクを聴くと、二つが一体となってすんなりと入ってくるのを感じました。