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本しゃべりずむ

レイモン・ラディゲ

2006-06-21 05:21:10
最近友人から「遅まきながら、引っ越し祝い何がいい?」なんて尋ねられ、つい「コクトーのドローイング・ポスター!」なんて元気良く答えてしまいましたが、結構これが探すの大変ならしく、結局一緒にネットで探したりしている今日この頃。。。
連鎖反応と少しカブるけど、コクトー好きな私は、やっぱりラディゲも好き。で、『肉体の悪魔』を読み返す。。。

何度も読み返しボロボロの新潮文庫のこの本は、初版が昭和29年、後の昭和42年に改版されているままの、昔ながらの1冊だ。でも、ネットでポスターを探しているうちに最近出版された(といっても8年前ではあるが)新訳 肉体の悪魔』なるものを見つけ、比べて読んでみた。



読み比べると、おもしろい。。。
まるで、原作本と忠実に作られた映画のようである。。。


この本の内容を、16歳の少年と美しき人妻との恋愛悲劇といってしまえば、それまでであるが、すばらしいのはその感性。主人公の早熟な視線、葛藤、無知さのそれらすべてが、この物語の美しさや繊細さを生み出している。

『肉体の悪魔』と『新訳 肉体の悪魔』。。。
前者は、この物語が書かれた当時の言葉で、この上なく忠実にラディゲの持つ妖しさ、そしてその文章の美しさを垣間見せてくれる名作中の名作だ。
後者は、今まで昔の言葉を読みにくいと感じる人にお勧めの、重宝のエンターテイメントである。


これを書いた当時、ラディゲはまだ17歳だった。17歳であるがための感性と残酷さを持って、その視線は40歳!妙に老成しているのである。大人と子供の混在したこの若い著者は、まるで生き急いでいたかのように20歳でこの世を去ってしまう。

読み終えて、ふと何年か前、文化村で開催されたコクトー展の最後を飾った写真パネルを思い出した。
「愛する人のために この世に存在しないリングを」(ジャン・コクトー)と記された注意書きの上に飾られた1枚の写真。
それは、あのカルティエの3連リングを左右両方の手にしている、晩年のコクトーの寂しそうな笑顔だった。

この、カルティエの3連リング(トリニティ・リング)はコクトーが“愛・友情・忠誠心” この3つの要素が調和する時、愛に普遍性が宿る”と、ラディゲのためにカルティエに制作依頼をし、贈ったもの。。。持ち主がなくなってしまってから、贈り主の元へと戻ってきたのである。その写真を撮ったときのコクトーはどんな気持ちだったのかしら?

なんとも、哀しくて切ない話である。

トリニティリング
ジャン・コクトー




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