もうすっかり。
2007-07-31 10:32:23
この間、近所の獣医さんへ行ってみたら
1.7キロでウチの子になったドゥドゥも
驚異的な成長をみせ、なんと2.5キロに!
もうすっかり、大人の仲間入りです。

ちなみに、イッタンは減量成功の5キロ!
ちょうどドゥドゥの倍。
猫の下肢って、どうしてこんなに可愛らしいのかしら?

|
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません 2007年07月
リンク集
![]() |
もうすっかり。2007-07-31 10:32:23
この間、近所の獣医さんへ行ってみたら 1.7キロでウチの子になったドゥドゥも 驚異的な成長をみせ、なんと2.5キロに! もうすっかり、大人の仲間入りです。 ![]() ちなみに、イッタンは減量成功の5キロ! ちょうどドゥドゥの倍。 猫の下肢って、どうしてこんなに可愛らしいのかしら? ![]() 『沙門空海。。。』2007-07-30 10:26:56
ここんとこ、私は寝不足気味。。。 理由は簡単。寝る間も惜しみたくなってしまう本があるからだ。しかも、4巻もの。『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』である。 ![]() その昔テレビで観た、「ホールズ」というのど飴の「ヴェイパー アクション!」という宣伝文句を思い出してしまう程、その内容はまるでジェットコースター。 アマゾンから内容を転用すると 西暦804年、密を求め遣唐使として長安に入った若き留学僧・空海は、友人の橘逸勢らとともに朝廷をも揺るがす大事件に巻き込まれる…。日本初の世界人の活躍を描く中国歴史伝奇小説。 簡単に言ってしまうと、あの空海が楊貴妃にまつわる死の真相に迫るミステリーである。執筆19年の大作だというのも頷ける程、微に入り際に入り、歴史考証や史実に沿って繰り広げられる壮大なファンタジーである。 こういった作品のPRをさせていただけるのは、本しゃべりすと冥利に尽きると云うものだ。しかも、ちょっとだけ自慢だが、今月下旬まで3巻〜4巻はお預けのはずが、以前出版された単行本で、まとめて読めるというおまけ付き。 寝不足必須のこの4巻もの。かなりおすすめです。 新しい本棚にて。。。2007-07-30 09:24:04
見返り美人のように黄昏中のイシマツ。 意外と絵になっています。 ![]() その裏の棚で新しくベッドを見つけたドゥドゥ。 ![]() 二匹とも、本棚を気に入ったようで 結果オーライ。。。 良かった良かった。 『きみは金色の雨になる』2007-07-26 01:03:01
知り合ってもう、何年になるのかしら? 『バグダッドのモモ』という大人の読む寓話のPRを担当してからのお付き合い、著者の山本賢藏さん。 ![]() 職を辞し、単身パリに渡ったかと思えば、気がつくと、カンボジアでのんびりしているという山本氏のお便りをもらいつつ、「いつ新作をだすのだろう?愉しみなのにな」なんて思っていたのだが、先日、「本を出すので献本」して下さる旨のメールを戴いた。 首を長くして待っていたら2〜3日して、きれいに装丁された『きみは金色の雨になる』という魅力一杯の1冊が届く。弟と著者の回想記のようでいて、その実、喪失感や自己との対峙という「心の旅」が大きく深いテーマの作品だ。 ![]() ところどころ、特に「回想記であること」「話の流れにベースとなってくる名曲が読書中に耳に流れてくる」ことなどが、以前、このブログで紹介したアンヌ・ヴィアゼムスキーの『愛の讃歌』を彷彿とさせる。 アマゾンから内容を転用すると 失うとは、かくも心を透明にするものなのか。 著者がついにメコンのイルカになれた時、 私の息子喪失の悲しみまでが浄化される思いがした。 これは魂の救済の詩篇だ。――柳田邦男 この世界のどこに、ぼくたちに、音楽が、非暴力が、愛が、あるか?詩的文体によって刻み込まれた、生の意味を問いかける魂の彷徨と再生の物語。『バグダッドのモモ』の作者による書き下ろし長編!父親の仕事の都合で少年時代をパリで過ごすことになった仲のいい兄と弟は、異邦人として学校でリンチまがいの凄まじい虐めの日々を体験する。そんな日々、ふたりはふたりだけの言語を考案し黄金の王国「トントコランド」を築き上げた。やがて弟は引き籠もりがちになるが、音楽にきらめくような才能を発揮し始める。一方、兄は大学、就職、そして報道記者として世界にはばたき、ふたりの王国は消滅する。 しだいに別々の道を歩むふたりだったが、ある日、兄の滞在先のパリに弟が突然訪れ、そして自死を選んだのだった。 弟の遺した歌のメッセージ、彼がカンボジアで行なったらしい音楽活動の足跡を追って、兄の長い旅が始まった……。 山本氏は、今までに2冊ご著書があるが、1冊目は、ルペン・ショックの際、揺れに揺れたヨーロッパの今を生の声で綴ったルポルタージュ『右傾化に魅せられた人々』 2冊目は孤高の猫「モモ」と戦場に生きる少女「もも」の心の交流を描いた寓話『バグダッドのモモ』 そして、本作である。 形態こそ違えども、これら3冊はどれも山本氏らしく、どんなに難しい内容のものでもモノともせず、簡単で柔らかい文体で綴られ、すぅっと胸にしみ込んでくる。そしてなにより、自身の「葛藤」や「自嘲」「喜び」「安堵」そういったもの全てを、どこか俯瞰してみるような文体がベースになり、心地よい。 哀しみ、喜び、絶望、狂喜。。。そういったものを乗り越えた上で、ひとときの緩やかな時間を過ごしたい時にお供させたい1冊である。 『孤島』と『猫』2007-07-24 01:52:43
やれやれ、久しぶりの更新です。家族はもちろんのこと、友人・知人、はたまた仕事関係でお世話になっている方々から、「chicaネット引退説」が流れていたらしく、単にサボっていたことがなかなか言い出せない、今日この頃。。。 何をしていたかと思えば、本棚購入をきっかけに、お部屋の改造等など。仕事を終え、「一日の終わりにブログを!」と、くるところに「一日の終わりにはDIY!」となり、すっかりネジ廻しとネジとお友達になっていました。 さてさて、ここんとこ、ずーっとこのブログに書きたかった本。『本とも』で軽く取り挙げたジャン・グルニエの『孤島』。 ![]() 「孤独」について柔らかな視点で綴られたエッセー集だが、中でも『猫のムールー』と題された章が頭から離れない。この本を読んだ時とティッティを亡くしたときが近いせいか?もともと私がぼんやり頭の中に置いておいた想いと錯覚するような内容を字で読んだせいか?とにかく、気になる1冊である。 残念なことに、絶版もので、私ももう長い所友人に借りている本である。神保町で探してみるも、なかなか見つからない。いつか、絶対に手に入れたい本である。 この『猫のムールー』は、グルニエが飼っていた猫の付いてのエッセーである。読むと、なるほど、彼が如何にムールーと猫のいる生活を愛し、慈しみ、敬っていたのかがわかる。しかし、それだけで話は終わらない。引っ越しやバカンスで、ムールーを飼っていられなくなった彼は、知人にムールーを託すのだ。そしてしばらく後に戻った際、不具者となったムールーと再会し、再度別れを言う際には、ムールーの安楽死を選ぶのだ。 ここで、グルニエも思い悩むとおり、人間は神ではない。そもそも無宗教の私にとっては、神様云々はわからないが。。ただ、私は思うのだ。愛する者の痛ましい未来を実現させたくない気持ちは、全くの間違いではないと。ただ、語弊が無いように書き添えておくと、諸手を挙げて「安楽死に賛成」とは思わないのである。 こんな風に矛盾や葛藤を胸に抱えながら、私は『猫ー猫と歴史家と二度目の妻』を読んだ。 ![]() ここで云う「歴史家」とは、『フランス革命史』を書いたジュール・ミシュレである。その妻アテナイス・ミシュレが書いた本書は、『猫のムールー』と同じく、一部の人からは「残酷である」と評されるだろう。だけど、私は違和感なく読んでしまった。彼女も猫を愛し、慈しむ。でも、近隣の猫嫌いのおじさんに猫を叩き殺されようと罠をかけられようと、家に「猫を閉じ込めてしまおう」とか、過保護になり過ぎたりはしないのである。さすがに、時代も環境も現代とは違うので、アテナイスのようにありのままで自由にさせる訳も行かないが、心持ちとしては、最近流行のペットの過保護ブームのようなものよりも、しっくりと来るのである。気がつけば、さっきまで感じていた、あのモヤモヤも、なんとなくありのままの葛藤、ありのままの矛盾として受け入れたくなるのである。 夢と、希望いっぱいに、これから動物を飼おうと思っている人にはお勧めしませんが、私みたいに「なんとなく違和感」を抱えている人には、おすすめの2冊です。 |
カテゴリアーカイブ
|
| (c) 1999-2008 Cafeglobe.com All rights reserved |