たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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12月 所感 映画編 [2007年12月31日(月)]
『ミッドナイトイーグル』 '07松竹 監督:成島出

邦画史上初の日米同時上映というだけあって、ハリウッドも資本参加しており、スケールの大きさはハリウッド並。そして、ご都合主義的な展開もハリウッド並み。次から次へと突っ込めるシーンに、「どうなっとんじゃ?」という楽しみが出てくるが。

また、撮影協力に自衛隊とあり、「半島」からの工作員との交戦によって一人残った陸上自衛隊三佐(吉田栄作)に、主人公の元戦場カメラマン(大沢たかお)に軍隊のことをなじられ、「われわれは軍隊ではない。自衛隊だ」とおお真面目な顔で言わせるあたり、何だかなあ…(失笑)。日陰者の自衛隊の健気さをさかんにアピール、という感じ。

やはりと言うか、「崇高」な犠牲精神でもって終わらせるあたり、日本人好みなんだろうか。であったとしても、恣意的で深みも何もない。


導かれて [2007年12月03日(月)]

山形国際ドキュメンタリー映画祭
10/8〜10/10

カンヌ、ベルリン、ベネチア…。これらの都市を結ぶキーワードは、国際映画祭。先日「別に…」発言でお騒がせの、女優沢尻エリカが出席予定だったプサンや東京国際映画祭も有名になりつつある。いずれもその国を代表する都市であり、知名度も高い。

東北の一都市、山形で隔年開催されるド国際キュメンタリー映画祭に行ってきた。今年で10回目。数ある映画祭でも、一際異色を放つもので、ドキュメンタリー(記録)映画に絞ったものは他では聞かない。

ドキュメンタリー映画は、たまに独立系の映画館で話題になる程度。最近のマイケル・ムーアなんかは例外で、大ヒットというのは滅多にない。映画祭恒例の、華々しく着飾った有名男優女優や監督らが、レッドカーペットを颯爽と闊歩するわけでもなく、地味なのは否めないが、『殯(もがり)の森』で今年のカンヌ国際映画祭グランプリ(審査員特別大賞)を受賞した、すでに世界で名を馳せる映画監督の河瀬直美(ドキュメンタリーと劇映画両方を撮っている)が普通に会場を歩き、一般参加者らと気軽に語らうような雰囲気は、その地味さのおかげかもしれない。

10年ほど前、知人がその山形でのその映画祭に通い詰め、ドキュメンタリーの製作手法や観点なんかを学んできた、というのを聞いた。存在自体はそれ以前からなんとなく知っていたが、私の中で「なぜ山形なのか。なぜドキュメンタリーなのか。なぜ国際映画祭なのか。なぜ、なぜ??」と、その接点が見出せないまま、その時の印象も「ずいぶんとマイナーだな」だった。

すでに並行して家庭用ビデオカメラでニュースを取材、NHKやニュースステーションなんかにも採り上げられた知人は、その直後、ちょうど10年前の秋、本格的にドキュメンタリー映像を学ぶためNYへと旅立った。どうしているのかと、たまに気にはなったが、直接音信があった訳ではなく、以来動向を知ることはなかった。

距離の遠さもあり、関心の遠のいていた映画祭だったが、今年は都合がつきそうだったので、急に行ってみたくなり、情報を集めているうちに、びっくりすることを知った。前回2005年の時、その知人の監督作品が映画祭に出展、特別賞を受賞したという。

もう2年前のことだ。いくら音信がなかったとはいえ、新聞やらTVでも大きく取り上げられていたこのことを、この瞬間までまったく知らなかったことに恥ずかしさを覚えるとともに、知人が観る側から作る側、そして受賞する立場に大きく変化したことに、厚かましくも、まるで自分のことのように嬉しかった。

これも何かの縁。その知人に導かれるものを感じ、なおさら、いや何がなんでも山形に行き、いろんなドキュメンタリ−映画を観たくなったわけだ。きっとゲストとかで招かれるだろうその知人に、会えるかもしれない。そのときはそんな感謝の言葉を伝えたい、という思いもあって。

11月 所感 映画編 [2007年11月30日(金)]

『大統領暗殺』 '06英 監督:ガブリエル・レンジ

刺激的かつ衝撃的な展開。現職のジョージ・バカ・ブッシュ大統領が暗殺され、その真犯人追及を関係者の証言でつないでいくというドキュメンタリ形式の構成。実話を基にした映画はたくさんあるが、もちろん架空の設定をあたかも実在の事件であるかのような展開は、不思議な感覚にとらわれ、錯覚を起こしそうになる。

山形でドキュメンタリー映画を集中して観た直後だけに、新鮮だった。こういう表現手段もあるんだ。ラストはちょと尻すぼみ気味だったけど。

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『自虐の詩』 '07松竹 監督:堤幸彦

監督の堤氏はTVドラマ&映画で、主演の中谷美紀と『ケイゾク』、阿部寛とは『トリック』で、それぞれマニアックで凝ったつくりのストーリー展開が定評、その組合せに興味を持った。原作は同名の著名な4コマ漫画だけど、全然見たことも聞いたこともない。ので、おそらく原作の4コマ漫画独特のテンポを映画で再現しようとしたためか、多分ギャグなんだろうけどちょっと笑えないシーンが連続した。

後半は中谷美紀の独走場となり、阿部寛や他の個性的な共演者西田敏行、竜雷太も霞むほど。まさに中谷美紀のための映画という感じ。演技上手すぎ。コメディというより人情派。でも、なんか徹しきれていない感じ。

エンドロールの配役で見た、ちょい役出演の気仙沼ちゃんに笑ってしまった。

10月の所感 映画編 [2007年10月30日(火)]

『エディット・ピアフ 愛の賛歌』 '07 仏・英・チェコ

フランスの国民的歌手の半生、といってもこれを観るまでまったく知らない存在だったけど。世界的ヒット曲は、なるほど聞いたことある。この人の歌だったのね。

図抜けた歌の才能とは違って、恵まれなかった少女時代、そしてデビュー後も私生活は不遇。このあたりのエピソードを時代が脈略なくいったり来たりして、ストーリーが繋がらず、判りにくい。この人は誰、あの後どうなったの?

最後47歳にしてドラッグに蝕まれ、歩くことさえおぼつかないまるで老婆のようなエディットを演じたマリオン・コティヤールの演技力は上手かっただけに、もったいない。

『キューポラのある街』 '62日活 監督:浦山桐雄

デビュー間もない吉永小百合の、初々しい演技で名高い作品。確かに可愛い。全然擦れていない(当たり前か)。他にも子どもたちの演技が上手い。
そしてこれも有名な在日朝鮮人たちの帰国風景のシーン。まさに帰国事業たけなわの時期に作られただけに、「金日成将軍の歌」が高らかに響く中、絶望的な貧しさと差別から脱却するために見知らぬ祖国に旅発つ様子は熱気がみなぎり、当時の様子をよく伝えていると思う。

『ダーウィンの悪夢』 '04仏・墺・ベルギー 監督:フーベルト・ザウパー

一抱えもあるような巨大な魚、ナイルバーチ。グロテスクで不味そうだが、本当は美味いらしい。日本にも盛んに輸出されているそうで、白身魚フライとかなんとかで知らないうちに食べているかもしれない。

輸出元タンザニア・ビクトリア湖畔の街はその水揚や加工業で賑わうが、これはごく一部の話。その恩恵に預かれない大部分の人が、少しでもおこぼれを貰おうと群がるが、そこには出口の見えない貧困の泥沼地獄しかない。
売春、AIDS、空腹を紛らわせるために発泡スチロールを熱湯で溶かし、そのガスを吸引する子どもたち、前任者が射殺され夜警の職に就いた男性が、「戦争で兵士になる方が収入がいい。怖くないさ」と嘯く…。
ただ蝕まれていくだけの現地住民。この地の人たちは一体何のために生まれ、何のために生きているのか。

私たちが何気なく口にする輸入食品の背景を、この映画ではしかし、その実態の、ほんの一端を伝えているにしかすぎないと思う。

9月の所感 映画編 [2007年09月29日(土)]
『ヅラ刑事』 '06 トルネード・フィルム 監督:河崎実

全編に亘って痛い、寒い。無理やりでも笑えない。途中の挿入歌が意味不明、ダレダレ。「太陽にほえろ」のパロディーもどき。徹しきれていない。製作者の自己満足作品だろう。主演モト冬樹の演技の上手さが、かえって悲しさを呼ぶ。レンタルでも金を払って観るにかなりつらい。

『妖怪百物語』 '68 大映 監督:安田公義

姉妹作『妖怪大戦争 (68年)』が、能天気系ならこちらは正統派。同作にも出ていたから傘お化けがかわいらしくユーモラスでありながら、実は結構不気味なシチュエーションで活躍。同じく子泣きジジイみたいな妖怪も顔見世的に出てきた(他にもいたかも)。


8月の所感 映画編 [2007年09月11日(火)]
『夕凪の街 桜の国』 ’07アートポート 監督:佐々部清

原作はベストセラーとなった同名漫画。短編3部作からなり、ひとつひとつを読むと少し物足りない、消化不良のような終わり方をしているが、3作を何度か読み返すうちに、じわりと伝わってくる。
その短い物語をどう映画にしていくのか気になったが、おおむね原作通りで、文字で見た広島弁がセリフとして耳に入ってきて面白かった。

この作品は反戦や反核を声高に訴えているものではない。年頃の二人の女性の何気ない行動や言葉に、封印したい原爆によって引きずられる漠然とした恐怖と葛藤するさまを淡々と描いている。それをそれぞれ主演の麻生久美子と田中麗奈が観る者をうまく作品に導いてくれる。さらにこの二人のアップをスクリーンで見られるのもいい!

ただ皆実(麻生)の最期が原作と違っていた点はがっくり。原作にあるホワイトアウトのような最期は、ある意味残酷の極みであり、強烈な爆風、熱線とは違う原爆の持つもうひとつの静かな殺傷力である。皆実の最期の言葉を、原爆を使った連中に聞かせてやりたい。−「やった! またひとり殺せた」とちゃんと思うてくれとる?−

『ヒロシマナガサキ』 ‘07米 監督:スティーブン・オカザキ

邦題がそのまんまなのがちょっとね…。このタイトルじゃないと通じないとすれば、なんだか悲しい気がする。原題“WHITE LIGHT/BLACK RAIN”という暗示的なタイトルのほうが(副題“The Destruction of Hiroshima and Nagasaki”)伝わるものが大きいように思う。
そのヒロシマ、ナガサキの被爆者や作戦従事者日米合わせて10数人の証言を、“その”事前、瞬間、直後、そしてその後と時間を追って細かくつないでいく編集手腕は圧巻。その状況が複眼的に、まるでそこに居合わせるかのように響いてくる緊迫感と臨場感は、ハイテクCGをはるかに凌駕する真実だけがもつ迫力と重みだろう。


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7月の所感 映画 [2007年07月31日(火)]
『機動戦士Zガンダム −星を継ぐ者−』 '05 
『機動戦士ZガンダムU −恋人たち−』 '05
『機動戦士ZガンダムV −星の鼓動は愛−』 '06
松竹 総監督:富野由悠季

映画用に描き起こした絵のタッチが、TV版と全然違っていてかなりの違和感だった。最近のガンダムシリーズとも共通する、あのしまりのない顔は好きになれない。

TVでも主要人物で人気のあるフォーの声が違っていた。声優選考の過程で当時の声優、島津冴子に声がかからなかったらしい。もっとも新たに吹き込んだ声優はそれに負けず十分に上手かったので、比較するのは可哀想に思える。

カミーユとそのフォーの出会いは物語の核だが、ニュータイプ同士(フォーは人工的擬似ニュータイプの“強化人間”だが)の多くを語らずして理解しあえるというより、敵なのに異性として惹かれあう、という無理のある展開はTVシリーズ以来一貫しているので、深みに欠けている。

3作目になると小難しい哲学的なせりふが飛び交い、何がなんだかわかんない。TVのオンエア時でも論議を呼んだクライマックスがまったく違っていて、判断しづらいが、“新訳”とうたっているので、それもありかな、と思う。

まあ見方をかえれば、二人の女たらし、カミーユとシロッコと振られたシャアに戻ってきて欲しいハマーン、ハマーンから逃げ、ニュータイプとしてもエウーゴという組織を引っ張るにも中途半端なシャアらが、それぞれの身勝手さを正当化するために、覚醒した人類のニュータイプだの地球を汚すアースノイドがどーのこーのと、理論を並べ立ててドンパチしているようにも見える。

ガンダム作品はその質の高さと同時に、登場人物が人間的な弱さを持っているので、突っ込みどころがいっぱい、作品の魅力の幅を広げているのかもしれない。


6月の所感 映画編 [2007年06月29日(金)]
 『スーパーマン・リターンズ』 '06米 監督:ブライアン・シンガー

スーパーマンに片思いをするロイスに片思いをするクラーク・ケントが同一人物なのは、メガネがあるなしの違いくらいなのに、疑問にすらしない程度の彼女が、スーパーマンが一方的に行方をくらましたことへの腹いせで書いた「なぜ世界はスーパーマンを必要としないか」の記事がピューリッツアー賞とは笑止千万。ピューリッツアー賞も地に落ちたもんだ。

地球に戻ってきたスーパーマンも、その間婚約し、子持ちになったロイスに未練たらたらで、こっそり自宅に行き、透視能力を使ってその生活をのぞき見するストーカーマンになった。

「アメリカはとても偉大です」

だらだらして眠い展開だったので、後半眠くなってどうなったかわかんない。


今月の所感 映画編 [2007年05月31日(木)]
『サイボーグ009 超銀河伝説』 '80東映 監督:明比正行

何気なく観た作品。なんだかなあ、という展開だが、まあ、ありがちなので許そう。なんだかな、というオチだが、神秘的と言ってしまおう。おまけになんだそりゃあ、というオチの二段構え。その意味で、最後まで見る価値あり?

『es[エス]』 '01独 監督:オリバー・ヒルシェヴィゲル

1971年米スタンフォード大学で本当に行われた心理学の実験を再現したもの。 無作為で集められた人間を「看守役」と「囚人役」の二つの集団に分け、各々の役割を演じさせるが、実験と分かっているにもかかわらず、エスカレートするそれぞれの行動。そこまでするかの連続で、見ていてにわかに信じられない思いだった。ある環境下においての人間の行動は、理性と関係なく動くことを如実に現したものかもしれない。
以降、この手の実験は禁止されたとのことだが、実験ではなくても、特殊な環境に置かれた人間がいなくなったわけではない。

『ナチョ・リブレ 覆面の神様』 '06米 監督:ジャレッド・ヘス

メキシコなのに片言のスペイン語しか話せない英語の映画。タイガーマスクの原案とされる実話をもとにした、いわば兄弟作品(?)。孤児を集めた修道院の修道士が素性を隠してマスク姿でルチャ・リブレ(メキシコでのプロレスのこと。スペイン語で自由への戦い)に挑む物語だが、タイガーマスクのような悲壮感や使命感はまったくなく、主演ジャック・ブラックのやたら濃いキャラと、痛いギャグばかり目立つどーしようもないB級作品。



おい、鬼太郎! [2007年05月01日(火)]
『ゲゲゲの鬼太郎』 '07松竹 監督:本木克英

先月、原作者水木しげるの故郷で、鬼太郎で町興しをしている境港に行ってきたこともあって、実写版鬼太郎を観る。子どもの頃アニメで親しんだだけに、そのイメージは鮮烈に残っている。このことは、おなじみの妖怪たちを演じる役者たちにとっても同じで、そのイメージを崩さず、しかし自らの演技力を発揮させるのは難しいと思う。

ねずみ男の大泉洋は、その小賢しさ、いい加減ぶりがうまく演じられていた。猫娘の田中嶺奈は、メイクなしでそのまんま猫娘、砂かけ婆の室井滋は、アニメと区別がつかなかった。
大天狗裁判長の中村獅童は結婚後の女性問題等で、ケチをつけたが、その存在感、演技っぷりは群を抜き、人間の女の子役の井上真央は定評の演技力で、物語を締める。
ちょい役の小雪も、演出もあるが、その美貌は神々しく、顔だけの演技の西田敏之は、大きな顔がより大きくなり、インパクトが強い。

そんな強烈な共演者に囲まれて、主役の鬼太郎は、イケメンながら、3枚目志向のウエンツ瑛士が演技を抑えたのか、監督が演出を抑えたのかはわからないが霞んでしまい、物語の展開上、鬼太郎の出番の必要性があまり感じられず、大勢の妖怪のなかの一人になった感じなのは残念。もっと活躍して欲しかった。


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