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本しゃべりずむ

『書物の敵』

2007-09-28 23:04:45


いつも、私の世界を広げてくださる素敵な友人M氏より、「君にお勧めの本があるよ。ヴィクトリア時代に書かれた当時のベストセラーで、兎に角、本好きには面白いかもしれない」と教えてもらった。ドンピシャな本。『書物の敵』を読んだ。




内容をアマゾンから転用すると
火や水の暴威、紙魚の襲撃、無法な製本屋や身勝手な書物蒐集家…愛する書物を破壊する「敵」に怒りの炎を燃やす著者が、天災人災の様々なエピソードを集め、自身の体験も交えながら軽妙洒脱に綴った英ヴィクトリア時代のベストセラー。書誌学の先達庄司浅水や寿岳文章らによって紹介され、わが国でも高名な古典的名著、待望の初完訳成る。

「本好き」と言っても、学者にももオタクにもなりきれない私が読んでも、はたして楽しめるのかは疑問だったが、読んでみると、やっぱり止まらない。。。

これはもう、目次からして反則な程である。
中でも、『召使いと子供の狼藉』『ガスと熱気の悪行』『害獣と害虫の響宴』など、目次を一目見ただけでも、ワクワクさせてくれる1冊なのである。
ヴィクトリア時代に書かれたと云っても、古くささは微塵も感じさせず、エスプリ、ウィットに富んだ記述も心地よい。科学的にも歴史的にも、まぎれもなく先月『本とも』に書いた「私を見知らぬ何処かへ運んでくれる」1冊であることに間違いなしの本である。

『星へ行く船』

2007-09-19 22:04:48
先日、とある友人S氏に、ちょっと嬉しい事を教えてもらった。以前、S氏に私がPRを担当していた『佐賀のがばいばあちゃん』をお薦めしたところ、S氏どころかS氏のお嬢さんまでファンになってくれて、シリーズを一気に読破し、更には、その事によって読書エンジンがかかり、お嬢さんは、今ではすっかり読書好きになってしまった、との事。

私のような仕事をしていると、こういった言葉がどんなに嬉しいか。。。最高の賛辞である。

で、今思えば私も中学生の頃、読書熱を持つきっかけになったシリーズ本があった事を思い出し、無性に読みたくなり、アマゾンで取り寄せてみた。コバルト文庫の『星へ行く船』である。



アマゾンから内容を転用すると
あたし森村あゆみ、19歳。現在進行形で家出のまっ最中。家を捨てるついでに、地球まで捨てるでっかい覚悟で乗り込んだ宇宙船で、あたしはさんざんな目に! いったい、家出はどうなるの!?

漫画のように軽ーく、読めてしまう。あんなに夢中になって読んだ作品は、不思議と今読んでも醒めず、やっぱり夢中になって読んでしまうものである。
よく、「ケータイ小説なんて」とか、「児童書なんて」と云う言葉を耳にするが、こういった意見について私はいかがなものか?と思う。その昔、祖母から「子供時代は、古典とか、普遍的に残るものでないと読む意味がない」と、その読書嗜好を否定された私だけど、どんな本でも、「面白くて、やめられない!」と思う瞬間をもてるならかまわないと、大人になった私は思うのである。だって、読み癖がつくもの。。。

『ぼくには数字が。。。』

2007-09-15 18:14:04


日頃から、あまりテレビを観ない私でも、毎週楽しみにしている番組がある。水曜の深夜に放送される『CBSドキュメント』だ。その中のレポート「60minutes」で、紹介された一人の男性、ダニエル・タメットについて興味を持ち、最近購入した本が『ぼくには数字が風景に見える』である。



サヴァン症候群やアスペルガー症候群といった症状をご存知だろうか?私も含め、きっと多くの人は映画『レインマン』で知っているか、耳にした事があるだろう。よく耳にするのは、自閉症の症状で、数学的なセンスや芸術的なセンスなどが突出する傾向がある事。そんな風に、ぼんやりと知っていた。ただし、そんな才能をもった多くの人たちが、その突出した才能を、アスペルガー症候群という自閉症の症状のせいで、他人に巧く説明出来ず、なかなか解明する為の突破口が見いだされていなかったのである。

この著者ダニエル・タメットは、そんな才能を持ち合わせる一人である。ただ、彼のアスペルガー症候群の症状は、非常に軽く、彼がどのように感じ、どのように数字を見て、どうやって考えているのかを人に伝えていく事が出来るのだ。その事によって、彼の出現が、そんな突破口の役割を果たすのである。



アマゾンから内容を転用すると
小川洋子さん絶賛。「思慮深く、優しい声で、ダニエルは私たちにそっと教えてくれる。この世界は、生きるに値する場所である、と」

著者ダニエルは数学と語学の天才です。それは、ダニエルが映画『レインマン』の主人公と同じサヴァン症候群で、数字は彼にとって言語のようなものだから...。
複雑な長い数式も、さまざまな色や形や手ざわりの数字が広がる美しい風景に感じられ、一瞬にして答えが見えるのです。ダニエルは、人とのコミュニケーションにハンディをもつアスペルガー症候群でもあります。けれども、家族や仲間の愛情に包まれ、一歩ずつ自立していきます。
本書は、そんなダニエルがみずからの「頭と心の中」をいきいきと描いた、驚きに満ち、そして心うたれる手記です。

この、アマゾンの内容紹介でも記されるとおり、この本は、決して学術書ではなく、ひとりの男性の自叙伝と言ってしまっていいと思う。明るさを失わない大家族の中で育つ事の大切さが、どんなに素晴らしい事であるか、と考えさせられる1冊である。

『非暴力』

2007-09-09 00:25:19


いつもいつも、こんなこと考えていたら答えが出せずに、私の小さな脳みそに負荷がかかりすぎてしまいそうなので、普段はこんなこと考えていないのだけれど、『非暴力』について。。。

きっかけは、毎年8月になると必ず放送される、戦争ドキュメンタリーである。中でも、私が興味深く見ていたのはインドのパール判事についてのものだった。今までの不勉強のせいで、彼の事は、東京裁判についてを批判する人たちに「祭り上げられている」ような気でずっと通り過ぎて来て、パール判事の持つ思想や「何故、彼が無罪を主張していたのか?」を考えることが無かったからであった。

読んでみて、ちょっとだけ非暴力という事に興味を持った私は、その題名とおりの『非暴力』という本を読んでみたのだ。



やはり人類の歴史には宗教と切っても切り離せないものがあって、その内容の殆どが宗教の歴史になっている。著者がアメリカ人だけあって、独立戦争から始まるアメリカの歴史が非常に克明に紹介されているのだ。歴史好きな私としては、すんなり読める1冊だった。

興味深いのは、「非暴力」と云う言葉が、「暴力を否定」という言葉にしか単語がない、と冒頭で挙げられている事。もともと「暴力」があって、それを反対するという言葉にしかなっていないのだと、驚かされる。「暴力」の反対語は「非暴力」であって、「平和」ではないのである。

そんな事を、頭において読んでみると、哀しいくらいに救いがない気がして来たのである。「誰かが始めなければならない」というが、じゃぁ、誰から始めるのか?始めた所で、その意思を継ぐ人はいるのか等など。。。

色々思っている事はあるんだけども、うまく書けないな。。。
でも、たまにはこんな本を読んで、平和の事とか非暴力についてちょっと真面目に向き合ってみるのは、結構良い事だと思うのだ。色んな事を思う発端になる1冊だと思う。

私が巧くいえなくて、モヤモヤしているのを、ここでバッサリ断じてくれています。喉にひっかかった小骨がスルッと取れる感覚に襲われて、クラッとします。




『沙門空海唐の国にて。。。』

2007-08-30 01:04:17
先月、ここでもご紹介した『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』の3巻と4巻が出版された。これで完結。「もっと読んでいたいなぁ。。。」と思わせる、私好みの歴史ファンタジーである。

読中、哀しく切ない楊貴妃を思いながらも、密を手中にした空海のその後を清々しい気持ちで読んだ。目をハートにしながら「こんな人が実際にいたらなぁ」と思っていたが、空海は、もちろん空想の世界の人ではない。実際にいたのだ。それも1200年も前に!!

この本を読む方々にひと言つけ加えるのであれば、
「気をつけて!きっとアナタも惚れちゃいます。」
かな。男性女性問わず、魅力的な空海にきっとハマります!




ちょっとだけ、自慢させて下さいね?
先日の取材の立ち会いの際に、夢枕獏さんに頂戴したサイン!
さらさらと、はげ坊主を描いていらしたので、「おじいさんになった空海かしら?」なんて思っていたら、なんと、ブッチャー(格闘家)なのだそう!!空海に負けず劣らず、魅力いっぱいの夢枕先生でした。

『沙門空海。。。』

2007-07-30 10:26:56

ここんとこ、私は寝不足気味。。。
理由は簡単。寝る間も惜しみたくなってしまう本があるからだ。しかも、4巻もの。『沙門空海唐の国にて鬼と宴す』である。



その昔テレビで観た、「ホールズ」というのど飴の「ヴェイパー アクション!」という宣伝文句を思い出してしまう程、その内容はまるでジェットコースター。

アマゾンから内容を転用すると
西暦804年、密を求め遣唐使として長安に入った若き留学僧・空海は、友人の橘逸勢らとともに朝廷をも揺るがす大事件に巻き込まれる…。日本初の世界人の活躍を描く中国歴史伝奇小説。



簡単に言ってしまうと、あの空海が楊貴妃にまつわる死の真相に迫るミステリーである。執筆19年の大作だというのも頷ける程、微に入り際に入り、歴史考証や史実に沿って繰り広げられる壮大なファンタジーである。

こういった作品のPRをさせていただけるのは、本しゃべりすと冥利に尽きると云うものだ。しかも、ちょっとだけ自慢だが、今月下旬まで3巻〜4巻はお預けのはずが、以前出版された単行本で、まとめて読めるというおまけ付き。

寝不足必須のこの4巻もの。かなりおすすめです。

『きみは金色の雨になる』

2007-07-26 01:03:01


知り合ってもう、何年になるのかしら?
『バグダッドのモモ』という大人の読む寓話のPRを担当してからのお付き合い、著者の山本賢藏さん。



職を辞し、単身パリに渡ったかと思えば、気がつくと、カンボジアでのんびりしているという山本氏のお便りをもらいつつ、「いつ新作をだすのだろう?愉しみなのにな」なんて思っていたのだが、先日、「本を出すので献本」して下さる旨のメールを戴いた。

首を長くして待っていたら2〜3日して、きれいに装丁された『きみは金色の雨になる』という魅力一杯の1冊が届く。弟と著者の回想記のようでいて、その実、喪失感や自己との対峙という「心の旅」が大きく深いテーマの作品だ。



ところどころ、特に「回想記であること」「話の流れにベースとなってくる名曲が読書中に耳に流れてくる」ことなどが、以前、このブログで紹介したアンヌ・ヴィアゼムスキーの『愛の讃歌』を彷彿とさせる。


アマゾンから内容を転用すると

失うとは、かくも心を透明にするものなのか。
著者がついにメコンのイルカになれた時、
私の息子喪失の悲しみまでが浄化される思いがした。
これは魂の救済の詩篇だ。――柳田邦男

この世界のどこに、ぼくたちに、音楽が、非暴力が、愛が、あるか?詩的文体によって刻み込まれた、生の意味を問いかける魂の彷徨と再生の物語。『バグダッドのモモ』の作者による書き下ろし長編!父親の仕事の都合で少年時代をパリで過ごすことになった仲のいい兄と弟は、異邦人として学校でリンチまがいの凄まじい虐めの日々を体験する。そんな日々、ふたりはふたりだけの言語を考案し黄金の王国「トントコランド」を築き上げた。やがて弟は引き籠もりがちになるが、音楽にきらめくような才能を発揮し始める。一方、兄は大学、就職、そして報道記者として世界にはばたき、ふたりの王国は消滅する。

しだいに別々の道を歩むふたりだったが、ある日、兄の滞在先のパリに弟が突然訪れ、そして自死を選んだのだった。

弟の遺した歌のメッセージ、彼がカンボジアで行なったらしい音楽活動の足跡を追って、兄の長い旅が始まった……。

山本氏は、今までに2冊ご著書があるが、1冊目は、ルペン・ショックの際、揺れに揺れたヨーロッパの今を生の声で綴ったルポルタージュ『右傾化に魅せられた人々』
2冊目は孤高の猫「モモ」と戦場に生きる少女「もも」の心の交流を描いた寓話『バグダッドのモモ』
そして、本作である。

形態こそ違えども、これら3冊はどれも山本氏らしく、どんなに難しい内容のものでもモノともせず、簡単で柔らかい文体で綴られ、すぅっと胸にしみ込んでくる。そしてなにより、自身の「葛藤」や「自嘲」「喜び」「安堵」そういったもの全てを、どこか俯瞰してみるような文体がベースになり、心地よい。

哀しみ、喜び、絶望、狂喜。。。そういったものを乗り越えた上で、ひとときの緩やかな時間を過ごしたい時にお供させたい1冊である。


『孤島』と『猫』

2007-07-24 01:52:43


やれやれ、久しぶりの更新です。家族はもちろんのこと、友人・知人、はたまた仕事関係でお世話になっている方々から、「chicaネット引退説」が流れていたらしく、単にサボっていたことがなかなか言い出せない、今日この頃。。。

何をしていたかと思えば、本棚購入をきっかけに、お部屋の改造等など。仕事を終え、「一日の終わりにブログを!」と、くるところに「一日の終わりにはDIY!」となり、すっかりネジ廻しとネジとお友達になっていました。

さてさて、ここんとこ、ずーっとこのブログに書きたかった本。『本とも』で軽く取り挙げたジャン・グルニエの『孤島』



「孤独」について柔らかな視点で綴られたエッセー集だが、中でも『猫のムールー』と題された章が頭から離れない。この本を読んだ時とティッティを亡くしたときが近いせいか?もともと私がぼんやり頭の中に置いておいた想いと錯覚するような内容を字で読んだせいか?とにかく、気になる1冊である。

残念なことに、絶版もので、私ももう長い所友人に借りている本である。神保町で探してみるも、なかなか見つからない。いつか、絶対に手に入れたい本である。

この『猫のムールー』は、グルニエが飼っていた猫の付いてのエッセーである。読むと、なるほど、彼が如何にムールーと猫のいる生活を愛し、慈しみ、敬っていたのかがわかる。しかし、それだけで話は終わらない。引っ越しやバカンスで、ムールーを飼っていられなくなった彼は、知人にムールーを託すのだ。そしてしばらく後に戻った際、不具者となったムールーと再会し、再度別れを言う際には、ムールーの安楽死を選ぶのだ。

ここで、グルニエも思い悩むとおり、人間は神ではない。そもそも無宗教の私にとっては、神様云々はわからないが。。ただ、私は思うのだ。愛する者の痛ましい未来を実現させたくない気持ちは、全くの間違いではないと。ただ、語弊が無いように書き添えておくと、諸手を挙げて「安楽死に賛成」とは思わないのである。

こんな風に矛盾や葛藤を胸に抱えながら、私は『猫ー猫と歴史家と二度目の妻』を読んだ。



ここで云う「歴史家」とは、『フランス革命史』を書いたジュール・ミシュレである。その妻アテナイス・ミシュレが書いた本書は、『猫のムールー』と同じく、一部の人からは「残酷である」と評されるだろう。だけど、私は違和感なく読んでしまった。彼女も猫を愛し、慈しむ。でも、近隣の猫嫌いのおじさんに猫を叩き殺されようと罠をかけられようと、家に「猫を閉じ込めてしまおう」とか、過保護になり過ぎたりはしないのである。さすがに、時代も環境も現代とは違うので、アテナイスのようにありのままで自由にさせる訳も行かないが、心持ちとしては、最近流行のペットの過保護ブームのようなものよりも、しっくりと来るのである。気がつけば、さっきまで感じていた、あのモヤモヤも、なんとなくありのままの葛藤、ありのままの矛盾として受け入れたくなるのである。

夢と、希望いっぱいに、これから動物を飼おうと思っている人にはお勧めしませんが、私みたいに「なんとなく違和感」を抱えている人には、おすすめの2冊です。

『太陽の塔』

2007-06-25 14:07:07
最近気になる作家になった森見登美彦の『太陽の塔』を読み終わる。森見を知ってから、一番に読みたかった作品だ。この作品で森見は日本ファンタジーノベル大賞を受賞しているし、なんといっても、私の好きな岡本太郎の『太陽の塔』をそのまま題名に使っている事。そんな所が、気になって仕方がなかった。



アマゾンから内容を転用するとこう
京大5回生の森本は「研究」と称して自分を振った女の子の後を日々つけ回していた。男臭い妄想の世界にどっぷりとつかった彼は、カップルを憎悪する女っ気のない友人たちとクリスマス打倒を目指しておかしな計画を立てるのだが…。

2003 年のファンタジーノベル大賞を受賞した本書は、読み手をとことん笑わせてくれる抱腹絶倒の物語だ。文体は古風でごつごつした印象を与えるものの、それに慣れるころには一文一文に笑いが止まらなくなり、主人公やその友人たちのとてつもないバカっぷりが愛らしくなるだろう。登場する男は皆個性的で、インパクトの強い変人ばかり。主人公につきまとわれる女子大生も普通ではなく、言葉遣いも行動も完全にズレていて、アニメのキャラクターのようなぶっ飛んだ魅力がある。物語のクライマックスまでたどり着いた読者にはさらなる大混乱が待っている。そのばかばかしさのスケールにとにかく圧倒されるはずだ。

男的な妄想をテーマにしながらも、読み手の性別を選ばないのも魅力のひとつだ。賞の選考委員である小谷真理に「一番強烈で、一番笑いこけた作品」と言わしめた本書。一歩間違えれば単なるストーカーの独白に終わりかねない設定だが、そんないかがわしい行為ですらジョークに変えるほどの力がこの作品にはある。

また、ユーモアに満ち満ちた物語の中に、詩的な美しい描写が織り込まれているのにも注目したい。突然そうした穏やかな文章に出会うことで、読み手は台風の目に入ったかのような静けさに包まれ、著者の文体に独特の温かみを感じることができるのだ。ユーモアばかりが注目されるが、そんな絶妙なバランス感覚こそが著者の本当の才能なのかもしれない。(小尾慶一)

と、珍しく「アマゾン?」と思わせる程、しっかりその魅力が紹介されているのも“森見マジック”の成せる技なのか?とにかく抱腹絶倒ものの内容を、限りなくきれいな日本語で淡々と読ませ、読者を一気に物語へと惹き込んで行くのである。

お涙頂戴物に少し飽きてしまった人には特におすすめの作品、いや、おすすめの作家ですよ。

『「デスパレートな妻たち」と。。。』

2007-05-29 23:05:02


仕事柄、本ばかり読んでいるように思われがちですが、実は深夜に放送されているテレビ番組もかなり好き。質の良いドキュメンタリーから海外ドラマ。中でも、海外通販の『ビリーズブートキャンプ』に釘付けである。といっても、見ているだけなのですが。。。

ちょっと話がずれましたが、そうそう海外ドラマについて。。。
ちょっと古いかも知れませんが、学生時代『ビバリーヒルズ高校白書』にハマったのを封切りに、『アリーmyラブ』や現在NHKで放送している『デスパレートな妻たち』、日本テレビでやっている『プリズんブレイク』などなど。見逃せないドラマが沢山あるのだ。

で、そんな私に先週、書籍編集の友人M氏がプレゼントしてくれたのが、『「デスパレートな妻たち」と「アリーmyラブ」を観るー彼女たちの「修羅場」』と題された1冊だった。



副読本として読むと、異様なくらいに面白く、あっという間に読み終わってしまった。まずのっけからテーマに書かれていたのが「楽園追放」である。『アリー』も『デスパ』も『セックス・アンド・ザ・シティ』も、ドラマの主人公たちは皆一様に社会的成功のチケットを持っていて、学歴・才能・美貌にも申し分が無い。なのに、所謂「ラブ=女の幸せ」のチケットを持たず、紆余曲折しながらもがいているのである。

これは、昔から古今東西にいわれて来た「こうしていれば大丈夫。こうしていれば幸せになる」といった「お約束」が無くなり、いわば「楽園」が崩壊してしまったという事である。

そういった、不均衡な所から次々と繰り広げられる社会派タッチなエピソードの数々が、実は、秀逸なコメディとなって、みる人間に浸透していくのである。

男性である著者が解説する中では、良い意味で「あなた本当に男性?」と思わせる程、繊細なエピソードも見逃さない。

ただ、「働く女性」「ひとり暮らし」「バツイチ」の私としては、このドラマの数々も、本も、ちと頭の痛い所なのですが。。。

読んでる間中、ドラマの1話1話を思い出してしまう。一粒で何度も美味しい1冊。海外ドラマファンにはお勧めです。

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