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虚妄の迷宮

思索に耽る苦行の軌跡

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ざわめき 十
――逆に尋ねるが、此の《吾》なる《存在》は、此の世に徹頭徹尾《吾》を実在する《もの》として認識したいのだらうか? 

――はて、お前が言ふその実在とはそもそも何の事かね? 

――ふむ。実在か……。つまり、実在とはそもそも仮初の《存在》に過ぎぬと思ふのかい? 

――当然だらう。

――当然? 

――所詮、《存在》は、ちぇっ、詰まる所、確率へと集約されてしまふしかない《もの》だからね。

――やはり、《一》=《一》は泡沫の夢……か。

――さうさ。《一》すらも、へっ、《一》が複素数ならば、複素数としての仮面を被った《一》の面は、±∞×iといふ虚部の仮面をも被った《存在》として此の世に現はれなければ可笑しいんだぜ。

――へっ、さうだとすると? 

――しかし、……、虚数単位をiとすると、±∞×iは、さて、虚数と言へるのかね? 

――∞×iが虚数かどうかに如何程の意味があるのかね? しかし、残念ながら±∞×iもまた虚数な筈だぜ。

――つまり、±∞×iが虚数だとすると、実在は、即ち、《存在》は必ず複素数として此の世に《存在》する事を強ひられる以上、その《存在》は必ず不確定でなければならぬ事態になるが、へっ、その不確定、つまり、曖昧模糊とした《吾》として、この《吾》なる《存在》は堪へられるのかね? 

――だから、《吾》が《吾》を呑み込む時にげっぷが、若しくは恍惚の喘ぎ声がどうしても出ちまふのさ。

――くきぃぃぃぃぃぃんんんんん――。

 再び、彼の耳を劈く不快極まりない《ざわめき》が何処とも知れぬ何処かからか聞こえて来たのであった。

――すると、《一》は一時も《一》として確定される事はないといふ事だね? 

――ああ、さうさ。

――しかし、ある局面では《一》は《一》であらねばならぬのもまた事実だ。違ふかね? 

――さあ、それは解からぬが、しかし、《存在》しちまった《もの》はそれが何であれ、此の世に恰も実在するが如くに《存在》する術、ちぇっ、つまり《インチキ》を賦与されてゐるのは間違ひない。

――ちぇっ、所詮、実在と《存在》は未来永劫に亙って一致する愉悦の時はあり得ぬのか――。

――それでも、《吾》も《他》も、つまり、此の世の森羅万象は《存在》する。さて、この難問をお前は何とするのかね? 

――後は野となれ山となれってか――。つまり、《他》によって観測の対象なり下がってしまふ《吾》のみが、此の世の或る時点で確定した《吾》として実在若しくは《存在》するかの如き《インチキ》の末にしか《吾》が《吾》だといふ根拠が、そもそも此の世には《存在》しない、ちぇっ、忌々しい事だがね。

――だから、《存在》は皆《ざわめく》のさ。

――つまり、《一》者である事を《他》の観測によって強要される《吾》は、《一》でありながら、其処には《零》といふ《存在》の在り方すら暗示するのだが、《一》者である事を強要される《他》における《吾》は、しかし、《吾》自身が《吾》を確定しようとすると、どうしても《吾》は−∞から+∞の間を大揺れに揺れる或る振動体としてしか把握出来ぬ、換言すれば、此の世に《存在》するとは絶えず±∞へと発散する《渾沌》に《存在》は曝されてゐる、儚い《存在》としてしか、ちぇっ、実在出来ぬとすると、へっ、《存在》とはそもそも哀しい《もの》だね。

――くきぃぃぃぃぃぃんんんんん――。

――だから如何したと言ふのかね? へっ、哀しい《もの》だからと言って、その哀しさを拭う為に直ちにお前はその哀しい《もの》として《存在》する事を止められるかね? 

――へっ、止められる訳がなからうが――。

――土台、《吾》とは何処まで行っても《吾》によって仮想若しくは仮象された《吾》以上にも以下にもなれぬ、しかし、《他》が厳然と《存在》する故に、《吾》は《他》によって観察された《吾》である事を自然の摂理として受け入れる外ない矛盾! 嗚呼。

――それ故、男は女を、女は男を、換言すれば、陰は陽を、陽は陰を求めざるを得ぬといふ事かね? 

――さう。男女の交合が悦楽の中に溺れるが如き《もの》なのは、《吾》が《吾》であって、而も、《吾》である事からほんの一寸でも解放されたかの如き錯覚を、《吾》は男女の交合のえも言へぬ悦楽の中に見出す愚行を、へっ、何時迄経っても止められぬのだ。哀しいかな、この《存在》といふ《もの》は――。

(十 終はり)

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2010年3月15日(月) 07:26 [ 哲学 文学 科学 宗教 思索 ]
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