あらぁ?
2006-09-23 20:48:48

更新を…、と思ったら!PCが死んでる?
いや、これは本当にマズいです。
何とかしなければ。と考えつつも
機械音痴の私にはどうすることも出来ずに
ただ時がたつのみ。
放っておいたら直るかな?
明日パソコン先生に連絡します。
bye bisous chica
Posted at 20:48
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※この時計の時刻は、閲覧しているパソコンのものであり、必ずしも正確な時間とは限りません 2006年09月
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あらぁ?2006-09-23 20:48:48
![]() 更新を…、と思ったら!PCが死んでる? いや、これは本当にマズいです。 何とかしなければ。と考えつつも 機械音痴の私にはどうすることも出来ずに ただ時がたつのみ。 放っておいたら直るかな? 明日パソコン先生に連絡します。 bye bisous chica Posted at 20:48
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ちょっとお休み。。。2006-09-15 16:48:09
なんだか最近、サボリがち。。。 家族に「ブログは、更新しなきゃ意味が無いと言っていたのは、君だったはず。。。」等、チクリと苦言を呈される今日この頃です。確かに、三日坊主はいかんです。 今は、ブログの事も、何もかも忘れて没頭して読んでるテーマ、ベトナム物。 ベトナムと言うと、私の頭には"ベトナム戦争”から来る、枯葉剤などの負の遺産であったり、“ドイモイ政策”による、社会主義における自由市場そして雑貨天国。こんな事くらいしかなかったのであるが、クリストフ・バタイユの『安南』やカトリーヌ・ドゥヌーブ主演『インドシナ』などの美しい文学作品によってベトナムの歴史に興味がむくむくと育ってきたのである。 そして最近、面白い本を数冊と邂逅し、今はどっぷりと本を通して、ベトナム歴史探訪をしている。何冊か読み終わったら、また新しい記事を書くのでそれまで、しばしのお休みをいただきますね。多分、23日くらいには更新できると思うのだけど。。。 ちょっと落ち着いたらこのブログにもアップしますので、乞うご期待です。 Posted at 16:48
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またまた連鎖2006-09-09 23:44:39
夏になると読みたくなる作家の一人、池上永一氏。彼の本との出会いは3年ほど前に、私が初めて本のPRをしたときに『書籍PRとは何か?』を手取り足取り教えてくれた、熱い書籍編集魂を持つ私の師匠、K氏。K氏は沖縄好きで、毎年必ず沖縄に行く。そのせいか、いつでもなんだか良い空気を背負っている人である。 K氏が薦めてくれた池上栄一氏の『風車祭(カジマヤー)』。誰かが言ってた、「沖縄のネバーエンディング・ストーリー」というのがぴったりなくらい、引き込まれる作品である。あんまり楽しくって、何度も読み返し、人にも薦めまくって、気がついたらすっかり池上氏のファンになってしまい、追っかけ読みをしている。 池上氏は沖縄生まれの、沖縄在住の作家であるので、なぜか沖縄が舞台にならない作品の中でも、どことなく「なんくるないさー」的な要素を感じるファンタジー作家である。 と、ここまで読んでくれた方は、私が沖縄に行ったことあるだろうと思われるかもしれないが、実のところ、まだ一度も言ったことのない土地なのだ。 沖縄といえば、毎年8月にどこの局も特集を組む戦争の歴史や、ドキュメンタリー、人づてに聞く「人生の楽園」などのイメージが、目下の「私の沖縄」を形成させているのである。 このブログにも先日書いた『蟻の兵隊』を読後、本屋さんで『沖縄の島守−内務官僚かく戦えり』を購入した。たまたま『風車祭』の隣に同じような背表紙の厚さで置いてあったので、なんとなく衝動買いしてしまったのであるが、読み出したら止まらない1冊だった。 ![]() 内容はアマゾンで転用すると 四人に一人が死んだ沖縄戦。県民の犠牲を最小限に止めるべく命がけで戦い殉職し、今もなお「島守の神」として尊敬される二人の官僚がいた。〈解説〉湯川豊 とだけ記されている。 内容は、沖縄戦のわずか2ヶ月前に大阪の内政部長から、官選最後の沖縄知事に赴任した島田叡(あきら)氏と、栃木出身で2年間沖縄県警察部長を務め、島田と運命を共にした荒井退造氏の評伝である。 読み進めると、本土決戦のための捨石にされ、虐げられていた沖縄県人から見て、内地からやってきたこの2人が如何に「島守の神」になったのか?がよく判る。 汚いやり方で官僚が戦列離脱していく中、一人でも多くの県民を疎開させ、台湾から県民のために3000石の米を調達し、戦場での避難誘導に心を尽くした島田知事と荒井警察部長の壮絶な沖縄戦の話である。 戦後の記録の中で、認識不足や歪曲があったため、「米が届かなかった」などの事実と違う大きな誤解によって、存在が埋もれてしまっていたこの2人への県民たちの思いが、著者に筆を取らせたといっても過言ではないだろう。 ちょっと話しはずれるが、私自身、戦争に行った祖父などの親戚から直接、戦時中の苦労話などは聞いていても、実際の戦闘については聞いていないまま育った。「戦争で、人間の一番嫌なところをイヤというほど見てきた」とそれだけ言って、それ以上は語ってくれないまま彼らは他界した。 いまは、それが私にとって、悔やんでも悔やみきれないことの一つとなっている。先日観た『蟻の兵隊』や今日読み終わったこの本のように、語り継ぎ残していくことは、戦争を知らない私たちはおろか、更に知らない次の世代に警鐘を鳴らし、正しい行いへの道しるべとなっていくことだと思うから。 ちょっと嬉しいこと2006-09-07 22:59:57
最近、ベッドに横たわると南の窓から、きれいにお月様が見える。ゆっくりゆっくり移動していく月を見る時間は、とても贅沢で、ちょっと私を幸せにしてくれる。 で、今日は満月。ちょっと曇ってはいるけど、まるく、空をくりぬいたように光る月は綺麗ですよ。 都会の喧騒の中、少しだけゆっくりと『ほっ』と出来る贅沢な時間を楽しみつつ。 ちょっと空を見上げてみませんか? ![]() Posted at 22:59
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三度のパンダ2006-09-04 23:55:34
今年は何故か、パンダづいている。
パンダの本をPRするのが今年に入ってから3冊目だからだ。 というわけで、今日は先週出たばかりの『やさぐれぱんだ ふたたび』 のご紹介。 ![]() PR担当の私が言うのもおかしいけど、学生のころ読んだ吉田戦車さんの作品のようなシュール感が満載です。どう贔屓目に見ても可愛さについ癒されてしまう普通のパンダとは程遠く、三角目が妙に悪役っぽさをかもし出す、ぱんだと青年の掛け合い漫才。 肩の力を抜いて、ページをめくると不条理でシュールな世界に小旅行ができますよ。 著者からのひとこと (アマゾンから転用) ![]() 偶然か?2006-09-03 23:28:30
観たい観たい!と思っていた映画をやっと観に行った。 『蟻の兵隊』 ![]() そもそもこの映画に惹かれたきっかけはこうだ。 今年の1月からPRをしていた島田洋七氏の『佐賀のがばいばあちゃん』という本の映画化があり、本自体もとても素晴らしいので、5月の封切に母と祖母、叔母を連れ劇場に行った。その時に一番最初に流れた予告編が、この映画だったのだ。 あまりに強烈な印象を私に与えたのだろう。その後の予告はどんなものを流していたのか思い出せないくらいである。たまたまこの映画の主人公が奥村さんという方で、同じ苗字を持つこのご老人に興味を持ったことと、このドキュメンタリー映画のテーマにひどく惹かれたからである。 『佐賀のがばいばあちゃん』の上映が終わり、帰宅後にアマゾンで本を探してみても見当たらず、「映画の公開を待って、まず観よう」なんて強く思っていたのに、すっかり忘れていた。しかし、この映画を観る運命にあったのか、私の友人Nに「知花ちゃん、絶対に好きだと思う映画を観たよ。もう一度観に行こうと思ってるけど、一緒に行かない?」と誘われたのがこの映画だった。 友人Nによると、私がチェックした時よりずいぶんと時差があり、映画の公開にあわせて本も出版されていた。観に行く前に読もうと思い、早速手に入れて予習をしていた。 『私は「蟻の兵隊」だった−中国に残された日本兵』 ![]() アマゾンから転用すると、この本の内容は以下のとおりである 上官の命令に従ってアリのように黙々と、戦後も中国で戦った人たちがいた。内戦に巻き込まれ負傷し解放軍に捕まった元日本兵へのインタビュー形式で綴る、戦争の真実を明らかにする執念の書。 と、だいぶ言葉足らずな印象がある。 が、しかし映画『蟻の兵隊』の公式HPからあらすじ紹介を転用すると、以下のようになる。 今も体内に残る無数の砲弾の破片。それは“戦後も戦った日本兵”という苦い記憶を 奥村 和一 ( おくむら・ わいち ) (80)に突き付ける。 かつて奥村が所属した部隊は、第2次世界大戦後も中国に残留し、中国の内戦を戦った。しかし、長い抑留生活を経て帰国した彼らを待っていたのは逃亡兵の扱いだった。世界の戦争史上類を見ないこの“売軍行為”を、日本政府は兵士たちが志願して勝手に戦争をつづけたと見なし黙殺したのだ。 「自分たちは、なぜ残留させられたのか?」真実を明らかにするために中国に向かった奥村に、心の中に閉じ込めてきたもう一つの記憶がよみがえる。終戦間近の昭和20年、奥村は“初年兵教育”の名の下に罪のない中国人を刺殺するよう命じられていた。やがて奥村の執念が戦後60年を過ぎて驚くべき残留の真相と戦争の実態を暴いていく。 これは、自身戦争の被害者でもあり加害者でもある奥村が、“日本軍山西省残留問題”の真相を解明しようと孤軍奮闘する姿を追った世界初のドキュメンタリーである。 この映画と本はご紹介のとおり、中国の“日本軍山西省残留問題”を扱うテーマとしているが、それだけではない。奥村さんの思いは多分その先にある。どのように自分が加害者になっていったのか?自分がしたことがどのように恐ろしいことだったのか?を60年かけて対峙していく事で戦争とは何か?を強く問いたいののだと思う。 勿論、奥村さんは聖人君子ではない。80歳を超えてもなお生身の人間で、中国に渡り、当時自分たちが処刑した中国人の生き残りの家族にインタヴューしたとき、当時の日本人兵としてのロジックに立ち戻ってしまうシーンもあった。60年間抱え続けた自責の念を、当時のロジックによって自己正当化させるかのような場面であった。それに気がついた時、人は戦争の恐ろしさを知るのだと思う。 もちろん、あたりまえであるが、この映画を観たり本を読んで思う事、考えることは個人の自由である。ただ、だからこそこの映画や書籍を一人でも多くの人に触れてもらいたいと思うのは私だけではないだろう。 偶然にも、私に薦め、この映画の存在を思い出させてくれた友人Nに感謝をしつつ。。。 人間の好奇心2006-09-01 01:55:23
かねてから、私が好きな文章を書くライターのN氏。彼はハードなネタで書くことが多いのだが、朴訥でちょっとシャイな感じがし、そんなところがかえって心に染み入る優しい文章なのだ。で、そんなN氏が薦めてくれた1冊。 『SPEED』 ![]() 確かにこの本の内容も、読み進める読者もスピード感がある。でも、これってそのスピードではなく、麻薬のスピードからその名前を取っている。私がまだ子供の頃、覚醒剤やめますか?それとも人間やめますか?という、今思い出しても怖いキャッチコピーでやっていた覚醒剤撲滅キャンペーンのおかげもあり、私は未だにこの手のものは全て怖い。麻薬がテーマになった本を読んだり、映画を見たりしても脳裏に浮かぶのはニンゲンヤメマスカ?なのである。 で、この本。 もともと麻薬に手を染めていないライターであった著者の石丸元章氏が、ドラッグに関する取材のために数々の麻薬に手を出し、結果ジャンキーとなって分裂病にいたるアレコレがルポルタージュされている。 トンじゃってる中書かれているので、かなり支離滅裂だし、トンじゃった経験を持たない私には判らない部分も多くあった。月並みだけど、このような本を読むと「ああ、やっぱり手を出してはいけない」と、再確認してしまう。この本にも書かれているドラッグの1つだが、私が高校生だった頃、ブロンという風邪薬を一気飲みするとトブという噂があって、知人が修学旅行で皆で試そうとしたところ、皆の前で1番最初に試した子が、涎をたらし、ろれつの回らないヨダレだらけの口で「置いて行かないでくれよー」と何度も叫んでいたそうである。その時私の知人は「あんなにみっともない事になるんだったら、やっぱり手を出せない」と仲間に入るのをやめたそうである。 この本は、そんな本である。 この筆者を、体を張ったジャーナリズムの意欲作と呼んではいけないと思う。 人間は好奇心を持ち、その好奇心によって太古から進化し続けてきたが、いつからか、好奇心がもたらす恩恵は進化だけではなく、甚大な副作用ももたらして来たのではないかと思うのだ。銃だって、核爆弾だって麻薬だって、どんどん科学が進むほどに、副作用としてモラルを低下させ使い方を誤って突き進んでいるのではないだろうか?そのような意味に於いては人は進化しつつも、自ら退化しているともいえるだろう。 好奇心を持つことは決して悪いことではない。だけれども、その好奇心がもたらしてくれたものを使う為の知性や教養が伴わない中で、私たちはどんどん進化と共に後退をしている気がしてならないのである。 それと、好奇心がいくら強くても、それを思いとどまらせる事もまた、大事なのである。 よく「やって後悔するよりも、しないで後悔するほうが強い」と一般的な事由に対して言うけども、自信を持って思いとどまる勇気や決断に誇らしいと感じることもあるのである。 |
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