たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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今月の覚書 映画編 [2007年02月28日(水)]
昨年夏頃からパソコンTVなるものを観ている。ストーリミング放送というヤツ。
途中でCMが入るし、回線状況によっては画面が止まったり、コマ送り状態になったりと、イラつくこともあるが、まあ無料ということを考えれば文句も言えまい。

この2月はほとんど映画ばかりを観た。他の番組はあまりそそられない。
観たものは以下のとおり。

『ヒトラー 最期の12日間』
『大魔神』
『大魔神怒る』
『誘拐騒動/ニャンタッチャブル』
『私の頭の中の消しゴム』
『ジュール・ベルヌの地底探検』
『スカイハイ 劇場版』
あともう1本観たけど、タイトル忘れた。

感想は短くこの後で…。

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きわどかった [2007年02月17日(土)]

「しまった。ついに壊れたか?!」
購入以来7年半、常に主力レンズとして使ってきた標準ズームレンズの絞りがまったく働かなくなった。真っ先に考えられる原因としての接点不良解消のため、何度かレンズをボディから付け外したり、電源を入れ直したりしたが、同じことだった。

過去2、3度修理に出している。あらたに不具合が出たとしても不思議ではなかった。いや、むしろ出ないほうが不思議なくらいだ。フィルム時代のそのズームレンズは、デジタル化以降、その画角の違いに悩まされ、描写力不足も否めないものの、信頼性においては、その後に買った他社のレンズを一歩も二歩もリードしているため、今なお使い続けてきた、それほどの酷使がたたってもおかしくないレンズなのだ。

撮影自体は可能だったので続行したが、絞りがf4.5で固定されてしまい、ややピントの甘さが懸念されたが、予備のレンズもボディもないので、このままでいくしかない。

途中休憩のときにあらためてチェックしなおしてみた。問題は1分もしないうちに解決した。何のことはない、操作関係の設定を変更していたことをすっかり忘れていたのだ。

イマドキのカメラは、その操作においてほとんどを電子的に行う。ゆえに使用者の好みや使い勝手の具合にあわせて操作方法、どのボタンにどんな機能を持たせるかなどは、ある程度変更できる。絞り関係の設定はこれまでいじったことがなかったが、ひと月ほど前、これは一体どんな機能なんだ? と試しに変更していたものの、結局その状態で撮影することはなく、元に戻すこともないまま忘れていた、というわけだ。

案の定、撮った写真はややピントの浅いぼやけた感じのものが多かった。後処理でシャープネスをかけることで充分に補正できる程度だったので、「仕上がり」には支障なかったが、これはデジタルさまさまだ。

カメラ本体の電子化はデジタル登場以前に始まったもので、その操作を全て手動で行うマニュアルカメラから写真を始め、親しんできた私にとっては、その電子操作の便利さと共存するもどかしさは、今さらであっても時々感じるのである。

これがもし、もっと絞り込まれた状態だったなら、どえらいことになっただろう。室内のしかもフラッシュを使えないという条件での撮影だったので、感度を上げたとしても、光量不足で暗い色の汚い写真になっていたかもしれない。それを考えると、ぞっとする
グラウンド・“ゼロ” [2007年02月01日(木)]
『ワールド・トレード・センター』 2006米 監督:オリバー・ストーン

木乃伊になった木乃伊取りが、木乃伊取りされる話。救助されたので木乃伊じゃないか。

期待できない作品にお金を払って観るのはいささか苦痛だが、実話なので、一応感動作ではある。そういう意味でプラスマイナス・ゼロといったところ。


NY摩天楼群。WTCではありません…

9.11テロはまだ記憶に新しい話。ニューヨークの、そしてアメリカのシンボルでもある、ワールドトレードセンター(WTC)ビル崩壊で閉じ込められ、瓦礫に挟まれ身動きひとつできぬなか、互いに励ましあいながら救出を待つ警官隊二人と、その安否を気遣う家族の揺れる気持ち(これは民族、宗教を問わず万国共通でしょう)に絞った人間ドラマ。

が、一人の警官が意識が朦朧とする中、後光さすイエス・キリストがペットボトルらしきを差し伸べてくれた、という幻影をみて生き抜こうと決意したというくだりは、臭過ぎる。助けられた警官が何を見たか、何を思ったかは検証しようがないので眉唾物。何が言いたいのか、不明。キリストじゃなければ、彼は死んでしまったんだろうか。

また、元海兵隊員が教会で「自分が救助に向かうことは、神からの使命」と牧師に話し、一瞬ためらう牧師も「それが神の意志ならば」と許可をする。自分の意志で行動できんか?

彼は勝手に軍服を着て、勝手に現場に入り込み救助を行い(軍の指揮下にない「元」軍人なので、いわば統制違反。悪いことをしてるわけじゃないけど)、クソまじめな顔をして「人の命を助けることが、海兵隊員の役割」と言っちゃったあたりには、ズッコケた。相当勘違いなヤツである。迷わず「人を殺すことが海兵隊員の役」やろ、と突っ込んでしまう。

この元海兵隊員、この救助活動でナニを目覚めたのか、再び海兵隊に志願し、イラク戦争へと赴いたという(エンドロールの字幕による)。ヤレヤレ。

人を殺すのは弾丸一発、爆弾一発で十分だが、二人の人間を救うためどれだけの尽力が費やされたか。それもまた人間の一面である。

ならばアフガニスタンでイラクで、アメリカによる空爆の下、WTCの犠牲者以上の人たちと同じような、いやそれ以上の惨状で、瞬時に命を絶たれたり、瓦礫に閉じ込められたという事実を考えられるほどの想像力がアメリカ人にあるのだろうか。
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