たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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6月の所感 書籍編 [2007年06月28日(木)]
『だから、あなたも生きぬいて』 大平光代 '03講談社

普通の子から、イジメにあい自殺未遂を経て不良となり、家庭内暴力、やくざの妻へ堕ちていき苦しみと絶望の繰り返しだった後、一転、弁護士へと立ち直っていく作者自身の半生期。駆足で書かれているので、その実相はもっと凄まじいものだったのかもしれない。その点がちょっと物足らなかった。

『睡魔』 梁石日 '01幻冬舎
 
作者やん・そぎると付き合う時は気を付けたほうがいい。知らず知らずに小説のネタにされるかもしれない。氏の出世作となった『タクシードライバー日誌』でのドライバー(作者)と客の何気ないやりとりが生き生きと描写され、かつ緻密に観察されている手法は、この作品でもいかんなく発揮される。
マルチ商法と判っていながら、お金に幻惑されていく作者自身の体験を基にしたドキュメントともフィクションともつかない展開は小気味よく、ぐいぐいと作品に引きずり込まれる。この書でも分かるが、のめり込む性格と、そんな自分を冷めた目で客観視できる性格が同居しているからなせる技なんだろう。
この人の作品はもっと読んでみたい。

  

『戦後秘史2 天皇と原子爆弾』 大森実 '81講談社

廣島行脚に当たって参考になると思って古書店で見つけたもの。昭和史前半を知る上で避けて通れないテーマと思ったが、玉虫色のポツダム宣言を、日本政府が玉虫色解釈で受諾した経緯が玉虫色に書かれていてよく解んなかった。

『アトランティス大陸の謎』 金子史朗 '73講談社

古代史へのロマンを駆り立てるアトランティス大陸が一夜にして沈んだという伝説を、科学的な面から検証すると、そこは「大陸」ではなく「島」だった? ちょっとがっかり。
今月の所感 書籍編 [2007年05月30日(水)]
『新選組血風録』 司馬遼太郎 角川書店 '69(初版)

新選組がいた京都中心部は独特の地名表記があり、なかなか判りにくい。が、仕事でしばし行くので、数年がかりでようやく判るようになってきた.。おかげで、作中のシーンが浮かんできた。もちろん江戸末期と今とでは街並みは全然違い、池田屋事件跡地がパチンコ屋になっているという風情に欠けるのもあるが、知ると知らないでは受け取るイメージの差も大きいだろう。

それにしても、これだけ人を斬るということが平然と行われていたとは。新選組って、それほどもてはやされるものなのかね。
石畳の東山路地。壬生狼といわれた
新選組隊士たちもこの道を歩いたことだろう
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天は我々を見放したか [2007年04月19日(木)]

『八甲田山 死の彷徨』
 新田次郎 新潮社 1978年

十数年ぶりに再読。参加隊員210名中199名の遭難死者を出した、1902(明治35)年1月の八甲田雪中行軍遭難事件を丁寧に描いている。

当時の気象観測でも記録的な寒波に覆われ、1月23日、旭川で−41℃の記録は、日本の観測史上の最低気温であり、その日の早朝6時、遭難した青森第5連隊が基地を出発したのは偶然に過ぎないが、今とは格段に低かった観測技術でもその兆候は見られ、また地元住民もそんな情況での八甲田踏破は不可能だと、進言したが、これらは無視された。

筆者はかつて気象庁観測員であり、登山家でもあったので、極寒の冬山は熟知しており、その遭難の描写については、まさに背筋がゾクゾクするほどリアルで、情況が目の前に浮かんでくるようだ。

異常寒波という不運がこの惨事を拡大させたが、根本は準備不足に加え状況把握と判断のミス、指揮権の介入、そしてそれをもたらしたのが、精神主義に傾く軍隊という特殊階級組織の横暴あるいは暴走という点を、脚色部分もあるが、筆者は辛らつにえぐっている。

一方、ほぼ同じ日程で別ルートからの冬の八甲田を踏破成功した弘前第31連隊についても、決して賞賛はしていない。あくまでも雪中行軍の研究を第一目的とした、徳島大尉の冷静沈着ぶりを描写しつつも、士族出身の大尉の平民への慇懃な態度を、参加する一兵士の視点を通して告発する。

事件後陸軍は取調委員会を設けたが、第5連隊を率いた現場責任者が遭難死、あるいは救出後自殺したということで、それ以上の責任追及をうやむやにした。ここに、その後40数年後の、太平洋戦争における国家上層部の総無能・総無責任体質が萌芽したといえよう。
武蔵と大和の間 [2007年01月28日(日)]
『戦艦武蔵』 吉村昭 新潮文庫 1971年

子どもの頃何度も読返した旧日本海軍軍艦の本に、武蔵の生い立ちについての漫画があった。特に一人の市民の目にも触れさせないよう厳重警戒のもと進水式が行われ、その巨体に煽られ対岸に高波が押し寄せた描写は子どもながらも生々しく映った。それが印象にあったんだろ、大和ではなく武蔵のプラモデルばかり大小あわせて3つくらい作った。

「なんか希薄な内容やな」
読み終わったときのまずの感想だ。紙幅が少なめ(約250頁)という意味ではない。作者の取材や筆致力の足らなさでもない。「武蔵」という船の生涯そのものが希薄だったのだ。だから著者がどれだけ資料を集め、関係者に話を聞いても、ドキュメントを書くには材料不足だったかもしれない。

全頁の約3分の2が建造期間に充てられている。二号艦(=武蔵)建造は国家最高機密にあたり、建造した三菱重工長崎造船所の人たちの動きを中心に、徹底した機密保持のための苦心談に多くが割かれているが、それは軍と三菱の密接した関係ぶりがはっきり読み取れるものでもある。造船課程も丁寧に書かれているが、物足らなさを感じた。
これは大和型戦艦設計主任西島亮二氏の回顧録や本人へのインタビューをもとにその建造課程を、著者自身がジェットエンジンの設計技術者だったゆえに、造船技術の側面から詳細に記した前間孝則氏著「戦艦大和誕生」(講談社1999)にある重厚さには及ばないからだ。しかしこの比較はフェアではない。そのインタビューとは西島氏の晩年'95年ころで、それまでほとんど大和については口を開いたことがなかったといい、回顧録も人目に触れることはなかった。

武蔵が完成した1942年8月のふた月前、ミッドウェイ海戦で日本海軍は主力空母4隻を一挙に失い、航空戦力優性はもはや動かしがたい現実となって、突きつけられた。それにともない建造中の大和型三号艦(信濃)は空母へと設計変更され、四号艦は建造中止となった。
武蔵は、大和以上にお呼びでない時代に誕生したわけだ。

実戦配備後、激しい演習とは裏腹、出撃機会はほとんどなく、それどころか収容力の大きさを買われ、次々と沈められる輸送船の変わりに軍の物資や兵員を運ばされたりする。そしてその巨体ゆえ軍艦に似つかわしくない豪華設備を持つことから、「武蔵御殿(大和は「大和ホテル)」と揶揄されるようになる。

ようやく出撃らしい出撃が44年10月のフィリピン・レイテ沖海戦。このとき武蔵は米海軍機の集中攻撃を受けて沈んでしまうが、この描写も物足らなさを感じた。
大和激戦を描いた金字塔的作品、吉田満氏の「戦艦大和ノ最期」と比べるのもまたフェアではないだろう。
学徒兵として沖縄特攻作戦に乗り合わせ、生還後まだ記憶も生々しい終戦直後に書かれたものと、戦後20数年たって生存者から聞き書きするのとでは違いが出て当然だ。

そんなアンフェアなことで不満に思ったのは、武蔵について書かれた書籍と大和のそれとが、質・量ともにあまりにも差が大きいからだ。
大和については、すでに膨大な冊数が発表されている。そのなかの何冊かでも読めば、その証言内容、資料の読み取り方など複数方向から分析され、立体的に伝わってくる。それを先に読んでしまっているから、つい比較してしまう。

同型艦であり、敵国米英からはもちろん、日本国内でもその存在は秘匿とされ、最大最強の破壊力を備え、国家威信の粋でありながら「世界三大無用、ピラミッド 万里の長城 大和(=武蔵)」と身内からも邪険に扱われ、最後は七面鳥撃ちのごとく、米軍機に血祭りにされ沈められた運命は同じだったのに、大和は「特攻」という華を持たされたことで、皮肉にも戦後圧倒的に存在感を高めた。

例えはよくないが、二人の私生児兄弟が相次いで死んだ後、兄は認知され、弟は忘れ去られるかのようにそのままにされた。が、武蔵はそれに抗するかのように5〜6時間、6次にわたる空襲を受けた後も無残な姿をさらしながら数時間波間に漂い続け、暗くなる頃に沈んだ(大和は2時間の集中攻撃で撃沈)。不沈艦たりえなかったが、そのタフネスぶりは証明されたのかもしれない。

この作品で著者は無機質でとてつもない巨大な鉄塊・武蔵をあたかもひとつの生物のように扱っているが、誕生から最期まで戦争の不条理さに支配され続けた船であったことがわかる。
小泉劇場の行く末 [2007年01月24日(水)]
『48億の妄想』筒井康隆 文春文庫

映画『日本以外全部沈没』を観て久しぶりに筒井作品を読んでみたくなったので、古本屋で買ったもの。

この物語の冒頭、TVニュースを見ながらある一家が

「どうも、よくわからん」父親がタバコをもみ消した。「政治なんて、むずかしいものは、もっとわかりやすくして、それから、もっと面白くして見せなきゃいかん」
「ドラマにすればいい」と長男がいった。
「ミュージカルにすればいいわ」嫁がいった。
「マンガにすりゃいいんだ」次男はそういってから急に笑い出した。

と会話するシーンがある。

ニュースやドキュメントにおいてのやらせはご法度であるが、しかしいったい何処からやらせでそうでないかは微妙なところがある。例えば○○国大統領が来日、日本の○○大臣と会談という時、両者がカメラに向かって微笑みながら長い時間握手を交わす。
もしカメラがなければこんな不自然で滑稽なことはしないはずである。

視聴率至上主義の製作現場においてつい過剰な演出になるのは、先日のカンテ〜レの『あるある大辞典』でもみられた悪しき慣習である。

小泉前首相は、劇場型政治という手法で政策や政争を単純化し、政治を判りやすく面白くみせる手腕に長けていた。
マスコミは申し訳程度にそれを批判的に報じながらも、それ以上に「刺客」などといってワイドショーなどで面白おかしく仕立て上げ、小泉劇場を盛り上げる役を率先してやってのけた。

小泉純一郎脚本・演出、各TV局撮影・配給で、陳腐なドラマをタダで見せられ狂喜する国民。そこには政治=生活という本質が完全に抜け落ち、目先の可笑しさだけを楽しむ程度の国民と、それに合わせる術しか持ち合わせないマスコミ、そんな国民から選出される程度の政治家と、それをほくそ笑む一部の少し程度の違う政治家。そんな日本の構造が見事に合致した瞬間だった。

この物語はほくそ笑む一部の政治家ではなく、そういう視聴者を満足させることでいびつ化したマスコミが主導権を持つという違いはあれど、その延長線上にあり、よりデフォルメした展開だが、つい最近小泉劇場のようなことがあっただけに、えらくリアリティをもって読める。

それを40年も前に描いたことはちょっとそら恐ろしい。
伝えることの難しさ [2006年12月26日(火)]
『ひめゆりの塔をめぐる人々の手記』仲宗根政善 角川書店 1982年

中盤あたり、仲間とはぐれてしまったあるひめゆりの学生が、疲労困憊して病院で寝かされていたところを恩師が訪ねに行く…、という描写を読んで、ふと、あれ、どこかで見たことあるような情景だ。そしてある映像が頭に浮かんだ。
それは95年、東宝が戦後50周年記念で制作した『ひめゆりの塔』の一シーンだ。

当時人気絶頂だったゴクミが扮する生徒が怪我をして、他の生徒と別行動をせざるを得なくなる。彼女は一人必死に逃げ惑い、ついに力尽き倒れる。
その後、病院に収容された彼女に、仲間たちが見舞うものの、精根尽き果てた彼女は息を引き取るというものだった。

読むときは取り外している表紙カバーを見てみると、映画のスチル写真が使われている。アハハ。買うときそのことを何処まで意識していたか、まったく覚えてないや。これはその映画の原作というわけだ。

が、皮肉なことにこの10年以上ぶりに蘇ったシーンは、その映画を観てて最も気がそがれたシーンだったのだ。
横たわったまま茫然自失として中空を見つめるゴクミのアップが、きれい過ぎたのだ。もちろん彼女は「国民的美少女」と呼ばれ、とても整った顔立ちだが、そのことを言っているわけではない。
いくらメークで顔を汚し、ボロボロの衣装を身につけても、彼女の肌は血色よく艶々、髪も黒々としていた。

恵まれた現代人が、当時の憔悴しきった顔、バサバサの髪、むくんだ肌など極限状態に置かれた人を、メークだけで再現できるものではないんだろうと思った。

ひめゆり部隊は看護活動もそこそこ、米軍の攻撃から逃れる連日で、わずかばかりの食料を命がけで調達、それをみんなで分配。さらには梅雨時に差し掛かった壕の中はじめじめとして、ひしめきあう避難民や日本兵の間でひざを抱えるようにして休む。熟睡などできない。しかし野戦病院としての役割は放棄できないので、逃げるときもそれら医薬品を手分けして運ぶ。その時歩けない負傷兵は置いていき、自決用の手榴弾が青酸カリが渡される。

昼間は次第に迫ってくる米軍におびえ、夜間、発見される恐れがあるので、煮炊きもままならない。次々と死んでいく学友や負傷兵…。全てが八方塞がりへと追い詰められていく。

6月18日、ひめゆり部隊に解散命令が下るが、時すでに遅し。もう逃げ場はなくなっていた。ある者は仲間と一緒なら安心して行けると自決し、ある者は壕にとどまって米軍の襲撃を受け息絶え、ある者は投降し。

体力的にも精神的にも、とても耐えられないような生々しい状況の連続。生きていくため、それとも死なないための行動。筆舌に尽くせぬ出来事が次々と起こり、ただ偶然だけが生と死を分けるだけの混乱と絶望の世界。死が日常化し、生が非日常化する。読んでいて嫌になるくらいうんざりしてくる。

それでもここに書かれていることは、実際に彼女たちが体験したことの何分の一、あるいは何十分の一も伝わっていないんだろうと思う。
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