旧国鉄宇品線を行く C [2008年05月16日(金)]
|
現代史彷徨:廣島行脚 旧国鉄宇品線を行く C 海岸通〜ポッポ通り 4/9
![]() 糧秣支廠倉庫モニュメントから東へ500mほどのところで旧宇品線は北、つまり広島駅に向きを変える。ここからは海岸通と並行して線路跡が盛り土のまま、遊歩道となっている。レールはもちろん、枕木も全て撤去されるも、その面影は留めている。市民が花を植え、丹念に手入れをし、犬の散歩やジョギングなど憩いの場ともなっている。「海岸通」と呼ばれるように、その東岸はかつて海で、埋め立てられマツダの工場が進出したは、戦後、1960年以降のこと。 しばらく北上すると、コールタールで黒ずんだ、ネジ穴の開いた長さ2mほどの木片の柵が連なっている。広島南署の正面、旧丹那駅跡あたりだ。枕木を利用したものという。同駅を写した当時の写真と比べてみると、ほぼ同じような形で柵が見られる。ということは廃線後取り外された枕木ではなく、それ以前に使われていたものと思われる。なるほど、その木片は数十年の時の経過を疑わないオーラを漂わせている。 遊歩道はちょうどこのあたりまで、ここからは旧宇品線を引き継いだ一般車道となる。交通量が結構多い。 南署前交差点北側に警報機、線路、駅ホームのモニュメントがあるが、これはその雰囲気を伝えるもので、線路そのものは車道を挟んだ西側の歩道あたりにあったようだ。そこは枕木を利用した線路を思わせる舗装が10mほど続いている。そして、そこから先はアスファルトに覆われ、鉄路を思い起こすことはできない。 だが、昨年末、地元町内会によってこの道路に「ポッポ通り」という愛称を付けた。軍用鉄道から始まったとはいえ、庶民の足でもあったことが伺える牧歌的な呼び名といえよう。 さらに500mほど北上、西旭町に入る。そこに花壇やベンチに囲まれた小さな広場と集会所がある。旧下大河(しもおおこう)駅跡地で、集会所は位置も形状も駅舎にあわせたもの。ポッポ広場と呼ばれている。作られたのは2001年12月、意外と最近だな。 ![]() ![]() 左下) ポッポ広場。歩道あたりにプラットホームがあり、線路、対面のホームとほぼ現在の車線いっぱいが駅だったようだ。集会所向こうの建物は、当時からあるアパート 右下) ポッポ通り |











