廣島行脚 ヒバクシャの声2 [2007年06月02日(土)]
![]() 都心部で普通に小型ボートが並ぶ姿が見られる(太田川にて) 「原爆について他の人には話せるのに、放射線の遺伝子への影響があるかもしれないことを考えると、自分の子どもや孫にはよう話さんのじゃ。本当に影響はないんじゃろか?」 ある高齢のヒバクシャが発言した。少なくないヒバクシャが口を閉ざしている理由のひとつを初めて知り、愕然とした。悲痛な言葉だった。 原爆の恐ろしさのひとつは、目に見えない放射線が人体内を蝕んでいくことにある。浴びた放射線の量や個人差もあるが、ヒバクシャはいつ爆発するか判らない時限爆弾を一生抱え続ける、恐怖との闘いが終わらないのだ。 今日は話が原爆の放射能の健康への影響という医学分野だったこともあるだろうが、要領を得ない展開だった。いや、話し手の略歴からして放射線の専門家じゃなさそうだったことが引っ掛かった。放射線影響研究所から来た講師の語りはレジュメをなぞるだけで、深みも重みも情熱もまったく伝わってこなかった。 遺伝への影響が確認されていないことは知っていた。「ホンマかいな?」と思っても、素人にはそれ以上判り得ようがない。しかし、ヒバクシャはそれでは納得いかないだろう。 「ABCC(放射線影響研究所の前進)はヒバクシャの血を抜いたりして実験台にするだけで、治療も何もしてくれんかった」とも、そのヒバクシャは言った。私の中にも、漫画『はだしのゲン』でABCCをボロカスに批判していたそのイメージが強く、比治山にあるカマボコ型の研究所建物は近寄り難かった。そんな発言が出るとは、ヒバクシャにはなお不信の念が強いんだろうか。 ![]() ![]() しかし講師の回答はやはり「これまでの研究結果から、遺伝への影響は認められない」の一点張り。が、「影響がない」と「確認されていない」では同じ「ない」の言葉でも意味合いは違ってくる。前者がゼロだが、後者はゼロでは“ない”。それはグレーゾーンであって、あるかもしれないが、見つかっていないと言い換えられる。科学的データから逸脱する発言は出来ないだろうが、配慮ある言葉は選べたと思う。これでは「アメリカに都合の悪いデータを隠しているんじゃないか、と疑ってしまう」とヒバクシャから言われても仕方ない。 被爆の現実はますます見えなくなってきているけど、なくなったわけでは“ない”。 |











