感情受容矯正
2008-05-01 06:13:36
先天的に視力が弱いヒトってのがいて、たとえば、それは私の姉
だったりするんだけど、彼女にいたっては、小学生高学年のころから、
視力検査の一番上の「C」がどっちむきに開いているか、視認できないのだった。
しかし、彼女は、めがね⇒コンタクトと、視力を矯正することで、下から3番目くらいの
「C」の向きは見えるようになったわけだ。
このように・・・
「視力」は、悪ければ矯正することができるんだけど、
「ヒトの感情の受容する力」ってのは、どうにもこうにも矯正ができない
らしいのだ。
この「感情受容力」っての、ほんと、視力のごとくひとそれぞれ違っていて
とても「いい」ひとも居れば、ものすごく「悪い」ひともいるわけで。
それは、もう、笑ってしまうくらい「悪い」ひとってのも居て、
「ここまで、はっきり言っているのに、まだ、わからんのか!?」
って、首根っこ押さえて 頭がくがくいわせたいくらいの衝動に駆られる。
たとえば、自分の感情を表す「自分がコレをいわれたら、多分、相当凹むな」
って言葉を、投げつけるんだけど、「受容力」がおそろしく低い「彼」は、いっこうに
頓着しない、てか、わたしの鋭い言葉は、いつもあっけなくスルーするんだよな。
ああ。「一番下のC」=「感情の奥底に潜んでいる小さな波紋」まで見ろとは
いわない、せめて「一番上のC」=「喜怒哀楽などという表面に出てきているわかり
やすい感情」だけは、見えていてほしい・・と願うばかりなのだ。
これからの「彼」の人生のためにも。
「彼」の部下のためにも・・・。
だったりするんだけど、彼女にいたっては、小学生高学年のころから、
視力検査の一番上の「C」がどっちむきに開いているか、視認できないのだった。
しかし、彼女は、めがね⇒コンタクトと、視力を矯正することで、下から3番目くらいの
「C」の向きは見えるようになったわけだ。
このように・・・
「視力」は、悪ければ矯正することができるんだけど、
「ヒトの感情の受容する力」ってのは、どうにもこうにも矯正ができない
らしいのだ。
この「感情受容力」っての、ほんと、視力のごとくひとそれぞれ違っていて
とても「いい」ひとも居れば、ものすごく「悪い」ひともいるわけで。
それは、もう、笑ってしまうくらい「悪い」ひとってのも居て、
「ここまで、はっきり言っているのに、まだ、わからんのか!?」
って、首根っこ押さえて 頭がくがくいわせたいくらいの衝動に駆られる。
たとえば、自分の感情を表す「自分がコレをいわれたら、多分、相当凹むな」
って言葉を、投げつけるんだけど、「受容力」がおそろしく低い「彼」は、いっこうに
頓着しない、てか、わたしの鋭い言葉は、いつもあっけなくスルーするんだよな。
ああ。「一番下のC」=「感情の奥底に潜んでいる小さな波紋」まで見ろとは
いわない、せめて「一番上のC」=「喜怒哀楽などという表面に出てきているわかり
やすい感情」だけは、見えていてほしい・・と願うばかりなのだ。
これからの「彼」の人生のためにも。
「彼」の部下のためにも・・・。



