たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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廣島行脚 雨宿り先にて [2007年07月02日(月)]
ほぼ1日雨。おかしいなあ。折畳み傘を持ってきてたはずなのに、ない。雨にうたれての撮影も嫌なので、雨宿りついでに平和公園内にある国立原爆死没者追悼平和祈念館に寄ってみた。

文字通りテーマを追討に絞り込んだものだが、館に入って円を描きながら降っていくスロープの先にある死没者追悼空間には、広島の被爆直後の360度パノラマ写真を、1945年年末までの被爆死者と同じ数、約14万枚のタイルを使って、表現しているが、凝った造りのわりにインパクトがない。追悼のし方は人それぞれなので、ここでどう思うか、どう感じるかも個人任せなのかもしれないが、「これは一体何? どおせーちゅうの?」。ポツリポツリと数人が訪れるものの、みな足早にそこを抜けていった。

一方被爆者一人ひとり手記や死没者の遺影を閲覧できるので、それはそれで一級の資料だが、これも大そうなハイテク機を使っている割には、「えっ、これでおわり?!」みたいな拍子抜けしてしまう結果だった。関係者か余程の研究者でもない限りあまり利用できないだろう。

平和公園内に新たな追悼関連施設は造らないという慣例を破って建設されたこの記念館は、かねてからヒバクシャに冷たい国が、その批判の矛先をかわすためのものと、当初から批判されていたのも仕方ないと思った。


    死没者追悼空間。幻想的、神秘的、厳粛な、それとも
   エアコンの効いた快適な空間かはいかようにもとれる

それは原爆投下へ至る戦争責任や、アメリカべったりの外交姿勢に見られる核廃絶への消極的な日本政府が、原爆の非人道性を訴えるのは、天に唾するようなもの。「死者に鞭打たない」式で、意味不明の空間も「追悼」の場と言えば、誰も文句は言えない。

「しまってはおけない記憶がある。しまってはいけない記憶もある」とは同館のキャッチコピーだが、その記憶も人に触れられてこそ、価値がある。このままではそれらが死蔵しかねないと思った。


広島一の繁華街、本通そばにある被災説明版。
この辺りは何度も通っているのにまったく気が付かなかった
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