モノが捨てられないんです
2006-10-15 19:39:45
「モノが捨てられないんです・・」
という悩みがあるのです。わたし。
とにかく、ほんとうにもう、捨てられない。
10人のうち9人までが
「そりゃ、捨てるだろ?」
というようなものを後生大事にとっておくのである。
ペットボトル飲料についてるおまけとか、
つかなくなったボールペンとか、
壊れた名札入れとか、
履きつぶした靴とか、
プレゼントが入っていた化粧箱とか、
りんごを大人買いしたときに入っている銘柄シールシートとか、
「最終資料」に行きつくまでに、作成しまくった「下書き資料」とか、
「シナリオコンテスト」に出すまでに、書きまくった習作原稿の束とか・・・。
もう、自宅もカイシャもエライことになっているのだ。
「捨てられないモノが溢れてしまって・・・・。
どうして捨てられないか。
それは、
「一度でも自分の手にとったものは
自分の分身のように思えてしまい、捨てるに忍びない」
のであるよ。
なんというか、ちょっと触れただけのものでも、
念がこもるというか・・。
それに加えて、ちっちゃいオマケ類。
ひきだしをあけるたびに、そこにあってずいぶんな
年月がたったとき、ふと、
「さすがに、もう、コレ、もういらないよな・・」
と、手にもって、ゴミ箱のウエから投下しようとしたとき・・・
あのつぶらな瞳で見つめられて、
「うっ・・・」と、手がとまってしまう。
そして、
引き出しの中に、また、そっと戻すという。
はぁ・・・。
どうにかしたい。
しかし、どうにかするには、「捨てる」という行為が
不可欠であり・・・。
あああああ。
あ。そうだ。
「捨てられない」=
「モノに囲まれてないと不安」
というコトかもしれない。
「片付けれない」=「捨てられない」=「喪失感の恐怖」
ということで、じつは、病理的に深いものがあるのでは?
うん。うん。
これは、もう「ビョーキ」の域だ。
と、いうことは、ビョーインにいかなければ治らないんだ。
そうか〜。
なら、自ら治そう、と無駄な努力をするより、
「コレは、ビョーキなんだわ」ということで、
ひとまず、ココロの安寧を図ることにするか。
するぞ。
わーはははは。
・・・・病理学的解明ができたからといって、
自分のうちもカイシャの机も片付くワケではないんだが・・。
という悩みがあるのです。わたし。
とにかく、ほんとうにもう、捨てられない。
10人のうち9人までが
「そりゃ、捨てるだろ?」
というようなものを後生大事にとっておくのである。
ペットボトル飲料についてるおまけとか、
つかなくなったボールペンとか、
壊れた名札入れとか、
履きつぶした靴とか、
プレゼントが入っていた化粧箱とか、
りんごを大人買いしたときに入っている銘柄シールシートとか、
「最終資料」に行きつくまでに、作成しまくった「下書き資料」とか、
「シナリオコンテスト」に出すまでに、書きまくった習作原稿の束とか・・・。
もう、自宅もカイシャもエライことになっているのだ。
「捨てられないモノが溢れてしまって・・・・。
どうして捨てられないか。
それは、
「一度でも自分の手にとったものは
自分の分身のように思えてしまい、捨てるに忍びない」
のであるよ。
なんというか、ちょっと触れただけのものでも、
念がこもるというか・・。
それに加えて、ちっちゃいオマケ類。
ひきだしをあけるたびに、そこにあってずいぶんな
年月がたったとき、ふと、
「さすがに、もう、コレ、もういらないよな・・」
と、手にもって、ゴミ箱のウエから投下しようとしたとき・・・
あのつぶらな瞳で見つめられて、
「うっ・・・」と、手がとまってしまう。
そして、
引き出しの中に、また、そっと戻すという。
はぁ・・・。
どうにかしたい。
しかし、どうにかするには、「捨てる」という行為が
不可欠であり・・・。
あああああ。
あ。そうだ。
「捨てられない」=
「モノに囲まれてないと不安」
というコトかもしれない。
「片付けれない」=「捨てられない」=「喪失感の恐怖」
ということで、じつは、病理的に深いものがあるのでは?
うん。うん。
これは、もう「ビョーキ」の域だ。
と、いうことは、ビョーインにいかなければ治らないんだ。
そうか〜。
なら、自ら治そう、と無駄な努力をするより、
「コレは、ビョーキなんだわ」ということで、
ひとまず、ココロの安寧を図ることにするか。
するぞ。
わーはははは。
・・・・病理学的解明ができたからといって、
自分のうちもカイシャの机も片付くワケではないんだが・・。



