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本しゃべりずむ

ゲド戦記

2006-07-29 22:18:51


「見えぬものこそ」

世の中の均衡が崩れ、馬や羊が死に人々の頭も変になっていく。
目に見えるものだけを尊び、
目に見えないものには信用を置かない。。。
そんな世の中では、センシティブな人は、
精神的な打撃を受け、ココロのバランスさえも失っていく。。。

これは、今日から公開された『ゲド戦記』の冒頭シーン。
アレン王子とテルー少女は、
まさにこんなダメージを受けている、この映画の主人公だ。

面白いのは、この主人公達が、不均衡な世界にバランスを与えるキーマンとしての、いわゆるヒーローでもヒロインでもない事。ただの大きな世界の中の犠牲者の一人が、次第にココロのバランスを取り戻す、というところにある。

私自身にとっても、生きていくうえで感じる不均衡さや、不安に直接訴えてくれるような、素晴らしい映画だった。今の時代にぴったり合った、良いテーマだと思う。ちょっと早めに試写会を観ていたのですが、もう一度観にいきたい作品です。
所謂ハリウッド映画のようにマスに対して訴えるテーマというよりは、むしろ見ている観客サイドに訴えるテーマを投げかける、美術品のような映画でした。

よく、私は自分のバランスを崩しそうになると本を読む。以前、私がPRを担当した『ブック・セラピー』という本があるのだけど、その著者、三浦天紗子さんもいっているように、読書は極めて能動的に行動するセラピーのひとつだと思う。




生きるということだけを真面目に考えてしまって、その反対の死というものを見ないようにすれば、自然とココロのバランスは崩れていく。そこで、そんなテーマのもと、またまた連鎖反応的に繰り返し読んだのは『堕落論』
この中にある1篇、『不良少年とキリスト』は太宰治の自殺直後に坂口安吾が書いたエッセイです。交友関係にあった太宰や芥川の死を通して、坂口安吾が生と死について語った、少々口の悪い花向けの一文である。




この中の1節で

“生きるということは、戦うということ。
戦っていれば、負けない。
負けないという事は、戦うという事です。
人間は、決して勝ちません。
ただ、負けないのである。”

“通俗、常識そのものでなければ、
すぐれた文学は書けぬ”

といっている。

人は、生きることに戦っているのである。

そして『ゲド戦記』で監督デヴューを果たした宮崎吾朗氏もまた、

「自分探しのように、
見えない何かを求めるのではなく、
ご飯を食べて、仕事をして、
回りの人を大切にして、
今ここにある日々を大切にする。
つまり、まっとうに生きること」


を推奨している。

いろんな情報が氾濫し、お金や物のように見えるものが重きを置かれる時代だからこそ、真面目に「まっとうに生きること」を考えてもいいのかもしれない。。。


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