南インド料理の夕べ

2007-09-24 04:21:27
昨日(土曜)、スター・スポーツクラブで、会員向けに南インドのベジタリアン料理が無料でふるまわれる、と聞きつけ行ってきた。

クリステルの息子のディーテムが誘ってくれたのだが、外国人の参加は、彼とそこにボランティアに来ているドイツ人とオーストリア人の4人の若者、交換留学生のカナダ人の女子高校生に私だけ。他に若干のザンビア人を見かけたが、参加者の大部分はインド系の人たちで、子供もいれて約100名が参加していた。

改めて、インド人コミュニティーの勢力と繋がりの強さを感じた。それから、本国インドから嫁いで来たり仕事でやって来た人たちが、コミュニティーになじもうと努力したんだろうと想像した。

さて、このカナダ人のジュディちゃんは、「交換留学先の第一候補は日本だったの。でも、第二希望のザンビアになった。ザンビアは二人しか枠がなかったから、私はすごくラッキーだった。今はインド人宅でホームステイをしているから、ザンビアとインドのふたつのカルチャーを学べる」と超ポジティブ。でも、学校では白人は彼女ひとりのみで、ザンビア人クラスメートのほうが緊張しているよう。学業のほうは「すっごく簡単」らしい。こういう経験は、大学受験の折りに有利になるようだ。

オーストリア人とドイツ人は、ずっとドイツ語で話していた。ジュディは年も近いトビアス君の隣で話していた。トビアスは、ドイツの徴兵制の代わりに社会奉仕活動を選んで先月来たばかりだが、1ヶ月半で随分たくましくなった印象。苦手な英語もジュディに、「これなんて言うんだっけ」って聞きながらどんどん上達しているし。若いっていいなあ〜、私は疎外感にどっぷりつかる。

ディーテムは、インド人の男性たちとクリケットの試合のテレビ観戦をしていたので、私は早々に切り上げた。



この日の料理は、米粉のクレープでカレー味マッシュポテトを包んだマサラ・ドーサ、タマネギ入り揚げボール、サンバル(カレーソース)、スパイシーなトマトのチャトニ、ココナツソース、イドゥリというカルカン風ココナツミルク入り蒸しパン。量が少なかったからお代わりしたら、食べ過ぎたからかそれとも覚醒作用のあるスパイスが入っていたのか、夜中に目が覚めてしばらく寝られなかった。

これに触発され、今日のお昼は巻寿司を作った。いつかベジタリアンの人を招いてもいいようにと、かんぴょう、人参、ほうれん草、アボカドで作ってみた。でも、やっぱりツナを足した方が美味しい。招くならあまり厳格でないベジタリアンの人がいいかな。

セレンジェ紀行2

2007-08-20 03:59:15
2日目は、近くの滝に連れて行ってもらった。ザンビアはビクトリアの滝が有名だが、その他にも大小様々な滝がある。このムレンボ滝(Mulembo falls)はセレンジェの町から近く、彼らがサイクリングやピクニックでよく行った場所だそう。

タンザニアに向かうメイン道路から未舗装道路に入って4キロほど行くと、農業用のかなり大きい溜池がある。さらに林や草原、小さな集落を見ながら走ると、すっかりサファリ気分。残念ながら、遠くにヤギや牛が見えるだけなんだけど。途中に黒っぽいドーム型の岩山も見える。そして、10キロ程走ったところで目的の滝に着いた。



滝と聞いても日本人には、「それが何か?」って感じかもしれないが、7ヶ月も雨の降らない乾いた大地(最近は風が強く土埃がすごい!)にいると、水を見るだけで癒される。まして滝ならマイナスイオン浴びて、道中は森林浴にもなるしね。

「もしかして、私はここを訪ねる初めての日本人かも」と言うと、
「そうかもね」とリン。Bradtのガイドブックには載っている場所なのだが。
「小さな日の丸を持ってきて立てれば良かった」などと口走る俗っぽい私。

ここにもプロテアを含め様々な野生の花が咲いている。





アフリカというと森林にはゲリラが潜んでいそうなイメージがあるが、ザンビアの素晴らしいところは、外国人でも単独で車やモーターバイク、自転車で旅ができるところ。リン達はこういう林でテントを張って泊まったりしている(もちろん場所は選ぶ必要がある)。マークというカナダ人は、ザンビア中を自転車で旅行した。自然の植生、秋のように少し色づいた林、鳥のさえずり、水の音。静かな自然の美しさがそこにある。



ザンビアの滝についてもっと知りたい方はこちらへ。

セレンジェ紀行1

2007-08-19 05:43:45
セレンジェ(Serenje)に行ってきた。

夫が出張で2泊するのと、ベルギー人のリンとバートの送別会が行われる日程が重なっため、リン達に同乗し1泊の予定でSerenjeに向かった。セレンジェは小さい町で、小高い丘があり、林に囲まれた自然豊かなところだが、首都から450キロも離れている。こんな所で4年間も暮らしていたとは、全く頭が下がる。首都や州都で仕事がある時は、車での移動が大変だったようだ。リンの姉が遊びに来る時、飛行機会社のストライキがあって予定のフライトがキャンセルになった。空港に向かって既に300キロくらい走っていたので帰るに帰れなくて困ったこともあったそう。



広大で何もない田舎町の感じを伝えたいのだが・・・。

セレンジェは小さい町なので、人々との関わり合いが深い。例えば、歩いている人を、荷台にのせてあげることは日常。知人の娘が亡くなったときは、亡骸を病院から自宅まで運んであげたそうだ。リンとバートが不平や悪口を言うのは聞いたことがない。こんなに親切で我慢強い人たちがいたなんて、と思うほど。セレンジェの人たちは、本当に感謝していて、彼らとの別れを惜しんでいた。

初日の夕方は、彼らがいつも犬の散歩に行ってた林業試験場に連れて行ってもらった。私は野生のプロテアを見たかったのだが、花は終わってしまい、枯れたものが残っていた。



「雨期になったら、とりどりの花が咲いて綺麗なのよ」とリンが言う。いつかまた、訪ねることがあるだろうか。


この辺りは砂地なので、蟻塚も白っぽいこんもりとした饅頭型になっている。いつも赤土のタワー型のものを見慣れているので、なんだか可愛らしい。



セレンジェのガソリンスタンドにある、お土産のバスケット売り場。交渉しなくても値引きしてくれるのがうれしい。

余談だが、アフリカではインド系の商店が多いのだが、ここセレンジェにはソマリア人やタンザニア人も進出してきているそうだ。

イザベラの送別会

2007-08-12 23:56:04
イザベラ夫婦の主催するお別れ会に招待された。
土曜日の午後3時から6時までで、場所はスター・スポーツクラブ。
水曜日からルサカにいたので、お昼過ぎに戻ってきて、ちょっとした差し入れを作り、会場に向かった。

クラブには既に100人位の招待客が集まっていた。半数以上がザンビア人で、他にインド系、欧米人などが集まって、それぞれ飲み物を手に盛り上がっていた。

イザベラ夫婦は、ベルギーのNGOに所属しており、6年間この町で活動した。さすがに交友関係が広い。初めて見かける外国人もいて、「えっ、ここにもう2年近くもいるの?全然会ったことないね」という挨拶を繰り返す。

イザベラの親しくしているインド人のお医者さんが、「今晩8時から、夕食に来ない?イザベル達も来るから」と誘ってくれたので、興味津々で伺った。奥様は世界中に親戚がいるそうで、「いとこが神戸にいるのよ」と住所録を見せてくれる。ドクターはザンビア生まれだが、奥様はインドのボンベイ(ムンバイ)出身。お見合い結婚でここに来て、27年になるという。娘さん2人は英国で勉強中、3人目のお嬢さんも2週間後には渡英するというので、こちらの教育事情なども聞いてみた。

町にある私立のジャカランダ学校は7年生までしかなく、お嬢さん方は、その後は全寮制の私立学校に通い、さらに別の学校で1年学んだ後、英国の大学に行くコースを選んでいる。欧州系白人やインド人の家では、子供の高等教育を受けさせるには英国や南アフリカ、豪州の学校に行かせることが多いそうだ。

さてこの夜の食事。最初にリビングで飲み物とカシューナッツのおつまみをいただく。それから庭に移って、まず奥様がカテージチーズや野菜の天ぷら(衣がスパイス入り)を揚げてくれ、ドクターが鶏ミートボールのカレーソースにからめたものを作ってくれた。その後、細かく切った肉や野菜と米の炒め物(モンゴル風だそう)をいただいた。デザートはクリームチーズにピスタチオや果物の缶詰をトッピングしたもの。食事が出されるのがとてもゆっくりだったので、家に帰ったのは12時過ぎ。ザンビアでの一番遅い帰宅となった。


スピーチをするイザベラ夫妻。盛況ぶりが伝わらない写真。

レディース・ランチとサロン

2007-08-03 07:13:26
昨日、ティナからお誘いの電話をもらった。
カリフォルニアから教会の人たち(スタディーツアーみたいなもの)が来ていて、ランチと美容サロンをやるから是非来て、とのこと。場所が「ブリジットの農場」というのに惹かれて行ってみた。





農場は町から車で15分くらいの所にあり、ブリジットは6年前にジンバブエから移ってきたという若い母親だった。農場ではタバコを栽培しているが、雇用者も敷地もかなりの規模のよう。庭でお茶をいただきながら談笑していると、すぐ隣の畑では労働者が作業中で、好奇心むき出しでこちらを見つめている。はじめは、植民地のプランテーションで黒人奴隷が働かされ、白人の奥様たちがお茶会をしている絵のようで、なんとなく居心地が悪かった。

加州からの女性たちは9名参加で、うち韓国系2名と台湾系1名もいて、なんとなくうれしい。こちら地元組は、ジンバブエからの移住者、ザンビアの白人農場主と結婚した英国人、スコットランド系移民、ミッション系の米国人とニュージーランド人、ボランティア活動中のドイツ人、ベルギー人、そして日本人の私。大分遅れて、豪州人妻の黒人系ザンビア人が参加。結構、国際的な集い。

でも内容は、おしゃべりして、マニキュアや足マッサージ、顔パックなどをしてもらい、持ち寄りのお昼ご飯を食べただけ。韓国系米国人のヘレンと、「異文化の中でどう生きていくか」というような話で盛り上がった。料理は「フィンガーフード」と指定があったので、巻きずしを作ったら意外と好評だった。



この集まりの中で、すごくうれしいことがあった。

今月ザンビアを去るイザベラが、愛犬ザムを引き取ってくれる家を探している。今日その話をしたら、ルサカの広い敷地に住んでいる動物好きの人を紹介してくれそうなので、ホッとして思わず涙がでてしまった。以前、フィリピンから帰国するとき猫4匹をどうするか、さんざん悩んだことを思い出したので。神様のお力添え?

お出かけの日々

2007-07-29 23:51:34
ルサカ滞在中の丸四日間、毎日出かけていた。

まず、上映中の映画4本を見た。
「ダイ・ハード4」(←心拍数が上がりすぎ、途中息苦しくなるほど興奮。でも最後のカーチェイスに戦闘機はやり過ぎ?)
「ファンタスティック4・銀河の危機」(←安心して楽しめる娯楽映画。駿河湾と富士山が出てくるのが笑える)
「シュレック3」(←キャラクターは可愛いし、絵は良くできてるけど、ストーリーがイマイチ。英語の問題かもしれないけど)
「ハリー・ポッターと不死鳥の騎士団」(←内容も英語も???前の話を見ていないと、ついて行けないのだろうか)

日本人会の行事に初めて参加。帰朝される駐ザンビア日本国大使夫妻の送別の夕食会だったが、こちらには日本食レストランがないため、中華料理屋でのブッフェ。クラゲや茎わかめ、生湯葉など珍しい食材があり、あっさりした味付けで美味しかった。大使夫人が話しかけて下さったところで、時間切れ。残念。

日本人のお宅で夕食をごちそうになる。この時とばかり喋る。そして食べる。

またまたムンダワンガ公園に行き、今咲いている花と、動物たちを撮影した。


シャープス・グリスボック(Sharpe's grysbok)は小型のアンテロープ。耳の中の模様とつぶらな瞳がキュート。夜行性なので、夕方行くと見られる。


ムンダワンガで、動物の生態などを説明するボランティア・ガイドをしているレイチェル。現在、求職中で週4日ここでガイドをしているそう。


最後はスーパーマーケットにて買い出し。普段は、最小限の時間で必要なものしか買わないが、品揃えの多いルサカの店へ行くと楽しみに変わる。たまに来るから楽しいのかな。

外出すると思ったより疲れるし、人と話をすると興奮して寝付けないので、朝なかなか起きられない。「引きこもり」にも、体力温存、調べものができ、ゆっくり新聞が読め、日焼けしないなどのメリットがあるようだ。

ルサカのホテルに滞在

2007-07-28 23:24:08
7月23日夕方から28日の朝まで、ルサカのホテルに宿泊していた。



そのホテルには、先週クリントン元大統領が泊まっていた。その前にはブッシュ大統領夫人も泊まっていた。

というと、「おおー、スゴイ!」と思われるかもしれないが、マネージメントがかなりいいかげんで、支払い時に予約時の金額と違うものを請求され、交渉に手間取るということが頻繁に生じている。まあ、レセプション以外のスタッフはフレンドリー、庭がきれいに手入れされていて、部屋や浴室などの施設はそこそこで、テレビではNHKワールドを見ることができる。それとインド系のビジネスホテルなので、カレーやビリヤニなどは結構いける、というところがお勧めのポイントかな。

ところでクリントン元大統領は、ブッシュ夫人の時と違って、他の宿泊客もそのまま滞在したようだ。それがスタッフ達に好印象だったらしく、
「彼はとても自然体の人。警備もテキトーだったよ」と言う。ザンビアが治安がいいということもあるけど、実は「クリントン?誰?」くらいの認識なのかも。


部屋の様子。もちろんビルやローラが泊まったのはプレジデンシャル・スイートのはずだけど。

学校のバザーの様子

2007-07-04 23:38:54
週末、ジャカランダ学校のバザーに行った。ここは私立校で、欧米人やインド系の子供達はちょっと遠くてもここに通って来ている。バザーは、学校の施設用の資金集めの一環で、入場料の5000クワチャ(約160円)を払えば誰でも入場できる。子供向けのアトラクションが用意されているためか、子供たちがたくさん来ていた。まあ、他に行くところもないしね。



入ってすぐに鉢や苗物コーナー、その横が知人のティナ達の古着&靴屋、他にはアクセサリー、手作りの人形、くたびれた玄関マット、ハンバーガーやケーキ、野菜もちょっぴり、近くの農家のチーズやヨーグルトなどの売店も出ていた。




体育館には、子供が遊べる「輪投げコーナー」「投的コーナー」などゲームが設営されており、またティナの夫ダニーは、バイクの後ろに子供達を乗せて走るサービスをしていた。



買った物は、ティナの店の赤いサンダル、ヨーグルト・生クリームなどの乳製品、昼食用の*シャワルマのみ。

木彫りのキリンとか、天然石のアクセサリー、バスケット、手織りの布など、期待したアフリカらしいものは全然無いのでガッカリ。夫とI君に「しょぼすぎる〜」と携帯でテキスト送ったら、二人とも「じゃあ、行かない」って。私なら、どれぐらいしょぼいのか、絶対自分で確認するけど。うちの町でもシャワルマが食べられることが分かったのが、この日一番の収穫。


*シャワルマ=中東のファーストフードで、ホブスという丸く薄いパンに、ニンニク入りサワークリームソース(たぶん)をぬり、味付けしたチキンケバブ、フライドポテト、キュウリのピクルスをのせて、巻いたもの。

Nsobe Game Campで遭遇

2007-05-29 16:44:53
5月25日はアフリカン・フリーダム・デイだったので、金曜日から3連休。せっかくなので、土曜日はンソベ・キャンプ場(Nsobe Game Camp)に釣りに出かけた。日帰りの出かけ先は、ンソベかムルングシダムでの釣り、ルサカに買い物というのが定番となっている。

自宅からンソベまで車で2時間弱。着くと、まずビールを一杯やって昼食ということになる。いつものように、池の側の木陰のテーブルに座ると、長袖でちょうど良いくらいの涼しさ。3連休で気候が良いからか、家族連れや子供を交えた遠足、会社の同僚といったグループで、いつもより随分にぎわっていた。


釣りのほうは、相変わらず小型のティラピア(bream fish)とナマズが少々かかるだけ。カヌーで釣りをしていた外国人の子供達は、結構大物が釣れたとはしゃいでいた。



年配の女性がナマズを見にやってきたので話をした。ンソベから北に約1時間のキトウェ(Kitwe)から来ているとのこと。私が日本人だと言うと、
「船乗りの弟は日本に何度も行っている。土産に日本の歌のカセットテープやレコードを買ってきてたので、家族はいつも聞いていた」と言って、メロディーを口ずさんでくれた。残念ながら、曲名は私には思い当たらなかった。

「えっ、船乗り?ザンビアには海がないけど・・・」と言うと、その彼女はモーリシャス人で、母国語はフランス語という。肌は褐色で、鼻筋は通っており、欧米人的な雰囲気を持つ人だった。彼女はモーリシャスの海の美しさを語ってくれた後、
「最近は海岸線の海面が上昇し、小さい津波のようなのが頻繁に発生している。地球全体の気候が、おかしいでしょう」と言う。インド洋に浮かぶ小さな島の住民達は、地球温暖化の影響を目の当たりにしているようだ。

モーリシャスは、マダガスカル島の東、約900kmのインド洋にある島国で、豊かな緑と珊瑚礁など美しい自然と穏やかな気候に恵まれ、インド洋の楽園とか貴婦人と呼ばれている。面積は東京都ほどで、人口は130万人(2005年)、住民はインド系が68.3%、白人とアフリカ人との混血の人々(クレオール)が28.5%、中国系が3.2%。公用語は英語だが、フランス語、クレオール語も使われている。主要産業は、砂糖キビ、繊維、観光で、欧米人の憧れのリゾート地だそう。


さて、釣りを終えて3時過ぎからゲームドライブに出かけた。ンソベは1500ヘクタールの面積に、キリン、シマウマ、15種類のレイヨウ(アンテロープ)を放している。期待は一杯だが、なかなか動物にはお目にかからない。

池の横の道路を走っていると、見かけたのは・・・・。


「ワニだ!」「いや、イグアナだ!」と大騒ぎしたしたけど、実はオオトカゲ(体長推定180cm)。ナイルオオトカゲ(Nile monitor)のようだ。



さらに、大型のアンテロープ、クードゥ(Kudu)に遭遇。灰色がかった茶の体色で、縦のストライプが入っている。10年前、ケニアの国立公園では一度も見ることができなかった。ここで、「やっと会えたね」と感激。

カサンカまでの道中

2007-04-17 11:40:06
家からカサンカ国立公園までは約360キロ。道中には、カピリ・ンポシ、ムクシ、セレンジェという3つの小さな町がある。



60キロ北にある、カピリ・ンポシの町。タンザニアのダルエスサラームまで続くタザラ鉄道の出発駅がある。道路は、コッパーベルトという鉱山地区方面と、タンザニア方面へと分岐する。人も物も交差する町なので、少々ガラが悪いという噂。



中国人技術者の造ったタザラ鉄道が、道路と時々交差しながら北東に続く。


セレンジェで給油し、元アメリカンピースコーだった男性が経営する「マポンテラ・ロッジ」で昼食をとる。なかなか小綺麗な建物で、レストランやバーもあるのだが、主人は朝から飲んだくれている。ここで見かけた3人の米国人には、夕方に国立公園で再会。女性の1人は京都に留学し群馬県で働いた経験があり、きちんとした日本語を話す人だった。




帰り路、ムクシを車でぐるっと回った。小じんまりした良い感じの町である。東欧のチェコから来た医者のいるミッション系の病院もあるそう。セレンジェとムクシは幹線道路から3−5キロ入ったところにあるので、地元の人しかいない平和な静かな町(集落?)という印象である。


踏切からムクシの駅を眺める。



カピリ・ンポシとムクシの間にある「フォレスト・イン」で遅めの昼食をとった。着いたとき、昼間から酔っぱらっている地元民にからまれそうになった。このロッジは敷地が広く、木立の中にコテージが点在するような雰囲気のある造り。庭のテーブルで食事をしたが、オーナーが農場を持っているので、食材は自家製。新鮮な野菜サラダがおいしかった。ここの中途半端な立地がもったいない気がするが、宿泊客はいるのだろうか。


この木立の奥にいくつかのコテージがある。



そして夕方、カビリ・ンポシを通過した。停車中のバスに物売りが群がっていた。アフリカらしい風景と思ったが、写真は逆光で使い物にならなかった。
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