たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

(C)awaya  このサイト内の写真、文章の著作権はawayaに帰属し、無断転用、無断使用はお断りします。

Latest Articles
Categorie Archives
Latest Comments
スイスの旅人
桜 開花 (03/29)
awaya
SDカードならば (12/22)
みなみかぜ
中秋の名月 (09/30)
fukfuk
○年の呪縛 (05/25)
won yangok
童心 (05/14)
fukfuk
これも花見かな (03/31)
最新トラックバック

http://www.cafeblo.com/cafedeblog_binbo/index1_0.rdf
今月の所感 映画編 [2007年04月30日(月)]
『真救世主伝説 北斗の拳 ラオウ伝旬愛の章』 06東宝 監督:今村隆寛

原作、アニメとも学生時代のリアルタイムの世代だけど、ほとんど見なかった。漫画の発売日やアニメ放送翌日は、教室で友だちがその話でもちきりで、わかんないままそばでフンフン聞いたり、回し読みしたくらいで、ストーリーも断片的にしか知らない。が、ケンシロウとともに「あーたたたたたたたたたたーっ」とか、「お前はすでに死んでいる!」なんて、口走ってしまうあたりは、定番だな。ひでぶっ!

「ラオウ伝」とあるように、ケンシロウよりもラオウに焦点をあて(の割には出番が少ない)、端々にラオウの秘めたる内面が描かれている。意外に人間的なヤツと思わせる展開で、続きを見たくなる、商売上手な構成。


1割8分2厘 [2007年04月29日(日)]
今日の仕事の撮影は、発表会の類で、基本通りにやればさほど難しくない。屋内での撮影で、全てフラッシュを使ったのだが、普通にやれば問題ないはずなのに、普通にやって問題ありありだった。

132枚中24枚が失敗。フラッシュが発光しなかったのだ。
カメラメーカーの純正フラッシュをカメラ本体の頭部、ホットシューに直接取り付けるもっとも一般的なスタイルだが、これが意外に曲者。真っ先に考えられる原因が充電未了時点でのレリーズか、接点不良だが、電池は新品なので4〜5秒もあれば充電は完了。しかもそれを示すマークがカメラ本体に表示されるので、両者は通電しているはず。接点不良も考えにくい。そしてそのマークが表示されたことを確認してからシャッターを切るので、いずれの原因もあてはまらない。にもかかわらず、これほどの未発光はなんなのか。

このフラッシュ未発光、「光らないものだと思ったほうがいい」と、言われたことがあるくらい、よく見られる現象だ。しかも事前の機材チェックのときは発光するのに、本番になると、とたんに発光しなくなり、これまでも何度も泣かされてきた。そんな時は機材を叩き壊したくなるほど、イラつくものである。

そんな調子だったので、以前メーカーに修理依頼したが、「同じ現象が再現されない」と言われて、そのまま返された。未発光の頻度はまちまちだからこそ、使いにくいのに、そう言われたのではメーカーも当てにならない。お払い箱にしたいが、赤貧写真家はそのカメラの使用頻度もまちまちなので、買い換える余裕なんかない。ここで1台失うマイナスのほうが大きいのだ。

不発率−−フラッシュ未発光の確率。多分そんな言葉はないし、その統計もないだろう−−1割8分2厘。野球で打率が3割を超えれば一流の打者のとされるが、この数字は上がってほしくないものだ。
ふたつの、ほんの数秒 [2007年04月26日(木)]
「あれーっ! なんでここにおんの?」
「仕事で近くに来てるねん」
「そうか。俺の子ども、そこの保育園に預けてるんや」
そう言いながら彼は右のほうを指差し、そして自転車で走り去った。
ほんの数秒の短い会話だった。驚きとともに、拍子抜けもした。あまりにもあっさりとしていたからだ。

その瞬間、ふと視線を感じたのかもしれない。横を振り向いてみると、私を神妙な顔つきで見ている男性がいた。見覚えのある顔だと思った。何処で会ったんだろう、と思うか思わないそのとたん、ほぼ同時にお互いが、お互いを認識した。

彼とは高校時代の友人で、会うのは実に10数年ぶり。今は年賀状のやりとりだけで、交流はなく、偶然会ったその近くで整体師をしていることを知っているくらいだった。

その直前、私が道路を横断しようと、車の確認のため横を向いたとき、自転車に乗っている友人、もちろんその時は友人とはまったく思いもせず、が視界に入っていた。おそらくその時、友人は見覚えあるヤツだと思って、私のすぐ横まで来たんだろう。

ほんの数秒、そこを通る時間がずれていたら、当然すれ違わなかったわけで、小さな偶然が重なっての出来事。実はこういうことって、もっとたくさん起きているのかもしれない。小さな偶然がひとつかふたつ足りないだけで。
まさかの韓国デビュー! [2007年04月25日(水)]
アクセス解析というは、結構おもしろい。ブログへのアクセスを増やすためのヒントになる。
引き続き、解析していくうちにクリックしてびっくり。ありゃりゃー、自分のブログが韓国語になって出てきた?!

どうも韓国の、日本の観光地等を紹介するサイトのようで、こんな一文があった。
「日本全地域詳細紹介オープン!!! 日本の地域の中に知りたい所がありますか? 何でも選択して見てください」
そこには日本語のサイトを韓国語に自動翻訳する機能があるため(韓→日もある)、私のブログが韓国語になって出てきたわけだ。

つまり韓国の誰かが、日本のどこかに旅行に行きたいと思い、そのサイトで探っているうちに、私のブログに辿りついたんだろう。各地の旅行のことを書いているからね。

しかし、そこには個人のブログにリンクする箇所は見当たらなかった。そもそもなんで韓国語のサイトから、日本語の個人のブログにリンクするんだ? さっぱりわかんねーけど、ま、ともかく韓国の人に、しかもこちらが労せずして相手の言葉に訳されて読まれたのは間違いないだろうから、これは感謝感激だ、だ、だ。

で、韓国語になった自分のブログを読んでみる、て、さっぱりわからんけど、今月初めの「悠遊国記 鉄の鯨、感」の後段、「今日4月7日は戦艦大和が沖縄特攻作戦…」の箇所で、「大和(やまと)」は「だいわ」となっていた。
ああ、そうか。固有名詞だけど、漢字で書けば「やまと」か「だいわ」かはコンピュータでは区別つかんわな。

その韓国人にとって、日本の知りたいことで、このブログが参考になればいいんだけど。
アクセス数1000ヒット達成 [2007年04月24日(火)]
昨年11月末にスタートして5ヶ月、我がブログ「ちょっとビンボー系」へのアクセス数が、昨日4月23日1000を超えた。パチパチパチ。1000くらいで大げさかもしれないが、少しでも多くの人に見てもらえるのは嬉しいこと。

このアクセス数とやら、カウントの仕組みがよく分からないので、実際に延べ1000人が訪れたわけではないだろうし、おそらくそのうち2、3割は更新作業等による自分自身のアクセスだろうけど(トホホ)。

一日あたりにすると、ゼロ〜30くらいとばらつきは大きいが、平均して7〜9ヒットと、コンスタントに増えていった。記事更新直後のアクセスが多いけど、一部を除けばこのブログは積極的には宣伝していないので、ネットの向こうの誰かが、何らかの形で見つけ、読んでくれるのは嬉しい限りだ。

何らかの形とはどんなものなのか、最近のアクセス解析で探ってみた。

googleにおいて、「死体風写真」という用語の検索で引っ掛かっていた。
私は赤貧写真家とはいえ、そのような悪趣味な写真に興味ない。イッタイゼンタイなんでそんな言葉(「死体写真」という言葉はあるけど、「死体風写真」とは何ぞや?)で引っ掛かったんだ、と思ってみてみると、サブタイトルの徒然写真風録(←ぶろぐと読む!)と、昨年12月14日付けの「観た映画」、『スタンド・バイ・ミー』の「…死体という意味だそうだ」という一文からだった。

まったく別々の用語のを、強引にひとつの言葉にしている。ふん、これでは検索した用語と引っ掛かった用語とは全然かみ合わない。際限なくなってしまうな。

見つけた人も、たぶん「知りたいのは、こんなんじゃない」と思ったことだろう。でも、見てくれてありがとう。
100メートル走の勝者は誰? [2007年04月23日(月)]
長崎市長選挙運動中に、現職市長で候補者が射殺されるという事件が起きた。捕まった容疑者は、長崎市とトラブルを起こしており、その個人的怨恨のすえの犯行と思われる。政治家のスキャンダルには事欠かない日本だが、政治家への暴力事件は少ないのが救いだったのに。

選挙運動中にその候補者が死亡もしくは辞退した場合、公職選挙法によると、投票日3日以内なら補充候補を受け付けて、そのまま選挙戦は続けるという規定になっている、ということを今回知った。
そして急遽立候補したのが、射殺された候補者の娘婿と市役所職員だったが、これは、はたして公平公正な選挙なのかな、と思った。


平和宣言を読み上げる故伊藤長崎市長
 1998年8月9日平和記念式典にて

というのも、選挙中の非業の死(今回は射殺という衝動的な事件)の後、急遽その身内が立候補することは、弔い合戦となり、同情票を集めやすい。候補者の政治手腕や政策はそっちのけで、「○○(故人)の無念を晴らさせてください」とか、「○○の遺志を継ぎます」という情に訴える戦術が前面に出て、有権者の判断材料にならない。資質も適正もわからないまま、身内(遺族)という理由だけで立候補する(させる)のは、政治の私物化にしかすぎない。

また立候補者の機会均等を前提としている選挙戦なのに、補充立候補者はわずか2、3日しかその時間が与えられないことは、候補者、有権者ともに消化不良を起こす。また、事前投票での死亡した候補者への票が無効になるのは仕方ないとしても、新たな選択肢に対しての投票機会が失われることは、やはり公平性の観点から疑問だ。

一旦仕切り直しとするか、選挙期間の延長などのほうがいいのではないかと、思った。

しかし、そうした場合、首長あるいは議員の不在という期間が発生し、当然行政に支障をきたす。もしこれが政治的背のすえの事件なら、犯人の思う壷になる。テロを助長しかねない。

長崎市長選挙の結果は僅差で前市職員が勝ったが、白票を含めた無効票も多く、有権者の判断を迷わせたのは確か。少し風向きが違っていれば、結果は逆であってもおかしくない。

陸上100メートル走でスタート後、選手の誰かがこけたからといって、その後からまったく別の選手が一緒になって走り出すことはない。

天は我々を見放したか [2007年04月19日(木)]

『八甲田山 死の彷徨』
 新田次郎 新潮社 1978年

十数年ぶりに再読。参加隊員210名中199名の遭難死者を出した、1902(明治35)年1月の八甲田雪中行軍遭難事件を丁寧に描いている。

当時の気象観測でも記録的な寒波に覆われ、1月23日、旭川で−41℃の記録は、日本の観測史上の最低気温であり、その日の早朝6時、遭難した青森第5連隊が基地を出発したのは偶然に過ぎないが、今とは格段に低かった観測技術でもその兆候は見られ、また地元住民もそんな情況での八甲田踏破は不可能だと、進言したが、これらは無視された。

筆者はかつて気象庁観測員であり、登山家でもあったので、極寒の冬山は熟知しており、その遭難の描写については、まさに背筋がゾクゾクするほどリアルで、情況が目の前に浮かんでくるようだ。

異常寒波という不運がこの惨事を拡大させたが、根本は準備不足に加え状況把握と判断のミス、指揮権の介入、そしてそれをもたらしたのが、精神主義に傾く軍隊という特殊階級組織の横暴あるいは暴走という点を、脚色部分もあるが、筆者は辛らつにえぐっている。

一方、ほぼ同じ日程で別ルートからの冬の八甲田を踏破成功した弘前第31連隊についても、決して賞賛はしていない。あくまでも雪中行軍の研究を第一目的とした、徳島大尉の冷静沈着ぶりを描写しつつも、士族出身の大尉の平民への慇懃な態度を、参加する一兵士の視点を通して告発する。

事件後陸軍は取調委員会を設けたが、第5連隊を率いた現場責任者が遭難死、あるいは救出後自殺したということで、それ以上の責任追及をうやむやにした。ここに、その後40数年後の、太平洋戦争における国家上層部の総無能・総無責任体質が萌芽したといえよう。
悠遊国記 ここまできて..番外編 [2007年04月17日(火)]
この撮影行脚中、身分証代わりにパスポートを持っていった。身分証なんてこれまでの旅行で、ほとんど必要なかったので、何をどう使うつもりではなかったが、世知辛い世の中、まあ何かに役立つだろうと思ってのことだった。

小倉にいた時である。旅行会社の前を通ると、プサンだのソウルへのツアーのパンフが目に入った
それ自体は別にどうということはない。が、その内容が、他とは違っていたのだ。


博多からプサンまでの高速船で約80km/h、3時間弱で着く


そう、狭い海峡を挟んでお向かいの下関からや、あるいはJRで1時間半ほどの博多からは船で韓国へ行ける。99年には下関、昨年夏は博多からそれぞれ船で韓国に渡ったので、どちらも馴染みがある。そうだ、韓国はノービザだし、しかも旅路の途中なんだから、そのままの旅装で行ける。その気になれば一両日後には韓国の地にいられるかも。

それも悪くないな。一瞬、そう思った。
ファーストキスの味 ああ、入院 [2007年04月14日(土)]
キスデジタルを入手してひと月、早くも不具合が出て、即行入院とあいなった。

デジタルカメラはフィルムと違って36枚(24枚)単位ではなく、延々と撮影でき、1枚ごとにファイル番号が自動的に付けられる。そしてこれは0001から始まり9999までいけば、0001に戻る「通し番号」設定,にしている。つまり9999枚までは同じ番号にならない。メーカや機種によって違いはあるが、おそらくほとんどの人がこのパターンを選択していると思う。
もうひとつは「オートリセット」というパターンで、ひとつのフォルダごとに0001〜0100を繰り返す。

撮影後、日付と撮影地、あるいは撮影内容でCP内にフォルダを作って写真を整理するが、たいがいの撮影は100枚では収まらないため、でオートリセットだとファイル番号が重なり、うっかりすると上書きされて、せっかくの写真が造作もなく瞬時に消えてしまう恐れがある。それを防ぐために、「通し番号」に設定しているのだ。さすが1日で、1万枚撮影することはありえないから。

が、この撮影行脚中1日だけ、ひとつずつ増えていくはずのファイル番号に異変が起きた。
それは番号が戻ったり、メモリーカードを入れ替えるたび0001になったりを繰り返したのだ。これはその日の整理中にすぐに気が付いたので上書きという失敗は防げたが、処理速度の速くなった昨今のコンピュータは、うっかりミスも何がどうなったかわかんないくらい、一瞬なのでコワイ、コワイ。

実はこの現象、数ヶ月前から、20Dや10Dでもときどき見られた。が、「ときどき」なので、あまり気にしていなかった。しかし3機種とも同じ症状がみられるなら、さすがに見過ごせない。大きなミスをした後では遅いので、メーカに「診て」もらうことにしたが、「ときどき」しかみられない現象なので、サービスセンターの人に説明するのが難しい。
また、メーカも初めて聞く現象だと、不思議がっていた。

デジタルカメラは見た目こそカメラだが、中身はコンピュータそのもの。ファイル番号が入れ替わるこの現象、致命的ではないが、機械式カメラから始めた者にとっては、「なんでこーなるの!」と欽ちゃんジャンプをしたくなる気持ちだ?!
悠遊国記 4849枚 [2007年04月13日(金)]
11日間に渡る春の撮影行脚は中国地方一周プラス北九州となった。早くは朝7時半から、遅くは夜9時半までカメラを持ってとってもとっても撮ってもばかりだった。その総撮影枚数4849枚(たぶん)、1日平均440.8枚、フィルムにして計134.7本、データ容量約11.4GB。これは同じ期間としてフィルム時代の5〜7倍近い量になろう。

これを全てポジフィルムで撮影、フィルム代700円/本、現像代840円/本として試算してみると20万7438円、と桁外れの数字となった。これならカメラ本体の1台、レンズなら2〜3本は買えるな。
今回は3月に入手したばかりのEOS-Kissデジタルの本格デビューとなり、充分すぎるくらい元は取れた。

しかしこれからの整理が大変だ。たくさん撮ったからいいもんでもないんだな。
| 次へ
2007年04月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30
Monthly Archives
Links
ネットワーク







(c) 1999-2008 Cafeglobe.com All rights reserved