たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

(C)awaya  このサイト内の写真、文章の著作権はawayaに帰属し、無断転用、無断使用はお断りします。

Latest Articles
Categorie Archives
Latest Comments
うぃぃ
メリクリ (12/30)
hana
虎と牛 (10/23)
スイスの旅人
桜 開花 (03/29)
awaya
SDカードならば (12/22)
みなみかぜ
中秋の名月 (09/30)
fukfuk
○年の呪縛 (05/25)
最新トラックバック

http://www.cafeblo.com/cafedeblog_binbo/index1_0.rdf
廣島行脚 まだまだこれから [2007年06月30日(土)]
原爆投下前夜までは広島一賑やかな街だった中島町(現平和公園内)の犠牲者芳名版

6週連続の廣島行脚も今日で終わり。我ながらよくこなしたもんだと思う。もっとも学生時代からそうだったが、予習やら復習やらはさっぱりしないたちなので、当日になって、「ああ、今日はこんな話を聞くんだ」という具合。あんまり頭に残っていないので、学習効率はちっとも高くない。

最近は大阪のキタに出かける機会が減ったのに、この毎週末広島の繁華街で過ごすなんて、妙な気持ちだった。

結局この間の廣島行脚で、ヒロシマと原爆についての知識や認識が驚く増えたわけではない。また突き詰めて考えること、あるいは何もかも背負い込もうなんてことは、とうていできるものではなく、知らないことの方が多すぎるし、全てを知ることはできないと、なんだか開き直ったような気がする。

具体的に自分がヒロシマ・原爆に対しどうアプローチしていくかはまだ見えてきたわけではない。写真しか能がないので、それを軸に自分ひとりでできないなら他の知や才のある人と協力してやっていきたいと思うようになった。だからこれは後退ではなく、緩やかな前進だと思う。


当時ひっきりなしに軍需物資を運んでいた旧国鉄宇品線も、その一部を遊歩道としてわずかに痕跡を残すだけ
6月の所感 映画編 [2007年06月29日(金)]
 『スーパーマン・リターンズ』 '06米 監督:ブライアン・シンガー

スーパーマンに片思いをするロイスに片思いをするクラーク・ケントが同一人物なのは、メガネがあるなしの違いくらいなのに、疑問にすらしない程度の彼女が、スーパーマンが一方的に行方をくらましたことへの腹いせで書いた「なぜ世界はスーパーマンを必要としないか」の記事がピューリッツアー賞とは笑止千万。ピューリッツアー賞も地に落ちたもんだ。

地球に戻ってきたスーパーマンも、その間婚約し、子持ちになったロイスに未練たらたらで、こっそり自宅に行き、透視能力を使ってその生活をのぞき見するストーカーマンになった。

「アメリカはとても偉大です」

だらだらして眠い展開だったので、後半眠くなってどうなったかわかんない。


6月の所感 書籍編 [2007年06月28日(木)]
『だから、あなたも生きぬいて』 大平光代 '03講談社

普通の子から、イジメにあい自殺未遂を経て不良となり、家庭内暴力、やくざの妻へ堕ちていき苦しみと絶望の繰り返しだった後、一転、弁護士へと立ち直っていく作者自身の半生期。駆足で書かれているので、その実相はもっと凄まじいものだったのかもしれない。その点がちょっと物足らなかった。

『睡魔』 梁石日 '01幻冬舎
 
作者やん・そぎると付き合う時は気を付けたほうがいい。知らず知らずに小説のネタにされるかもしれない。氏の出世作となった『タクシードライバー日誌』でのドライバー(作者)と客の何気ないやりとりが生き生きと描写され、かつ緻密に観察されている手法は、この作品でもいかんなく発揮される。
マルチ商法と判っていながら、お金に幻惑されていく作者自身の体験を基にしたドキュメントともフィクションともつかない展開は小気味よく、ぐいぐいと作品に引きずり込まれる。この書でも分かるが、のめり込む性格と、そんな自分を冷めた目で客観視できる性格が同居しているからなせる技なんだろう。
この人の作品はもっと読んでみたい。

  

『戦後秘史2 天皇と原子爆弾』 大森実 '81講談社

廣島行脚に当たって参考になると思って古書店で見つけたもの。昭和史前半を知る上で避けて通れないテーマと思ったが、玉虫色のポツダム宣言を、日本政府が玉虫色解釈で受諾した経緯が玉虫色に書かれていてよく解んなかった。

『アトランティス大陸の謎』 金子史朗 '73講談社

古代史へのロマンを駆り立てるアトランティス大陸が一夜にして沈んだという伝説を、科学的な面から検証すると、そこは「大陸」ではなく「島」だった? ちょっとがっかり。
廣島行脚 夜行バスは楽し [2007年06月25日(月)]
今回の広島へは、往復とも夜行バスを利用した。その時、不思議な夢を見る。夢の中でも高速バスに乗っているが、それが恐ろしく猛スピードで走り、今にも事故を起こすんじゃないかと肝をつぶしている。決して心地いいものではない。電車に乗っているときの吸い込まれるよう眠気とはまったく逆の感覚。これは一体何なんだろう。
 





6往復とも、計12回もお世話になった高速バス。約63〜4時間、2日半に渡り、総走行距離は約3600km
廣島行脚 球場雨日記 [2007年06月24日(日)]
予報では午前中雨、昼から快復だったが、あまり当てにならなりそーにない。朝6時ころいったん起きて外を見ると、地面は濡れていたが雨は降ってなかった。しかしTVでは降水確率90パーセントと出ていた。今日は郊外、しかも山の方での撮影のつもりだったが、雨では思うようにいかないので早めに諦めるほうがいいと思い、また寝た。9時前に再び起きてみるが、雨は降っていない。都心部なら急に雨に降られても、近くの商業ビルなんかで雨宿りすることができるので、ようやく宿を出る。

空は曇っているものの、降りそうな気配はない。それどころか次第に陽射しも見えそうなほど、薄れてきた。

爆心地から約380m、原爆に耐えた日銀廣島支店地下金庫。
ここにしまわれていたお金は無事で、2日後に業務再開をしたという。

せっかくなんでプロ野球セパ交流戦も大詰め、市民球場で広島対楽天戦を観ることにした。曇天のため全ての照明灯が灯され、曇り空の下でフィールドに立つ選手たちがくっきりと浮かび上がり、見やすくきれいだった。が、そのころから雲行きが怪しくなってきた。

試合は1対1のまま4回表、楽天先頭打者山崎が初球をいきなりホームラン! 私のいたレフトスタンドに叩き込んだが、その時、気を緩めてたので打つ瞬間を見ていなかった。観客のどよめきや打球を追う視線からすぐにこちらに来るとは判ったが、曇り空に白い打球は見づらい。「どこや、どこや」と見上げてもさっぱり見つからない。レフトを守る広島の嶋もそうそうに諦めていた。打球が下降線に入りスタンドに吸い込まれるころになってようやく視認できたが、せっかくのホームランをこんな形で見逃したのは残念だったし、もし自分が選手の立場なら、ちょっとした油断で打球の行方を見失ったことは、エラーにつながる大失態だな、と妙なことを思った。

5回の攻防終了後、雨が強く降り出し、試合はいったん中断、そうそうに球場を引き揚げた。結局試合は続行され、広島は1-8で敗戦。
そういや2年ほど前もここで対ヤクルト戦を見たけど、このときも途中雨が降り出し、球場を抜け出した。そして広島の負け。どうも縁起がよくないようだ。
河川敷の時間 [2007年06月20日(水)]

今日仕事帰りに見つけたビューポイント。ごみごみした都会に数少ない見晴らしのよさからくるそよ風にうたれ、しばらく眺めながら、くつろいだ。

特に日の長い今頃は、刻々と変化していく空の色も楽しい。
そこにいたのは1時間ほど、結構贅沢な過ごし方だと思う。
自販機詐欺 [2007年06月18日(月)]
ときどきこんなことがある。自販機で飲物を買おうとお金を入れた後、商品のランプが光らない。おかしいと思い、一旦取消しをすると、入れたはずの金額が戻ってきていない。
120円のはずが、50円と10円2枚だったり、150円のはずが50円2枚だったりと、いつの間にやら少額のものにすり替っているのだ。

財布を覗き込むときは、きっちりと必要な小銭を確認するが、いざ自販機に投入する段階になると、ほとんど無意識になるので、出すときうっかり額の違う小銭を掴んでしまっている可能性はなくもない。が、時には200円のはずが100円と10円だったりすることがあり、これはさすがにおかしいと思った。いくらなんでも100円と10円とを間違えようか。手触りももちろん、色がまったく違う。が、これも自販機に投入した後のこと、確かめようがない。

こういうことが何度かあると、どうも納得がいかない。これは新手の詐欺なのかと考えた。
つまり何十回だか、何百回に1回、投入金額(販売額)より小さい金額と“誤判断”するようプログラムを組み、それに当たった人は、「間違って入れたかな?」と錯覚をさせ、数十円を余分に騙し取る手法。頻度が少ない上、本人の錯覚と思わせるため、発覚する恐れがまずない。その時の財布に、いくらの小銭が何枚入っていたかをいちいち確かめるヤツなんているか? もし何か言われても、それこそ機械の“誤判断”と言い通せる。…こんな巧妙な手口なのでは、と勘ぐってしまう。

先日のこと。いつものように100円と10円2枚で缶飲料を買った。すると起こりうるはずのない「ジー、チャリン」という独特の音が数回聞こえた。返却口を見ると、10円や100円が少し盛り上がっている。数えてみると480円。入れた金額の4倍になって戻ってきた?!
 
冷静に考えれば、520円を入れ、400円の釣銭、プラス前の人が80円の釣銭を取り忘れていた、ということだろう。それとも機械の誤“誤判断”か。するとこれまで騙し取られたかもしれない額を、いくらかは取り戻せたことになる。そう思っておこう。

しかし、人間の感覚なんて実にあやふやなものである。


次こそは やめておけばと 思いつつ 
またぞ買いたり 自販機恐ろしや(字あまり)

日本国内、飲料の自販機だけで200万台以上という。その消費電力も莫大。イカン、イカン
廣島行脚 艶やかなり浴衣姿 [2007年06月03日(日)]

土曜の朝から浴衣姿の女性をよく見かけた。一人、二人、三人…あれ、また、いるよ。カップルならまだしも、家族連れ、女性同士数人、時間を追うにつれ、その数は増える一方だった。そろそろそういう季節だが、ちょっと気が早いんじゃない? これは単にオシャレだけで着ているんじゃないな。

夕刻を過ぎて、広島のメーンストリート、本通に行ってみると、もう浴衣、浴衣であふれかえっていた。夜店も並んでいる。縁日でもあるんだろうか…。
ふと、広島弁をもじった「ゆかたで着ん祭」という文字が目に入った。だから浴衣姿が多かったんや。が、賑やかそうな方向に向かっていくにつれ、そんな規模を超えた祭であることがしだいに分かってきた。


6月はじめの週末はとうかさん祭といって、広島市の初夏を告げる大きな祭という。ひらがなで「とうかさん」とあるのでなんの意味かさっぱり判らなかったが、その祭の拠点、圓隆寺には「稲荷大明神」と書かれた大きな幟が何本も立っていた。おイナリさん? なんか違うなあ。あれ、よく見ると「稲荷」の横に「とうか」とルビを振っている。「稲荷」に音読みがあったんや?! でもここは神社やない。神も仏もある意味無節操にごっちゃに祀られる、こういうところが日本らしい、と苦笑。

このとうかさん祭が衣替えよろしく、浴衣の着始めころとして定着したようで、「ゆかたの着始め祭」とも呼ばれている(そのまんまやないか)。

さわやかというか、涼やかな日本的情緒の浴衣なんて祭のときくらいしか見られないし、これほどの浴衣姿の女性をみることは、大阪や京都の祭でもあまりないんじゃないかな。ついつい見とれてしまう(そういやここ数年、祭なんていう行ってないな)。

左)鳥居ならぬ真っ赤な提灯をくぐりぬければ、そこは「とうかさん」   右) おみくじには書かれているのは…
廣島行脚 広島市“府中区” [2007年06月03日(日)]
臨時救護所になった府中小学校は、運動会のさなか。広島は今が運動会シーズンなのかな?

地図を睨めながら思った。「ははーん、ここが境界線やな。しかしなんの区別もつかんな…」
広島市の隣り、いや取囲まれた府中町は、いま“孤島”のようになっている。

広島市は戦後周辺自治体を吸収合併し市域を拡大してきた。最近では(05年4月)母娘で町長の椅子を争った湯来町を呑み込んだばかり。特にここ数年の平成の大合併で多くの市町村が名を変え姿を替え地図が一変したことを考えれば、府中町がいまなお「町」であることはおもしろいと思う。これは同町にマツダ本社や今は閉鎖されたがキリンビールの工場があり、そこからの法人税で町財政が安定していたことは、よく知られる話(キリンの工場閉鎖やマツダの不振で今はピンチらしい)。

府中とはかつて安芸地方の国府、その地方における行政に中心地があったことに由来する名。つまり広島市が担っている役割を持っていたわけだ。府中町の人口は5万人強、これだけで「市」になる条件を備えている。だが、広島市と府中町との関係は限りなく一体に近いと言えよう。

府中町の中心地域は広島駅に近く、市街地はそのまま続いていて、広島市の山のほうにある“区”よりもはるかに都会の街並みだ。多くのバス路線は町内各所を経て、広島の中心部へと向かう。マツダの工場は両地域に広く跨り、相互に向かう勤務者も多いだろう。

府中町は原爆のとき、距離が離れているため、大きな被害はなかったようだが、市内に出ていて亡くなった人は多いだろうし、町内各所に設けられた臨時救護所に避難し、亡くなった被爆者も多い。8月20日には東洋工業本社(現マツダ)に壊滅した水主町にあった広島県庁が移ってきた(〜46年7月)。その間1年足らずとはいえ、同町は再び「府中」になったわけだ。

そして、その旧東洋工業は、かつてセ・リーグのお荷物と言われ、弱小貧乏球団だった(今でもそうだけど…)カープを大株主として下支えをし、ともに戦後広島復興の牽引役を担ったことも大きい。

また町役場に近い多家神社には、広島城にあった稲荷社社殿から移築された宝蔵が、県重要文化財として残されている。原爆で吹き飛ばされた広島城の唯一現存する形見だ。

それでも府中町民の願いから住民投票の結果、合併賛成が半数近かったことを受け、広島市に申し入れ両者の間で開かれた合併協議で公式に話し合われたが、進展はせず、04年末に解散したとある。このあたりの経緯はよくわかんないけど、この奇妙で微妙な関係はまだしばらく続きそうだ。

1938年竣工当時、東洋一といわれたキリン工場の跡地はダイヤモンドシティとして再生。同時に小規模な麦酒工場も稼動。これは醸造タンクに掲げられた歴代キリンビールのラベル・ギャラリー。右から3つ目、配給制度時代はキリンの絵柄が消えた
広島城から移築された多家神社宝蔵
続きを読む...
廣島行脚 ヒバクシャの声2 [2007年06月02日(土)]
都心部で普通に小型ボートが並ぶ姿が見られる(太田川にて)

「原爆について他の人には話せるのに、放射線の遺伝子への影響があるかもしれないことを考えると、自分の子どもや孫にはよう話さんのじゃ。本当に影響はないんじゃろか?」
ある高齢のヒバクシャが発言した。少なくないヒバクシャが口を閉ざしている理由のひとつを初めて知り、愕然とした。悲痛な言葉だった。

原爆の恐ろしさのひとつは、目に見えない放射線が人体内を蝕んでいくことにある。浴びた放射線の量や個人差もあるが、ヒバクシャはいつ爆発するか判らない時限爆弾を一生抱え続ける、恐怖との闘いが終わらないのだ。

今日は話が原爆の放射能の健康への影響という医学分野だったこともあるだろうが、要領を得ない展開だった。いや、話し手の略歴からして放射線の専門家じゃなさそうだったことが引っ掛かった。放射線影響研究所から来た講師の語りはレジュメをなぞるだけで、深みも重みも情熱もまったく伝わってこなかった。

遺伝への影響が確認されていないことは知っていた。「ホンマかいな?」と思っても、素人にはそれ以上判り得ようがない。しかし、ヒバクシャはそれでは納得いかないだろう。
「ABCC(放射線影響研究所の前進)はヒバクシャの血を抜いたりして実験台にするだけで、治療も何もしてくれんかった」とも、そのヒバクシャは言った。私の中にも、漫画『はだしのゲン』でABCCをボロカスに批判していたそのイメージが強く、比治山にあるカマボコ型の研究所建物は近寄り難かった。そんな発言が出るとは、ヒバクシャにはなお不信の念が強いんだろうか。

被爆で基部が割れた石灯籠(空鞘神社)。静かに、いつまでもその事実を伝える       とうかさん祭にて 

しかし講師の回答はやはり「これまでの研究結果から、遺伝への影響は認められない」の一点張り。が、「影響がない」と「確認されていない」では同じ「ない」の言葉でも意味合いは違ってくる。前者がゼロだが、後者はゼロでは“ない”。それはグレーゾーンであって、あるかもしれないが、見つかっていないと言い換えられる。科学的データから逸脱する発言は出来ないだろうが、配慮ある言葉は選べたと思う。これでは「アメリカに都合の悪いデータを隠しているんじゃないか、と疑ってしまう」とヒバクシャから言われても仕方ない。

被爆の現実はますます見えなくなってきているけど、なくなったわけでは“ない”。
2007年06月
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
Monthly Archives
Links
ネットワーク







(c) 1999-2009 Cafeglobe.com All rights reserved