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本しゃべりずむ

『Little DJ』

2007-03-16 04:15:26


ちょっと前に流行った『世界の中心で愛を叫ぶ』や『黄泉がえり』は好きですか?ごくごく個人的な趣味を言ってしまうなら、私はこのテの「泣け!号泣しろ!!」というタイプの物はあまり好きではない。どうしても、あざとさが見え隠れしてしまうからなのであるが。。。とは言っても、浅田次郎氏の『地下鉄に乗って』や『日輪の遺産』などの泣かせ物は好き、というちょっとした矛盾を抱えているのです。

書籍PRの仕事を初めて紹介してくれた恩人でもある友人O氏より、昨日1冊の本を渡された。O氏と、名前を伏せるのもちょっと妙な感じがするので、名前を珍しく出してしまうと鬼塚忠氏である。渡された本は『Little DJ-小さな恋の物語』氏の最新の著書、かつ初の小説である。



内容をオビから転用すると
「好きです。好きでした。これからもずっと好きです」尽きせぬ想いが、ラジオから聴こえるー海辺の病院で紡がれる、小さなディスクジョッキーの初恋ものがたり。



まだ私が会社員だった5年前に、ふとした事がきっかけで友人から紹介された時の鬼塚氏の印象を、ここで挙げると鹿児島出身というのがこれほどしっくり来るのか?と感嘆する程に西郷隆盛に似ていて、さながら「小さい西郷さん」であった。「フレンチのお店の本を出したい」という私と社長に、熱く「この店を舞台にした小説にしよう。映画化させよう。」と、のべつ幕無しに語り、しかも「監督は、チャン・イーモウにしよう!」と鼻息荒く言い放った彼を見て「おいおい。フレンチの店だぞ?」とツッコみを入れるのも憚るくらいの荒唐無稽さがある人であった。しかし、無謀な程の大きな夢も、キラキラと輝きを放つ彼の目を見てしまうと、「そんなに無理な話じゃないのか?」と特別な何かを思わせる人でもあった。

嬉しそうに笑うとほっぺたが赤く、モコモコと盛り上がり、一度見たら忘れられない剛毛眉。ちょっと、こむつかしい質問をすると、目をパチパチとさせ、つい下唇が出てしまう通称オニーこと、鬼塚氏はその愛すべき容貌に反して、究極のロマンチストである。常に魂のうち震えを求めてやまず、また、その感動を人々に伝播させたいと願う人である。

そんな鬼塚氏から2年程前、この『Little DJ』の構想を聞かされ、いつ出版されるのか愉しみに待っていたのであるが、先程この本を読み終えた私の感想は「ああ、鬼塚さんはまた一歩夢に近づいたのだな」と、さわやかな読了感が走る作品であった。



九死に一生??

2007-03-13 04:41:03

夜分遅くに友人を家まで送った帰りに、運転しながら見たお月さまは、ちょっと赤味がかって大きくて、とっても綺麗な半月。子供の頃に姉と半分個にしたホットケーキを思い出させ、幸せな深夜のドライブを楽しんでいた。。。

 突然鳴りだす私の電話。同じマンションの下の階に住む友人M氏より「ねぇ。。煙臭くない?」のひと言。慌てる私。運転しながらだけど、そこから友人Mの電話実況中継。とりあえず急いで家路に着くと、消防車、救急車、パトカー総勢10台以上が数珠つなぎになってマンション前に。。。火元は2階のお部屋らしい。総毛立ち、慌てて一番煙い2階を抜け、部屋階まで駆け上がる。
良かった。石松は、ちょっと心配気だけどティッティは寝てる。もう大丈夫。ぼやで済んだみたい。。

どうやら、酔っぱらった女性が鍋を火にかけたまま酔いつぶれてしまったらしいが、大事には至らなかったようである。

これって、実は結構在る事らしいが、酔っぱらった時はレンジでチンにしてください。火は怖いものですよ。

今日は一日中ドキドキして眠れない日。。。



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『夜は短し歩けよ乙女』

2007-03-12 01:41:45


最近、このブログを読んでくださった方々から嬉しいお便り、ちらほら有り。嬉しい。特に、私の大好きな池上永一モノの反応が好いようである。つい、本が人にもたらす連鎖反応についてなど、改めて思い莞爾する。そもそも、私に『風車祭』を「読んでご覧」と薦めてくれたのは、師匠Kである。それ以来というもの、池上永一氏の作品は追っかけ読みしていると、以前のブログでも書いている。そんな事も在ってか師匠から薦められる本には絶大な信用を持って読んでみているのである。

そんな師匠から薦められた『夜は短し歩けよ乙女』ちょっと文章に癖が在るけど、うまくそこにハマると、すごく面白いよ」との事。。。ハマりました。読んだ後も、ドキドキして胸に甘酸っぱいさわやかさが広がり、困ってしまうくらいにハマってしまったのである。何故、この作家を今まで読まなかったんだろう?他はどんなのを出しているのかしら?なーんて思わせる森見登美彦氏である。



アマゾンから内容を転用すると
鬼才モリミが放つ、キュートでポップな片想いストーリー!
「黒髪の乙女」にひそかに想いを寄せる「先輩」は、夜の先斗町に、神社の古本市に、大学の学園祭に、彼女の姿を追い求めた。二人を待ち受けるのは奇々怪々なる面々が起こす珍事件の数々、そして運命の大転回だった!

内容(「BOOK」データベースより)
私はなるべく彼女の目にとまるよう心がけてきた。吉田神社で、出町柳駅で、百万遍交差点で、銀閣寺で、哲学の道で、「偶然の」出逢いは頻発した。我ながらあからさまに怪しいのである。そんなにあらゆる街角に、俺が立っているはずがない。「ま、たまたま通りかかったもんだから」という台詞を喉から血が出るほど繰り返す私に、彼女は天真爛漫な笑みをもって応え続けた。「あ!先輩、奇遇ですねえ!」…「黒髪の乙女」に片想いしてしまった「先輩」。二人を待ち受けるのは、奇々怪々なる面々が起こす珍事件の数々、そして運命の大転回だった。天然キャラ女子に萌える男子の純情!キュートで奇抜な恋愛小説in京都。

独特な筆致で、とにかく美しく、もう廃れてしまったような日本語をスルリスルリと嫌み無く書き進める文体や、出て来る登場人物すべての愛おしさ、可愛らしさは、私の心を捉えて離さない。

ふと著者略歴を見れば、この方も日本ファンタジーノベル大賞出身(?)の作家である。恐るべし、ファンタジーノベル大賞。。。気がつけば、この大賞を受賞した作家にはハズレが無いような気がするのである。

師匠が私に勧め、作家や受賞者の追っかけ読みをし、ここで紹介し、また誰かがこれを読んで、新しい好奇心の芽が出て、また誰かに紹介する。。。口コミってひと言で言ってしまえる事だけど、これって素敵な連鎖よね?と思うのである。

『愛の讃歌』

2007-03-09 01:44:32


通常、本屋さんへ行くのが好きなのでamazonでの購入は少ない。新刊の単行本ならここ、米文学なら、フランス文学なら、その他外国文学なら、純文学の文庫なら。。。といった具合にお気に入りの本屋さんがあって、店員さんの特徴もそれぞれ、楽しみ方もそれぞれ。昔、レコードを買っていた時の所謂ジャケ買いのように、ピンと来た表紙ってだけでも、結構お買い得な本があるからである。

そんな私でも、アマゾンで購入する時がある。書店で見つからない場合や、確実に読みたい本、等はここで購入するのである。で、最近になってアマゾンから届けられた『愛の讃歌―愛さえあれば-』を読んだ。この本は、本屋さんで探しても見当たらなかった。



題名を読んでも、その副題をみても、ベタな恋愛モノだと思うだろう。そして表紙を見てみても、出来の悪いシャンソン・コンピレーションのCDジャケットのような、居心地の悪さがある。しかし違う。そもそも、この本を読みたいと思ったのは、来週15日から開催される『フランス映画祭』がきっかけである。「何を観に行こうかなぁ?」なんて、のんびり上映ラインナップを見ていたところ『CALL ME ELISABETH』という作品があり、原作がアンヌ・ヴィアゼムスキーであると知る。早速、この本の翻訳を調べてみたが、どうやらまだ出版されていないようす。仕方ないので、ひとりワクワク感を高めるという気持ちで、彼女の他の作品を購入したのである。

彼女をご存知だろうか?彼女を言葉で人に紹介しようという時、思わず順序を考えてしまう。。。彼女単体を言葉で表すのなら「ゴダールやトリュフォーの多くの作品に主演した女優で、現在、作家」そして彼女の生い立ちやその属性を伝える大きな要素として「ノーベル文学賞受賞作家・フランソワ・モーリヤックの孫娘で、ジャン・リュック・ゴダールの元妻」である。

いかにもベタな印象のこの本であるが、先程上で挙げたように、読んでみるとその印象はまるで違う。

アマゾンから転用すると
母の遺品から発見された父の遺言状。それは愛人に対する愛情に満ち溢れたものだった…。ピアフの名曲とともに綴られるある家族の軌跡。フランスの有力書評誌『RTLリール』グランプリ受賞作品。


そう。あのピアフの名曲『愛の讃歌』や『ラ・ヴィ・アン・ローズ』を背景に、彼女の周りで息づく人々の過去を回想とともに旅する、自伝的な本である。と云う訳で、ピアフのベスト盤を聴きながら読んでみた。

本でも映画でも音楽でも、洋服や香水だって私は普遍的と思われるものが好きだ。誰だって「これは私の為にある〇〇だ」という錯覚に陥るものがある。その時、その状況で感覚として思うのだ。よく云われるのが恋愛で打ちのめされたり、振られてしまった時にいう「泣き歌」のように誰にだって、そんな物のひとつやふたつは持っているだろう。かくいう私もひとつだけ、どうしても聴けない曲がある。通りを歩いている時、お店で流す曲の中に、たまたま出くわすと、条件反射的に涙が出そうになる曲である。

この本は、そんな風にピアフの名曲を肌感覚として「私の、いや、私たちの曲である」と思っていた両親それぞれの人生の一端を紹介している。その、それぞれがお互い別の人との思い出の曲と云うのが、また切ないのであるが。。。 そしてその家族それぞれに対して溢れる愛情と思いやりに満ちたアンヌ・ヴィアゼムスキーの美しい文体が、更に切なくさせるのだ。 うーん。フランス映画祭、愉しみである。だけどチケット大丈夫なのかなぁ。。。

原作と映画

2007-03-07 04:24:02


最近なんだか映画づいている。しかもそのほとんどにハズレが無いのが不思議である。3月は好い映画が多いと言われているそうだが、そんな定説を初めて身を以て感じたように思う。映画業界が頑張っているのか?たまたま好い映画に出くわしたのかは判りませんが。。。

先々週末『華麗なる恋の舞台で』、今週末『パフューム』と2週続けて原作に忠実な作品を観た。たいていの場合「映画化決定!」となると、私はいつも葛藤を覚える。「観たい」という気持ちと「絶対、がっかりする」という気持ちのせめぎ合いがあるからなのですが、やっぱり「観たい」気持ちが勝ってつい観に行ってしまうのだ。

『華麗なる。。。』は先日このブログでも紹介したサマセット・モームの『劇場』の映画版。ページのボリュームを見ただけでも、絶対に2時間強の映画では収まりきらないはずなのに、うまい演出がカバーして、おもわず唸ってしまう。何よりも主人公のジュリアをアネット・ベニングが演じているのも、原作にイメージとぴったり。彼女が恋する年下の青年役も、本を読んで想像していた通りの「見るからに馬鹿で軽薄そう」なキンパツ君だった事も、登場シーンからくすくす笑ってしまえるくらい。痛快で、ちょっと切なく素敵な映画でした。




で、面白かったのは一緒に行ったK氏との映画の後の会話。K氏も私も原作を読んでから行ったので、きっとお互いこの『劇場』の世界観が出来上がっていたから余計に興味深かった。実は私は「食べるという事」がこの本の裏のキーワードで、その流れで最大の山場はそこにアルと思っていたのに、映画では「飲む」に変わっていて、ちょっとだけ失望したのだが、映画化だから許容範囲と思い「原作に忠実でしたね」とK氏に声をかけたところ「食べるがカットになってましたね」と返事が返って来た。K氏も同じところを原作の同じシーンを山場と思っていた事に正直びっくりした。

私たち人は皆、それぞれ興味の範囲も違い、感じ方だって違う。よく「価値観が違う」と軽々しく人は言うが、違う人間なんだから、そんなことは当たり前である。でも、ごく稀に思ってもみなかった自分の「オタク」な部分や「ナナメにみる視点」に一瞬だけ他者と合致する瞬間がある。そんな時「ピンときた」が降臨するのだろう。ま、たまさか意見があっていただけで、逆に思いもしなかった箇所をつかれたりするのもまた、愉しいものである。そう思うと、本を読んだり映画を観たりした後に語り合える友人・知人がいる事は、けっこう幸せな事である。

『パフューム』の原作『香水-ある人殺しの物語-』は、私が未だ実家暮らしだった何年前かももう忘れてしまうくらい昔に、父の書斎から拝借し、貪り読む程あっという間に読み終えてしまった本である。読後の一番最初の印象は「エンターテイメント性が高く、面白くあっという間に読んだけど、嫌な本を読んだ」だった。父にそのままの印象を伝え「なんであんな本を大事に取っているの?ちょっと気分が悪くなった」と聞いたところ「君が、嫌だ嫌だと思いながらも、夢中で最後まで読んだなら、そこにはきっと何かがあるんだよ。落ち着いたらもう一度読んでみると良いよ」との答え。





その後、父の言う事を聞かず、すっかりこの本の存在を忘れていた昨年の暮れに友人であるR氏から、この映画化を知らせれる。実家に帰って探してみてもなかなか見つからず、書店で購入したものの、もう一度読んでみる間もなく映画を観に行ったのだが、非常に面白かった。細かいディテールも脳の記憶を連鎖して呼び起こすような、そんな作品だった。思わずあちこちの匂いをつい嗅いでしまいたくなるような、匂いたつ映画だった。残念なのは、父と一緒にこの映画を観に行けなかった事。というか、誘いもしなかった事。きっと一緒に行ったら、帰りがてら愉しい話しが出来たに違いないのに。。。
うーん。どうして思いつかなかったんだろう?残念である。

『白の真実』

2007-03-04 06:48:52


以前、このブログでも紹介した沖縄の稀代のボードビリアン小那覇舞天を取り上げた評伝『笑う沖縄』。その著者であるノンフィクション作家の曽我部司氏が書いた、警察腐敗と覚醒剤をテーマにした『白の真実―警察腐敗と覚醒剤汚染の源流へ-』が先月末に出版された。


白状すると、自分で言うのも可笑しいが私はいい年して所謂グッドガールとして育って来たし、どこか四角四面で潔癖な印象を人に知らず知らず与えてしまう為かクスリ関係のものを人から薦められた事も無い。何よりも恐がりの弱虫なので「覚醒剤辞めますか?それとも人間辞めますか?」のキャッチフレーズを見ただけでも、子供の頃テレビで見て大変怖かったからか、所謂クスリに手を出した事が無い。ただ一つ云える事は、そんな私でも実は身近な存在と思う程にクスリは世の中に蔓延しているのだと感じている。

学生時代から今に至るまで何度となく、私と何ら変わらない環境で育って来た人たちや町に普通にいても不思議でない誰でもない誰かと交わす会話のそこここにクスリの話題は溢れているからである。ま、その大体が過去の武勇伝として一応試してみたと云うものであるが。。。以上の事から、現在の日本は手に入れたいと思えば、クスリと縁遠いこんな私でさえ手に入らないクスリは無いのではなかろうか?と思うのだ。

映画『レクイエム・フォー・ドリーム』や以前このブログで紹介したクスリ体験の感覚をまとめた『SPEED』などなど覚醒剤やヘロインを取り上げた作品や数かずのルポルタージュものは多くあり、それらに恐怖を感じてきたが、これほどまでに私を戦慄させたこのての本は無かった。


内容を本書のオビから転用すると
日本を世界一の覚醒剤消費国にしているのは警察組織だ!警察の不正、暴力団と中国・ロシアマフィアの関係、そして北朝鮮の国家的犯罪…密輸の現場まで巡り、覚醒剤をめぐる闇の構造を白日の下にさらす!
オビ裏「エピローグ」より一部抜粋
覚醒剤の大量密輸に関わっていたと上申書において告白した元警部が何を言わんとしていたのかを、四年以上の歳月をかけて私は取材しながら確認していたように思える。「稲葉事件」が象徴していたのは、拳銃を挙げるために全国の警察組織がより重大な犯罪に対し、目こぼしをしていたという恐るべき不作為だった。……

警察は私たちを守ってくれるのではなかったのか?
法を一番守るべきは、法に使えるおまわりさんや警察の人たちではないの?腐敗にも甚だしい。。。昔、イギリスが中国を骨抜きにする為に起こした「アヘン戦争」というのがあったが、今の日本はまさに「シャブ戦争」の状態にあるのだ。しかも、その手引きをしているのが警察だなんて。。。

発展途上な身であるとはいえ、もうすっかり大人としては成熟した34歳の私は、多分今後もこのままクスリに手を出したりしないし、それ関係のトラブルにも巻き込まれる事は無いのだろうと思う。でも、自分だけ良ければいいのか?とも思う。私の妹には可愛い子供がいて、私にとっても、それこそ目に入れても痛くない程の可愛い可愛い甥っ子である。彼が成長する中で、まだ発展途上で多感な時期に若さからの浅はかさで「手に入れたいと思えばいつでも。。。」と思ったりして欲しくないのである。

私があんなに怖がった「覚醒剤やめますか?それとも人間やめますか?」のキャッチフレーズを著者は「生ぬるい」と断じ「シャブをやるからダメになるのではない。ダメな人間がシャブをやるのだ」とこの本の冒頭で書いていた。そう考えてみると、今の私よりもずっと高校大学時代の私は知らない事も多く、不安も多く、矛盾も多く純粋で更に楽天的だったと思う。その為に「生きて行く事は恐れである」と感じていた。で、今の私はというと未だに、知らない事や不安、矛盾にとんではいるものの、それらの恐怖を乗り越えたり、やり過ごしたりする術を身につけたのだと思う。だから、安易にクスリに手を出さない。でも、これからそんな紆余曲折の時期を迎える未来の担い手たちは、もしかしてそんなダメな期間に手を出してしまうのかもしれない。。。しかも、それを警察組織が奨励しているのかと思うと、恐ろしくてたまらないのである。
この本の内容をこんなに怖がるのは、私だけなんだろうか?もしも私と同じように感じる人が多くいるなら未来の日本は少し改善され、もっと安心して暮らせるのかもしれない。。。
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