たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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7月の所感 映画 [2007年07月31日(火)]
『機動戦士Zガンダム −星を継ぐ者−』 '05 
『機動戦士ZガンダムU −恋人たち−』 '05
『機動戦士ZガンダムV −星の鼓動は愛−』 '06
松竹 総監督:富野由悠季

映画用に描き起こした絵のタッチが、TV版と全然違っていてかなりの違和感だった。最近のガンダムシリーズとも共通する、あのしまりのない顔は好きになれない。

TVでも主要人物で人気のあるフォーの声が違っていた。声優選考の過程で当時の声優、島津冴子に声がかからなかったらしい。もっとも新たに吹き込んだ声優はそれに負けず十分に上手かったので、比較するのは可哀想に思える。

カミーユとそのフォーの出会いは物語の核だが、ニュータイプ同士(フォーは人工的擬似ニュータイプの“強化人間”だが)の多くを語らずして理解しあえるというより、敵なのに異性として惹かれあう、という無理のある展開はTVシリーズ以来一貫しているので、深みに欠けている。

3作目になると小難しい哲学的なせりふが飛び交い、何がなんだかわかんない。TVのオンエア時でも論議を呼んだクライマックスがまったく違っていて、判断しづらいが、“新訳”とうたっているので、それもありかな、と思う。

まあ見方をかえれば、二人の女たらし、カミーユとシロッコと振られたシャアに戻ってきて欲しいハマーン、ハマーンから逃げ、ニュータイプとしてもエウーゴという組織を引っ張るにも中途半端なシャアらが、それぞれの身勝手さを正当化するために、覚醒した人類のニュータイプだの地球を汚すアースノイドがどーのこーのと、理論を並べ立ててドンパチしているようにも見える。

ガンダム作品はその質の高さと同時に、登場人物が人間的な弱さを持っているので、突っ込みどころがいっぱい、作品の魅力の幅を広げているのかもしれない。


高校野球観戦記 お天道編 [2007年07月23日(月)]
野球の撮影技量を左右するのが、展開を先読みする集中力だ。撮影はときにコンマ数秒を争うことがある。その直前気を緩めていたら対応できず、撮りそびれることだってあり、これは野球に限ったことではない。が、それもまだ、いい。慣れの問題だからだ。


この時季、梅雨。雨中での撮影はもちろんしづらい。
一方、日差しはもう真夏。朝8時半ころから夕方4、5時までの試合をほとんど遮るもののない炎天下で撮影し続けるのは、撮影技量以上に過酷だ。何もしなくても汗がだらだらと流れ、痛みを感じる刺すような日差しはしだいに体力と集中力を奪い、目眩を起こしそう。この仕事は、なによりも暑さ対策を万全にしないと、こなせないと思う。

毎日凍らせたお茶1.5リットルペットボトル2本を用意するが、カメラ機材と合わせた荷物はずっしりと肩に食い込み、その持ち運びだけでも仕事を始める前から重労働だ。それらも途中飲みきってしまい、試合の合間に冷たい飲み物を買いに行くこともしばし。タオルを濡らし首に巻くのもかなり有効だが、しだいに汗臭くなり、見た目も汚らしくなるが、そんなこと言っていられない。3日もすればすっかり真っ黒に日焼けし、知合いの会えば、「お前は何者や?!」と言われんばかりに驚かれる。

また食欲も減退しがち。食べなければぶっ倒れてしまいそうなので、ちゃんと食事を摂りたいんだが、イニングの間はおろか、試合と試合の間も整理と次の準備に追われ余裕がない。すでに水分取りすぎでお腹タップンタップン状態のなか、数分の間におにぎりを無理やり詰込むといった調子。全然おいしくないし、食べた気もしない。

散々な様子だが、それでもこの仕事は面白いと思った。上手い下手はあっても高校野球を予選段階で何試合も見られる機会をもらい、名もなき学校の名もなき選手たちのプレーは、ときにお粗末であり、ときにひたむきであり、彼らのいい体験になるだろう、その一瞬一瞬を付きあわせてもらうことは、仕事上の役得。なかには将来日本を代表するような選手がいるかもしれない。

今年この時期に時間がとれそうだったので、数年ぶりに仕事の申し出をしたが、2年前からやっていないと言う。はっきり理由は言わなかったが、選手の肖像権の絡みだと思う。撮った写真は本人に渡る(買ってもらう)ので問題ないと思ってたので、少し残念だ。
高校野球観戦記 撮影編 [2007年07月22日(日)]
高校野球地方大会を見たのは、撮影の仕事のためだった。

70〜200ミリ望遠ズームにテレコンバータをかませて、ファインダーから打者の動きを追う。常にシャッターボタン半押し状態で、打者がスイングするのを見計らって連写する。うまくバットがボールを捉えた瞬間がベストだが、そうそうあるわけでなく、当たろうが当たるまいが振ってもらわなければ絵にならない。が、勢いあまって振っていないのにシャッターを押してしまうこともある。当然使えないし、フィルムも無駄になるが、選手たちにはまったく関係ない。構えもそこそこ、1球目から凡打したり、速球に押されて一度も振ることなく三振も少なくない。

そんな時は次打席で撮り直しだが、得てしてそういう選手は同じことを繰り返すので、撮る側としては困ったもの。こんなふうに弱小チームだと淡白な攻撃が多く、シャッターチャンスそのものが少ない。そして、相手チームの長い攻撃に待ち疲れてしまうというジレンマの連続。そのため1球々々を見逃さない集中力が要される。


また打者しか目に入らないファインダーから見るだけではダメ。フィールドの様子も見回して、試合の展開を把握する必要がある。走者が出れば、打者の動きも違ってくる。高校野球はバントを多用するが、そのときは撮らない。しかし中には裏をかいて、ヒット狙いのときもある。それはほんの一瞬で切り替わるので、うかうかしていられない。

原則出場した選手すべてを撮る。各選手撮影内容を記録し、うまく撮れてないのがあれば次の打席で再度撮影し、2、3回目の打順で撮り終えるようにする。途中交代、敗退となればその機会は失われるので、これは鉄則。その記録もきっちりしておかないと、誰をどこまで撮ったかわかんなくなる。
「あれ、この選手撮ったかな。覚えてないや。念のため撮っておこう」と、余計な仕事を増やしてしまってはやっかいだ。

撮影は1塁側スタンドが定位置。右打者をほぼ正面から捉えられるからだ。ということは左打者は背中を向いてしまうで基本使わないが、念のためその位置から撮っておく。そして右打者をひと通り撮り終えた後、3塁側スタンドに回り、同じ要領で撮る。左打者が2、3人と続けば少しは楽だが、その間右の代打が出れば戻らばければならない。

大きくて重い望遠レンズを担いでの行ったり来たり。あわててズッコケようものならカメラ、レンズともオシャカだ。かと言って、ゆっくり歩いたのでは間に合わない。足元をしっかり確かめながら、足早に移動する。これはしだいに重労働になってくる。
高校野球観戦記 試合編 [2007年07月20日(金)]
高校野球地方大会が連日行われている。数年前大阪大会や兵庫大会を何試合も見る機会があった。出身校でも何でもない学校の試合だったので客観的に見られたんだと思う。
18人のベンチ入りメンバーにも満たない少人数のチーム、1回戦で退廃するチームもあれば、甲子園で名を馳せた有名校もあり、内容は多彩。、ユニフォームもヘルメットもぶかぶか、打席ではバットに振られる小さな体の選手もいた。

弱いチームは決まって早いうちにバットを振ってしまい、打ち取られたり三振したりで、1イニングをわずか数球で終わってしまうこともあった。そして守備のまずさが目立つ。なんでもない平凡な内野ゴロも送球ミスで走者を許し、次にヒットでも打たれようものなら、あせりからか余計に打球処理を誤り、送球ミスを繰り返し、易々と走者をホームの帰してしまう、の連続。たちまち大量失点となり、コールドゲーム。それでも相手チームの攻撃がいつ終わるやら。しだいに忍びなくなってくる。

逆に強いチームは選手一人一人の体格や力量の差だけでなく、緻密な連係プレーを仕掛けてくる。前述したように相手の守備の乱れでも積極的に塁を進め、かつ手堅くバントでさらに塁を進めるといった具合。決して容赦はしない雰囲気だった。


地方大会を勝ち抜き、さらに甲子園で勝ち進み優勝するには10連勝以上となる。プロでも10連勝なんてそうできない。しかも試合間隔は飛び飛びだし、プロのように控えの選手がたくさんいるわけではない。最近でこそ負担の大きい投手を2、3人態勢にしてきているが、レギュラーと控えの差は大きく、また地方から出てきて、甲子園での長期合宿による選手の体調管理も大変だと思う。

ひとつ負けたらおしまいのトーナメント戦では、逆にひとつ勝てば選手たちの大きなモチベーションをもたらすことになる。それが続けばおそらく、普段の力以上の潜在的な力を引き出し、さらにそれがかみ合い相乗効果でより大きな力を引き出すんだと、思った。

観客のほとんどは学校関係者だけだが、選手にとってはやはりハレ舞台。それは私にとっても、その懸命ぶりに刺激される日々だった。
参院選 ハガキ1枚≠1票 [2007年07月18日(水)]
参院選たけなわ。今日私宛にとある候補者の推薦ハガキなるものが来た。これは公選法で定められたもので、「私はこの立候補者を推薦します。是非投票してください」という趣旨を友人・知人に選挙事務所を通じて送るもので、郵送費は公費、つまり税金で賄われる。

誰から送られてきたんやろうと、推薦者本人の名前を探したが、見当たらない。ふつうそれを記入する欄があるはず。他著名人やら芸能人らの有名どころの推薦人も印刷で列記されている。近しい人からや、誰でも知っている人からの推薦なら投票行動に結びつきやすいという意味からだ。

送られてくること自体は、どうと思わないが、誰からどこから来たかは気になる。個人情報云々の時代、たとえ住所氏名だけでも身に覚えのないところに把握されているとなればいい気はしない。

よくよく見ると「私たちは、○○大同窓生として○○さんを応援します。」と書かれている。「はは〜ん、同窓会名簿を使ったな」
その候補者が私の出身大学関係者(出身)だったことは知っていたので、すぐに判った。しかし「イマドキ同窓会名簿に頼るとは…」。これまた個人情報保護の観点から、学校関係の名簿は入手しにくくなってきており、また投票にもあまり影響しないらしく、最近は使われない傾向にあるという。

とまあ、ここまではまだいい。

悲しかったのは「私たちは、○○大同窓生として○○さんを応援します。」という文言。つまり候補者の政策や公約、イマドキに言うならマニフェストがいいから推薦する、のではないことだった。こりゃあんまりだ。参議院選挙だぜ。大学教授だぜ。「同窓生」というだけで推薦する程度のものか。「同窓生」というだけで投票するほど、動機の薄いものか。これでは自ら中身が空白なのを露呈してるようなもの。

ちなみに同候補のブログのアドレスが記されていたので、覗いてみた。少なくとも年金問題に関しては私と同じような考えだった。え、一票投じてみようかな?
祇園祭と雨 [2007年07月16日(月)]

お昼すぎ京都へ。祇園祭宵山。駅を出るとすでに多くの人出。ちょうど山鉾巡行の先頭、長刀鉾があり、これを皮切りに一つひとつの鉾や山を見ようとしたが、冷たいものがふとつふたつ当たった。台風が去って一安心、と思いきや、甘かった。

さらにここで人間渋滞が発生。危険な雰囲気にならないうちに次の角で抜けようと思うも、なかなか進まない。ようやく数十メートル、てその流れが急に車道側へと向いた。反対方向からくるやはり人間渋滞とぶつかり、それしか抜け出す方向はなかったからだ。どうも警備に誘導ミスだろう。

その間、アーケードがあるので濡れなくてすんだが、その雨脚は強い。しばらく様子を見つつ四条通りを八坂方向に進み、新京極通りあたりでようやく雨が止んだ。が、山や鉾があるのは反対、烏丸近辺。せっかく烏丸で下車したのに、駅から最初に歩き出した方向がいけなかったのだ。
気を取り直して、西に向かって歩き出すが、それも束の間、また大きな雨粒が振り出した。

「祇園祭と雨は付き物やで。なんでこの時期にやるんやろう」と途中すれ違ったカップルが語り合ってたが、確かにその通りだ。梅雨はまだ明けていないんだ。

私は去年のこの3連休、徳島に行っていたが、祇園祭のことも気になっていた。連休最後の17日は山鉾巡行なので、戻って見ようかと思ったが、雨との予報だったので止めた。実際相当激しく降ったようなので、その判断は正解だった。さらに数年前の稚児参拝を見たときも雨だったことを思い出した。

人間渋滞と雨とで、すっかり気分が萎えてしまった。滞在3時間弱、混雑に揉まれただけでそうそうに撤収した。次は花笠巡行見に行いけるかな。
「演出家になれ」るかな [2007年07月15日(日)]
今日は年に何度か参加している女性モデル撮影会。写真のジャンルのひとつだが、私が始めたのは比較的最近の03年から。それまでも関心はあったが、あまり得意分野じゃないこともあり、なかなか機会を持てずにいた。

写真を撮る中一番難しいのは人物写真、ポートレートだと思う。それは対象が感情も意思もある人間であり、単に顔や姿を撮るだけでないからだ。どういう表情がいいか、どんなポーズをとらせるか。こちらの意図することとモデルが解釈するものは違うし、そのときのモデルの気持ちによっても表情なんてぜんぜん違ってくる。


何枚も女性の写真を撮っていると、「え、同じ人物?」と思ってしまうくらい多彩な表情を見せてくれるが、これはモデルが上手いから。それ以上のいろんな表情やポーズをこちらから引き出すなんて、どうすりゃあいいのか思いつかない。何かの本のタイトルにあったけど、「カメラマンになるな。演出家になれ」とは、まったくそのとおりだと思う。そのためには写真以外のことをもっと勉強して、撮影の瞬間瞬間、それを組み立てるわけや。まだまだ修行がたりんな。

年金のゆくえ [2007年07月13日(金)]
文藝春秋8月号の記事を読むと、まさかとは思っていたが、私の年金も消えている可能性があると判った。厚生年金に入ったり国民年金に切り替えたり、しばらく未加入だった時期もあったので、自分でも正しく把握していない。「将来年金はもらえない」という悲観論はともかく、少なくとも納めた分の年金は正確に記録されていると信じていたので、これは買い被りというものか。

近々社会保険事務所でちゃんと調べてもらおう。って、奴らがその資料をずさんにしたからだろう。
参院選 一票のオモミ [2007年07月12日(木)]
今日から参院選。選挙はなるべく行くようにしているが、どの政党のどんな政策を検討して投票、なんていうことはあまりしていない。大きな範疇での無党派だと思っている。が、何処でもいいから入れちゃお、ということもしない。何がどうあっても、入れたくないなあという候補者、政党もある。

特に参院選の場合、比例代表での大量得票狙いでいわゆるタレント候補が担がれることが多い。中にはまじめに政治のことをやろうという人もいるが、たいがいは人寄せパンダにしかすぎない。本人はそれを自覚しているのか、それとも政治という大舞台に抜擢されたと勘違いしているのか、定かでないが、がんばって欲しい政党に、なんだかなあという候補者がいると、気が削がれ、躊躇してしまう。「この一票、無駄にならないか?」

いずれも有権者を愚弄し、政治を矮小化しているに過ぎず、そして政治家自身の首を絞めるものだと思う。

これは与野党限らない現象だが、選ばれる人(候補者)も選ぶ人(有権者)も選ばれる人を選んだ人(政党幹部)も、ある種倒錯した世界に迷い込み、抜け出せないのかもしれない。
雨のち雨 [2007年07月10日(火)]
昨晩から朝にかけて降った雨は昼前に止んだ。それからは曇っていたが仕事が終わり、家路に向かって数分したころ、急に降り出した。しかもけっこう雨脚がつよい。しまった、傘を仕事場に置いてきてしまった。こういうことがあるから雨は嫌なんだな。いや、もっと言うなら傘が嫌なんだ。

雨の日といっても、傘をさすのはせいぜい仕事の行き帰りで長くても20〜30分くらい。建物や地下に入れば当然不要。小ぶりのときなら面倒なので、ささないこともある。つまり持っていっても、使わないことのほうが多い。

その割にはかさばる、濡れる、忘れる、なくなる、他の人に持ってかれるで、気を使う代物だ。

今年の梅雨は、ここ数年では梅雨らしいかも。子どもの頃、そんななか傘をさすのが楽しみだったような覚えがあるけど、今は全然逆になってしまったな。

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