たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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ソウルるん滞在記 '88 U [2008年06月14日(土)]
ソウルるん滞在記 '88 U プサン 9月11日(日)、12日(月)
今から20年前の1988年9月、東京大会以来24年ぶり、アジアで2番目の開催となったオリンピックに沸く韓国に単身乗り込み、18日間躍動するこの国を見聞してきた。韓流ブームなどはるか以前、あのヨン様だって高校生だったころの韓国は、隣国でありながら、日本からはその存在が見えにくかった。それを自分の足で歩き、目で見て、耳で聞き、言葉を交わしたその時の感動や興奮は、これまでにないものだった。








プサンのランドマーク、プサンタワーと、豊臣秀吉の文禄・慶長の役で秀吉軍をコブッソン(亀甲船)で蹴散らした韓国の大英雄、イ・スンシン(李舜臣)の銅像。今なお日本を睨みつける


「日本人ですか? 学生ですか?」
プサン港からほど近い街の中心部へと歩き始めてしばらくして、40歳すぎくらいのアジョシ(おじさん)が、そう尋ねてきた。オリンピア88がプサンに着いたころ、大阪から途切れることなく続く雨雲からこぼれ落ちた小雨が、入国手続きを終え、両替をすませ港を出た頃にはやみ、ホッとしていた矢先だった。

アジョシは大阪都島生まれの韓国人、今はソウルで働いており、出張でプサンに来たが、仕事が早く片付いたので日本海側を旅行しながら帰るという。そこで「いっしょに行きませんか、せっかく韓国を観光するならいろんなところを見て勉強しなさい。費用は出すからあなたはできるだけ節約をしなさい。私は日本のことをいろいろ知りたい」と言ってきた。

韓国人の外国人旅行者に対するホスピタリティー性は承知していた。大阪生まれのアジョシが、大阪から来た若者に親近感を覚えたとして不思議ではないが、偶然会ったばかりの人に対し、自分の都合で旅行に誘う感覚は理解し難がった。私は「すでに行程を組んでおり、宿の予約もしている」と言うと、「そんなの私が電話で断わります」と、なおも誘い、郊外にある高速バスターミナルまでタクシーで連れて行かれた。右も左もわからぬ外国で、見ず知らずの人間に身を委ねるわけにはいかない。一瞬、北朝鮮にでも拉致されるのでは、とも思った。そこで丁重にお断りをして、やっと解放された。「やれやれ、来た道を戻らねばならないな」。

開通したばかりの地下鉄の駅が近いはず、確かめようと地図を広げると、今度は30歳くらいのアジョシが近づいてきた。道でも教えてくれるのかと思ったら、「車に乗っていけ、案内してやる。No money!」ということらしい。駅が近いんだからその必要はないし、その車を見れば、日本でいう「白タク」?!。まさか、こんなものを相手にするわけにはいかず、無視して歩き出すと、なんとその白タクはついてくるではないか! それでもしばらくすれば諦めるだろうとそのまま行くと、ずっとついてくる。方向を変えるなり小さな道に入るなりすれば、相手に地の利がある以上かえって袋小路になりかねない、見通しの効くその大きな道沿いを行くほうが賢明と思い、しばらくと歩いていくと警察官がいた。ここはすがるしかない、と足早に。ふと振り返ると、それを察知したのか白タクはいなかった。これでは訴えようがない…。

もう大丈夫だろうと安心したのも束の間、その白タクは先回りをし、何食わぬ顔をして車内で新聞を拡げ、私が来るのを待っていたのには、たまげた。これ以上こんなクレイジーなヤツに付き纏われてはかなわん。目には目をならば、タクシーにはタクシーを、だ。「白」じゃないタクシーを捕まえ、ようやく振り切ることができた。

おかげでずいぶんと時間をとられてしまった。市中心部に戻って少し観光してから、予約していた宿泊先に向おうとまた地図を見ていると、数人の若者が声を掛けてきた。「ここなら判るよ」と私に、彼らの車に乗るよう促した。とたんに、こんな若い連中が車を持っているのか、といぶかった。
車に乗ってしまえば逃げ場がない。グルになっている店で土産物ものを無理やり買わされるというのは、よく聞く話。疑いたくはないが、そうなれば、後味悪いばかり。ここでも、申し出を断った。すると彼らは、私のノートに宿の場所を地図に描いてくれた。悪い連中じゃなかったんだろうな。

宿についた後、9時ころだったか近くの小さな食堂にて夕食。子どもたち数人が路地で遊んでいた。こんな遅い時間なのに、と驚いてしまった。

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