たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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ネコとたこ焼きと大坂城と [2008年01月02日(水)]

まだ木下藤吉郎と呼ばれていた若い頃サルだった豊臣秀吉が、歳とともにネズミになったことは主君の信長が彼の妻、ねねへの手紙にしたためている。タヌキだった家康はそれを知って、密かに大坂城の周りに多数のネコを放し、秀吉抹殺を狙った。が、秀吉は巧みにこれをかわし、難を逃れた。しかし家康はあきらめなかった。

天下を獲った秀吉が浮かれて、ウサギの半島をトラ退治などといって戦を仕掛けている最中、家康は再び動いた。前線にいる秀吉らに陣中見舞いと称して饅頭を贈った。秀吉はそれをほおばり、あえなく最期を向かえた。それはネコイラズが盛られた毒饅頭だった。その毒饅頭、豊臣家臣の少なからずを家康側へとなびかせ、その天下を短命に終わらせる効き目まであった。

そのネコの子孫たちが、今も城の周囲にたくさんいる。天下泰平の今、同じ丸い形の、毒饅頭ならぬタコ焼きをよくもらい、ほおばっていた。

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