※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません
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本しゃべりずむ

居残り中…。

2007-01-31 09:08:09



月末は、いつも溜めてしまった
企画書や報告書の作成に追われ居残り作業…。

雑務がすごく苦手な私は泣きながらPC前に。

ネコ2匹はひたすらベッドで主人を待つ。

ふと見た娘たちに心奪われ
私もついベッドに横になる。

まぁ、いっか!1時間だけ♪


bye bisous chica

『佐賀のがばいばあちゃん』

2007-01-27 11:05:02


昨日から引き続き、もう少しお仕事の話。昨年よりPRをしている島田洋七さんの『佐賀のがばいばあちゃん』シリーズの最新刊『かあちゃんに会いたい』の著者インタヴューの立ち会いに、この金曜日、行って来た。

昨日も書いたように、私みたいな仕事をする人間にとって『嬉しい!』と思う瞬間があることが仕事のモチベーションに大きく繋がるのである。人と人との優しい気遣いや交流は、ほんわか、あったかい気持ちにさせてくれます。

さてさて、『佐賀のがばいばあちゃん』はご存知ですか? 映画化、ドラマ化もあったので、ご存知の方も多いとは思いますが。。。



漫才師・島田洋七が、書いたおばあちゃんの話。

内容をアマゾンから転用すると
昭和三十三年、広島から佐賀の田舎に預けられた八歳の昭広。そこでは厳しい戦後を七人の子供を抱えて生き抜いたがばい(すごい)祖母との貧乏生活が待っていた。しかし家にはいつも笑いが溢れ…。

と、やはり少々短い紹介であるが、補足して内容を説明するとこうだ。島田洋七は、ヒロシマで、原爆症で臥せっている父と、その家計をさされる母の元に生まれた。外に出て働く母にとって、まだ小学2年生で母を恋い慕う昭広(島田洋七)を育てきれずに、泣く泣く佐賀に居る祖母に息子を託す。

佐賀で昭広少年を待っていたのは、落ち込んでいる暇もないほどの、超が付く貧乏生活だった。しかし、底抜けに明るい祖母(がばいばあちゃん)と、学校の先生や友人たち、地元の優しい人々に支えられ、多感な時期を過ごして行く。。。

と、こんな感じのお話である。
本当なら、今聞くと辛く寂しい話に成りかねない内容なのに、そこは島田氏のお得意の話術のように、するすると進められ、思わず途中でクスクス笑ってしまったり、ほろりと泣かせる。電車の中で読む人には、ご注意したい。つい、百面相をしてしまうからである。実にエンターテイメントな作品なのである。

昨年、この本のPRの依頼が来てこの本を読んだときの私の気持ちは、言葉では、なかなか言い表せない。ただ言えるのは、心底、自分の好きな作品のPRが出来る事の喜びと、誇らしさがあった、と云う事だけである。

このシリーズ第4弾の為の金曜日の取材時に、昨年第3弾のPRの際、佐賀のご自宅でお目にかかって以来、久方ぶりに島田氏にお目にかかり、スタッフと共に夕食を囲み、楽しい時間の間『がばいばあちゃん』について語り明かした。

沢山盛り込まれた、人と人の優しさ、温もりに触れ、思わずどこかの町のキャッチフレーズ、「みんな、うちの子」という言葉を思い出す。こんなに温かい優しさを、笑い飛ばしながら語る島田氏は、まぎれも無く「がばいばあちゃん」の孫なのだと、実感する夜になった。

まだ読んでいない人には、本当にお薦めの1冊ですよ。


お仕事について

2007-01-26 23:05:02
フリーランスで仕事をしている私にとって「奥村さんって、どういう仕事をしているの?」という質問をされる事が、仕事上でも多い。そんな時は、「新刊書籍のPRをメインで、PRのお仕事をしています」と答えるのが常なのですが、残念ながら一緒に仕事をしている出版関係者でも、うまく伝わらない事が多い。。。

それは、ひとえに「新刊書籍のPR」という仕事をメインにしている人が少ない事、それに、もともとはこの仕事は、書籍編集者が編集のみならず宣伝活動をもしていた事が、うまく伝わらない要因だろうと思う。

で実際の所、どんな仕事かという事を簡単に説明するとこうだ。
各マスメディアに対象となる担当の新刊書籍を売り込む。ひたすら、売り込むのである。よく、新聞や雑誌の書評やテレビ・ラジオの本紹介のコーナーがあるが、そういった所に「この本出して頂戴な!」と売り込むのだ。どさ回りである。

でも、1日に200冊は新刊の出版される今日この頃、書評などの決まった枠に、なかなかうまくハマらないのが現状である。だから、私の仕事は「小さな小さな記事に、ホンのちょこっと紹介される事」を始め、少しでも本の紹介につながる企画を考え「著者インタヴューをとってもらう事」「類似本と一緒に持ち込み、特集をたててもらう事」「何かの企画の際に、著者コメントをとってもらう事」等の宣伝活動紹介を一種、どさ回り的に動く事なのである。

だから、紹介スペースが決まったりすると、本当に嬉しい。例えそれが、どんなに小さなスペースであっても、自分の好きな本のPRが出来た時、そして幸いにも著者インタヴューなどのブッキングが出来た時、実際に記事になったり、と最終形を目に耳にしたとき、「仕事である」を切り離しても、嬉しいのである。

誰かが見たり聞いたりして、興味を持ってくれるきっかけになれば、心底嬉しいのである。だから、ちょっとでも誰かの目に触れるよう、担当書籍に関わらずだけれども、ブログを書き、そして、その他雑誌やフリーペーパーなど、「書き手が無いなら私が書く!」とばかりに書くのである。

取材時に、取材される側(著者)と取材する側(ライター、編集者、プロデューサーなど)の話に花が咲き「良い取材になりました」と笑顔でお話いただく時。そして、誰かが1冊を、何かで見たり聞いたりして興味を持った事を偶然知る時。「ああ、この仕事してて、よかったなぁ。。。」と、まさに至福の時なのである。




Posted at 23:05 | この記事の詳細

私のシアワセ

2007-01-26 15:40:44



月末、原稿の締め切り前、その他諸々で、
外に出れず…。

やっとオフィスワークから解放され
取材立ち会いの為、喜び勇んで出掛けようと

ふと見たベッド。。。

引きこもり生活に、少々クサり気味の私でも
こんな2匹を見ると
思わずシアワセを実感し、噛み締め
「あともう少し、ここにいようかな?」
なあんて、思ってしまうのである。
ああ、困った。。。

bye bisous chica

最近、私の周りで。。。

2007-01-25 19:37:41
ここの所、私の周りで流行中の相性占い?
占いは、快楽情報ととらえ、耳に心地よい事しか信じない私にとって、かなりどうでも良いものなのですが、ちょっと面白かったので、ここでご紹介。けっこう毒舌です。PC前での時間つぶしには、もってこいですよ(笑) 

『恋愛成績表』 
Posted at 19:37 | この記事の詳細

『モーム未公開短編集』

2007-01-24 01:34:01


本を読む時のお気に入りの環境ってある。「ちょっと時間が余った時に行くカフェで」とか、「ベッドの中で寝る前」とか「ソファで膝に猫を乗せながら」とか色々。でも、ここのところ一番私が気に入っている読書時間は、ずばり入浴中である。

最近、お風呂で読むには短編集が好い事に気がつき、本棚からそれらしき本を持って読んでいた所、心地よい短編が尽きてしまって困っていた。で、アマゾンで何となく探していたら見つけてしまった『サマセット・モーム未公開短編集ー11篇の忘れ物ー』。しかも、訳編者が“サマセット・モーム研究会”という、なんともマニアな1冊である。これは、絶対書店には無いな!と、どうしても欲しくなってしまう。。。と、云う訳でおとといから1篇ずつゆっくり、温まりながら読む。



まだ2作品しか読んでいないけど、良い。実に好い。
この前も、モーム作品に付いて書いたけど、彼の作品の登場人物は一筋縄でいかないのである。矛盾や紆余曲折、はたまたまるっきりの嘘を自分の都合のいいように事実をねじ曲げる究極の自己肯定、ご都合主義の人間像が細かく描写される。人間不信としか思えないこの描写は、その実、誰よりも人間好きで観察していないと書けないよなぁ。。。でもって思うのだ。「人間は、色んな側面があって結構!」だと。

ちょっと話は逸れますが、「最近、“失敗したくない人”“責任を取りたくない人”“皆と同じがよい人”“皆に好かれたい人”そして“成功したい人”が多い様な気がする」と大好きな友人Rと遅めのランチをしながら、こんな話に火がついた。「どうしたらRさんみたく成功出来るんですか?」との質問が多いそうである。

勿論、先にあげた事ごとは誰だって思う事。でも、皆がみんなこんな事ばっかり思っていたら、スタンプと変わらなくなっちゃうじゃない?自分のやりたい事、考えている事が実現するゴールと、成功するゴールが違うんじゃないかな?

そんな事より、難しい事だけど自分の矛盾や失敗、葛藤を愛し、自己と対峙しながら、沢山の素敵な人と触れ合い、会話が起こす小さなビッグバンを楽しんだ方が、ずっとずっとRのような魅力あふれる人に近づく事が出来るのにね。

ポジティブという言葉が、まるで最上な美徳のようにされているけど、ネガティブがあるからポジティブが存在するのである。人間は、まるでモームの登場人物たちのように歪で常に成長過程に居た方が素敵である。と思うのだ。皆から好かれなくても、きっと誰かから無条件に、強烈に愛されれば好いのである。



『約束の旅路』

2007-01-23 02:46:58


以前から、このブログで何度となくご紹介してきた
映画『約束の旅路』
YouTubeで予告編を発見し、せっかくだから活用しようと思う。と、いうわけで以下の画像をクリックすると予告編が観られますよ。ご興味のある方はぜひチェックしてみてください。偶然にも、既に2度ほど観ている私は、この予告だけでハンカチが必要です。
ちなみに、過去のこの映画にまつわる記事は
1回目http://www.cafeblo.com/chica/archive/44
2回目http://www.cafeblo.com/chica/archive/96



あと、配給先のHPをチェックしていたら、「『約束の旅路』映画が世界を変える ブログ募金キャンペーン」と題したこんな企画が紹介されていたので、ご参考までに。。。


以下、配給先の潟JフェグルーブHPから抜粋。
ブログ基金キャンペーンとは?
遠い日本から、少しでも何か出来ることはないか?と思った方はぜひ映画を観て、感想をブログに書き、映画を広めてください。そして、その思いを受けて、シネマカフェ運営会社「株式会社カフェグルーヴ」では、『約束の旅路』をブログに書き込んでいただいたエントリ1つに対して、UNHCR(国連難民高等弁務官)駐日事務所アフリカキャンペーンに50円の寄付を行います。

■ 60人のブログで、毛布10枚
■ 100人のブログで、調理器具セット2家族分
■ 200人のブログで、健康診断25人分
■ 300人のブログで、テント1張
■ 600人のブログで、教科書100人分
■ 1,600人のブログで、井戸の掘削

遠いアフリカでも、同じ地球。

「自分の力で世界をポジティブに変えられたら」「自分のブログに書き込みが、何かの手助けになったら」という1人1人の気持ちが、映画を見る人を増やし、その感動が世界を少しでも平和に近付ける一歩につながっていくことを願っています。

『約束の旅路』を通じて、あなたも難民問題について考えてみませんか?そして、行動してみませんか?映画は世界を変えることが出来る。そうシネマカフェは考えます。

とのこと。勿論、この映画を気に入ったと云う事が大前提ですが、ブログに書くと云う事で、配給先の会社が基金に協力するという画期的な話だと思う。

実は、かねてから思っていたのですが、「基金ものはアヤシい」と思っている。
“人を見たら泥棒と思え”とまでは思っていませんが、所謂有名何処のキャンペーンなんかでも、人の財布から善意を頂いておいて、事後報告が乏しく、何処にどんな風に使われたのかを明確にしていないものが多く、私としてはそこらへんがどうも胡散臭く感じていたのです。

でも今回、ちょっと協力してみようかな?と思った事に付いては、そこらへんがクリアになっているからなのである。ブロガーでご興味のある方はぜひ!!






模様替え。。。

2007-01-22 08:18:25


急に、思い立ってお部屋の模様替えをした。深夜0時近くなった途中で、独りでは全く動かない食器棚がある事に気づく。。。猫の手も借りたいのに猫2匹は知らんぷり。

そんな時、心強いのが近所に住む友人Nである。思わず携帯を手に取り早速電話して聞いてみた所、日曜日の深夜にも関わらず、おいしいお菓子を持って駆けつけてきてくれた!

二人で、えっちらおっちらと室内引っ越し?を済ませ、深夜のティータイム。彼女と話し始めると、いつも止まらない。芋づる式にどんどん話が膨らみ軽くハイになる。

Nサマ、大好きよっ。本当にありがとう!!今度の貴女の引っ越しの手伝いはお任せあれ、ですよ。

Posted at 08:18 | この記事の詳細

『私の紅衛兵時代』

2007-01-21 19:18:07


学生時代に友人と観た『さらば、わが愛/覇王別姫』。以来、チェン・カイコー監督の作品は可能な限り欠かさず観ている。確か、この映画を観た前後に中国の文革が気になり、『ワイルド・スワン』を読んで、中国の歴史の一端と云うより、人間の歴史に強い衝撃を受けたのである。
この年末に、チェン・カイコー氏が、自身の体験による文革について書いた『私の紅衛兵時代』を書店で購入。やっと読み終わる。



文化革命に付いて書かれた本は、フィクション、ノンフィクション問わず数多く出ているが、『さらば、わが愛/覇王別姫』が好きな人には、かなりお薦めの1冊である。映画の登場人物と、この本のチェン・カイコー少年を含む登場人物がオーバーラップするシーンが多く、振り返って思うのではなく、渦中あの時代、中国で本当はどんな複雑な気持ちで居たか?が判り、戦慄する。

ちょっと話が逸れるけども、国や人種を問わず、人間は一つの情報や事柄に無条件で邁進する傾向があると思う。「これこそが正しい」と思って、他を認めずのめり込む。うまく言えないが、『本を読む』『いろんな属性の人と話す』『新聞を読む』『テレビを見る』『そして、自分で考える』事の大切さをもう一度深く考える。皆が同じに言っている事は、その実とっても危険な事でもあるからだ。

最近、何人かの知人が異業種交流会等の所謂啓発セミナーに通いだした。
私の知っている限り、このようなセミナーに通っている人は、おしなべて真面目で、向上心があり、実に好感の持てる人たちなのであるが、それらのセミナー全てが頂けないのではないが、私はちょっと歪さを感じるのである。

何故なら、これらの交流会に足しげく行っている人、それらの本を書いている人の殆どが
「気づき」
「出会い」
「ヒント」

と、色んな時事をこの3つのキーワードで片付けて、それ以上深く話さないからである。
私にとっては、なんら魅力を感じないのである。勿論、私が魅力を感じないだけであって、その人自体に魅力が無い訳ではない。しかし、「気づきがあった」とか「気づきが足りない」とはいったいどういう意味なのだろうか?突っ込んで聞いても、未だ納得出来る答えにであった試しは無い。

人は、正しいと思った事においても紆余曲折があって、葛藤もあって、間違いなんかもあるかも知れないけど、それでも正しいと思った事をするのだと思う。それをこんな3つのキーワードで収めてしまおうと云うのはちょっと乱暴だと思うのである。

と、ちょっと辛口になってしまいましたが、言いたいのはそんな事じゃなく、うーん。。。
皆がみんな同じことを言ったりするのを鵜呑みにするではなく、自分で咀嚼して行く事の大切さをちょっとだけ考えてみました。ってことかな?




卒業

2007-01-18 01:18:51


年明けのご挨拶で、尊敬する師匠K氏と会った所、重松清の『卒業』を貸してもらった。たいていの場合、K氏から薦められた本は間違いなく私の心にヒットするのに、今回はちょっとした不安があった。「読んでも、鬱になりませんか?」と率直に聞いた所「この作品に限っては無い」とのご返答。短編4話からなるこの本を、期待して読み始め、短編にも関わらず休憩を入れる事も無く、一気に4編とも読んでしまった。



冒頭で書いた、ちょっとした不安は全くなかった。重松作品が好きなのに、たいていの場合、読むとそこには救いが無く、八方手詰まりで行き場が無く、ヒリヒリとした息苦しさを感じるからである。しかも、文章がめちゃくちゃうまいから、途中で辞める事は出来ない。そんな訳で、読後しばらくは鬱状態に突入するのが、私と重松文学のつき合い方なのである。

しかし、どうだろう。。。この『卒業』は違い、木漏れ日のような柔らかい希望がどれも感じられるのである。あとがきで、著者自身もあげているが、全編通して共通しているのが、「出発へつながる旅立ち」や「ゆるし」である。

この本の中で、好きだったのは『まゆみのマーチ』と『追伸』。
特に響いたのは、1話目にある『まゆみのマーチ』である。きっと、これが最初の話だったから、その後読み進める手を止められなかったのだろうと、心憎い編集者の術中にはまったんだと思う。

この短編の主人公は男性なのであるが、主人公が改めて知る“母と娘(主人公の妹)”の話がベースになっている。現在、33歳で子供を持った事の無い私には、想像しか出来ない母親になると云う事、全て受け入れ包み込むという“母親の愛情”の素晴らしさを教えてくれた作品だと思う。

最後に、ちょっと個人的な話をしてしまうが、私より先に“お母さん”になり、日々母親として成長・変化している妹を、今までの「妹」としてだけで無く「母親」として、しみじみと感心して見ていたからなのかも知れないが、“他人を全て受け入れ包み込む”という、簡単で単純なようで一番難しい行為を難なく出来てしまう「母親」の素晴らしさをシンミリ感じる作品だった。そして、この作品の母親のように私を生んで、認め受け入れ、愛し育ててくれた母にも「お母さん、ありがとう」と言ってしまいたくなる作品だった。
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