たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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兵どもが夢のあと [2008年07月13日(日)]
城郭探訪14 摂津国 大坂城(錦城) 7/13


年に何回か訪れる大坂城だが、今回はいつもと違って新しくなった大阪府警本部向かい、大手門から入っていった。実はこちらがお城でいう正面玄関。これまでとは違う角度からの大坂城の姿が新鮮に映った。

大手門をくぐるとまず目に入るのが、デン、デンとこれをみよがしにある多聞櫓石垣のふたつの巨石。徳川築城時のもので、推定重量108トンと85トン。現代の大型ダンプカーでも運ばれへんで、というくらいあきれるほどデカイ。幕府の権勢をいかに見せつけるか、ということを如実に示している。

西の丸庭園ていうのもあるんや。中には入れなかったが、かなり広そうだ。その向かいにある煉瓦壁は、おそらく陸軍施設時代の産物かもしれない。

大坂城ができる以前、この場所にあって大きな勢力を誇った石山本願寺は織田信長との抗争に敗れ、秀吉、徳川それぞれの大坂城築城でその痕跡は完全に埋立てられてしまい、定かでない。修道館横にある控え目で、ひっそりとたたずむ「石山本願寺推定地」標柱は、まるで「兵どもが夢のあと」。歴史の栄枯盛衰を見た気がした。
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