たまの休日に写真機材を抱えて京阪神のいずこかに出没、目指すは紀信かアラーキーか。みずからの愚かさ、未熟さ、時にはクライアントの理不尽さに嘆きつつも、世界を股にかけ写真を撮りまくることを夢想する・・・。
デジタル化の波に否応なく呑み込まれ、もみくちゃにされながらもどっこい生き残りを賭ける赤貧写真家の徒然なるブログである。

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底なし沼デジタル地獄 続き  [2007年07月09日(月)]
写真を自負している以上、平々凡々な写真にしたくない。ちょっとでも斬新な写真を、と思ってあれこれ思索しながら、ひとつの被写体に対して何枚も時には何十枚も撮るが、しかしそんな斬新なイメージなんてそう沸いてこないのが悲しい。もっといい角度、光の使い方等があるかもしれないと思いつつも、それが思いつかない以上撮影を続けるのはむしろ苦痛。それにいくらモニターで見られると言っても、小さな画面で確認できる範囲はしれている。参考程度であって、あまりあてにはできない。それに枚数が増えた分、やはり頭の中で整理しきれなくなるので限界がきてしまう。

だから撮影枚数よりも、どれだけ自分のイメージに近い、あるいはそれを超える写真が撮れたかどうかが、重要なのだ。撮影後PCにデータを落とし、まずは全撮影枚数の半分を目安に削っていく。削るために余分に撮ったようで、ナンセンスな作業だが、分母が大きいほうが、おなじ比率でも分子、つまり残される写真の数が多くなるという考えだ。何よりも自分で見ていいと思えない写真を、他の人に見せるわけにはいかない。

そんな手応えはフィルムなら1日3〜5本の撮影で数枚あるかないか、10枚あれば上出来といったところだった。デジタルではそれほどたくさん撮ったからといって、後整理に要する時間もその分増え、ボツにするにはちょっと惜しい、が使えるほどでもない、「とりあえず残しておこう」程度の中途半端な写真の大量生産となってしまい、肝心な使える写真の数はそう増えていないように思える。

何なんだろう、この底なし沼のような感覚は。食べても食べても満腹しない飢餓感、数メートル先が辛うじて見える真っ白な濃霧の中を進んでいく感覚、それとも隔靴掻痒…。撮らなければならないという切迫感、いやそれを超えた一種の恐怖感、あういは例えようのないもどかしさを、1枚でも多く撮ることで誤魔化しているんだと思う。

かといって、そんなふうにむやみやたらと撮っても大きな成果はなかなか得られないので、はやる気持ちを抑えながら、被写体の背景や経緯を思い起こし、ストーリーを練ってみるなど、考える時間を増やしたり、わざと撮らないで気持ちを昂ぶらせたりと、変化をつけてみる。あるいは本当に撮らずに一旦そこを立ち去る。しばらくして、やはりどうしても撮りたい気持ちが抑えられないなら戻って撮る。二度手間になるが、そのほうが少しは上手な写真になっている、と思う、思いたい…?

写真と撮るということは、時としてそんな葛藤との闘いの連続でもあるようだ。
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