「産まない女」は肩身が狭い!?
2007-10-26 16:29:27
周囲は、ここ最近、出産ラッシュ。
===
「7月に無事、男の子を出産しました〜!」
「先日、二番目が産まれまして・・」
「○○さんのところは、四人目だよ!」
===
ウチのショクバは、全部で8名。
ソノ中で、「親」になっていないのは、
ワタクシひとり・・・。
===
「少子化、少子化って言ってるけど、
ぜんぜんそうではないぢゃありませんか〜!」
というわたしの驚きから、始まった会話を以下載録。
「うーん、たしかにそうだねー。
ウチも2人、A課長のところも2人、
Bさんのところはも2人で、Cさんのところは3人
だもんねー」
「と、いうことは、皆、だいたいノルマは
果たしている・・ということかなー?」
・・・・す・・すいません・・
「ノルマ」果たしてない人間がココにおります・・・・
そして、今後も果たさせそうにないのですが・・・・^^;
って、思わず肩身の狭い思いをしてしまった・・・
と、思いきや、案外そうでもなかったから、
自分自身びっくりしました。はい。
最近のメディアでは、
「産むか・産まないか」
「素敵なワーキングママ」
という、「女性が子供を産む」
ということの
特集を見ないことはないですよねー。
わたしも、ある時期は、そういうものを見聞きしては、
「産まなければいけない!」
という、強迫観念にも似た思いがどどど〜っと
ココロに湧いてきて、すんごい焦燥感・罪悪感に
駆られたもんですよ・・・。
だって、そういう特集って、必ず結論が、
「だから、貴女も、産むのをためらわないで!」
だもんなぁ・・・・・。
そのたびごとに、
「結局、そこかよ!?落としどころは!?」
って、夜中にひとりで
雑誌にむかって、ツッコミ入れてましたもん・・。
いかに子供が可愛いか、
それにより、自分の人生がいかに充実したか・・
ということを、
呪文のように聞かされると、
「ああああわたしはあああ
人間としてぇえええどーーかと思うわああ!」
って、絵文字どおり
「il||li_| ̄|○il||l 」な感じで、落ち込んだり・・・(遠い目)。
そんな私が、どーして、今回は、そこまで落ちこまなかったか
というと・・・
じつは、自分でもよくわかりません・・・。
なんちゅーか、
「やはり、産まなければいけないのか?」
「いけないんだ?!」
「いや、しかし・・」
「なんて、悩んで場合ぢゃないだろ?!」
「そうよ!タイムリミットがあるぢゃない!?」
と、ひとりでほんと〜に、大騒ぎしまくって
どうかしたら病気になりそうなくらい悩ん時期が
あったから、
「気が済んだ」のかもしれません。
本当にほしくて授からないひと、
ほしいかどうかわからないひと、
ぜんぜんほしくないひと、
事情はさまざまで、それぞれ悩んでいるのに
「気が済んだ」って言う表現に
「カチンーー;」と来る方も沢山いらっしゃるとは
思いますが・・・
んが、しかし、実際、わたし、ほんと、なんか
「気が済んだ」んですよね・・・。
だから、気軽に(「気軽に」っていう表現も
どーか?と思うが^^;)「少子化」の話しにも
「幼稚園の遠足の話し」も「子育て苦労」の話しも
「ふんふん。そーいうことかー!」
と、構え無しのニュートラルな状態で参加できるように
なった。
ちょっと前のわたしなら、
「産む・産まないは個人の選択の問題でええええ!!」とか・・
こぶし振り上げんばかりの勢いで、ディベートモードに
入っていたんだけど・・・。
と、いうようなことを書いたり、言ったりすると、
「作らないの?それとも、出来ないの?」
って真顔で訊いてこられる方がいるから、ちょっと閉口は
するんだけど・・・^^;
しかし、この問題を凝縮すると、それが皆の疑問として
残るんだろうな・・・。
に、しても、「産む・産まない」についての「正解」って
無いんだし、どちらを選択したとしても、「その結果」
については、自己責任で完結しなければいけないんだろうな、
とは思います。
はい。



