たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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城郭探訪 岡山城 [2008年01月18日(金)]
城郭探訪3 備中国 岡山城(烏城、金烏城) 1/18
元日に観た映画、豊臣秀吉の側室、お茶々を描いた『茶々-天涯の貴妃』で、京都・伏見桃山城に手を加え、大坂城としてロケに使われていたことに刺激され、急にお城を見に行きたくなった。

戦国時代の武将たちは各地に城を築き、覇権を競った。それらの遺構は今でも残り、人々を惹き付けて止まない。歴史の教科書で出てきたものも、実のところどんな城なのか、どんな経緯を辿ったかなんてことまでは、なかなか知ることはない。大阪城以外でもちょいと足を伸ばせば、結構たくさんある。先日の犬山城、名古屋城がその第一歩。

岡山城へはJR岡山駅始発の路面電車「城下」電停下車だが、乗車時間はほんの数分、歩いても充分にいける距離だった。

このお城、外観は黒漆塗りの下見張りと呼ばれる手法で、やや異色の感があるが、建築当時(16世紀末。現天守閣は戦後の再建)は、比較的見られたものであったようだ。同時期に建てられた長野・松本城もほとんどまっ黒。烏(う)城という別名は伊達ではないわけだ。

さらには最上層だけでなく、中層にも飾られた金鯱や金箔瓦が黒漆塗りに映え、その特徴をなしていることから、もうひとつの別名、金烏(きんう)城にも納得できる。

天主台の底辺が不等辺五角形で各階の平面の形が少しずつ異なっているという、設計するほうも、建築する方もさぞ難儀しただろうと思われる形状の天守閣外観は忠実に再現されたが、内部は展示物などで遮られや分からんかった。

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