たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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スマイル! [2008年10月30日(木)]
城郭探訪 伊豫国・宇和島藩 宇和島城(鶴島城) ’05/8/20


晩夏のまだ明るい時間、天守閣までの小山を登っていくが、ひっそりとして誰もいない。城郭開館は16時までで(こういう手のものは閉まるのが早く「お役所仕事」的で、疎ましい)、登城口についた時点で間に合わないことは判っていたけど、せっかくなので天守閣だけでも観るために登ってきた。

同じ伊予国・今治藩に移る前の藤堂高虎が縄張を構築し、江戸になって藩主となった伊達家(仙台藩主伊達政宗の子孫)が1671年、改修した天守閣以外は何も現存せず、また復元もされていない。鉄筋コンクリートで再建されるのもしっくりこないが、一部石垣と小ぶりの天守閣だけがポツリとあるのも、ずいぶんとさびしい。

そしてこの天守閣、1階の唐破風玄関と中層階千鳥破風がどの角度から見ても笑っている人の顔のように見えて仕方がなかった。まさか意図的にそんな意匠を凝らしたわけじゃないだろうが、きっと江戸時代の人たちもそう思ったかもしれないと想像すると、お茶目というかほっこりした気にさせられ、国指定重要文化財のお城という威厳も薄れてくる。

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登る時とは逆の方向に下ると、ヒゲ面の銅像に出くわした(上り立ち門)。その容貌から伊藤博文のように見えた。きっとこの地にゆかりがあるんだろうと、解説板を見てびっくり。私の出身大学の創設者だった。単なる偶然に過ぎないが、行き当たりばったりの面白さでもある。
踊る! 運動会カメラマン [2008年10月28日(火)]

今年は今までと撮影の勝手が違った。
これまでメインで使っていた2台が相次いで不具合を起こし、かたや全治ひと月半の入院(EOS20D)、かたや酷使(?)のよる寿命、THE ENDとなってしまい(EOS10D)、運動会撮影にまったく実働できなかった。

残りの1台、EOSkissデジタル(KD)は入門者向けカメラなので、これまでまったり系の撮影でしか使ったことがない。運動会というけっこうハードな撮影に向いていないことは百も承知だったが、かといってこれを使わざるを得ない。

KDは親指AF(*)の設定がなく、シャッターボタンによるAFしかできないので、1枚ごとにピントを合わせ、構図を決め、レリーズを切るの繰り返しは、無駄な動きが多く、シャッター・チャンスに間に合わない。

また、シャッターボタンを押してから実際にシャッターが切れるまで、わずかなタイムラグがあり、その写真は意図したものと、ずれが生じてしまう。すかさずもう何枚か撮るが、それも間に合わないうえ、連続撮影枚数がわずか4枚しかないので、あっという間にバッファが埋まってしまい、さらにはCFカードへの書込みも遅いので、それを待っている間にもシャッター・チャンスを逃してしまう。そんなこんなで、KDはどうにもこうにもレスポンスが遅すぎ、間の抜けた写真になりがちだ。

こんなカメラ1台では心許ないので、他の機種を1台貸りた。EOS5Dだ。フルサイズ機としてビンボー・カメラマンには羨望の機種だ。

この5D、“ハイ・アマチュア”をターゲットにした機能としては中級だが、価格は高級機。本体が一回りデカくて重いのと、フルサイズに合わせたやはり一回りデカくて重いレンズをつけたので、運動会という自らも走り回る撮影にはキツイ。

それは、単に重量が重くなるということだけでなく、走ることで伝わる振動、舞い上がる細かい砂埃、あるいは交互に使う2台のカメラがずり落ちたり、ぶつけないようにするなど、常に気をつけねばならない。さらには、万が一転んだりなんかしちゃったりすると思うとぞっとする。“価格は高級機”のましてや借物なので、そのあたりは余計だ。

しかし、待ったなしのシャッターチャンスの連続に、そんな悠長なことをしていられないのも事実だ。カメラを持ち替えるのももどかしい、わずかなAFの遅れや、構図のずれにもいらいらしながら、不慣れで不向きの2台のカメラの取り扱いに慎重にならざるを得ない、相反する状況はかつてないものであり、フラストレーションの連続だった。

なるほど、EOS1Dクラスの頑丈なつくりなら、そのあたり安心して使えるわけなんだと、使ったことないのに妙に実感してしまい、ちょっと欲しくなってしまった。


*親指AF…シャッターボタン半押しでオートフォーカス(AF)作動、そのままさらに押し込んでシャッターが切れるというのが標準仕様だが、カメラを構えた時、右手親指のかかる位置にあるボタンに、AFの機能を割り当てる設定変更のこと(シャッターはそのまま)。
焦点、露出、構図の決定を別々にできるので、より撮影者の意図を反映しやすい。
なんだか円高 [2008年10月25日(土)]
世界同時株安のあおりで、日本の円が外貨に対して高くなってきている。10月24日には瞬間最高1ドル=90円87銭をつけるなど、1995年夏以来の高値だ。

私はちょうどその頃にアメリカ旅行をするため、ドルのトラベラーズ・チェックを購入した。1ドル=96〜98円くらいだったと記憶している。そして400ドルが余った。すぐに円に替えるつもりだったが、銀行に行く機会がなく、ずるずる時間がたってしまった。何年かしてこのまま置いていてもしかたないので、当時金利6、7%くらいだった米ドル建て外貨預金をしてみようと思い、銀行に相談してみたが、400ドル程度なら諸手数料が掛かり、高金利のメリットはほとんどないと言われ、アホらしくなってやめた。

そして、いつしか$1=125円くらいまで円が安くなった。円に戻せば5万円前後、買った当時の4万円弱から、1万円以上も得したことになる。「ああ、こういうのを含み益と言うンやなあ」と分かった。

この時、よほど円に戻そうかと思ったが、95年時ほどの円高なんてそうありはしない。そう考えると、いつしか海外に行く日のために(余裕も予定もなかったけど)温存しておく方がいいと判断、箪笥預金ならぬ、引き出し預金となった。

2年前の06年、ついに“在庫一掃処分”をもくろみ5日間韓国を旅行するが、レートはあまり好くなく、一時期のお得感はなかった。おまけに、滞在費をあまり使わなかったうえ、お土産をひとつも買わなかったので、一掃どころか半分の200ドルを韓国ウォンに換金しただけで、なおかつ余ってしまった。

今ふたたび200ドルの外貨準備高がある。誰の思惑かも分からないまま、円が上がった、下がったで一喜一憂するのは好みじゃないし、本質でもない。こういうものは、じっくりと持ち続けるほうがいいんじゃないかな。

ソウル・南大門市場近くのネオン街。ウォンも安くなってきている。また行きたいな

跳べ! 運動会カメラマン [2008年10月24日(金)]

フィルムからデジタルとなって、撮影枚数が飛躍的に増えた。一回の撮影で1500〜3000枚を撮る。フィルム時代は36枚撮り25本前後、800〜1000枚との差はと比べれば歴然としている。

撮影のタイミングがずれ、これまでなら「まあ、しゃーないか」とイキにしていた失敗写真が、さらに数枚撮ることで、十分に取り返せるようになったのも、イラナイものは後で消せるという気安さと、その分消費された、分秒を争う中でのうっとうしいフィルム交換が不要になったことなのは、言うまでもない。今はCFカードの交換さえ、面倒だと思えるくらいなんだから。

今シーズン平均して約2200枚撮影、そのうち約500枚がボツ。これだけでもフィルム14本分、実費にして1万円くらいは節約したことになる(カメラマンへのギャラに反映されることなど、決してない)。だが、ふと思う。
「これだけボツにするなら、はじめから撮る枚数を抑えればいいんちゃうんか?!」

分母が大きくなったうえでの、削除作業はバカにならない。目標枚数というのがあり、その前後までに落とし込んでいくためには、調子こいてもダメだし、慎重になりすぎてもダメ。撮影中、面倒でも設定変更を頻繁にすることで都度適切な写真を撮り、撮影後の負担を減らすか、失敗写真が増えることを覚悟のうえ、設定変更は最小限にし、その分シャッターチャンスと撮影枚数を増やすことでカバーするかは、スタイルの違い。

どちらがいいというわけではないと思う。いずれにせよ、まだまだ修練が必要だと感じさせられる。
走れ! 運動会カメラマン [2008年10月22日(水)]

運動会シーズンも終わり。
幼稚園や保育園の運動会の撮影がスポーツ写真にあたるとは、言われないだろう。まだ小さな子どもだから、程度は知れている。だからたいしたことないやんと思ったら、これがなかなか侮れない。

運動会の撮影はグラウンドの中に入って、子どもたちと一緒になって駆けずり回り、時には相手の1、2メートル正面から撮ることもある。あまたあるスポーツ写真のなかで、いくらプロでも競技中のフィールドに入って撮影するなど許されないこと。これが運動会カメラマンの最大の特権で、これを充分に活かさなければ、商品価値のある写真にはならない。

となると、目の前を駆け抜ける子どもたちとの相対速度は相当なもの、オリンピック級アスリートを数十メートル離れた記者席から撮るのと、そう変わらないかも? シャッター速度は最低1/500。それ以下だと、小走り程度でも動体ブレとなる。が、これだけなら、まだ難しくはない。やっかいなのは、日中屋外なのにフラッシュを多用しないといけないことだ。

ナンデかというと、晴天の場合、逆光だったり、帽子を被った子どもたちの顔が影になったりして、それが写真になるとほとんどわからなくなる。となると「我が子が写っていない!!(モンスターピアレンツ)」と言われ、これまた商品価値が下がってしまう。その影を消すためのフラッシュなわけで、シャッター速度を1/200〜1/250に設定しないといけない。最近の機種は、それ以上のシャッター速度でも同調できるFP発光機能を備えているが、これだと電池の消耗が激しく、またフラッシュ本体への負担も大きく、短時間で何枚も連写を繰り返す運動会ではおっつかないので、使わないことにしている。

これまでこのブログで何度も書いたが、フラッシュが光らないなんてもう日常茶飯事なので、それを見越してある程度は顔が写るよう露出を微調整しながら、電池のチャージを確認しつつ、フラッシュ発光も確認しながらの撮影となる。比較的動きのゆっくりしたお遊戯系の競技なら、これでも大丈夫だが、やはり動体ブレは避けられない。そこでFP発光を使わずして、シャッター速度をわずかだが速くできる秘伝の技を編み出し、少しでも動体ブレを防ぐ。

さらに気をつけなければいけないのは、この時、ISO感度を100〜200の低めにすること。そうしないと、明るすぎて背景や子どもたちが真っ白になってしまう。

また、うす曇りや、距離が離れフラッシュ光が届かないといったときは、フラッシュ使用を止めて、シャッター速度を上げ、ISO感度を400にする。これによって絞りをf10〜13くらいまで絞込み、パンフォーカス気味にする。今どきのAFカメラならここまでしなくてもいいと思うが、たぶんこれはフィルムでかつマニュアルカメラ時代からの名残なんだろう。これで面白みには欠けるが、かっきりとした安定した写真になる。

これらのことを状況に応じて切り替えるわけだが、面倒な作業であり、忘れることもしばしば。どれかの設定を固定すれば、そんな煩わしさから解放され、撮影に集中できる。そのほうが失敗を減らせると思うんだが、なかなかそうでもない。
天守閣もあれこれ [2008年10月20日(月)]
城郭探訪 伊豫国・今治藩 今治城(吹揚城) '08/08/29


今治城の築城主は今治藩主でもあった戦国武将、藤堂高虎。築城の名手とされ、方々の城に携わっている。これまで訪れたものでも縄張(城郭の基本設計)や天下普請(幕府命による事業)奉行を含め二条城、和歌山城、篠山城、宇和島城などがある。他にも江戸城改築、大洲城、津城、伊賀上野城、膳所城等ナドなど。

今建っている天守閣は1980年再建されたもので、京都・亀山城の図面や古写真をもとにしている。というのも、この亀山城、今治城天守閣完成後わずか6年ほどで移築されたもので、その縄張も高虎自信が務めたという。その事情はともかく、層塔式五層天守閣を解体、移送の労力や費用は相当のものだったろう。現地で一から造るほうが、安くて早いんじゃないと思ってしまう。

ところが、その今治城天守閣があったかどうか実ははっきりしないらしい。天守台(天守閣の土台となる石垣)の遺構すら確認されていない。おかしいと思ったんだよ。どうりで、今の天守台に当時としては明らかにありえない什器使用の痕跡が、しかも補修程度のひとつやふたつなんてものじゃなく、数多くあったわけだ。

そこまでして、天守閣再建にこだわる必要があるのかどうか。威厳も半減という感じである。


愛媛県の県都は松山市だが、かつては今治に国府が置かれていた。対岸の尾道との間に連なる瀬戸内海の島々を通って、朝廷の権力が伝わったことが容易に想像できる。天守閣最上階からは、その現代版ともいえるしまなみ海道がくっきりと見える。

新しい鉄道 大阪・中之島 '08/10/19 [2008年10月19日(日)]

この日、大阪市内ど真ん中に新しく開通した鉄道、京阪中之島線。仕事帰りついでだったので、ちょいと覘いてみた。

もともとの路線・京阪本線から天満橋駅で分岐、200〜300メートルほど北を並行し、工期5年を経て全線中之島地下を3km西へ新設された。沿線には大阪市役所はじめ、裁判所、国際会議所、大手企業本社がひしめくビジネス街だけに利便性は高まるんだろうが、JR東西線とも並行しているので、そこまで需要があるんかいなと、疑問でもある。

終着駅、中之島駅を降りてホームを歩く。入線してきた新線開通にあわせて導入された新型車両に、たくさんの鉄道ファンがカメラを持って、写真を撮っている。私はその類ではないけど、も大きなカメラバッグを抱えていたので、はたから見れば区別はつかなかっただろう。

ふと先頭車両の正面、つまりトンネルのどん突きを見てみると見慣れないものが。まるで、トンネル工事につかうシールドマシンの先端部のようだ。さらに西へと延伸の案があるようで、これはその意思表示ということか(具体的なめどは立っていないようだが)。

虎と牛 [2008年10月11日(土)]

セ・リーグはまさかのジャイアンツの逆転優勝。13ゲーム差をひっくり返してのメイク・ミラクルとか言われているけど、8月以降完全に歯車が狂ってしまって、全然元に戻らないタイガースが、特急から各駅停車になり、さらに駅ごとに列車待ちをしていたという感じ。抜きつ抜くかれつのデッドヒートを繰り返したならまだしも、なんだかシラケてしまった。

この調子ではクライマックス・シリーズも、したたかな落合中日にしてやられそうな気がする。

癪だから同じ2位でも、今年もBクラス間違いなしを覆したバファローズに勝ってもらいたく、日本ハムとのCSを観に大阪ドームへ。

ファイターズの先発投手は、ダルビッシュ。打球がなかなか外野に飛ばない。たまに飛んでも外野手の定位置にすっぽり平凡なフライ。うーん、さすが日本代表エース。
お〜い、FA取ったら故郷の大阪に帰ってこーい! って、あれ?

最後の天守閣 [2008年10月10日(金)]
城郭探訪 伊豫国 松山藩・松山城(金亀城) '08 /8/28


江戸幕府の始まった1603年に完成した松山城天守閣は1784年に落雷で焼失、すでに時代は天守閣を必要としていなかったが、幕府の許可を得て1847年再建を着工、54年に落成した。ペリーの黒船来航はその前年であり、城主、つまり藩主が徳川家親藩、松平氏だったとはいえ、幕府の力がほころび始めた頃の、この経緯は不思議だ。したがって、1867年の大政奉還までわずか13年しか江戸時代を経験していないわけで、今なお築造当時の姿を残す現存12天守閣のひとつではあっても、ぎりぎりセーフの存在だと思う。

だがその分、ほぼ完全な状態で明治以降に引き継がれ、図面等もしっかりと作成されていたので、小天守やいくつかの櫓が戦災等で焼失しても、木造で再建され、今日までその存在価値を高めているんだろう。

 *:.。..。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。..。.:*゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゜゚・*:.。..。.:*・゚

二之丸御殿跡と勝山に建つ松山城天守閣

高さ132mの勝山の上に建つ松山城は、市街地からはおおむねその姿を臨むことができる。その勝山を地元民はもっぱら「城山」と呼んでおり、文字通り“山”にある城だと思っていたが、実は平野部にある山や丘陵等に築城された「平山城(ひらやまじろ)」に分類されると知って、驚いた(子どもでも歩いて登れるので、たいした山ではないんだろうが)。まあ、大阪城や姫路城も平山城と分類されており、このあたりの定義はあいまいらしいが…。
雨天中止 [2008年10月05日(日)]
明け方から降ったり止んだりの雨。やだなー、こういう日の屋外での撮影は。
運動会シーズン真っ只中、毎年何日かはこういう日がある。この時期は秋雨前線や台風でけっこう雨が多い。だからといって、なぜこうも週末と重なるのか。こればかりはどうしようもないとは言え、恨めしい限りだ。

しかし、いまここで雨が降っているからといって、現場の状況はわからない。小雨決行だってあるし、逆に降っていなくても、それまでの雨でグラウンドがぐちゃぐちゃなら中止もありうる。したがって、学校側から正式に中止の連絡がない限り、現場に向かわなくてならない。そして、防水仕様でないデジタルカメラを、雨の中使うことの憂鬱さがそれに拍車をかける。

と、そこへケータイが鳴る。やはり中止とのこと。現場着まであと30分ほど、ホッとするやら、しかし、これで今シーズン3回目、ギャラにも響くし

日曜のまだ朝8時過ぎ、まっすぐ家に帰るには離れすぎてしまい、かといってすることもなく、手持ち無沙汰になってしまった。


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