お留守番です。
2006-12-28 21:08:58

ママがいなくなって、はや、一週間!
シッターさんが毎日送ってくれる写真も
どんどん寂しそうな顔…。
ちょっと心配です。
もうすぐ帰るから待っててね?
Bye bisous chica
|
※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません 2006年12月
リンク集
![]() |
お留守番です。2006-12-28 21:08:58
![]() ママがいなくなって、はや、一週間! シッターさんが毎日送ってくれる写真も どんどん寂しそうな顔…。 ちょっと心配です。 もうすぐ帰るから待っててね? Bye bisous chica おやすみなさい2006-12-19 07:55:53
![]() やっと18日分の仕事を終える。 自分の仕事のノロさと 師走のめまぐるしさを恨みつつ ちょっとだけ、おやすみなさい。 bye bisous chica どうしても。。。2006-12-16 11:31:45
以前、このブログで紹介した映画『行け、生きろ、生まれ変われ』(原題直訳)が来春、『約束の旅路』と云うタイトルで公開が決まり、昨日試写会を観てきた。まだ横浜でやっていた頃の「フランス映画祭」で偶然観て、あまりの素晴らしさに、映画祭のサブイベント、監督・俳優・プロデューサーを囲んでの少数ティーチインに参加してから、約1年半ぶりに再度観た映画だった。 既に紹介しているのにも関わらず、どうして?と思う人も居るかもしれない。でも、どうしてもこの映画に関して語りたい事があるから、ここで書くのだ。きっと、今日ここでこのブログに書いても、書き足りない事が沢山あるから何度だってあえて書く。 ![]() 内容をシネマカフェから転用すると 1984年、飢饉に見舞われたアフリカ。ユダヤ教エチオピア人はイスラエルへ移住できると聞いた母親は、9歳の息子の命を守るためにユダヤ教だと偽らせる。母子は離れ離れとなり、息子だけがイスラエルへ。少年を引き取ったのはフランス系ユダヤ人夫婦。養父母は愛を注ぐが、少年は偽りの身分に思い悩む…。ベルリン映画祭でパノラマ部門観客賞を受賞するなど、各国の国際映画祭で感動を呼んだ必見の秀作。 最初に観たとき「多分、今回の映画祭で一番良い映画だったんじゃないかしら?」と思う反面「この映画は、多分日本で配給が決まらないんじゃないかしら?」と考えていた。 つまり、いかに作品の素晴らしくとも、それはあくまで観た後の感想で、あまりに日本と環境や人々の思う所が遠すぎて、社会派のイメージが強くて集客が望めないのでは?と思ったからだった。 そんな私の危惧をものともせずに、晴れて日本で公開される事が、私は嬉しくてしようがない。そして、映画関係社でもない私が試写を観る事が出来た偶然にも、本当に嬉しい。 先に書いた通り、最初に観た時には、まだ監督の話を聞いていなかったので、社会派エンターテイメントとしてみたのである。涙腺のちょっと緩い私がハンカチをグシャグシャにして、鼻をすすって、時には笑って、最後にはココロに温かいものが広がる感覚を享受したのであるが、その数時間後(?)のティーチインに参加して、更に心に響くものがあった。 それらを踏まえて、昨日もう一度観た所、ハンカチの枚数が更に必要であった。 「長い長い歴史の中、ユダヤ人であると云う事だけで多くの人々が虐待にあったり、殺されてきた。しかし、この映画においては「モーゼ作戦」と云う実際にあった歴史の一端に、“ユダヤ人(実際にはユダヤ人ではないが)だからこそ、生き延びられる事が出来た男の子”というフィクションを加えて映画を撮ろうと思った」と語った監督の言葉が耳に残る映画鑑賞であった。 テヘランで2006-12-13 02:13:35
ツカ(本の分厚さ)はけっこう普通サイズなのに、1ページ1ページが恐ろしく薄くて、気がつけば488ページもあって少々ひるむ『テヘランでロリータを読む』をやっと読み終える。師走のこの時期にはちょっと向かないくらいの分量ではあるが、最初の100ページを超えてしまえば、あとはすんなりペースがつかめて、一休みしたくなくなる1冊だった。
![]() アマゾンで内容を転用すると イスラーム革命後のイラン、大学を追われたひとりの女性知識人は、「ロリータ」「グレート・ギャツビー」などの禁じられた小説を読む、女性だけの読書会を開く。監視社会の恐怖のなか、精神の自由を求めた衝撃の回想録。 とちょっと素っ気ない紹介が載っているが、その内容はきわめて濃い。どんな環境でも、人は探究する心や知的欲求心があって、たまさかその対象が発禁処分になっていようとも、渇望を止める事が出来ないのだと、改めて知る。命の危険さえある中でこの読書会を続ける彼女たちの読書解釈は、宗教的にも倫理的にも制約の多いイラン女性たち特有のものがあるが、それがまた斬新で、これまた心に響くのだ。 更にもう一つ2006-12-11 06:47:04
本当に何でか、評伝づいている。。。
誰もが知っている人の真実も良いけど、私が読みたくなるのは、時代や移り気な人の心に取り残されて、忘れ去られてしまったような、そんな評伝ものが好きなようである。よく言われる事ではあるが「誰でも自分の一生を1冊の本にまとめれば、たった1冊だけどベストセラーが書ける。」こんな言葉をふまえて考えると、人の人生にはそれだけドラマがあり、事実は小説よりも奇なるものと云う事がよく判る。 今日ご紹介するのは、評伝というよりむしろ、ノンフィクション・ノベルである。 『リリー、モーツァルトを弾いてください』 ![]() アマゾンから転用すると内容はこう 大戦下、南洋ジャワで日本軍に抑留された天才ピアニストと、彼女の音楽に心を動かされた日本人たち。敵同士のはずの彼らの出会いが、戦場に新たな音楽を生んだ―。音楽が紡いだ真実の物語。 この本の著者、多胡吉郎氏はもともとNHKドキュメンタリー番組のプロデューサーである。1980年代になって“リリー・クラウスが終戦直後、抑留所からスタジオに駆けつけ、狂ったようにピアノを弾いた”と云うエピソードを知ってから、構想約20年にお歳月をかけて書き下ろした大作である。 人の生き死にの絶えない戦時下において、ピアノを渇望するピアニストと、憐れみや芸術を理解した数少ない日本兵たちの心の交流を描いた1冊。 「絶対泣ける!」と云うつもりはない。事実私もそう薦められて泣けなかった。しかしながら、最後の方になってリリーが戦後復旧のさなかに来日し、当時関わりを持った人たちと再会するシーンは、胸に温かく、強く響いてくるものがあったこともまた、事実である。 評伝をもう一つ2006-12-10 18:11:27
最近、評伝づいている。
初秋に読んだ『ベトナムから来たもう一人のラストエンペラー』なんだか、このブログに紹介しそびれてしまったので今日こそご紹介。 ![]() 著者は、マスコミが取り上げなかったオウム事件の素顔を題材にした『A』の森達也氏。 内容をアマゾンから転用すると 知っていますか? 日本で孤独に死したベトナムの王子クォン・デを。 「僕らの王子は日本に殺されたようなものなのに、どうして日本人は誰もこのことを知らないのですか」日本に憧れ続け、そしてその日本から裏切られ続けて死んでいったベトナムの王子クォン・デの生涯を感動的に綴る。 王位を継ぐ代わりに、祖国解放の独立運動に身を枠げたクォン・テ。革命家ファン・ボイ・チャウとの運命的な出逢いによって、一九〇六年日本を訪れる。犬養穀や玄洋社の頭山満、新宿中村農相鳥愛蔵・黒光夫妻ら、留学生を支えた日本人との交遊、そして満州国建国に奔走したアジア主義者大川周明、松井石根の暗躍。 「僕らの王子は日本に殺されたようなものなのに、どうして日本人は維もそのことを知らないのですか」ひとりのベトナム人留学生の呟きに導かれ、日本に憧れて翻弄されつづけた王族の数奇な生涯が鮮烈に廷る! と、私たちが存在さえ知らなかったベトナムの皇太子と日本の間にあった関係についてのルポルタージュである。 夏過ぎに、渡越する予定があったため、たまたま本屋さんで目にして即購入した1冊だった。著者も本を書くきっかけになったと言っているように、ベトナム人なら誰でも知っている、そして日本に殺された英雄というキーワードが気になったからである。 ところが、読み進めていくうちにベトナムにおいて、特に若い人たちは誰も知らない事に驚かされる。著者とともに読者である私も戸惑いつつ読み進めると、社会主義であるが故、公安によるベトナムの情報操作が、想像以上に根深いものであったことに驚かされる。 実際、私が読後に渡越した際に、たまたま仲良くなったベトナム人も彼の存在を知らなかったくらいだ。「本当のベトナムを知りたかったら、海外に行くしかない」と、ちょっと寂しそうに言う彼の横顔が印象的だった。 ベトナムへ行くのは、もう3回目。いつ行っても日本人である私を優しく出迎てくれ、わりあい能天気で明るく、「本当に社会主義国?」と思わずに居られないベトナムの側面を、この本をきっかけに垣間みた気がする1冊だった。 これも連鎖2006-12-04 02:13:55
沖縄の人の心に残る稀代のボードビリアン、小那覇舞天(おなは・ぶーてん)を知っていますか? 以前、このブログでご紹介した『沖縄の島守』という本を、私の師と仰ぐ編集者であり友人のK氏に紹介したところ、ちょうどK氏が手がけている途中の小那覇舞天の評伝の話を聞かせてくれた。 今か今か?と待っていた所、つい最近出版されたので早速購入して読みふける。 『笑う沖縄』 ![]() アマゾンからその内容を転用するとこう 歯科医師でありながら稀代のボードビリアンとして、また脚本家兼プロデューサー、作詞・作曲家、そして司会者として…戦禍で傷ついた沖縄の人々の心に活力を吹き込み、沖縄芸能の存亡の危機を救った男の胸の内と生き様をはじめて描ききった力作。 笑顔と唄が溢れる沖縄の今は、この男なくして語れない…。戦禍で傷ついた沖縄の人々の心に活力を吹き込み、沖縄芸能の存亡の危機を救った男、小那覇舞天の胸の内と生き様を初めて描く。 プロローグのほんのさわりだけ読んでみると、一見映画『ライフ・イズ・ビューティフル』を思い出させる。が、しかし読み進めるにあたって、私のそんなヨミが相当甘かった事に気づかされる。先に挙げた映画は素晴らしい。けれども所詮、お涙頂戴調に作られたフィクションに過ぎないのである。著者の曽我部氏は、時代を経てどこか伝説のようにイイトコ取りされた舞天にまつわる美談を「偽善的である」と断じる。そういった証言も度外視せずに、加味した上で、そのもっと奥底にある舞天の哲学を知りたかったと思われる著者の筆致が、本を読み進めるうちに私にも伝染し、最後まで心地よい緊張感伴う読書時間を提供してくれたのだと思う。そんな素敵な1冊だった。 舞天さんの漫談CDを聞いてみたいなぁ。。。 寒い夜には…。2006-12-03 23:02:53
![]() 猫に限る! なかなか読み進まない 『テヘランでロリータを読む』から、 ふと視線をあげると、 めい一杯のシアワセ顔。 心も身体もあったかい♪ オンナノウツクシサについて2006-12-01 23:34:16
仕事でも、プライベートでも「あれ?今言い方間違えちゃった?」なんて場面はよくある。
未だ私が新入社員だった頃、合同ミーティングの際に、かなり大きなプレッシャーを抱えている上司に向かって「担当グループは違えども、状況のご報告をいただければ、お手伝い出来る所はいつでもします」と言ってしまって、上司からこっぴどく叱責を受けたことがあった。 当時の私としては、全くの善意で言った言葉だっただけに、大変驚いたのであるが、その上司曰く、「目上のものに向かって報告しろとはなんだ!連絡だろう!」とのこと。 つまり、「連絡」と言うべき所で「報告」と言ってしまったの使い方を間違えたことから、四面楚歌の状態にいる上司を敬っていない事の証左だと激しく誤解されたのだ。 当時の私は連絡と報告の向き(?)を知らなかったのである。この件によって知る事になったのだ。そしてもう間違えないようにとココロから反省をしたのである。 このように世の中知っているつもりでも知らずに使って恥ずかしい思いをする事ってある。それだけならまだしも、そんなつもりじゃないのに相手を深く傷つけてしまう言葉の使い方ってある。 というわけで、教養にまつわる素敵な本を2冊ご紹介したい。 『美人の心得』と『女づくり』である。 ![]() ![]() アマゾンから転用する内容は 『美人の心得』 正しく振る舞えるから、自由になれる。思いやりの“こころ”を伝える美しい流儀。体裁を気にしておこなうのではなく、相手を大切に思う気持ちが本来のマナーです。 おすし屋さんでの禁句、忙しいといってはいけないわけなど、思いやりのこころを伝える美しい流儀を紹介する。 『女づくり』 「美人」はこうして作られる。歌舞伎界・女形の新進スターが綴る、女磨きの日々。女性を美しく見せる、極秘テクニック満載。 女形の芸の秘密や、20年にわたる「女づくり」の道のり、そして今現在の思いを紹介。女性を美しく見せる極秘テクニックも満載。 これらの本には、正しい礼儀作法や美しい所作のみならず、それらに裏打ちされた、奥底にあるココロ、つまり思いやりの精神が紹介されている。冒頭で紹介した私のミスも、これらの本を読むまで、そんなに激しく怒らなくても良いのに。。。とうっすら思っていたのに対し、あのとき私に決定的に欠けていたのは、言葉の意味や使い方なんかではなく、思いやりの気持ちだったのでは?と思わずにいられないほどであった。 これからお正月等の季節の歳時が多くなる師走時期、こんな本をじっくり読んでみるのも良いかもしれない。 |
カテゴリアーカイブ
|
| (c) 1999-2008 Cafeglobe.com All rights reserved |