これを運命とよぶのならA [2008年10月02日(木)]
その約8ヵ月後、CHEBBYは同じシドニー空港に、
重量オーバー気味なスーツケースと共に到着しました
シドニーに来るのは2度目。10ヶ月の学生ビザで英語を
勉強するためでした。
その年の春、大学を卒業したCHEBBY。
地元の企業に就職が決まっていたものの、ある職につきたい!
そのために勉強したい!と就職するのをやめました。 なんじゃそりゃ
卒業してから一年間その「資格」取得のための専門学校に
行く勉強をするという名目で(笑)一年プーになることにしていた私
今だったら考えられませんが(汗)
そんな私を見た父は、私が無意義に一年を過ごすと心配したのか
「AUSで英語でも勉強したら?」ともちかけてきました。
父は私が大学一年生のとき、AUS女性と再婚。
父は会社経営をしていたため日本に居住していましたが、
私が大学卒業当時、義母はシドニーに戻って大学院で
勉強をしていました。
(ちなみに彼女は日本語ぺらぺらだったので、私も父も
彼女とは日本語で会話をしていました
)
彼女は、ダーリングハーバーにマンションを持っていて、
そこに一緒に住んで勉強する、ということがとんとん拍子に決まり
CHEBBYはシドニー語学留学することになったんです。
語学学校の手配は、義母がリサーチをしてくれていろんな学校の
パンフレットを用意してくれました。
と言っても、当時の私は漠然としか「英会話を学ぶ」ということしか
アイデアがなかったため、結局義母が学校をピックアップ
をすることに。
もうしわけないっす
それで、ダーリングハーバーの家から歩いて行ける距離の
シティーの語学学校に入学することなりました。
私立の語学学校はたいてい毎週月曜日が入学日。
入学日には文法テストやスピーキングテストをして
自分のレベルに合ったクラスを決めるんです。
そうして、私が送り込まれたクラスは「中級クラス」
ここからCHEBBY人生初!英語圏での勉強が始まったのです〜。
それで??
CHEBBY夫との出会いはどうなのよ!は
また次号に続きます〜
長すぎ?
重量オーバー気味なスーツケースと共に到着しました

シドニーに来るのは2度目。10ヶ月の学生ビザで英語を
勉強するためでした。
その年の春、大学を卒業したCHEBBY。
地元の企業に就職が決まっていたものの、ある職につきたい!
そのために勉強したい!と就職するのをやめました。 なんじゃそりゃ
卒業してから一年間その「資格」取得のための専門学校に
行く勉強をするという名目で(笑)一年プーになることにしていた私

今だったら考えられませんが(汗)
そんな私を見た父は、私が無意義に一年を過ごすと心配したのか
「AUSで英語でも勉強したら?」ともちかけてきました。
父は私が大学一年生のとき、AUS女性と再婚。
父は会社経営をしていたため日本に居住していましたが、
私が大学卒業当時、義母はシドニーに戻って大学院で
勉強をしていました。
(ちなみに彼女は日本語ぺらぺらだったので、私も父も
彼女とは日本語で会話をしていました
)彼女は、ダーリングハーバーにマンションを持っていて、
そこに一緒に住んで勉強する、ということがとんとん拍子に決まり
CHEBBYはシドニー語学留学することになったんです。
語学学校の手配は、義母がリサーチをしてくれていろんな学校の
パンフレットを用意してくれました。
と言っても、当時の私は漠然としか「英会話を学ぶ」ということしか
アイデアがなかったため、結局義母が学校をピックアップ
をすることに。
もうしわけないっす
それで、ダーリングハーバーの家から歩いて行ける距離の
シティーの語学学校に入学することなりました。

私立の語学学校はたいてい毎週月曜日が入学日。
入学日には文法テストやスピーキングテストをして
自分のレベルに合ったクラスを決めるんです。
そうして、私が送り込まれたクラスは「中級クラス」
ここからCHEBBY人生初!英語圏での勉強が始まったのです〜。
それで??
CHEBBY夫との出会いはどうなのよ!は
また次号に続きます〜
長すぎ?










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ちょっと嬉しい、いやカナリ
最終話の後に、写真のコメントを
入れようと思っていました
後ろにおいてある本はロシア語の本です。
夫の産まれ故郷の場所を舞台に書かれた
本らしいです。
あんまり読んでないみたいですが 汗