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今年の中秋節

2007-09-26 07:21:22
今日、25日は中秋の名月。

昨年は、近くの繊維関係の工場で働く中国人のリーさんに、「中秋節のパーティーに来ませんか?」と誘われ、携帯の番号を渡したけど電話がかかってこなかった。

「あれから一年が経ったのかあ。リーさんの働いていた工場は閉鎖されたから、中国へ帰ったのか。それとも、他のアフリカの国で働いているのかな・・」としみじみ思っていたら、昨年の中秋節は10月6日だった。

中秋節は旧暦に合わせているので毎年違っているといっても、こんなにだったとは。ちょっと驚いた。ちなみに2008年は9月14日、2009年は10月3日、2010年は9月22日だそう。

さて、そのリーさんの職場であったテキスタイル工場は、約1000人の雇用者を誇る国内で最大の繊維企業で、チテンゲをはじめ、Tシャツや毛布なども作っていたようだ。資金の行き詰まりで給料未払いとなり、従業員による大がかりなストライキなどもあり工場は操業を一時停止。胡錦涛主席のザンビア訪問時も視察が予定されていたが、反中感情の高まりを理由に中止となったそう。

工場は現在閉鎖されていると聞いていたが、昨日その前を通ったら、ゲートが開いていて車が数台入っていた。過去のニュースを調べてみると、その時700人が給料未払いで(少しは現物支給があったよう)解雇され、300人の基幹人員のみ残ったとあった。リーさんは、まだここにいるのかもしれない。

さて、鉛鉱山が96年に閉鎖されて以来、我が町は「ゴーストタウン」などと影でいわれているようだ。閉鎖していたバークレー銀行の支店も小さい場所ながら再開された。最近は道路の補修もだいぶ進み、改善されてきた。町一番のシマと評判の食堂のルスメル(Lusmel)も、カウンターにおかずを並べ目の前で盛る方式に代えたが、明らかにお客が増えている。

少しずつ経済が回復しているってことだろうか。

さて、今宵の月も明るく輝いていたが、雲が多くて星はあまり見えなかった。
いよいよ雨期がやってくる。

ザンビアでガンビアを知る

2007-09-18 08:17:13
先週末、夫の歯が痛み出し、急遽ルサカの歯科医に見てもらうことにした。

ルサカには外国人が通う歯科は3ヶ所あるそうで、それぞれアメリカ人、中国人女医、ガンビア人女医がいる。土曜日の午前中も診療を行っているのはガンビア人の医師だけとのこと。午前11時までに行くと連絡して、診察をお願いした。

予定より早く家を出て、10時頃着いたので連絡すると、「先生は用件ができて12時頃でしか診察できない」とのこと。こういうところが、ザンビアらしい。やっと12時過ぎに連絡があったのでクリニックに行き、1時前に診察(レントゲンと説明)となり、抗生剤と痛み止めの薬をもらって帰ったが、先生はなかなか魅力的な女性だった。午後2時過ぎから、大統領夫人の診察が入っているとのことだったから、腕は確かということだろう。

さて、ザンビアと紛らわしいガンビア。正式にはガンビア共和国 (Republic of the Gambia)。場所を探してみると、なかなか見つからない。



それは、西は大西洋に面しているけど、セネガルに取り囲まれている国。アフリカ大陸の中では最も小さい国で、岐阜県ほどの面積だそう。元英国の植民地で、1965年に英連邦の一員として独立。首都はバンジュール(Banjul)、大統領はヤヤ・ジャメ(Yahya Jammeh)、通貨はダラシ。カタカナで書くといずれも可愛らしい単語になる。米国テレビドラマの「ルーツ」に登場したクンタ・キンテはガンビア出身者がモデルになっているそうだ。

「ルーツ」かあと思っていたら、さっき見ていた米国テレビ界の「エミー賞」の授賞式の中で「ルーツ」が紹介され、その役者やスタッフが賞のプレゼンターになっていた。こういう些細な偶然はわりとあって、なんとなくうれしい。

外国人コミュニティー

2007-08-08 04:18:38
先日ブリジットの家にお邪魔した時、「植民地時代のような」と感じた居心地の悪さを、イザベラに話してみた。彼女も少し遅れてやって来て、そのランチに出席していたのだ。

「白人の農場主の家はあんな感じよ。だから私はあまり付き合えないの」と彼女は言う。つまり、白人だけで集まってお茶や食事をしている間、台所では黒人のメイド達がユニフォーム姿で働いており、その人種差別的な雰囲気に馴染めないということだ。イザベラによれば、白人農場主らは、閉鎖的な独自のコミュニティーを持っているらしい。

2000年以降、ジンバブエのムガベ政権による農地強制収用により、十分な補償もないまま国を追われた白人大農場主らが、200家族以上がザンビアに移住しているそうだ。先日の会にも、ブリジットを含め4人のジンバブエ女性が参加していた。ザンビアは雇用・投資・農業技術普及の面でジンバブエ農場主らを歓迎しており、農業輸出国へと変わろうとしている。ジンバブエを追われた人たちが、地元民との軋轢なく溶け込んで、農業発展に貢献してくれればと願うところだ。

ところで、海外(特に途上国)で暮らしていると、よそ者同士という境遇が分かり合えるので、親しくなったり、何かの会を作って集まったりする。特に外国人の少ない国や町だと、国籍に関係なく外国人同士は集まりやすくなる。ここで暮らしていて、私が外国人コミュニティーになかなか入れなかった理由は、外見が中国人に似ている(中国人は言葉の問題もあり、あまり他の人種と関わらない)ということだけでないらしいと分かってきた。

うちの町には、最大数のインド人たち、そして白人農場主たち、教会関係者、少数の援助関係者、旧ソ連からの出稼ぎ医師たち、南アの短期滞在の技師たち、(鉱山関係者?の)中国人、ザンビア人と結婚している外国人などが住んでいる。子供を持つ親たちは、PTAの活動などで関わり合い、またスポーツでの交流は多少あるようだが、だいたいが独自のコミュニティーで付き合いを完結しているようなのだ。

そんな中、ザンビア人と結婚した英国人女性は、所属するコミュニティーがないと嘆いているそうだ。国際結婚は少なくとも2つの文化を共有でき、世界が広がると安易に考えていたが、そういう現実もあることを知らされた。



乾期の今、ブーゲンビリアが美しく色づいている。

ベルギーへの偏見と交流

2007-07-16 19:25:00
これが、ザンビアの地図。


この地形は、「蝶のような形」とか「力こぶのような形」と言われているが、中央部にはコンゴ民主共和国(旧ザイール)が食い込んでいる。アフリカの国の国境は、定規で線を引いたと思われる所も多いのに(ザンビアもアンゴラとの国境はそう)、このいびつな形になっているのは、この辺りには銅やコバルトなどの鉱物資源が豊富で、英国とベルギーが利権争いを繰り広げた結果によるもの。

コンゴ民主共和国は政治的に不安定で治安が悪化しており、私たちは国境付近には近づかないよう注意を受けている。さて、この食い込み部分、計ってみると最短距離は70キロ程度。もちろん向こう側のザンビアへ行く道路もある。ここから向こう側に近道しようと考えても不思議はない。しかし、コンゴ側に入るとザンビア人でも、
「銃を突きつけられ金品を要求され、生きた心地がしなかった、二度と行きたくない」という話を聞く。

ザンビア人がそんな不便を強いられ、豊富な資源も横取りされ、
「ベルギーが悪い!ベルギーが突然植民地政策をはじめたからだ!」と密かに憤っていた。

ところが、バドミントン仲間のうち二人がベルギー人(リンとイザベル)で、話も合うし、穏やかで気遣いもあり、一緒にいて居心地が良い。すっかりベルギー贔屓になってしまった。

コンゴの植民地化に関して調べていくと、当時の王様レオポルド2世は、ドイツやフランスという強国に囲まれており、従姉妹のビクトリア女王の英国が植民地で大国となっているのを見て、植民地獲得に乗り出した。米国人探検家で新聞記者のスタンレーを雇い入れ、コンゴの植民地開発を行ったが、コンゴを私的国家とし非情な圧政と殺戮が行われていた。ベルギー国民はその実態を知らされず、「未開人に文明を与える」という王様の言葉を信じていたようだ。リン達もこのことを、「ベルギーの恥の歴史」と言っている。


さて、先々週はリン達と一緒にムルングシ・ダムへピクニックに行き、お弁当を分け合って食べた。以前ザンビアで働いていて休暇で遊びに来ているヴィエラさんも、
「ミスター・スギヤマと一緒に働いていた」と懐かしそうに話していた。


(バートとI君。箸の持ち方を指導中。ムルングシダムにて)


そして土曜日、リンとバートの家に昼食に招待された。実は、個人宅での食事に招待されるのは、ザンビアに来て初めてのこと。大木が植わった広い庭で、美味しい食事にワイン、会話もはずみ楽しい午後を過ごした。ザンビアで、ベルギー人と日本人は交流を深めている。


リンとバートの飼い犬たち。ザンビアの犬だが、ベルギーに一緒に連れて帰るので、9月には「フランダースの犬(フランドル地方の犬)」になる。飛行機代を安くするため、ダイエット中

旧東ドイツのお客さん

2006-10-22 16:56:34
夕食の後、ドイツからの旅行者たちとちょっと交流した。

私はかすかに覚えているドイツ語で、「こちらのビールはどうですか?」と話のきっかけをつくる。やはり、本場の人は「今いち」と思っているらしい。テーブルの上にはウオッカも置いてあった。

彼らは旧東ドイツのライプチヒ出身。英語はあまり話せない。学校ではロシア語を勉強していたと言った。グループのひとりがカワサキの代理店をしているバイク屋さんらしく、バイク好き仲間でやってきたそう。

聞いてみたいことは山ほどあるのに、コミュニケーションがうまくとれず残念。強面のわりにみんないい人だったが、全員タバコを吸っていたのには参った。



北部の街で売られているビール。軽い口当たり。

遂に来た!ドイツ人旅行者

2006-10-21 00:01:52
うちの大家さんは、一応サファリガイドでロッジの経営者(らしい)。とはいっても、シャーレーに泊まったお客さんは8ヶ月で3組だけ。そのうちの1組は、日本から遊びに来てくれた私たちの友人。

去年11月に知り合った時、2月に引っ越した時も「10月にドイツからビッグ・グループが来る」と言ってた。私たちは「おいおい、来年の話じゃないか」とか、「おいおい、まだ何ヶ月も先の話じゃないか」とちょっとあきれていた。しかも、去年から造っているロッジ用の部屋は、まだレンガの壁も未完成。外のお客用トイレだって、ひとつだけ。

遂に10月!
本当にやって来た、ドイツからのお客さん。
第一陣は、ややごっついおじさんと現地調達らしいお姉さん。
あ〜もう。こういうカップル、うちの家でまで、見たくない

そして、翌日やってきたドイツからのグループ。ごっついお兄さん6名。バイクサファリに行くそう。
あ〜もう。庭に裸で日光浴はやめて。部屋から出られない

やっぱり、グループの受け入れは1年に1回で十分です



お客さん用のお布団のねごごちはどうかな?



庭は突然テント村になってしまった。



お泊まりは、こちらのシャーレーへどうぞ。

チョッチョリと呼ばないで

2006-10-16 22:40:14
街を歩くと必ず「チョッチョリー」と言われていた。中国人という意味だそうで、この国の中国人の浸透ぶりを実感させられる。最初はあまり気にも留めなかったが、歩く先々で言われるので、参ってしまった。海外にはあちこち行ってみたが、こんなに自分が注目を集めることはなかった。やっと最近、たまに「中国人?」と聞かれるくらいになった。小さい町だから、私のことを見慣れてきたようだ。

夫は言われた端から、「俺は日本人だ!」と言っているらしい。でも職場の人でさえ、「東京は中国の首都だろ」みたいな認識。韓国、北朝鮮、台湾の違いどころか、存在すらもわかってないかもしれない。道で物を売ったり、ふらふらしている人たちはなおさら。フィリピン人とタイ人の奥様たちも靴屋で、「あなた達これ見てコピー作るんでしょ。中国人だから」と言われたことがあると怒っていた。

確かに私たち日本人もアフリカの国のことはよく知らない。それに失礼だけど、肌の黒さで顔の特徴が覚えられず、2ヶ月位は皆同じに見えた。女性は髪型をしょっちゅう変えるので、よけい覚えられない。この国の人に、容姿で国の違いが分かるのか聞いてみたら、「南アの人はちょっと違うから分かるかな。タンザニア、マラウイ、ザンビア、モザンビークはほぼ一緒。ジンバブエの人は腰の骨格が太いね」と言っていた。巨大な陸地に、欧州の人が勝手に国境を決めただけだから、確かに人種に大きな違いはないだろう。

国連の事務総長がガーナ出身のアナン氏から、韓国のバン氏に代わる。北朝鮮も世界中の注目(懸念)を集めている。容姿は似ていても、それぞれ違う文化や言語の極東の国のことも、もう少しわかってもらえるだろうか。


補足:以前ポルトガルの田舎町に住んでいた方が、「私はマカオって呼ばれていたわ。」なるほど。

幻のムーンフェスティバル

2006-10-08 06:13:51
6日の午後、スーパーマーケットに行くと、中国人のリーさんに会った。にこにこと近寄ってきたので、挨拶した。

猫林「こんにちは。ずいぶん前にお会いしましたね。繊維工場の方ですよね」
リー「そうです。あなたのこと中国人と思って話しかけたら、日本人だった」
猫林「今日は、半ドンですか?」
リー「今日は休みです。中秋節です。確か日本もそうでしょ」
猫林「ああ、中秋の名月ね。月見はするけど、休みじゃないです」
リー「今晩は宴があります。よかったら来ませんか?」
猫林「えっ、いいんですか?」
リー「マネージャーに聞いてから、連絡します。携帯の番号教えて下さい」
猫林「ありがとう。うれしいです」

そんな訳で、家に帰ってそわそわ。電話はなかなか鳴らない。

夕飯作ろうかどうしようか迷っていた。電話はまだ鳴らない。

そのうち月は出てきた。月明かりで猫たちは踊っている。

その夜、携帯電話は鳴らなかった。

夫「マネージャーが反日だったんじゃないの?」
猫林「そうなのかなあ。でもおかげで月を見たからいいか」

本当にきれいなお月さまでした。


庭に咲くプルメリア。香りもいい。
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