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本しゃべりずむ

『斜陽日記』

2007-06-17 00:06:28


兼ねてから「太宰を読む時は、気分的に落ちている時」と書いているので、あれですが。。。最近の私は、精神的にも元気なくせに太宰関係の本を読んでいる。それもこれも、書店にて太宰関係の書籍を一気買いしたせいなのであるが、事の発端は森見登美彦の『新釈 走れメロス』だ。

もともと、太宰好きなくせに『走れメロス』は、どちらかというと嫌いなお話であった。自分勝手で我が儘で「なんで、あんな嫌なお話を教科書に載せていたんだろう?」なぁんて思っていたが、森見版のメロスを読み、そして最近になって檀一雄の『小説 太宰治』を読んだら、そんなに嫌いではなくなった。

森見版はコミカルで非常に楽しく、檀一雄の『小説 太宰治』は「えええ?『メロス』って、モデルになる元の話があったのね!」と私を妙に納得させる作品だった。こうした関連ものを読むと、「なんだ、結局情けない太宰自身が自分を言い訳する為の話だったんだ」なんて思うと元々の『走れメロス』もついうっかり肩の力を抜いて楽しめるから不思議である。

で、今読み終わったのは『斜陽日記』
ご存知の方も多いとは思いますが、太宰の『斜陽』は、この太田静子の『斜陽日記』を元に書かれていたのである。『斜陽』好きとしては、あえて読まないようにして来たのだけど、結局好奇心が勝ち、読むに至った。

内容をアマゾンから転用すると

太宰治が没する前年の12月、『斜陽』は大ベストセラーになった。この小説が、実在の女性・太田静子の日記をもとに書かれたことは文壇史に名高い。しかしこの日記は太宰治の亡くなった1948年秋に発表されて以来、版を重ねることはなかった。戦中の疎開先で淋しく母を看取る娘の心細く健気な心情を伝える日記から、いかに魅力的な小説に展開させたか、太宰の作家としての力量を見る上でも貴重な幻の資料が、没後50年の今、甦る。

ながらく避けて来たけど、読んでおいて良かったと思う。ますます『斜陽』が好きになった。あの作品が素晴らしかったから、きっとこの本もただの日記ではなく、価値あるものになったのだと思うのだ。

時として、私は人から「やや四角四面で頭が固い」と評される事があるし、自分でも自覚がある。そんな私の心地よい倫理観とは合致しない、不倫・妊娠・出産などの「モラルや思想の度外視」をしても、やっぱり『斜陽』は素晴らしいと思う。特に気に入っているのは、主人公のかず子が最後の手紙の中で書いている言葉である。

抜粋すると

この世の中に、戦争だの平和だの貿易だの組合だの政治などがあるのは、なんのためだか、このごろ私にもわかって来ました。あなたは、ご存じないでしょう。だから、いつまでも不幸なのですわ。それはね、教えてさしあげますわ、女がよい子を生むためです。

と、こんな一文である。美しく、か弱く、ひとりではとてもやって行けそうもない主人公が、こんな風に図太く達観した事に、清々しいたくましさを感じ、強烈に惹き込まれる。この一文があるからこそ、この本が好きなのだ。

で、『斜陽日記』に話を戻すと、この本は興味深いものの、やっぱり個人の日記に過ぎないと思って読み進めていたけども、この作品の最後に「『斜陽』のかず子の最後の手紙、あの一字一句、そのままに、生きようと思います」と書いてあった。もう、その一文だけで充分である。この一文だけで、私の本棚から消える事のない本になったのだと思う。

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