完璧主義と開き直りについて考えてみた
2008-05-16 07:58:06
最近・・
「あの人って・・完璧主義だなぁ・・」
っていうことをつぶやく機会が多い。
なんて言ってる自分も、案外、どうして、こう見えて完璧主義だったりするんだけど^^;
思うのんですが・・・完璧主義の、根っこは、
「不安を払拭したい」ってところにあるんだなぁ。
「こことここと・・・ああ!あそこも抑えておかないと、ヤバい!
どうしてヤバいかっていうと、先方から質問されたときに、答えられないと
この商談がうまくいかないかもしれないから!」
って感じで。
実際、わたしの「完璧主義」も、「うまくいかないと怖いから」ってところから
生えている。
「失敗して、冷や汗たらたらの自分」を打ち消すための唯一の手段は、
「モノゴトを完璧にしておく」ってことしかないんだもの。
しかぁ〜し!
完璧主義なわたしは、これまた案外どうしてものすごく飽きっぽいので、
「あわわ((( ;゚Д゚)))」という不安に苛まれる時間が持続しないのだ。
来るべきそのときのこと を考えると、ものすごく不安になるけれど、
その「不安になっている時間」が持続しない。
いや・・・「持続しなくなってきた」というべきか・・・。
ちょっと前までは、その「不安」が「そのとき」が来るまで永遠に続いていたのだ。
その「不安」は深く、暗く・・・「不安」を払拭するための「完璧主義」を忘れてしまうくらい
ただ悶々と延々と「不安」に身を任せているだけだった。
そして、その時間が長ければ長いほど、ヒトは、疲弊していくもので。
結局、「壊れて」しまったりするんだよなぁ・・。
「何事も成功しなければいけない」→「そのためには、モノゴトを完璧にしておかねばならない」
という公式。
これは、とてもいいことなんだけど、度が過ぎると、やっぱり壊れるんですなぁ。
人間を含む有機体って「負の時間」が長すぎると、どこかに不具合が発生するように
プログラムされているんだと思うのだ。
ってことを、悟ったときに、わたしは「完璧な完璧主義であること」をやめたワケだ。
「ワケだ」なんて、大壇上に構えていうことでもないけど^^;
もちろん、シゴトその他に関して、パーフェクトであるにこしたことはない。
んが、ナニをもってパーフェクトか?っていうことに対しての「真の回答」はないわけで。
「ないはずの真の回答」を求めて、不安に苛まれ、完璧をめざし、不安な時間に
長く身を置きすぎたときの滑稽な自分の姿に気づいた、っていうのが
「開き直る」ってことなんだろうな、と思う次第。
最近、「開き直る」までの時間が、短くなっている自分に愕然とするときがあるんだけど。
「あの人って・・完璧主義だなぁ・・」
っていうことをつぶやく機会が多い。
なんて言ってる自分も、案外、どうして、こう見えて完璧主義だったりするんだけど^^;
思うのんですが・・・完璧主義の、根っこは、
「不安を払拭したい」ってところにあるんだなぁ。
「こことここと・・・ああ!あそこも抑えておかないと、ヤバい!
どうしてヤバいかっていうと、先方から質問されたときに、答えられないと
この商談がうまくいかないかもしれないから!」
って感じで。
実際、わたしの「完璧主義」も、「うまくいかないと怖いから」ってところから
生えている。
「失敗して、冷や汗たらたらの自分」を打ち消すための唯一の手段は、
「モノゴトを完璧にしておく」ってことしかないんだもの。
しかぁ〜し!
完璧主義なわたしは、これまた案外どうしてものすごく飽きっぽいので、
「あわわ((( ;゚Д゚)))」という不安に苛まれる時間が持続しないのだ。
来るべきそのときのこと を考えると、ものすごく不安になるけれど、
その「不安になっている時間」が持続しない。
いや・・・「持続しなくなってきた」というべきか・・・。
ちょっと前までは、その「不安」が「そのとき」が来るまで永遠に続いていたのだ。
その「不安」は深く、暗く・・・「不安」を払拭するための「完璧主義」を忘れてしまうくらい
ただ悶々と延々と「不安」に身を任せているだけだった。
そして、その時間が長ければ長いほど、ヒトは、疲弊していくもので。
結局、「壊れて」しまったりするんだよなぁ・・。
「何事も成功しなければいけない」→「そのためには、モノゴトを完璧にしておかねばならない」
という公式。
これは、とてもいいことなんだけど、度が過ぎると、やっぱり壊れるんですなぁ。
人間を含む有機体って「負の時間」が長すぎると、どこかに不具合が発生するように
プログラムされているんだと思うのだ。
ってことを、悟ったときに、わたしは「完璧な完璧主義であること」をやめたワケだ。
「ワケだ」なんて、大壇上に構えていうことでもないけど^^;
もちろん、シゴトその他に関して、パーフェクトであるにこしたことはない。
んが、ナニをもってパーフェクトか?っていうことに対しての「真の回答」はないわけで。
「ないはずの真の回答」を求めて、不安に苛まれ、完璧をめざし、不安な時間に
長く身を置きすぎたときの滑稽な自分の姿に気づいた、っていうのが
「開き直る」ってことなんだろうな、と思う次第。
最近、「開き直る」までの時間が、短くなっている自分に愕然とするときがあるんだけど。



