たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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ソウル・オリンピック競技観戦記 ユクサン・ナムジャ100m [2008年08月13日(水)]
ソウルるん滞在記 '88 XV オリンピック競技観戦記
ユクサン・ナムジャ100m 9月24日(土)


TV中継中のユクサン(陸上)の観ていると、ここまできてメインスタジアムに入らずしてオリンピックを見た気になれないと思い、またソウル総合運動場に向かう。

が、実際に行ってみると重大なことに気が付いた。TV中継では選手をアップにし、ポイントになる画面に切り換わりアナウンサーの実況があるが、スタンドから見ると、ちっこい人間がチョロチョロし、複数の競技が同時進行しどれを注目していいか分からない。競技プログラムもわからない、の分からないづくしで、何がなんだか分からない。

しだいに退屈してきたし、腹も減ってきたので気分転換がてらスタジアム探検へと出かけた。スタジアムを半周ほどしたが、数ブロックごとに同じつくりの売店があるだけでここでも食堂はなく、ほかに面白そうな施設もない。しかたなくカップラーメンを買って席に戻ろうとするが、困ったことが起きた。

指定席じゃなかったので自分の席が分からなくなったのだ。あまりにも大きなスタンドは、1ブロックや2ブロックくらいずれても景色は変わらない。カップラーメン片手にだんだんと焦りが出てくる。するとますます区別がつかなくなり、競技なんてどうでもよくなってくる…だったが、そんなオロオロしている間にスタンドがどよめき始めた。場内アナウンスで男子100メートル走決勝、米代表カール・ルイスとカナダ代表ベン・ジョンソンの名が告げられ、ソウル・オリンピック最大の注目シーン、世紀の対決が始まろうとしていた。


そういえば午前中に準決勝があり、両者が走るのを見ていたが、今日中に決勝があるとは思わなかった。席探しは後回し、望遠レンズを付けていたカメラを構えた。それでもほぼフィールドの対角線にあるスタートラインは遠い。あらかじめ分かっていれば、ベストポジションを求めて移動することもできたが、そんなことを考えても始まらない。

ピストルが鳴る。ランナー一斉に上体を起こした瞬間を一枚撮る。それからゴールまでの瞬間を、連続して撮影しながら見えるであろうファインダー越しの映像が脳裏をかすめ、テンションが高まってくる。次にフィルムを巻き上げると動かない。 「あれ? しまった、これで終わり?!」
無情にもフィルムはここで終わった。席を探しているあいだに、フィルムのことに頭がまわらなかったのだ。興奮と呆然が渾然となったまま、写すことのできないカメラでそのなりゆきを見るしかなかった。

世界中が注目する勝負は当然だが、ほんの10秒ほど、誇らしげにナンバー・ワンと人差し指を突き出し、右手を高く掲げたまま、ゴールインした憎らしいまでのB・ジョンソンは、後日VTRで見たのより、C・ルイスにずっと差をつけているように見えた。なにもかもが、あっという間の出来事だった。

表彰式を前に巨大な電光掲示板に“9秒79”の数字が改めて表示された時、再びスタジアムは沸いた。ジョンソンが前年87年に自ら出した世界記録9秒83を、0.04秒縮める世界新記録だ。驚愕の数字に、私も興奮した。同時にこの瞬間を目の当たりにする現場にいながら、フィルムがあと2、3枚でもあれば、いや、準備することさえ気にかけなかったことを悔やみながら(ウエストポーチには数本の未使用のフィルムが入っていた)。


上) 陸上男子100m準決勝、B・ジョンソンのスタートとゴール
下) 表彰式。広いフィールドでの式は注意しないと、あっけないほどすぐに終わってしまう

ジョンソンがドーピングで世界記録と金メダルを剥脱されたと知ったのは2、3日後。その時、大会の女性委員がソウルのことを「セォウル(=SEOULのアルファベット綴り通り)」と発音したことが妙に印象に残ったが、それはともかく、9秒79で走った“事実”が消えるわけではなく、自分が観たもの、あの時の興奮は一体なんだったのかなあ、と思った。
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