昨年フランスで、フィギュア国際試合エキシビションのテレビ中継を見ていた時のこと。各国選手の身体の使い方にはやはり違いがありました。特に印象的だったのは、キム・ヨナ選手の大きく流れるような身体の動かし方。リンク全体の空間を支配していました。何を表現したいのか明確に分かる表情と動き、これは欧米人の呼吸や身体の使い方と似ていると感じました。
現在バンクーバー五輪会場にいる元スピードスケート金メダリストの清水宏保選手が、ヨナ選手について興味深い
記事を書いています。
身体の使い方は、表現芸術の軸となるもの。最近はピアノ国際コンクールでも韓国人の上位入賞が増えていますが、音楽の捉え方や技術もさることながら、身体の使い方にもヒントがあるのではと実感します。身体の使い方は、空間の感じ方や空気の振動のさせ方、音の響かせ方、ひいては音楽の伝わり方にも通じるでしょう。
もちろん動きが大きければいいというものではありません。昨夏ベルギーで聴いたアルド・チッコリーニは、むしろ「動かない」ことが音に対する集中力とエネルギーを最大限に高めていました。勿論チッコリーニが積み上げてきた音楽人生の厚みがそうさせているのでしょう。特にモーツァルトのソナタは、空気が微動だにしない真空の空間に、一音一音丁寧に響いてくるような演奏。聴衆はその世界に静かに確実に惹き込まれていきました。
では、ステージという「場」で自分を生かすには、どうすればいいのでしょうか。
韓国を代表するピアノ指導者キム・デジン先生にインタビューした時のこと。自分がどう弾いているのかを生徒自身に客観的に認識させるために、頻繁に録音をしては先生と一緒にディスカッションするそうです。演奏は自分のためではなく、人に聴いてもらうため。常にステージで最高のパフォーマンスをするために、自分を十分に知っておくこと。そうした、ステージという「場」に対する認識が非常に高く、それがコンクールでの評価に繋がっているのだと思いました。
もう一つ印象に残った言葉。キム・ヨナ選手のコーチ、ブライアン・オーサー氏は、ヨナ選手にこうアドバイスしているそうです。 「自分の平均で滑りなさい」
本番のステージは最高の演技を、と誰でも力んでしまうもの。そうではなく、自分の平均的なクオリティを高くする練習を重ね、それを本番で自然に出せばよいという考えです。やはり、普段の過ごし方や練習の質が全てステージに出るのですね。これは音楽にも通じると思います。
さてバンクーバー五輪、フィギュア日本選手の活躍には本当に胸が熱くなります。高橋選手のフリー「道」も、氷上で一つのドラマを見せてくれました。4回転に果敢に挑戦したアスリート魂と、しなやかなリズム感で道化を表現した芸術性、素晴らしいの一言でした。さて女子シングルフリー、とにかく皆さん持てる力を余すことなく発揮してほしいですね!