信号を渡る人の流れに、「おや?」と思った。それは正面に見える城壁のほうへと続いている。
「なんや、行けるようになったんや!」
かつて城壁に囲まれていた李朝時代ソウル(当時は漢城)への通用門だった南大門は、数少ないその名残であり、ソウルだけでなく韓国を象徴するランドマークであり、観光名所であるはずなのに、周囲には大企業のビル群がそびえ、ロータリーの中心点として、常に激しい交通量にさらされ、観光客はおろか、地元民でさえ容易に近づけないため、道を挟んで眺めるくらいしかできないところだった。
一昨年(06年)8月、10数年ぶりに訪れた南大門は、ロータリーを廃し、芝生に囲まれた誰もが憩える公園に変容していた。持って行った最新のガイドブックにも書かれていなかったので、それが発行されたあとに公園整備されたようだ。
城壁の上に建てられた楼閣には入れなかったが、その下の通用門を含め、付近は自由に散策でき、真夏の昼過ぎであったが、芝生に寝転がってくつろぐ人も見受けられた。さらには王朝装束を纏った衛兵の交代式という観光用イベントも行われるなど、ポツンと“ある”だけだった以前とはずいぶんと様変わりをしていた(同年3月まで立入禁止だった)。
その南大門が炎上、焼失した。原因は放火らしい。一般に開放されたことがあだとなってしまった。
58年前(1950年)、京都・金閣寺もやはり放火で失われた。当時のことは知らないが、きっと同じような雰囲気に包まれたんだと思う。ニュースを見て隣国から伝ってくるすこし重い空気は、古(いにしえ)人によって積重ねられた数百年の取戻しようのない歴史的、精神的喪失感であり、同国民にとってのそれは、計り知れないものということに思いが馳せられる。