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Roger Vivier 2 [2006年07月17日(月)]
ヴィヴィエ様ストーリーはこのひとつ前の1から読み始めてくださいませ。こちらはつづきの 2 になります。



すばらしいですねーこの凛とした美しさ。

このバックル

知る人が見れば

あ ロジェヴィヴィエ★
というサインなわけです。

まぁ知らない人が見れば単なるペタンコ靴なわけですが、いいの、そういうわからない人は放っておいて、自己満足するのがオサレの大部分なわけだから。

さてこのシグネチャーパンプス、私は昨年末に香港のブティックで手に入れました。セールの話のところに持ってきておいて恐縮ですが、このシグネチャーラインはセールになりません。仕方ないので泣きながら、それでも、かつてはオートクチュールをオーダーする人しかはけなかったロジェ様の記念スタイル=モードのアイコンを手に入れるつもりで、手にいれたわけです。

この形が初めて世に出たのは1965年。サンローランのモンドリアンコレクションのアクセサリーとしてでした。それからというもの、このバックルは単にヴィヴィエ様のシグネチャーというだけでなく、モダンな心をもった新しい女性の印ともなったという背景を持っているの。

60年代のサンローランといえば、パリの社会運動と結びついた彼の最高にクリエイティブだった時代。パリを象徴するブランドであったサンローランのしかも、モダンを世に問うモンドリアンコレクションの味つけとなった目印なわけですよ。単なるひとつの靴ではないのね。そこがすばらしいわけです。


さて、この夏またいってみたらロジェヴィヴィエのブティックは一部のシーズンラインのみこっそり顧客様だけにお知らせのセールになっていました。でも、シグネチャーラインは相変わらず定価のまま。けれども、夏の素材で夏らしい色のこんなスタイルがあり、うっかりまた買ってしまいました。


 セールでないのにうっかり買ってしまうとは、ほんとうに靴にオーラがなければありえないことです。しかもぺったんこ靴って実は歩きにくいものが多いのですが、試着ではいている短いタイミングのうちに、布素材だからとはいえ、すでに靴のほうから足に沿ってなじんでくるのには驚きです。さすが、靴を作ることだけに一生を捧げた職人、80歳になっても90歳になっても、新しい靴のデザインを考えることに目を輝かせていたヴィヴィエ様のデザインです。


というわけで私にとってロジェ・ヴィヴィエ様は、崇拝に値するブランドなのです。

香港に行くたびに、まずかけつけるのは、このブティック。パリにいったときも、サントノレの総本山に寄ってみましたが、こちらは2階建てのサロンのようなお店。お店のドアにすでに例のバックルがついています。フォーマルなドレスに合うクチュール靴から、このシグネチャーラインから、さまざまなヴィヴィエワールドがディスプレイされておりました。でも高いの。ユーロ高だから。デタックスがあるとしても、香港とほとんど変わらないかも値段。なのでなにもパリまでわざわざいかずとも、季節ごとの新作がチェックでき、シグネチャーラインもデザイン違い、色違いでズラリと揃う香港ブティックは、小さいながらも優秀、とっても使える店なのでした。
Roger Vivierのクチュール靴 [2006年07月17日(月)]
本題の香港オトナのショッピング話をまるで書いておりませんでした。

香港セールの何がすばらしいかというと、やはり、並み居る大ブランドのすべてが、自らのブティックで、また、セレクトされた先のセレクトショップで、いきなりどーんと30%。そこから次第に50%、80%とどんどん下がっていくことです。

日本だと大ブランドはファミリーセールみたいに別会場で招待券ナシでは入れないクローズドな世界でセールしますよね。ところが香港はブティック内でそのまま。しかもあの狭い香港内にいくつもブティックがあるところなんかはそのすべてのブティックでもれなくセールになるのだから、見逃すテはありません。

それに同じアジアなのに、まるで品揃えが違うブランドもあるんですよ。香港マダムのカルチャーがあるせいか、香港のほうが断然オトナ。むろん、日本にないブランドだってたくさんあります。

日本にまだなくて、それでもオシャレピープルの間ですでに話題沸騰といえば、ロジェ・ヴィヴィエの靴

ロジェ・ヴィヴィエというのは1930年から90年代までずっと地道に靴をつくってきた職人クリエイターでして、シックなフレンチファッションの仕上げをする小物として、ロジェ様の靴はさまざまなクチュリエに愛されたのでした。

30年代から90年代までロジェ様はさまざまな美しくも新しいヒールを生み出してきました。クリスチャン・ディオールにて靴のデザイナーとして働いていたロジェ様は、その後、50年代、60年代はサンローランに移ると同時に、シャルル・ジョルダンでマスマーケット用のデザインもしていたそうです。

ロジェ様を有名にしたのは、サンローランのコレクションのために作り出したシルバーのスクエアバックルつきのパンプスで、これはいまだにシグネチャーラインとして残っていますが、カトリーヌ・ドヌーヴが映画「ひるがお」の中でサンローランのトレンチにあわせて履いていたシューズです。

この映画の成功におり、なーんと12万足のこのバックルつきロジェ様靴が売れたそうであります。と同時に、世界で最もコピーされた靴となりましたとさ。この靴はいまでは「ベル ヴィヴィエ」(ひるがおのフランス語原題=ベル ドゥ ジュール 昼の美女 という、そのベルをとってヴィヴィエ様の名前とつけているわけ)と呼ばれています。このシグネチャーデザインは、時を越え、いつの時代の女性にとっても「must have」となっている、とプレスリリースに記されていますが、まったくそのとおり。靴好きならうなずく、素晴らしい作品なの。

ロジェ様は長生きして98年までご存命だったのですが(生まれは1907年)、2000年にトッズやホーガンを所有するディエゴデラヴァレが買収。若いデザイナーを入れて、いまの時代にヴィヴィエスタイルをよみがえらせた、というわけです。

で、パリはサントノレのエリゼ宮隣りに、04年フラッグシップ店をオープン

アメリカでは05年春にサックス、Bグッドマン、ニーマンマーカスのそれぞれのデパート内にインストアブティックをオープン。そーして05年7月末に香港 ランドマークの1Fにアジア唯一の直営ブティックがオープンしてるのです。(その後ロンドンのハロッズ内にブティックオープン。最近聞いた話ではスローンストリートにも路面店がオープンしたそうです)

というわけでロジェヴィヴィエ増殖中。でも日本ではまだほとんど話にも上がらないんですよー。もったいないので、ぜひ、香港へ行くついでがありましたら、ランドマークのお店のぞいて目の保養してくださいまーせー。




えーーーそれどんな靴〜?

と思うでしょ?なのでお見せしますわ。わたしが清水の舞台から飛び降りて頭かち割るつもりで手に入れたヴィヴィエ様のシグネチャースタイルを




これでございます。なんとも美しいクチュール靴。はくだけで足元がランクアップしますのです。フォーマルにまとまるといいますか。もちろんドヌーヴ様のようにトレンチに合わせるもよし、ジャケットスタイルに合わせるもよし。デニムに合わせてもステキでございます、




このバックルつきのシグネチャーライン 覚えておいてソンはありません。(つづく)

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