たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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○年の呪縛 [2007年05月20日(日)]
カメラ機材を仕舞っている棚は、デジタル化以降ほとんど出番のなくなったフィルムカメラはじめ、いりそうでいらないものなのか、いらなさそうでいるものなのか区別がつかない、いろんな機材がが無造作に置かれ、しっちゃかめっちゃか状態なところだ。

そこを整理していたら、埋もれていたコンパクトフィルムカメラを「発掘」、驚くべきことに、なんと数枚撮影済みのフィルムが入ったままだったのだ。

はてさて、いつ、何処で、何を撮ったのか、なぜこんな状態になってしまったか、さっぱり記憶がない。しかも中に入っているのは仕事用フィルムのあまりなので、ますますいつのころかわからない。ということは、そのフィルムはとっくに使用期限が過ぎている可能性大なのだ。

う〜ん、困ったな。
数枚撮るのも、最後まで撮りきるのも現像料金は同じ。しかも期限の、それも大幅に過ぎたかもしれないフィルムを現像するために残りの枚数を撮影し、色褪せているかもしれない現像プリント料金を出すのもなんだかナンセンスだ。せいぜい千数百円のことなので、たいした額ではないが、期待できないことに、まともなお金を出せないのは、ほかでも同じこと。

ならば、そのフィルムを抜き取り処分する選択肢もあるが、曲がりなりにも写真を生業にしている者として、やはりそれは避けたい。

フィルムを余らせず、使い切ることは実は結構難しいワザ。10枚、20枚と余り、無理やりつまんないものやどーでもいいものを撮ったり、逆にどうしてもあと数枚だけ撮る必要が生じ、余分に1本つかったり、ということはしょっちゅうだった。

このある種の「呪縛」から解放されたことで、デジタルでの撮影はその自由度を高めた(際限がなくなったとも言えるが)。

さて、このフィルム、どうしてくれよう。

デジタルでも「どーでもいい写真」を撮るが、
たいがいはすぐに消される
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