幽閉、若しくは彷徨 九 [2008年12月01日(月)]
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――……断罪せよ……吾を……汝を……存在を……断罪せよ……。
――へっへっへっ。ぐうの音も出ないかね? ――ふっふっふっ。可笑しくて仕様がない。 ――……断罪せよ……吾を……汝を……存在を……断罪せよ……。 ――ぶはっはっはっ。狸の化かし合ひは已めようぜ。 ――狸の化かし合ひ? ――さう。断罪せよとは存在者側の言ひ分だろうが。本当はかう言はなければならぬ。「……吾を……汝を……存在を……殺せ!」と。さあ、正体を現はせ! ――何だ? 吾とは、汝とは、存在とは、何なのだ? 何だったのだ? ――泡沫の夢と言へば恰好はいいが、多分、生老病死……諸行無常……生々流転……等、何とでも言へる筈さ。 ――何とでも言へる筈だと? ――さうさ。むしろ何とでも言へなければならぬのだ! ――へっへっへっ、すると吾とは、汝とは、存在とは、迷妄の一種なのか? ――迷妄の一種か……ふっ。さうかもしれぬ……が、しかし、吾とは、汝とは、存在とは、自同律といふ不愉快極まりない難問を抱へ込まざるを得ない何かさ。 ――不愉快極まりない? ――それはお前がよく知ってゐる筈さ。 ――へっへっへっ。確かにな。でもこの不愉快は何処からやって来るのだらうか? ――多分、存在自体からさ。 ――存在自体? ――ぷふぃ。 ――へっへっへっ。存在自体だと! ――何を今更うろたへる? お前も薄々気付いてゐた筈だらう。存在する以上、自同律から遁れられないと。 ――存在自体からか……。へっ、自同律なんぞ糞喰らへだ。 ――この不愉快が存在自体から発してゐるとすると、存在とは何と厄介な代物だらう。 ――何を今更。 ――でもこの不愉快極まりない自同律は存在の宿命なのか? ――宿命といふよりも呪縛だぜ、自同律は。 ――うむ。呪縛か……。やはり呪はれてゐるんだな、存在せざるもの達に……。へっ、この宇宙は存在せざるもの達の怨嗟や悪意に満ちてゐるのだらうか。 ――ふっふっ。それはお前の心の反映に過ぎないのじゃないかね。 ――だとしてもだ、存在するものは存在せざるもの達に呪はれてゐることは間違ひない。 ――何故? ――何故……。何故って、ちぇっ、さうとしか思へないからさ。 ――それって存在するもの達の思ひ上がりでしかないのじゃないかね? つまりは存在するもの達の下らない自己満足でしかない! お前の考への根底には存在することの《優越感》があるに過ぎない。へっ、それはそれは下らない《優越感》さ。 ――《優越感》か……。成程さうに違ひない。しかし、存在すること自体呪はれる対象ならば、一寸でも《優越感》がなくてどうする? ――それは唯の迷妄に過ぎない。 ――ぷふい。迷妄? へつ。お前は存在自体が迷妄と言ひたいのかね? ――ふっ、さうさ。存在自体迷妄に過ぎない。迷妄に過ぎないから自同律が気味悪いのさ。 ――つまり、存在するものはその存在を持ち切れないといふことか……。ちぇっ、不気味に嘲笑ふ自同律の罠よ! ――へっ、お前にも自同律の奈落が解かるらしいな。 ――気が付くとその奈落が吾の棲処だった……。どう足掻いても吾は吾から一歩たりとも逸脱出来ぬ、へっ、存在するものだったのさ。ちぇっ、吾は吾に呪縛され幽閉されてゐる……。 ――だからどうした? お前が言ふ吾そのものが迷妄じゃないのかな? ――しかし、吾は吾であることを強ひられる! ――当然だろ。お前は存在してしまってゐるんだから! ――ちぇっ、存在することはそんなに後生大事なことなのかね、ふっふっふっ。 ――へっ、何ね、吾は唯存在をあっと驚かして存在を顛覆させてこの宇宙を、この悪意に満ちた宇宙を震へ上がらせたいだけさ。 ――それで何か目算でもあるのかい? 例へば埴谷雄高の《虚体》のやうなものが? ――ふっ、今のところは何もないさ。唯、旗幟(きし)の如きものとして反物質による二重螺旋で出来た例へば《反存在体》略して《反体》と呼ぶべきものをでっち上げてみては空論を何度か試みてはゐるけれどどうも納得がゆかないんだ、今のところは。 (九の篇終はり) |








