たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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ほんの少しのつもりが [2007年09月30日(日)]
昨晩から続く雨は一向に止む気配はなく、今朝もしとしとと降っていた。こりゃあダメだろうなと思いつつも、一応の準備は整え、駅まで向かうが、そこで仕事先から携帯電話が鳴り、今日の撮影(小学校の運動会)は中止とのこと。

家に帰ってほんの少しのつもりが、夕方までほとんど爆睡(昼飯はしっかりと食ったけど)。普段から不規則生活なうえ、撮影が続くと余計に睡眠不足になりがち。とはいえ、これではなあ…。
9月の所感 映画編 [2007年09月29日(土)]
『ヅラ刑事』 '06 トルネード・フィルム 監督:河崎実

全編に亘って痛い、寒い。無理やりでも笑えない。途中の挿入歌が意味不明、ダレダレ。「太陽にほえろ」のパロディーもどき。徹しきれていない。製作者の自己満足作品だろう。主演モト冬樹の演技の上手さが、かえって悲しさを呼ぶ。レンタルでも金を払って観るにかなりつらい。

『妖怪百物語』 '68 大映 監督:安田公義

姉妹作『妖怪大戦争 (68年)』が、能天気系ならこちらは正統派。同作にも出ていたから傘お化けがかわいらしくユーモラスでありながら、実は結構不気味なシチュエーションで活躍。同じく子泣きジジイみたいな妖怪も顔見世的に出てきた(他にもいたかも)。


中秋の名月 [2007年09月25日(火)]
『中秋の名月-かぐや姫はいずこ』



月を撮影するのは結構難しい。フィルム時代何度か撮ったがうまくいかなかった。適正露出がさっぱり掴めなかったからだ。

カメラ内臓の露出計では、全然違う価を示す。これは周囲の真っ黒な夜空を適正露出とみなすため、それに比べて明るい月は真っ白に写ってしまう。それを見越して数枚の段階露出をしたが、うち1枚がようやく月の模様がそれとなく解る程度だった。

月(満月)と写真は面白い関係があって、焦点距離×1/100の大きさに写る。つまり100ミリレンズで撮影するとフィルムには直径1ミリの大きさとなり、500ミリ超望遠なら5ミリとなる。
その頃持っていた200ミリ望遠レンズだと、フィルム上に写るのは2ミリ。実際これをプリントしてみても、真っ黒な背景にようやく月とわかる白っぽいものが写っているだけで、迫力のない、正直全然面白くない写真なのだ。

まさか、月撮影のために超望遠レンズなんて持てない。手っ取り早く大きくするには、トリミングがあるが、元の出来がよくない写真をトリミングしても、出来の悪さも引き伸ばすだけで、手間と高いお金をかける程のものじゃない。以来、億劫になって月を撮ることはなくなった。

デジタル化によって写り具合を、その場での確認ができるようになり、露出の難しい撮影に安心して取り組めるようになった。その間、300ミリ望遠ズームと焦点距離を2倍にするテレコンバータと、機材も増え改めて挑戦。

デジタル一眼だとレンズ焦点距離が、35ミリフィルムの1.6倍換算なので、300×2=600ミリ×1.6=960ミリ。撮像素子に写る大きさは9.6ミリ、と思いきやそれは変化なく6ミリ。
35mmフィルム36mm×24mmに対して、撮像素子の大きさはキヤノンだと22.5mm×15mmとなり、この画角の差が1.6倍相当(36÷22.5=1.6)になるだけのこと。つまりは、はじめからトリミングしているようなもの。面積比だと2.56倍となり、それをPC処理でさらにトリミングをすると、迫力ある写真になる。
これは結構楽しい。
ABEND [2007年09月24日(月)]
コンピュータ用語でabnormal end(異常終了)のこと。データ不備やプログラム・バグにより、コンピュータの計算処理が不可能となり、中止すること。
転じてアベチャンがお友だち内閣ごっこで楽しく遊んでたのに、せんきょで負けたのでえらい人や年をとった人を内閣に入れないといけなくなったり、イチローちゃんが会ってくれないといぢめられたと思って、いやんなちゃって病めちゃうふりして内閣の大将を突然辞めちゃうことをいう。
撮影の秋 [2007年09月19日(水)]

スポーツの秋、芸術の秋、読書の秋、収穫の秋、秋津島の秋の夜長を奏でる秋虫たちの調べは、秋祭りのごとく賑やかで、秋刀魚に秋桜、天高く馬肥ゆる秋。秋は結構忙しい季節かもしれない。

赤貧カメラマンも、秋以降仕事としての撮影が増える。その初っぱなが運動会だ。これは9月中旬から10月中旬までのひと月ほどの週末に集中する。が、この時季はまだ暑いし、台風や秋雨で中止になることも少なくない。そうなると、以後の日程の都合上せっかくの仕事もフイになることもあり、ありがたくない。

どうせなら、もっと分散してもいいんじゃないかと思う。あと半月くらい、11月上旬までなら昼間は、長袖シャツ1枚あればそれほど寒くないはず。地方や一部の学校によっては、春6月ころに運動会をするところもある。

あるいは平日にやるのもありだと思う。年に一度の子どもや地域の大事な行事。会社だって、そんな日くらいお父さんお母さんに気持ちよく有給くれるくらいの度量があってほしい。

あ、でも跳んだり跳ねたり走ったりで、次の日筋肉痛で仕事にならないかも。じゃあ、「一本」抜いて、もう一日体を休めるのはどう?
無尽駅? [2007年09月18日(火)]
『奥の細道2007 青森市 9/3』


        青函連絡船の起点だった青森駅も、新幹線開業にともない、
                       玄関口としての役割を終えるのか

夜の9時半過ぎ、青森駅からひと駅180円、降りた新青森駅のホームは塗りたてペンキの匂いに満ちていた。それもそのはず、つい数日前に30メートルほど東に移設したばかりだという。駅を出て暗い道を数分、3〜4階建て相当の高さに達する無数の建築用足場が、異様なまでに延々と続いていた。「そうか、新幹線の建設中なんや」。
東北新幹線八戸〜新青森間の終着駅、そして北海道新幹線への起点となる駅という。それは、現代の打ち出の小槌らしい。

少しして広い道に出た。車は多いが、周囲はひっそりとしている、都市郊外によくある光景だ。

すぐに腑に落ちないと思った。ついさっき降りた新青森駅は、ホームから改札までえらく距離があるなと、思ったらそのまま外に出てしまっていた。ここは無人駅だった。ホームには切符回収用の郵便受けみたいな小さな箱があることに、後で気付いた。ポツリポツリとある民家と未整地ばかりの駅周辺も新幹線開業の2011年には、その風景は一変するのだろうか。

次の列車まで1時間半、それが最終列車。降りたのは数人。みな無言で足早に駅を出て行く。
街灯すらない中、駅と建設現場の投光機の光が異様に明るい。突貫工事なんだろうか、深夜だというのに建設の槌音が響いていた。
8月の所感 映画編 [2007年09月11日(火)]
『夕凪の街 桜の国』 ’07アートポート 監督:佐々部清

原作はベストセラーとなった同名漫画。短編3部作からなり、ひとつひとつを読むと少し物足りない、消化不良のような終わり方をしているが、3作を何度か読み返すうちに、じわりと伝わってくる。
その短い物語をどう映画にしていくのか気になったが、おおむね原作通りで、文字で見た広島弁がセリフとして耳に入ってきて面白かった。

この作品は反戦や反核を声高に訴えているものではない。年頃の二人の女性の何気ない行動や言葉に、封印したい原爆によって引きずられる漠然とした恐怖と葛藤するさまを淡々と描いている。それをそれぞれ主演の麻生久美子と田中麗奈が観る者をうまく作品に導いてくれる。さらにこの二人のアップをスクリーンで見られるのもいい!

ただ皆実(麻生)の最期が原作と違っていた点はがっくり。原作にあるホワイトアウトのような最期は、ある意味残酷の極みであり、強烈な爆風、熱線とは違う原爆の持つもうひとつの静かな殺傷力である。皆実の最期の言葉を、原爆を使った連中に聞かせてやりたい。−「やった! またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?−

『ヒロシマナガサキ』 ‘07米 監督:スティーブン・オカザキ

邦題がそのまんまなのがちょっとね…。このタイトルじゃないと通じないとすれば、なんだか悲しい気がする。原題“WHITE LIGHT/BLACK RAIN”という暗示的なタイトルのほうが(副題“The Destruction of Hiroshima and Nagasaki”)伝わるものが大きいように思う。
そのヒロシマ、ナガサキの被爆者や作戦従事者日米合わせて10数人の証言を、“その”事前、瞬間、直後、そしてその後と時間を追って細かくつないでいく編集手腕は圧巻。その状況が複眼的に、まるでそこに居合わせるかのように響いてくる緊迫感と臨場感は、ハイテクCGをはるかに凌駕する真実だけがもつ迫力と重みだろう。


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台風のち鉄ちゃん [2007年09月07日(金)]
『奥の細道2007 秋田・山形 9/7』


発車間際の新庄20:16発、酒田行快速最上川(左)は、同方面の最終列車

とうとう来きやがったか。夜中、台風の影響で強い風に見舞われた青森市内は明け方に雨が降り出すと、たちまち本格的になった。NHKTVでは東京近辺のJRが停まったというのを始め、各所での被害のニュースを繰り返し伝えている。
そこで少しでも台風の影響を避けようと、日本海に沿って南下することに。雨脚はところどころ強く、ダイヤも多少遅れていたが、運行そのものは大きな影響はなかった。奥羽山脈を横断して東北本線に繋がる、花輪線や北上線といったローカル線が終日あるいは夕刻まで運休したことを思えば、これしかなかったわけだが。

この日は乗継での小1時間程度の途中下車以外、何もすることもなくひたすら列車に揺られるばかり。車内では流れる景色をぼんやりと眺めたり、本を読んだり、ウトウトしたりだが、しだいに退屈してくる。「どうせ乗ってるだけ、その退屈ついでに乗り潰しをやろう」。

乗り潰しとは、ある交通機関の営業路線のすべてを乗車することで、目的地に行くための手段としてではなく、乗ること自体を目的とする特殊な旅。この場合はもちろんJRを指す。いわゆる「鉄ちゃん」にとっての最高目標であるらしい。私はそういったスタイルの旅はしないが、時間やその後の行程に大きな狂いが生じない範囲ならば、試みることはある。もっとも乗り潰しなんて、まともに正規料金払ってできるものじゃなく、最高の自由度と最低価格の18切符シーズンにしかできないものだが。


改札を出ると寿連獅子の山車が一際目に付く。新庄駅舎内にて

青森から秋田までの奥羽本線は、今回初めての路線(厳密には新青森-追分間)。秋田以南、最長なら新潟まで行けるが、この区間、羽越本線は以前に乗車済みなので、それを避け、内陸側に進む奥羽本線に引き続いて乗り、横手経由(ここまでも以前乗車あり)山形県新庄まで行くことに。この間、約3時間。車窓風景を眺める、暗くなってからは寝る、本を読む、ぼけーとするの繰り返し。

あれ、新庄駅はつい1週間ほど前も来たな。その日も退屈しのぎで、乗り潰しがてら、やってきたんだ。観光案内所や物産館、イベントスペースなどがある板張りの駅構内は、気持ちを和ませてくれる。前は涼しかったけど、今日はちょっと暑いぞ。まさか暖房してる? 


新庄駅からローカル線陸羽西線に乗って山形県を再び日本海側に向かう。終点酒田までは行かず、羽越本線との合流点余目駅で羽越本線に乗換え、鶴岡で列車待ちの間、駅前の居酒屋で夕食。そこから新潟との県境にある鼠ヶ関行最終列車に乗る。

単に遠回りしているだけの移動に、意味があるかといえば、多分ない。だが、駅待合室の明かりだけが煌々としているような、ローカル駅の存在もまた今の日本の現状だ。
奥の細道2007 下北半島 [2007年09月06日(木)]
『10分後の天気予報は…』


雨に周囲はけぶり、津軽海峡からの風にさらされ、灰色に
支配された空。寂寥感とはまさにこのことか…(風間浦村にて)

本州最北端に位置するJR下北駅からひと駅、大湊線終着駅の大湊駅で降りたときは細かい雨が降り、昼の2時過ぎだというのに薄暗かった。駅を出たほんの数歩のところにあるバス停に行くのさえおっくうになるほど、雨粒が肌に当たり冷たかった。

そこからバスで10分ほど移動した先の光景に目を見張った。ほとんど路面が濡れていない。ということは、雨が止んだのではなく、数時間は降っていないということだ。空は曇っていたものの、駅付近よりかは明るかった。

日常、天気の移り変わりは距離ではなく時間の経過で感じるものなので、4〜5kmくらいの間に、雨と曇りの境をはっきりみようとは不思議な感じだ。

この日午前中に同じ下北半島の北側を周っていた。どんよりとした雲から滴り落ち、しだいに強まる雨脚と、肌寒さにはもう夏の面影はなく、東北の秋はこうして急速にやってくるのかなあ、とすこし寂しく感じていたところだった。

大湊には3時間ほどいたが、その間雨は少しパラついたほど、濡れる間もなく止んだ。暗くなりだした6時ころ、バスで駅に向かう途中でまた雨が降ってきた。いや、まだ降っていたと言うほうが正しいかもしれない。その間、雨雲は移動せず、そのあたりがずっと雨と曇りの境目だったんだろう。

連日の雨が降るか降らないかわかんない天候続きに、もうどうにでもなれ、と開き直って向かった下北半島は、覚悟していた通りの雨。今日一日はずっとこんな調子だろうな、とあきらめていたのに、意外な展開だった。

天気というものは、現地に行ってみなければ分からないもんだ。


大湊に向かうバスに乗る数分前。路面はまったく濡れていない
奥の細道2007 三沢市 [2007年09月02日(日)]
『日本国内の米軍基地 これってどうよ?!』

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2日前盛岡市内で見かけたポスターで、この日の三沢基地航空祭のことを知り、急きょ行くことにした。三沢基地とは米空軍と航空自衛隊との共同使用。偶然にも年1回の基地解放日開放日にあたったわけだ。ついでながらここは民間空港も併設され、航空祭での両者のデモンストレーション飛行の合間にJAL機が発着する光景も見られた。航空機マニアにはたまらんだろうな。

にしても軍の基地というものは、とんでもなく広いもんだ。
案内図を見ると基地に入るには、JR三沢駅からはノースゲートまで市内を大きく迂回せねばならない。もうひとつのアクセス箇所、ウエストゲートには隣の小川原(こがわら)駅からがずっと近かった。迷うことはない、航空祭に向かう人たちはみな三沢駅で降りる中、ひとり列車に残った。下車した人の数の多さからも混雑ぶりが予想され、「次の駅のほうが近いし、人も少ないから便利なのに」と内心思ったが、どっこいそうはいかなかった。列車はだだっ広い田んぼや林野の広がるなかを8分、小川原駅までひたすら走る。その間、基地らしいものさえ見えない。少し不安を覚えた。「なぬ、こんなに遠いのか…」

    上) 田んぼの向こうに見える林は、基地隠しにもなっている
    中) 巨大通信設備、通称「像の檻」
    下) 三沢基地の前進、旧日本海軍航空隊基地時代に
      建てられたと思われる大格納庫

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