たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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スイスの旅人
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3月の所感 映画編 [2007年03月31日(土)]
劇場で観たのは1作だけ。あとは無料のPC向け動画放送。だんだん横着になってきた。

『どろろ』
『大魔神逆襲』
『ISOLA 多重人格少女』
『キャリー』
『妖怪大戦争』
『小さな中国のお針子』
『玻璃(ガラス)の城』
『ベッカムに恋して』
『ターミネーター』

感想は短くこの後で…。



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サクラの花の咲く頃 [2007年03月29日(木)]
桜が咲き始めた。やっぱ日本の春は桜が一番!!

実はこの桜、写真に撮るのが結構難しい。人間の目で見る色と、写真で再現される色とに差があるからだ。
とくに天候に左右される。曇っていると、あの淡いピンク色はその光加減では白っぽく写り、また周辺も色の輝度差が少なくなるので、それらに埋没してしまい、目立たなくなる。背景によっては汚く見えることさえある。
真っ青な快晴の空と対比させると、それぞれの色が映えて美しい。
しかしこれも、少し離れたところから撮ると、春霞のためか、くすんだように見え、これも綺麗とは言いがたい。

桜の花は小さいので、写っているのが少ないと貧相に見える。構図によっては、桜を撮ったのではなく、たまたま画面に入った木の枝に咲いている花、ぐらいにしか見えない。それくらい、ひとつひとつの花は弱々しい。が、密集して咲くので、たくさん入れようと思えば、簡単なはずである。でも、そういうわけでもない。

桜は、たいがいが高い位置にあるので、仰ぐような格好で撮ることが多くなってしまう。あっち行ったり、こっち行ったり、どこかによじ登ってみたり。すこしでも、たくさんの桜を構図に入れるのも楽じゃない。クローズアップや望遠レンズで大きく写すのは、ひとつの手段だが、そよ風程度でも枝が揺れて、ピントあわせすらままならない。
さらには、木あるいは枝によっては、その咲き具合がまばらなこともあるから、やっかいだ。つぼみならまだしも、散りだした桜、さらに葉桜が交じりだせば、これはもう絵にならない。

まだ、あるぞ。
桜が咲くのは、1年365日のうち、1週間から10日ほどしかないのは周知のことだが、そのうち1、2日は必ずと言っていいほど、多くの桜を散らしてしまう、「恨みの雨」が降る。

満開前後の雨が振る前の快晴で、無風、写真を撮りやすい場所を容易に確保できて・・・。なんて好条件は、そう揃ってくれないのが、これまでの経験だ。

それがまた桜の持つ、奥ゆかしさゆえの美しさなのかもしれないが。

そんなこんなだから、これまで上手く撮れたことなんて、ほとんどありゃあしない。そうするとまた1年お預け…。



桜前線とともに北上しながらとことん桜を撮っていく、なんてことをしてみたい。この時期、ついそんなこと思ってしまう。これはなかなかな贅沢だなあ。
これも花見かな [2007年03月21日(水)]
                    もっと観たいときはこの写真をクリック!

京都花灯路に行ってきた。

花灯路とは観光客が減る春先に、それを呼び込もうと企画されたイベントで、東山の青蓮院〜清水寺の路の両脇を行灯で飾る、いわば京都版ルミナリエ(?)。
第一回目の2003年以来2回目、あの時はすんごい寒かったことを覚えているけど、今回は暖冬のせいか、たいして寒くなかった。

当時はまだフィルムカメラだった。ISO100のポジフィルムが何本か余っていて、それを使い切ろうとISO640まで増感して撮影した。
もちろん、これでも感度不足は予想していたけど、それ以上の増感は画質を悪くさせるだろうし、あるいはそのために高感度フィルムをわざわざ買うのもためらわれた。仮にそうしたとしても、うまく撮れなかったら無駄な出費になる。そんな、せこい計算が先にたってしまうのは、赤貧写真家の悲しいところ。

それでも三脚を使えば問題ないんだが、混雑するところでの三脚使用はかなり邪魔だし、ちょっと構図を変えるだびに、いちいちセッティングしなおすのがメンドーなので、持って行かなかった(使用している人はいっぱいいたので、遠慮することもないんだけど)。
そんなわけで、ほとんどが使い物にならない写真ばかりになってしまった。

時は下って、今回はデジタルで挑むことに。
当然ISO800とか1600とかの高感度を平気で使えるのが、強力な武器だが、甘かった。それをもってしても光量不足は否めず、手ぶれしないぎりぎり限界のシャッター速度で、どうもシャープさに欠ける写真になってしまった。

いいものに仕上ようと思えば、それなりの手間ひまを掛けないといけないのは、デジタルもフィルムも一緒、ってことやね。
ファースト・キスのタイミング [2007年03月16日(金)]

これまではキヤノンのEOS中級機ばかりを使ってきた。フィルムカメラはEOS-5とEOS-55、デジタルではEOS-20DとEOS-10D。大概の撮影はこれで充分にこなせるが、赤貧写真家とはいえ、仕事でカメラを扱う以上2台ではちとつらい。1台不調になれば、残り1台では対処できないし、時として3台必要なときもある(そんなときは知らんぷりして、2台のカメラで撮影する)。

理想をいえば、上〜中級機2台と、中級〜下級機1台の組合せがいい。ほぼ同じ性能、状態の2台を均等に使い、もう1台は予備機であるが、撮影対象、情況に応じて使い分ける。ので本当の気持ちならフラッグシップと言われる最高級品、今ならEOS1D-markUNがほしいところ(最近EOS1D-markVが出た)。

しかし価格がどえりゃあ高い。中古でも40万円くらいはする。これ1台で中級機なら3〜4台は買える。おまけにデカい、重いで、買うからにはそれ相応の使い方をしなければ、宝の持ち腐れとなってしまう。

一方、中級機の中古なら10万円ほどなので、もし買うなら同じEOS-20Dか、後継機の30Dとなる。両者に大きな性能差はない。とすると新しく買うアドバンテージがあまりみられない。進歩著しいデジタルカメラの世界であって、1〜2年でまったく新しい機能を備えた機種が出てくることを考えれば、ちょっとためらってしまう。

そこで機能を抑えて、その分出費も抑えて3台目を揃えよう、という考えになった。あ、順序が逆。出費を抑えて、機能も抑える、かな? もちろん中古で。うまい具合に友人が持つEOS-KissDは、全然使っていないとのこと。相場より安く買えるゾ。

フィルムカメラ時代、3台目が欲しく、やはり同じようにどれがいいかな、長い間決めかねているうちに、デジタル時代に突入、その機会を失ったわけだが、それに充てこんでいた予算をいくらか超えるものの、デジタルカメラ3台態勢を確立した。

新しい機材を買うとき、いつもそんな堂々巡りとなってしまうので、ここはPCと同じで、高性能、低価格よりも、自分の決断しだいだと思う。
東京、310  「便利なお店」 [2007年03月15日(木)]

昨年5月、東京に行ったとき持って行った文庫版地図が行方不明になってしまった。
それを買ったのは確か15年以上も前のことで、ちょっと、いやかなり古いけど、おおよその場所が判ればいいので、支障はないと思った。事実目的地へはその地図でたどり着くことができた。が、多少困ったことがないわけでもなかった。それは、当たり前だがその地図発行以降に開通した地下鉄等の路線が、載っていないこと。それが判っていれば、もうちょっと効率よく移動できただろう。

街とは時代と共に変容していくもの。東京のような大都市はその度合もスピードも速い。そんなことも踏まえ、新しいものを買おうと本屋に行ったが、どうも気に入るものが見つからず、そのまま東京に行ってしまった。

夜行バスで早朝、東京着。ふと、通りがかりのコンビニに入ってみた。それは地図を買おうとしたその本屋での出来事、若い二人連れの女性がやってきて、一人が地図を物色しはじめた。すると相方が「そんなんやったら現地のコンビニのほうが、もっとええもんあるよ。地元の人が使うようなものを置いてあるから」と言った言葉を思い出したからだ。

1、2分もしなかっただろう、そのコンビニを出た。そこで、見易く、都心部から郊外まで網羅され、なおかつ安いそんな欲しかった地図が、難なく手に入った。

「んナことあるかいな。本屋のほうがいくらでも選べるゾ」
たかがコンビニ、と思っていたが、結構意外なもん、されどコンビニであった。
ファースト・キスの味は [2007年03月14日(水)]

初めてのキスは、これまでのものは一体なんだったんだろうというくらい、軽やかなものだった。ちょっとばかり扱いにくいところもあるけれど、それはしだいに慣れてくれば、たいした問題ではなくなり、充分に楽しめるものになるだろう。それほど、「軽さ」はおおきな魅力でもあるのだ。

友人からEOS Kiss D(デジタル)を安く買い取った。小型軽量、簡単操作低価格の初心者向けの機種で、発売当時、デジタル一眼レフカメラとしては破格の12〜13万円で、一気に誰でも手に届くものにしたことで話題になった。それを(本体とレンズ1本。もともとセット販売されていたもの)プラスバッテリーパックとおまけに512MのCFカード1枚を付けさせて、3万円までまけさせた。これら全部で20万円くらいしたと友人はぼやいていたので、ずいぶんとあこぎなことをしたもんだ。もっとも中古業者に持っていっても、おそらくこの半分の値もつかないくらいなので、両者両得である。

04年の発売以降、すでに後継機2機種が発売され、kissDは完全に旧製品になってしまい、カタログスペックをみるかぎり多少の見劣りは否めないし、さすがにプロが第一線で使うに仕様ではないので、仕事で使うことはほとんどないだろうが、予備機として、またプライベートで使うぶんには実用上、さして問題はない。
   
それは万が一プライベートの撮影でカメラを紛失したり、壊したり、あるいは盗難にあったりすれば、えらいこっちゃ、当然仕事に支障をきたすし、いろんな意味で自分や周囲に対して無性にハラが立つであろうから、ある種の保険的な意味合いのある。

カメラは黒、というのが定番であり、これまで所有してきたカメラ全てがそうだっから、シルバーのプラスティックボディの安っぽいテカリ具合にかなり抵抗があったが、実際手にしてみると、これは食わず嫌いのようだった(かと言って取り立てて「美味しい」ものじゃないけど)。

新しい機種を持つと、何となくウキウキしてくるもんだ。カメラを手にした翌日早速使ってみた。とほほなこともあったけど(3/12を見るべし)、その日に374枚、フィルムにして10本強を撮影した。フィルムカメラならこれほどの枚数は仕事以外ではなかったが、これでも使い足りない気がした。しばらくは、KissDをメインに使おうと思う。
東京、311 消えルンです [2007年03月12日(月)]

ない、ない、昨日東京で撮影した写真がない。ひょっとして、CFカード消しちゃった?! マジかよ。

10、11日と東京で撮った写真を整理していたら、撮ったはずの写真が見当たらない。使用したCFカード全て再チェックしてもない。
「あ、最後に使ったCFカードをその前に使ってたんや」
そんな失敗をしないよう撮影済みカードは、ひっくり返してケースにしまうのに、その時、それがどうなっていたかは記憶にない。

二日間、もひとつ納得のいく撮影ができなかった。不完全燃焼気味のまま日曜夜、浅草・神谷バーで夕食を済ませた。夜行バスにはまだ2時間ほどある。そうだ、銀座にも行ってみたかったんだ。カメラを持って「銀ブラ」と洒落こもう。

銀座着後15分ほど、20枚くらい撮影して128MのCFカードが一杯になった。キリがいいからここでやめようかな、とも思ったが、バスの時間を考えても、あと30分くらいはいける。
「でも、大きな容量のカードを使うほどじゃないや」。こう判断したのが大きな間違いだった。

昨日は午前中雨だったので、昼からの撮影を開始、時間が短くなった分、撮影が思うようにいかず、夕方ころ、もうあまり沢山は撮れないだろうと、同じ理由で少容量のカードに交換していた(512M→128M→128M)。残ったカードは512M、256Mが一枚ずつ。
フィルムならば、早めに現像しなければならないので、枚数の少ないものを使うという判断は正しいが(といっても36枚撮り以外はほとんど使ったことがない)、デジタルだとその意味はない。ただ気分の問題でしかない。


カードが足りなくなって撮れなかったというならまだしも(それも嫌だが)、撮ったものをむざむざ失うのは写真家として情けない行為だ(そういやフィルムの二重撮りという失敗もしたことあったなあ)。
結果、48枚の写真が空白となってしまった。
これまでに数枚を誤って消したことはあるが、まるまる一枚というのは初めて。その中に手応えを感じた写真があっただけにショック。

誤消去したカードも半分は撮影してしまった。残りの半分に一縷の望みをかけて、今週末いつも世話になってる写真スタジオに仕事で行くので、こそっと(?)、データレスキューしてみよう。
東京、310 観光メッカ、浅草 [2007年03月11日(日)]

今日は、昨日に引き続き東京大空襲にまつわるものを撮影のつもりが、朝からあいにく雨。しかも雨脚が強い。小雨なら様子を見ながら強行するんだが、これじゃあ、人間もカメラもダウンしそうなので、断念。宿でくつろぐ。
昼前、昨日聞いた天気予報どおり、回復してきたので、いざ、撮影開始。

浅草寺。地名は「あさくさ」となのに、寺は「せんそうじ」と読むのがおもしろいここは、去年も来たところ。しかしその時は東京観光、外国人からすれば日本観光のメッカとしての浅草を、おのぼりさん的に行ってみたので、浅草寺が東京大空襲の際、大半が焼失したなんて知ったのはその後のこと。その傷跡を今に見ることができた。

被災した樹木が本堂を囲むように何本かある。よく見るといびつな形状をしている。その内部がえぐられるように焼けただれたままで、触ると真っ黒な煤が手に付く。それを新しい樹皮が囲んでいる。

不思議だ。いったいどれほどの猛火が、これらの樹木を襲ったんだろう。62年という時間が経過、その間風雨にさらされているている。いくらなんでも、焼け跡は腐食や剥離したりして、あるいは最悪、木そのものが枯死し、その痕跡が留まることはあまりないと思っていたが。

人ならまだ火から逃げられるが、動くことのできないまま焼かれ、しかし息を吹き返した。物言わぬ樹木の恐ろしいまでの生命力を感じた。

浅草寺でも3月10日に大法要が行われるので、その一角淡嶋堂大平和塔や地蔵尊には真新しい花が手向けられてあった。すぐ裏手、浅草花やしきからは、賑やかな音と声が盛んに聞こえてきた。

その後、浅草公会堂で開催の「東京大空襲被災資料展」を見る。しまったな。雨の降っていた午前中にここに来ておけば、よかった。そうすれば時間が有効に使えたのに。

戦災に逢った当時から今に至る人工建築物は少ない。そのほとんどがその時燃えてしまい、それ以外でも戦後の再開発で立て替えられてしまっているから当たり前だが、東武伊勢崎線起点にある松屋浅草店と、隣接する神谷バーはその数えるほどの建物のひとつだろう。

松屋は(牛丼チェーン店の松屋ではない)、外壁をパネル状のもので覆っているので分かりにくいが、内装はやはり往時を偲ばせる凝った造りが見られる。そういえば戦災とは関係ないが、どこの百貨店も、窓をつぶして陳列用空間に充てている。松屋の昔の写真を見てもしっかりと窓があるのにそれを隠すように、パネルで囲われている。
現在建直し工事が進められる阪急百貨店梅田本店も、窓の内側から真黒の板か何かで目張りをしていた。それは、ちょっと異様な光景だった。


一方大正時代の1921年落成(ということは関東大震災も耐えたことになる)の神谷バーの、壁面が黒焦げ状態の空襲直後の写真があるが、今にそれを見ることはできないものの、外装、内装ともふんだんのレトロ色で彩られている。日本でも老舗酒場だが、バーといってもいたって大衆レストランで、昭和初期のモダンとはきっとこんなんだったんだろうな、と思わせるな雰囲気だ。

東京大空襲は一晩で約40平方kmを焼失したが、浅草は一部にしかすぎない。ああそうだ、銀座も何度も爆撃されたらしい。銀座に行こう。
東京、310 惨劇は今 [2007年03月10日(土)]

寺院というより、神殿。階段左右の狛犬は、その造形を超越している

東京着後、まず向かったのは築地本願寺。別にお参りのためではない。
昨年東京に来たとき、知人たちと築地で飲もうということになり、待ち合わせたのがここだった。

築地本願寺は関東大震災のとき、倒壊した。その後、耐震、耐火性を考えて鉄筋コンクリート造りで再建されたが、その外観が古代インド様式と、およそ日本の寺院らしくない造りに興味を覚え、改めて来たわけだ。

内装にはステンドグラスやパイプオルガンが配置され、ファンキーな彫刻が飾られていたりして、なんだかワンダーワールドなところ。見ているだけで楽しくなってしまう。


本堂内にあった牛の造形。ちょっと小憎たらしい表情
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それは三寒四温 [2007年03月08日(木)]
日曜日、あれだけ暑かったのに、その後急に寒くなり、そのせいかちょっと体調を崩してしまった。
鼻がズルズルし、すこしセキが出た。おまけにちょっと熱っぽい。イカンなあ、週末は東京に行く予定なのに。

それとも、これは花粉症の予兆? もともと鼻炎持ちなので、潜在的花粉症予備軍。今のところ大丈夫だが、いつ発症しないとも分からないので、毎年この時期はヒヤヒヤしている。やはりあのマスクだのゴーグルだのは、痛々しいからな。
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