たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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浜名海兵団跡をたずねて [2008年04月03日(木)]
4/3 静岡県荒居町にて

浜名湖の南西、江戸時代の新居の関所から歩いて10数分くらいのところにあるコンクリート製の倉庫のような建物は、観光案内の地図には載っていない。

駅からはさほど遠くないだろうと思っていたが、事前の調べでも大雑把な地図があるくらいで、そこに至る道もあやふや、目印となるものも示されていない。ネットでも調べてみたが、場所を特定できる情報は得られなかった。それでも、それらしい方向に向かって歩いていった。

年配の地元の人に聞いて、少し回り道になったがようやく辿りつけた。もともとは防空壕だったらしい。剥き出しの防空壕というのも変だが、この辺りは砂地なので、地下深く掘り下げるのは難しかったのかもしれない。

この一帯は太平洋戦争中、海兵団(警備や新兵の教育などを担う)という海軍の一部隊が広大な範囲に配備されていた。戦争末期の空襲や艦砲射撃で被害は出たものの、敗戦後、帰る家のなくなった兵士たちも少なくなく、そのままここに留まり、国から海兵団の土地を払い下げを受け、あらたな住人になったという。この元防空壕は、その唯一の痕跡。

それらの土地も代が変わり、今は農地(タマネギが多かったようだ)と宅地が広がる静かな場所。太平洋はすぐそこ。遠州沖で獲れたしらすの天日干しが道の脇に並べられ、磯の香が漂っていた。
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