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カサンカまでの道中

2007-04-17 11:40:06
家からカサンカ国立公園までは約360キロ。道中には、カピリ・ンポシ、ムクシ、セレンジェという3つの小さな町がある。



60キロ北にある、カピリ・ンポシの町。タンザニアのダルエスサラームまで続くタザラ鉄道の出発駅がある。道路は、コッパーベルトという鉱山地区方面と、タンザニア方面へと分岐する。人も物も交差する町なので、少々ガラが悪いという噂。



中国人技術者の造ったタザラ鉄道が、道路と時々交差しながら北東に続く。


セレンジェで給油し、元アメリカンピースコーだった男性が経営する「マポンテラ・ロッジ」で昼食をとる。なかなか小綺麗な建物で、レストランやバーもあるのだが、主人は朝から飲んだくれている。ここで見かけた3人の米国人には、夕方に国立公園で再会。女性の1人は京都に留学し群馬県で働いた経験があり、きちんとした日本語を話す人だった。




帰り路、ムクシを車でぐるっと回った。小じんまりした良い感じの町である。東欧のチェコから来た医者のいるミッション系の病院もあるそう。セレンジェとムクシは幹線道路から3−5キロ入ったところにあるので、地元の人しかいない平和な静かな町(集落?)という印象である。


踏切からムクシの駅を眺める。



カピリ・ンポシとムクシの間にある「フォレスト・イン」で遅めの昼食をとった。着いたとき、昼間から酔っぱらっている地元民にからまれそうになった。このロッジは敷地が広く、木立の中にコテージが点在するような雰囲気のある造り。庭のテーブルで食事をしたが、オーナーが農場を持っているので、食材は自家製。新鮮な野菜サラダがおいしかった。ここの中途半端な立地がもったいない気がするが、宿泊客はいるのだろうか。


この木立の奥にいくつかのコテージがある。



そして夕方、カビリ・ンポシを通過した。停車中のバスに物売りが群がっていた。アフリカらしい風景と思ったが、写真は逆光で使い物にならなかった。

カサンカ国立公園2

2007-04-11 04:01:59


2日目は、公園内のもう一つのロッジに遊びに行った。移動には公園のサファリカーを利用したが、座席はオープンなので、移動中、ツエツエ蝿の攻撃にさらされた。私は白いパーカーを着ていたのが幸いしたのか、被害はそうひどくなかったが、夫は「痛い!痛い!」と大騒ぎしていた。





カヌーから見た、アフリカン・フィッシュ・イーグル。


通常、これらの川で釣りができるが、まだ水かさが多く、釣りには適してないと言われた。
期待していたカバもいなかった。途中、プロテアの灌木があったが、写真を撮れなかった。

公園内で見た動物は、入り口周辺にいたサルとヒヒ。それにプクという鹿と、遠くにいるシタツンガだけ。鳥は、ホロホロ鳥をはじめ、キングフィッシャーなど各種の鳥を見たが、ほとんど小さくて動きが速いから特定が難しい。

ここでは、豪華なサファリを求めてはいけない。鳥の鳴き声を聞きながら読書をしたり、手こぎのカヌーにゆられて川面をわたる風を楽しんだり、アフリカの大自然を満喫するのだ。

でも、ルサカ在住のアメリカ人3名は、早朝からチャーターした小型飛行機でバングウエルの湿原を上空から望み、バッファロー、シマウマ、象の群れなどを見たらしい。モーターボートで川下りをしながら鳥の観察をしたり、そういった楽しみ方もあったようだ。

でもこの日、面積420平方キロメートルの国立公園は、アメリカ人3名、日本人3名だけの貸し切りだった。なんて贅沢!

そして翌日の夕方には、5人の若者達と中年の夫婦がやって来ただけ。なんて贅沢!!(管理側としては、好ましくない状況だろうけど・・・)



公園内のカサンカ川には橋がないので、ドラム缶の筏のような「はしけ(pontoon)」に車を乗せて渡してもらう。

カサンカ国立公園1

2007-04-11 03:23:11
イースターの4連休で、カサンカ国立公園に行ってきた。



ロッジの前の湿地。鳥が遊び、睡蓮が咲き、夜は蛍が舞っている。


ここは、ザンビアの最も小さい国立公園のひとつで、英国のNGOが管理・運営している。一時は密猟により動物たちがほとんどいなくなったそうだが、少しずつ整備し、動物も導入してきた。オカバンゴにも匹敵する規模の湿地帯Bangweuluのはずれにあたり、鳥の種類が多く、またシタツンガという鹿が観察できるので有名。道中、コンゴ民主共和国との国境近くを通るので、厳しい検問が何カ所かある。また、木々が多く、こんもりした山があったり、大規模農場があったりと、いつもとは違った車窓を楽しめた。

ここの売り物は、マホガニーの木に架けられた「基地」。そこから、シタツンガの草をはむ姿や、パピルスの群生する沼地など、すばらしい景色を眺めることができる。



木の上18m高さからの眺望。30キロ先はコンゴ民主共和国。



パピルスの群生。公園内には川や湿原、森林と様々な表情がある。


宿泊用ロッジは、カビ臭くて薄暗く、クモの巣が払われてなく、ちょっとガッカリ。それに、夫の寝るパイプベッドのきしむ音が耳について、よく眠れなかった。トイレは水洗だが、シャワーは屋根にあるタンクにお湯をためてもらい、落差で浴びるようになっている。

宿泊代金がわりとかかるので、食事は食材を持ち込み、自分で調理(または、コックに指示して調理を頼むこともできる)というやり方にした。煮炊きするのは薪ストーブ風のかまど。調理の合間に、スタッフの人たちとおしゃべりも出来て楽しかった。



宿泊したrondavel(アフリカ式円形住居)。新しいコテージもある。

ぼや騒ぎ

2007-04-10 07:28:09
草葺きの塀が火事になった。玄関横の、隣家との境の塀である。

隣家の使用人がすぐ気がついて、大事には至らなかったが、ひどく嫌な気分になった。イースター4連休の前日で、大家さんがドイツへ発った日の夕方。まるで、誰かが狙ったかのようなタイミングである。どうしたものかと考えていると、奥さんのアニーが帰ってきたので、仮の処置として、塀の燃えた部分にテントを引っかけて、通りから家の様子が見えないようにした。

翌朝、庭師のマシュピタがいつも通り早く来ており、そのうち塀用の草も届いたので、安心して出かけた。

さて、2泊3日の旅から戻ってくると、ぼやを起こした部分は修理してあったが、以前から頼んでいた所はそのまま。

アニーが玄関を開けてくれたが、機嫌が悪い。使用人のひとりが、草代金を持ったまま帰ってこないので、塀の修理が半端なままだと言う。その日、その彼が朝からハイだったのは、酔っぱらっていたようだ。さらに、隣家の使用人が、「火を消してやったのだから、金をくれ」と、言ってきたとか。やれやれ。それって、隣との境の塀なんだけど。

最初に借りた家のハウスボーイは、爽やかな気の利く若者だったけど、家主が預けたセメントとレンガ代金をビール代に使ってしまって、即クビになった。他にも、少ない収入なのに父親が酒代に使って、子供の教育費に回せないとか、家庭不和という話もよく聞く。

草代は、せいぜい2万クワチャ(約600円)。それで、今までの信頼関係や仕事もなくすなんて。もしかしたら、警察に届けられるかもしれない。

ここのところの、「ザンビア大好き!」の気持ちに、少し水をさされてしまった。



「全く、男ってしょうがないわねえ。」

地震、津波、地殻変動

2007-04-06 06:04:19
ソロモン諸島で起きた津波被害に関して、友人や家族からメイルをもらった。

以前に、首都ホニアラに住んでいたので、被害の大きかったギゾに遊びに行ったことがある。そこは、州都とはいえ小さい町で、素晴らしいダイビングスポットがあり、その時も、簡易ホテルで、米国、スイス、豪州からのダイバー達と一緒になった。ソロモン諸島は、高い山を持つ火山島と環礁島から成っており、多くの住民は海岸線に住んでいるので、津波の被害は避けられない。

「ところで、ザンビアでは地震はあるの?」という、問い合わせがあった。

『アフリカの地質は大変古いもので、古世代の始まる前(約六億年前)から目立った地殻変動はなく、安定しており、地震などはほとんどない』と資料にはある。しかし、最近では2005年12月に、タンガニーカ湖東部・タンザニア国境地帯で、「過去10年間で東アフリカで最も大きい地震」というのがあった。ザンビアの北東部では、揺れを感じたはずである。

アフリカ大陸の東側には、地殻の裂け目である大地溝帯(グレート・リフト・バレー)が、シリアの南から、紅海、エチオピア、ケニア、タンザニア、マラウイ、モザンビークに続いている。この地溝帯は毎年数cm広がっており、数十万年〜数百万年後には、アフリカ大陸は分裂すると予測されている。タンガニーカ湖、マラウイ湖などはこの中にあり、地震活動が起こっているようだ。

大陸が割れて海が入り、ず〜っと遙か遠い将来、ザンビアにも海岸線ができるのかあ・・・。


海はなくても、水上スキーを楽しむ人たち。ただし、ワニに注意!

最近の我が家

2007-04-05 05:42:12
ここのところ、出かけることが多かったので、久しぶりに家の様子を紹介。



置き石のような・・・。お昼寝中。




お互い微妙な距離を保ちながら、庭を散策中。




屋根の上にかかった虹。まだ、時々雨が降っている。

キッチンパーティー後半

2007-04-03 07:26:19
いよいよ花嫁登場。チテンゲ布のベールをかぶった花嫁は、介添えのおばさま達と行列になり、会場奥のテントまで、ゆっくりと膝でにじり進んでいく。



花嫁はベールをかぶったままで中央に座っていると、花束と果物カゴをもった二人の介添人と共に、花婿登場。



「若頭!」と声をかけたくなる白いスーツの花婿さん。


ここからは花嫁側のおばさま達と、花婿側の介添人との交渉といった演出となる。太鼓の音と口でウィウィウィ・・と音をたて、そのリズムに乗せて、介添人がポケットからお札を出し(結納金?)、ガラスボウルにどんどん入れていく。交渉成立の合図か、花束と果物カゴが収められると、花婿はベールをたくし上げて、花嫁を抱き寄せキスをする。



おばさま達に顔見せしながら、リラックスした様子。


しばらくして花婿は退場し、花嫁に贈り物を渡す儀式となる。一緒にいた二人が早く帰るというので、私たちが最初に渡すことになった。きれいにラッピングしていたのに、その場で開けて、中身を説明する。贈り物は「キッチン用品」と指定されており、私はエプロン2枚(自作)と、ナイフとフォークを用意した。渡す時には踊るようにと言われていたので、太鼓に合わせて現地風の腰フリダンスをしたら、拍手喝采。私も大いに楽しんだ。

ザンビア人の重要な行事に参加させていただき、彼らの親切と優しさを改めて感じた1日だった。


緑のドレスの花嫁の母、ダカさん。あっ、花嫁の写真がない・・。

キッチンパーティー前半

2007-04-03 06:29:13
近所に住むダカさんの、娘(26才)が結婚することになった。どちらもザンビア大学の卒業生というカップルで、学生時代に知り合ったそう。

結婚式の前に女性だけで行う「キッチンパーティー」に招待されたので、是非にと参加させてもらった。これは元々は、親戚や近所の既婚女性たちが、嫁入りの心得みたいなものを教える集まりだったようだが、近年はより大規模になっており、親戚、友人、知人、花婿側の親戚など計200人のゲストが来ると聞いた(500人のパーティもあるそう)。ダカさんは、しばらく前から自分の姉妹達と共に「コミッティー(組織委員会)」をつくり、準備に明け暮れていた。


参加してみると、その支度や参加者数は想像以上だった。


入り口で、コミッティーメンバーに歓迎を受ける。


コミッティーメンバーは、同じ柄のチテンゲ(布)のドレスを着ているが、それぞれ違うデザインなので、見ているだけで楽しい。


会場はルサカ郊外の住宅地の一軒家で、庭にテントをいくつも張り、椅子を並べ、ドリンクバーをしつらえてあり、裏庭の家庭菜園横には簡易トイレ2棟まで設置してある。



中央のテントは花嫁が座るところで、その横には大物の台所用品が並べられ、すぐ前にはラッピングした贈り物が積み上げられている。



ディスプレイされた台所家電、食器棚、テーブルなど。



食事は洋風のビュッフェ。ダカさんの姪など若い娘達がサーブしてくれる。

私はダカさんに、2人の女性を紹介してもらい、式が始まるまでおしゃべりに興じていた。

スポーツクラブに入会

2007-04-02 06:57:44
先週、スポーツクラブに入会した。一年半も住んでいる小さい町なのに、そういう施設があることを初めて教えてもらったのだ。よしこれで、引きこもりも解消できる。

そのスター・スポーツクラブには、スカッシュコート、バトミントンコート、サッカー場、ビリヤード、卓球台、ダーツとバーカウンターがある。金曜日は予約すれば、軽い夕食も食べられるという、インド系住民のサロンのような施設である。

私はバドミントンか卓球をやりたいのだが、これには相手がいるので、とりあえずスカッシュを始めることにした。スカッシュなら壁を相手に1人でも練習できる。最近、体力が落ちており、膝も痛いので、無理をしないようにしよう。

しかし、外の全く見えない狭い箱のようなコートで、1人壁打ちをする私は、家にいるよりも「引きこもっている」と思えるのだが・・・・。
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