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本しゃべりずむ

カラマッチャッタ

2006-06-28 16:18:44
ティナのマイポジは枕元
何故か
蚊帳に体を絡ませて寝るのが
目下のお気に入り

ねこはいいなぁ…

一生懸命ブログ書いても
イシマツやティナの方が
アクセスポイント稼ぐのは
何故だっ???


bye bisous chica

おなかたぷたぷ

2006-06-27 17:39:00
イシマツのおなかは
おばあちゃんの
脇の下のように
たぷたぷしていて
気持ちいい。

でも触ると
「やめてよっ!」
と猫パンチをします。
一度でいいから
こころゆくまで
たぷたぷと楽しんでみたいのだけど。

bye bisous chica

岡本太郎氏について

2006-06-27 10:11:36
最近テレビで「Be TARO」のキャチフレーズを聞く
なんだ?なんだ?と思っていたら、あのメキシコにある岡本太郎氏の壁画『明日の神話』が、このたび修復され、汐留にやってくるらしい。その名も『明日の神話 再生への道』展である。

ちょっとここで話は変わるけど、わたしにとって絵画や彫刻、舞台、写真などなどの芸術は、感覚や嗅覚的にわたしを「好き」か「不快にさせる」か「そのどちらでもない」かである。
芸術として最悪なのは「どちらでもない」と云う中途半端な主張しか持たないものだと思う。

あくまでも私にとってだけども、誤解を恐れずにいうのであれば岡本太郎氏の作品は「どちらでもない」に属している。難解なのだ。判らないものを「したり顔」で判る必要はないと思う。本と同じように、芸術にも読み時があって、もう少し私が成長したら判るかもしれないけど。。。

ただ、私は彼の書いた本がすきだ。彼の哲学や思想そして彼の送ってきた人生が好きだ。たぶん、それは岡本太郎さんというより、彼の公私にわたるすべてに惚れ込んで「太郎の遺伝子」を人々に発信続けた岡本敏子さんに、惹かれるからかもしれない。
昨年お亡くなりになった彼女は、彼の内縁の妻であり、養女でもある。彼の秘書となって以来、あらゆる制作に立ち会い、取材に同行、口述をメモし、執筆を扶ける。講演・執筆など精力的に活動な女性だった。

彼女が書いた本『岡本太郎が、いる』は、そんな岡本太郎氏の魅力を余すことなく綴られた強烈な「ラブレター」だとおもう。そして、愛の形はさまざまだと、私に教えてくれた一冊だった。
と、どういうわけか太郎さんの本を読むより先に敏子さんの本を読んでしまった私だけど、太郎さんの本でももちろん素敵な本があるのでご紹介したい。



『自分の中に毒を持て』である。
この本の名前が出るまでとっても時間がかかったが、じつは冒頭で挙げた展覧会の宣伝を見て一番最初に「読み返したい!」と思ったのは、この本なのだ。
なんとも、わき道にそれてしまって申し訳ない。。。

でも、何故だかこの本を、いつ、どんな状況で手に取ったのかは覚えていない。ただ、読んだあとの印象がとても強いのだ。この本の中で太郎氏は、常識的に考えると一見ユニークでアイロニックな突飛な意見を言っている様だけど、じつはそれこそが物事の本質なんじゃぁないかな?と思わせる。それは実体験で「常識人間を超えた」彼だからこそ持つ言葉の重みなのだ。

もしも「自分の殻を飛び越えてみたい」と思ってる人
もしも「“みんなおんなじ”であることに疑問」を持ってる人
もしも「形式的にみえる愛に不安」を持ってる人

そんな人に強烈にオススメしたい1冊です。

ちなみに、敏子さんが昨年亡くなる直前に、よしもとばななさんと対談した本を1冊にまとめた
『恋愛について、話しました。』も併せてオススメ。
「人間愛・恋愛・自己愛」がみえてきます。


今日のイシマツ

2006-06-23 18:53:30
朝からずっと
仕事の電話をしている私に
「今日はなんでいるの?
遊んでくれないのに…。」と、不思議そうなイシマツでした。
bye bisous chica

羨ましくなっちゃう話

2006-06-23 13:46:33

東京で生まれ育った私は、地元(田舎)がない。
高校・大学生の頃、夏休みやGWになると、ひと足先にに自立した友達達が「実家(地元)に行ってきてさぁ。。。」なんて言っているのをみて「いいなぁ。地元があって。。。」と、ちょっと羨ましかった。ちょっとだけね。。。

しかしながら、最近の東京のめまぐるしい変化によって、どんどんとこの羨望は大きくなり、拍車がかかってくる。だって、地元をお持ちの皆さんには所謂『原風景』がある。めまぐるしく、ひと月空ければ知らない店が立ち並ぶ下北沢で育った私には、そんなものない。私の青春時代の象徴といっても過言ではない原宿の『オーバカナル』『同潤会アパート』もいまはもう、ない。進化をNOと言っているのではない。私だって、便利になったりきれいになったものを使うことに享受しているのだ。でも、寂しいのだ。六本木ヒルズやその他に立ち並ぶビル群が私の『原風景』となることが。。。

そんな私の『羨望』に決定打を加えた1冊を紹介したい。



『忘れられた日本人』
この本の著者、宮本常一氏は民俗学に精通し、諸国をくまなくあるき、その地方、その村々の民間伝承を面白おかしく紹介している。
口頭伝承だったり、門外不出の文書を通して、昔あった事件や、のびのびとしていた人の暮らしの営みをおおらかに綴る内容は、落語でも聞いてるかのようにいきいきと伝わってくる。
場所は変わるが、沖縄の民間伝承をたっぷり盛りこんだ小説、池上永一氏の『風車祭』のように、日本の北から南まで、津々浦々のアレコレを教えてくれる。まるで家のおじいちゃんやおばあちゃんの存在のような1冊である。
私のように、都会の喧騒に少しマイってしまっている人は、週末にでもこの本を読んで、ちょっと旅行にでも出た気分にひたるのは、いかがかしら?

レイモン・ラディゲ

2006-06-21 05:21:10
最近友人から「遅まきながら、引っ越し祝い何がいい?」なんて尋ねられ、つい「コクトーのドローイング・ポスター!」なんて元気良く答えてしまいましたが、結構これが探すの大変ならしく、結局一緒にネットで探したりしている今日この頃。。。
連鎖反応と少しカブるけど、コクトー好きな私は、やっぱりラディゲも好き。で、『肉体の悪魔』を読み返す。。。

何度も読み返しボロボロの新潮文庫のこの本は、初版が昭和29年、後の昭和42年に改版されているままの、昔ながらの1冊だ。でも、ネットでポスターを探しているうちに最近出版された(といっても8年前ではあるが)新訳 肉体の悪魔』なるものを見つけ、比べて読んでみた。



読み比べると、おもしろい。。。
まるで、原作本と忠実に作られた映画のようである。。。


この本の内容を、16歳の少年と美しき人妻との恋愛悲劇といってしまえば、それまでであるが、すばらしいのはその感性。主人公の早熟な視線、葛藤、無知さのそれらすべてが、この物語の美しさや繊細さを生み出している。

『肉体の悪魔』と『新訳 肉体の悪魔』。。。
前者は、この物語が書かれた当時の言葉で、この上なく忠実にラディゲの持つ妖しさ、そしてその文章の美しさを垣間見せてくれる名作中の名作だ。
後者は、今まで昔の言葉を読みにくいと感じる人にお勧めの、重宝のエンターテイメントである。


これを書いた当時、ラディゲはまだ17歳だった。17歳であるがための感性と残酷さを持って、その視線は40歳!妙に老成しているのである。大人と子供の混在したこの若い著者は、まるで生き急いでいたかのように20歳でこの世を去ってしまう。

読み終えて、ふと何年か前、文化村で開催されたコクトー展の最後を飾った写真パネルを思い出した。
「愛する人のために この世に存在しないリングを」(ジャン・コクトー)と記された注意書きの上に飾られた1枚の写真。
それは、あのカルティエの3連リングを左右両方の手にしている、晩年のコクトーの寂しそうな笑顔だった。

この、カルティエの3連リング(トリニティ・リング)はコクトーが“愛・友情・忠誠心” この3つの要素が調和する時、愛に普遍性が宿る”と、ラディゲのためにカルティエに制作依頼をし、贈ったもの。。。持ち主がなくなってしまってから、贈り主の元へと戻ってきたのである。その写真を撮ったときのコクトーはどんな気持ちだったのかしら?

なんとも、哀しくて切ない話である。

トリニティリング
ジャン・コクトー




ネコ3匹

2006-06-20 18:48:47
仕事の合間に帰ってみれば、
猫2匹とろけてます。
こんな時は
「あ゛あ゛、私も一緒に猫になりたい!」

bye bisous chica

思ったこと その2

2006-06-19 14:22:33
以前、何かの雑誌で『よしもとばなな』さんのインタヴューで「私は今の若い子の読む本の作家じゃないから。。。最近の中学生や高校生などの学生は私の本を読まないんですよ」とおっしゃってたのを思い出した。

現在大学生だったり高校生だったりの友人に聞いてみると、やっぱり読んでいないそう。。。
この前、ここのブログで『思ったこと その1』で書いたけど「本には読み時があって、それを逃してしまうと、後にトライした時に読みづらい事がある」と思っている私は、ここで声を大にして言いたい。

本は、読んでおいた方がいい。。。
そしてまた、自分の成長の折り目に読んでみるといい。。。
そこでまた連鎖反応がある。。。
子供の頃の感性は子供時代に満喫しないと、後の愉しみがちょっと減ります。。。。


で、連鎖反応といえば、
出版業界では知る人ぞ知る、の安原顕さんのことを書いた村松友視さんの『ヤスケンの海』
この本は、文学を心から愛した1人の編集者のノン・フィクション。



死ぬまで生きてんだこのヤロー!四方八方に怒りを散らしながら生き抜いたスーパー・エディター、安原顕。あの「大江健三郎事件」の真相、学歴詐称騒動、麗しき夫婦関係から「余命一カ月」宣言まで、編集者時代からの盟友である著者が綴る、壮絶かつ切ない完全燃焼の生涯。本を愛し文学を愛し、ジャズを愛した男の残したものとは―。(アマゾンより抜粋)

と、一見破天荒な彼が「マリ・クレール」編集者時代に担当した連載が『TUGUMI』だったりする。その事が詳しく、この本の中で紹介されている。



中高生時代の私が読んで、深い感動とやわらかい優しさを、多感な心で受け止める事が出来た『キッチン』『つぐみ』は絶対に、若い子に読んでおいて欲しいのだ。余談だけど、『キッチン』は海外でも人気が高く、よく「読んで感動した」という外国の人と仲良くなったりする。また、そうした友人から、ここで紹介した『ポンペイの四日間』を紹介されてたりするから面白い。

と、何だか今日は取り留めの無いことを書いてしまいましたが、今日も誰かがこのブログを読んでくれることを思いつつ。。。





ウェブ進化論について

2006-06-18 20:51:09
梅田望夫氏の『ウェブ進化論−本当の大変化はこれから始める−』が売れている。
最近、私の周りの書籍・雑誌編集者たちの間で「本自体はすごく興味深く面白いが、読後の不安感がある」とか「とは言っても、結局のところ紙媒体は残っていくのではないか?」とかの意見を聞く。

かくいう私は、実のところこの本をまだ読んでいない。
読みたくて『積読』はしているのだけど、結局他のもっと興味のある本を読みたいと思ってしまうから。。。

ブームになって、本の質もよく、勉強にもなるという意味では、私のような仕事をしている以上、真っ先に読まなくてはいけない本かもしれない。でも、やっぱりまだ読まない。

で、なんで読んでない本をここで紹介するかというと、この本が「まだ読まないけど、気になる本だから」なのだ。本の感想や、それにまつわる会話を聞いて、自分なりに内容を想像する時間が楽しい。あとで読んでみて、がっかりしちゃう事もあれば、「読んでよかった。面白かった」と目からうろこが落ちるような感覚になることもしばしば。

それに、ごく最近になってここでブログを始めるまで、ある程度の“アンチネット派”だったから。“アンチネット派”の理由はきわめて簡単。
PCの事がよく判らない
本のページをめくる事に喜びを感じる
本屋さんで次第に重く感じる手に取る1冊1冊の重みが好き

が大きい理由だ。私のように感じている、紙の活字好きって多いいのだと思う。その中で、どのくらいの大変化をこの本で予想・予見しているのか、楽しみでも在る。

それにブログで日記を書くのって、不特定多数に向けて必要以上に私生活をさらけ出してしまう“怖さ”や“ぬるさ”が在る。。。
でも、最近私の“アンチネット派”もちょっとづつ薄らいでいる。ミクシィやグリー、個人ブログの面白さも少しずつ判ってきたからだと思う。もちろん、何にだって“かたよる”ことはよくない事だと思いますが。。。

というわけで、もうちょっとこの本に関して読前の想像をしてみたいと思って。。。多分、今月中には読むと思うから、その時ここで書いた事が「とんちんかん」だったら面白いかな?なんて思って書いてみました。


書籍名  『ウェブ進化論』
著者    梅田望夫
出版社   筑摩書房
価格    777円(税込み






Posted at 20:51 | この記事の詳細

悪童日記

2006-06-16 00:10:29
6月8日にここで紹介した『カイト・ランナー』に続き亡命作家モノにさらに深く、「やっぱり、このジャンルはハマる!」と思わせてくれたアゴタ・クリストフ。
『カイトランナー』が出た直後に彼女の自伝『文盲』が出版された事を知り、何故だか今まで素通りしてしまっていた『悪童日記』を読んだ。



書籍名  悪童日記
著者    アゴタ・クリストフ
訳者    堀茂樹
出版社   早川書房
価格    651円(税込み)



内容はアマゾンから転用するとこんな感じ。
−戦争が激しさを増し、双子の「ぼくら」は、小さな町に住むおばあちゃんのもとへ疎開した。その日から、ぼくらの過酷な日々が始まった。人間の醜さや哀しさ、世の不条理―非情な現実を目にするたびに、ぼくらはそれを克明に日記にしるす。戦争が暗い影を落とすなか、ぼくらはしたたかに生き抜いていく。人間の真実をえぐる圧倒的筆力で読書界に感動の嵐を巻き起こした、ハンガリー生まれの女性亡命作家の衝撃の処女作。 −

と紹介すると、何やらとっても難解そうに見えるけど、内容はそんなに難しくも読みにくくもない。ちょっと残酷に感じる部分も確かに在るけど、もともと子供は無垢なだけあって残酷だし、もっと残酷で痛ましい事件が、事件にならないほど当たり前な戦乱の時代背景くを考えると、むしろ、そんな中で子供の豊かな想像力が生々しく書かれている事に驚かされる。その点ではコクトーの『恐るべき子供たち』を彷彿させる。

著者がどのような亡命作家かと云うと。。。
アゴタ・クリストフはハンガリーのオーストラリアとの国境近くで生まれた。幼少期を第二次大戦の戦禍の中で過ごし、1956年には“ハンガリー動乱”によって、社会主義国家となった母国を捨てて乳飲み子を抱いて夫と西側に亡命している。その後、スイスに暮らし、母国語ではなくフランス語で直接この本を書いた。ちなみに、亡命時はフランス語をまったく話せなかったというから、これまたすごい。

この本は、後に発表される『二人の証拠』『第三の嘘』3部作の第一作で、主人公「ぼくら」の日記によって進められる。いや、違う。。。この本自体が「ぼくら」の日記そのもの。なんだか、「ぼくら」が人には絶対見せないし、見せたくない日記を偶然見つけて読んでしまっている錯覚に陥る。

無駄な箇所が一切ないこの日記で、どの部分も衝撃的なんだけども、私がいちばん心に残っているのは、こんなシーン。

第二次世界大戦の折り、強制収容所に向かって家畜のように“牽かれて行く”2〜300人くらいのジプシーかユダヤ人たちの列を、まるで見世物のように見る、町の人たち。
「ぼくら」も司祭館の女中と一緒に見ているんだけど、“牽かれて行く”人の中から「パンをー」と痩せた手が伸びる。。。女中はパンをあげる振りをしながら、その人に絶望の中の一縷の希望を持たせておきながら「あたしだって腹ペコなの!」とギリギリのところで自分の口に放り込む。つまり、からかったのだ。そして彼女は「ぼくら」に「あんな連中、犬畜生みたいなものなのよ」と言い放つ。この俗悪な女中はかねてから「ぼくら」を可愛がり、世話をする人なのだが、何日かして大きな事故(「ぼくら」によるかなり故意的な)にあう。。。

ここで私が「ぼくら」を一種、頼もしく感じたのは「この時代・この風潮(ユダヤ人が虐げられる事に麻痺し、次第に喝采を送るようになる)の中で、「ぼくら」が本能的にも理性的にも公正でいたことでした。子供は無垢で純粋であるがために洗脳されやすい存在です。それなのに、「ぼくら」は「皆が言っていることが全て正しいとはかぎらない」と物事の真理を追究しようとする。もちろん、だからと言って“天誅をくだす”のがいい事ではないと、いけない事だと断言しますが。。。


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