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猫の社会にも

2007-05-30 00:32:45

礼儀作法がある。

まだ、ドゥドゥは赤ちゃんで、無邪気。

石松が教える「猫の礼儀作法」の授業中、

目の前でふわりふわりと動く石松のしっぽに突進し

お小言もらうドゥドゥ。

でも、ちょっとしょんぼりしてるラガドゥの視線の先には

やっぱり、しっぽ。。。

頑張れ石松先生!忍耐である。




『「デスパレートな妻たち」と。。。』

2007-05-29 23:05:02


仕事柄、本ばかり読んでいるように思われがちですが、実は深夜に放送されているテレビ番組もかなり好き。質の良いドキュメンタリーから海外ドラマ。中でも、海外通販の『ビリーズブートキャンプ』に釘付けである。といっても、見ているだけなのですが。。。

ちょっと話がずれましたが、そうそう海外ドラマについて。。。
ちょっと古いかも知れませんが、学生時代『ビバリーヒルズ高校白書』にハマったのを封切りに、『アリーmyラブ』や現在NHKで放送している『デスパレートな妻たち』、日本テレビでやっている『プリズんブレイク』などなど。見逃せないドラマが沢山あるのだ。

で、そんな私に先週、書籍編集の友人M氏がプレゼントしてくれたのが、『「デスパレートな妻たち」と「アリーmyラブ」を観るー彼女たちの「修羅場」』と題された1冊だった。



副読本として読むと、異様なくらいに面白く、あっという間に読み終わってしまった。まずのっけからテーマに書かれていたのが「楽園追放」である。『アリー』も『デスパ』も『セックス・アンド・ザ・シティ』も、ドラマの主人公たちは皆一様に社会的成功のチケットを持っていて、学歴・才能・美貌にも申し分が無い。なのに、所謂「ラブ=女の幸せ」のチケットを持たず、紆余曲折しながらもがいているのである。

これは、昔から古今東西にいわれて来た「こうしていれば大丈夫。こうしていれば幸せになる」といった「お約束」が無くなり、いわば「楽園」が崩壊してしまったという事である。

そういった、不均衡な所から次々と繰り広げられる社会派タッチなエピソードの数々が、実は、秀逸なコメディとなって、みる人間に浸透していくのである。

男性である著者が解説する中では、良い意味で「あなた本当に男性?」と思わせる程、繊細なエピソードも見逃さない。

ただ、「働く女性」「ひとり暮らし」「バツイチ」の私としては、このドラマの数々も、本も、ちと頭の痛い所なのですが。。。

読んでる間中、ドラマの1話1話を思い出してしまう。一粒で何度も美味しい1冊。海外ドラマファンにはお勧めです。

お誕生日の…

2007-05-27 22:35:34


プレゼントに、家族から猫♪

今日から家族の仲間入りです。

目がとっても大きいので、名前はラガドゥ。

フランス、ブルターニュの方言で「目」。

あと、「泥んこ遊び」とも同じ音なのだそう。

遊び好きで、物怖じしない仔です。

石松は、ちょっとびっくりしているけども

いったんとティッティ、
足して2で割ったようなラガドゥに

仲良くなれそうな気配です♪

bye bisous chica


メタボ?

2007-05-24 04:36:40

最近

おなかに一円玉ハゲを作ってしまった石松。

にもかかわらず、ちょっと太った?


bye bisous chica

『食物のある風景』

2007-05-23 01:44:18

お食事をする時、大切なのは何だろう?まだ私が会社員で飲食PRをしていた頃に、社長から聞いた眼から鱗の話があった。「味・雰囲気・価格・サービス」この4つのクライテリアは高かろうが低かろうが宜しいが、絶対にバランスだけはきっちりとらなくてはいけないとの事。

確かに、味がそこそこでも安くて雰囲気もカジュアル、サービスもまずまずであれば納得するのだが、何処かが飛び抜けすぎて居心地の悪さを感じたりする事は、ままある事だと思う。

現時点でただのお客さんになっている私は、顧客側の視点としてもう一つ、あえて付け足したいと思う。それは店側の事ではなく顧客側の事だけれども。。。そう、一緒にお食事をする相手である。

女性の立場から言ってしまうと、どんなに素敵な所であろうとも如何に美味しかろうが高かろうが、きちんと会話の出来にくいや恐ろしいくらいのマナー違反の相手と一緒であれば、美味しくなくなってしまう。

もしも、まだそんなに良く判り合えていない人と食事をしている際、あなたの正面に座っている人が口に食べ物が残っている状態でぺらぺら話し出したら?また、そんな状態でつばが顔に飛んで来たら。。。考えただけでも恐怖である。過ごす時間は最悪で味も判らなくなってしまう。。。まぁ、ここまでとは云わず、こんな経験をした人は、結構いるのではないだろうか?

そんな風に感じる人はきっと、誰かと食べる時間の大切さを感じるのではないかと思う。そんな人には非常にお薦めの1冊。
池波志乃さんの『食物のある風景』




内容をアマゾンから転用すると

女優にしてエッセイスト、夫・中尾彬とともに美食家として知られる池波志乃が、さまざまな食材を取り上げ、沖縄の食を語る。

と、異様に素っ気ない紹介であるが、内容はそんな風に素っ気ないものではない。落語家の志ん生を祖父に金原亭馬生を父に、生粋の下町江戸っ子として芸能一家に生まれた著者が、食物を通して綴る人生の出会と別れの吟醸エッセイなのである。池波志乃さんというと「春は伊達巻きから!」というCMを懐かしく思い出す。(オーバー30の人しか判らないかも知れませんが)

タイトルを見て、食べ物の話だろうと想像するのだが、いやいやこれはテーブルの向こうにいる人の話なんだ、と途中で気づくのだ。そして彼女の視点が非常に温かい事が、心地よい読書時間を誘ってくれるのである。そしてふと思う。「美味しいね」と言い合える身近の存在が、如何に自分に大切なのかを。

『たまらなく日本人』

2007-05-21 04:09:52

パックのツアー旅行に行った事がありますか?
きっと、面倒くさい事は全部ツアーコンダクターさんやガイドさんがやってくれるから便利そうだけども、私は一度もこういった旅行をした事が無い。1都市集中が好きで、実は人見知りが理由なのですが。。。「知らない人と旅行して、何が愉しいんだろう?」なぁんて思っていました。この本を読むまでは。。。
『たまらなく日本人』




本当にたまらない!!
ひょんな事から手にした本だった。本屋さんで見かけた訳でも誰かに薦められた訳でもない。表紙もぼろぼろで汚めのこの本は、8年も前から、実家に転がっていたという。8年経って、やっと興味が出たのか?ふと、まえがきを読んでみたら止まらない。困った。。。先週書店で大量購入した本を読みたいのに、この本から眼が離せない。内容をアマゾンから転用するとこう。


人気No.1海外添乗員(ツアコン)の“笑撃”の打ち明け話し!
不況だの何だのといっても、海外旅行には惜しみなく金を出す日本人。もちろん、8日からせいぜい15日という短い期間であり、パッケージツアーという表面的かつ瞬間的なものであるにしても、その勢いは刮目(かつもく)に値する。その様子は、興味のままにウサギ小屋から飛び出したウサギを思わせる。あたりをちらちらとうかがいながら、外の景色におっかなびっくり。世界というのはこんなに広かったのかしらと、まずは感心することしきり。不安になったり感動したり、ときには肉食動物の餌食になったりしながら、珍道中をつづけ、楽しみや苦しみをちょっぴり味わい、やがては自分の巣へと逃げ帰る、そんなウサギである。とても愛すべきウサギたちもいればその逆もいる。――(まえがきより)

残念ながらこの本、絶版なのですがご興味のある方は「復刊ドットコム」や全国の古本屋さん、図書館で読んでみて下さい。元ツアコンの直面した数々のエピソードは、抱腹絶倒もの。何かのプロフェッショナルが、彼らにしか見えない視点でのアレコレを面白く書いたものとして、私が真っ先に思い浮かべるのは『キッチン・コンフィデンシャル』や『囚人狂時代』であるが、それに通ずる面白さだ。絶対に戸外で読む事をお薦めしない1冊。

なんと言っても、こんな人見知りな私に「こんなに面白い事があるなら、パックツアーに参加したいなぁ」なんて思わせるくらいなのである。



『きんぎょの夢』

2007-05-09 00:19:42


こんな時は、どんな本を読めば善いのだろう?と半ば途方に暮れ、向田邦子の『きんぎょの夢』を手に取ってみた。向田邦子は、一世風靡した酒井順子さんの『負け犬の遠吠え』に、あたかも「負け犬の教祖」のように紹介される、一見して強い女性像であるが、彼女の視点はそれだけではない。このオビに紹介されるように、「婚期を逸した女性が夢見たつかの間の幸せ」なだけの話ではないのだ。





内容をアマゾンから転用すると
おでん屋を経営する砂子には、結婚してもいいと思っている男がいる。ある日、店に見知らぬ女がやってきて―婚期を逸した女のはかない夢を描いた表題作の他、結婚をめぐっての親と子の心の行き違いをテーマにした「母の贈物」と、子のない老夫婦の哀歓を優しく見つめた「毛糸の指輪」の計三篇を収録。向田ドラマの小説化第4弾。


私は向田邦子の描く登場人物たちが好きだ。その人の培って来た自意識やモラル、理想や現実に翻弄され、葛藤しながらも紆余曲折の後に選びとった潔さに、強烈に惹かれるのである。私たちは、生きている限り、金太郎飴のように何処をとっても同じで平坦な心を持っている訳ではない。「こんな事は間違っている。でも。。。」とか、「これって正しい?」とか、日々自分の心と問答しながら究極の自己肯定に走ったり、過去の選びとった選択の後悔をしたり、つまらない事で一喜一憂したりと、結構忙しい。

そんな小さな人生の機微を向田邦子は慈しむように丁寧に書き出して行くのである。だから、向田邦子の描く登場人物は皆、どこか泥臭く不器用でたくましい。でも、私はそんな泥臭さやたくましさを美しいと思う。そんな小説を読む度に「私たちは生きている」と実感するのである。


Love you forever

2007-05-06 14:53:54
だめでしょう
とまりませんな
がぶがぶ湧いているですからな
ゆうべからねむれず
血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にそうです
けれどもなんといい風でしょう
もう清明が近いので
もみじのわかめと毛のような花に
秋草のような波を立て
あんなに青空から
もりあがって湧くように
きれいな風がくるですな
あなたは医学会のお帰りか何かは判りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気にいろいろ手あてもしていただければ
これで死んでもまず文句はありません
血がでているにもかかわらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
ただどうも血のために
それを言えないのがひどいです
あなたの方から見たら
ずいぶんさんたんたるけしきでしょうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青空と
すきとおった風ばかりです

坂口安吾『堕落論』「教祖の文学」より
宮沢賢治の遺稿『眼にて言う』抜粋


別れは突然で、あまりに受け入れがたく
「窓を開け放しのまま、出掛けてしまってごめんなさい」
「気づいて見つけてあげられなくてごめんね」
「最後の息を引き取る瞬間に、優しく頭を撫でてあげる事もせずにごめんね」
と、悔恨の念が尽きる事はない。

昨日、書いた記事に色々な方からのコメントをお寄せいただいた事の感謝を、お伝えしたいと思う。皆さんからのコメントが、大きな慰めとなりました。本当にありがとうございました。

看取ってあげられなかった分、昨日は一日中ティナの事を考えて過ごしたかった。ティッティが居なくなってしまった事を、おおいに嘆き哀しんであげたかったから、温かいコメントを読みは泣き、お返事を書いては泣き。。。

ただ、私はこうして自分が、自分の哀しみや辛さをブログに吐露したり、ペットを擬人化させて人間並みに扱うのには、普段から違和感がある。

今、ティッティは人間のそれと変わらないくらい立派な壷の中に、真っ白な骨となって、うちに戻って来ている。それでも、私は大きな違和感を感じずにはいられない。ティッティは、そんな所には居ない。そんなご立派な容器の中ではなく、ベッドの上やクローゼットや本棚の上に寝そべり、物憂げな表情をして私を見ている。

だから、感傷をここに書くのは最後にしようと思う。少し、自分が冷たい人間にように思う所もあり、戦慄しないでもない。しかし、如何に自分がそう感じても、誰がなんと云おうと、私はティナを深く深く愛していたのには変わりがなく、これからもそうだ。

きっともう、ティッティには私の彼女に対する愛情や今の喪失感が伝わっているのだと思う。あんまり私が泣いていると、今度はティッティが哀しむから、明日からは、悲しいティッティを思うのではなく、この写真のように、にっこりと笑った顔や、可愛らしかった彼女の仕草、気配を心で感じながら過ごしていけるようにしたいと思う。

最後に、冒頭で紹介した宮沢賢治の遺稿のように、ティッティが感じた最後の時が、苦しみよりも初夏の透き通った風とあたたかな日だまりの中、キラキラと輝く世界だった事を、走馬灯のように駆け巡る思い出の数々が幸せな物であった事を祈りつつ。。。





貴女と過ごした幸せな時間をありがとう
安らかに眠って下さい



願わくば。。。

2007-05-05 14:04:40

ブログを読んだ人が哀しい気分になったり、嫌な気分になる事は、なるべく書きたくないと思っているが今日はちょっと許してもらって、私の中の覚え書きとして、そして祈りとしてこんな事を書こうと思う。



いつもここで書いているように、ティナは我が儘で甘ったれ。で、怖がりなくせに冒険家である。「ティーナ?」「ティナ?」「ティッティ」「ティーちゃん」「可愛子たん!」「美人ちゃん」「ネズミちゃん」などなど、色んな呼びかけに対し、「にゃあん?」「にゃー」「んー?」と答え、ときには「ニャアン」と半ば脅かすように私に何かを問いかける。私が泣けばスリスリと頭を押し付けて慰め、夜更かしすれば少し怒ったように鳴き迎えにくるのが常である。

抱っこされたり、膝の上で寝るのが好きで、鋭い爪をたて私によじ登って来るから、もう何枚カシミアのセーターをダメにされたか判らない。眠るときは、どんなに暑い時にも私にぴったりと引っ付き、脇の下のところでタムタムするからパジャマの左脇はいつもボロボロになってしまう。

そんなティナが、昨日死んだ。時間は判らない。
昨日、窓を明けっ放しにして出かけた。夜、帰って来た時に友人たちと家に入ったから、何処かに隠れているんだと思っていた。そうゆう時、私が眠ると何処からとも無く這い出て来て、気がつけば脇の下で眠っているのが常なのに、朝目が覚めてもいなかった。絶対部屋の中に居ると確信したくて、安心したくて窓の外を覗いてみると、横たわるティナが真下に居たのだ。あわてて駆け下り、ティナを抱き上げると、既に冷たく、しなやかなはずのティナが硬直していた。

ベランダから落ちたのだ。
落ちて行く2〜3秒の間、とても怖い思いをしただろうに、不思議とその表情は安らかで夢見るように、こころもちうっとりとしたものであった。どこにも大怪我らしい所は見当たらず、まるで、ただそこに横たわるかのようなティッティ。即死だと思っていた。でも違った。

家に連れて帰り、櫛で梳かし、名前を呼びながらあちこち撫で回す。そしてティッティの4本の足、全ての肉球が汚れているのを見つけた。彼女はしばらくの間生きて、歩き回ったようである。お腹は痛くて苦しかったに違いないが、多分ティッティは、大好きな暖かい日差しと心地の良い風を全身で感じ、逝ったのだ。そんな顔だった。耳は、よく聴こえるように、とピンと真上に向いていた。多分、私が呼ぶ声を聞き逃さないように聞き耳をたてていたんだろうと思う。そんなティナに気づいてあげる事も、看取ってあげる事も出来なかった。

猫の平均寿命は20年。9歳と8ヶ月だった。短い命だった。

願わくば、もしも天国があるのなら、
暖かい日差しと風を充分に感じて幸せに過ごして欲しい。

願わくば、もしも生まれ変わりがあるのなら、
また可愛い猫になって私のところに戻って来て欲しい。

願わくば、短い猫生だったけれども、
愛されていたと、幸せだったと思っていて欲しい。

ティッティ、いつでもこれからも貴女が大好きよ。
安らかに眠って下さい。



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