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CHICCAの吉川さんに直接取材!の今日 [2008年02月27日(水)]
1月末の日記でお知らせした新コスメブランド「キッカ」がいよいよ3月5日にデビューを迎えます。

コスメチャット春のファンデ大会(3月7日発売のクレア掲載)で話題となったため、(その話はこちらの日記で)その次の4月7日発売号で、そのクリエイターはこんな人です〜という紹介のページを作らせていただくことにしたのでした。

というわけで昨夜の大雨が嘘のようにあがった今日、キッカのオフィスに、ブランドデビュー前の取材やトレーニングなどで多忙の吉川さんを訪ねたのでした。





東京タワーを背負って登場の吉川康雄氏


4/7発売クレア内特別インタビューでは主に、コスメチャットにて絶賛だったソリッドファンデーションと、それと全く同じ質感で作られたチーク、くすみやくまをカバーするための白いクリーム「レイオブライト」などの開発背景をうかがったり、コスメチャットメンバーから聞いてほしいといわれた「日本の20代30代女性のメイクをどう思うか?」などを次々に質問。ほかにもアーティストとしてのスタンスに関わる質問も。

吉川さんは終始にこやかにこたえてくださしましたが、いちばん印象に残った話をひと足先に公開しちゃいましょう。おそらくこの件に関してはクレアでは書くスペースがないと思うため。


コスメチャットメンバーにはグラフィックデザインを仕事にしている女子がいるんですが、彼女から「アーティストとして年々、感性が鈍ってくるような気がするんですが、吉川さんはそんな気持ちになりませんか?あるいは感性を保つために努力していることはありますか?」という質問。テクマクを読んでいる人の中にも同じ悩みや疑問を持っている人が少なくないのでは? かくいう私自身も(私はクリエイターではないけど)感性の鈍りをどう避けるのかは気になるところです


これに対して吉川さんは「年をとったら感性が鈍るかどうかはわからないけど、僕にとっては、一度した仕事をまた同じようにリピートすることが年をとることにつながると思うんだよね。僕は一度したことは絶対にもう一度はしたくない、いつもいつも自分のスタイルを壊したいと思ってやってる」と語り始めました。

「ほとんどの人たちって、たぶん、自分のスタイルっていうものを作ろうと思うから、自分スタイルに固執すると思うんだよ。でも、そうしているうちに、だんだん、固定化されたスタイルと時代との間にギャップが生まれてきてしまう。だから僕は自分のスタイルっていうものには全然こだわらないの。いやむしろ毎回壊そうとする。スタイルなんて壊そうと思ってもいやっていうほど自分的なものは残っちゃうんんだよ。それさえも壊そうとしたほうがいいんだけどね。そうやって二度と同じことはしないで常に変わっていれば、いいんじゃないかな。」


とても含蓄のあるいい答えをいただきました。Eちゃんどうかな?
CHICCA [2008年01月28日(月)]
昨夜の情熱大陸・吉川康雄版は予想を上回るおもしろい番組になっていました。

メイクをエッジィなアート表現として表現したいクリエイターとしての提案をしつつ、しかし現場の空気を読んでカメラマンや編集の移行に沿った表現にも落とし込める。でもきちんと表現者としてのスタンスは崩さない。このあたりクリエイターとしてはジレンマがあってどう自分を納得させるかが難しいところだと思うわけなんですけど。

要するにあまりにエッジがないと誰にでもできるメイクだし、日本を飛び出して裸一貫からやるつもりでNYに行った意味がない。けれど現場の他のクリエイター(メイクの場合はカメラマンやエディター)たちの意向を無視したら仕事にはならない。そのバランスのとりかたですよね。そこの折り合いをつけながら全体の撮影の進行にも支障がないように手順を実は考えている。いろんな頭を働かせながらメイクをしてる様子がよくわかりました。

アシスタントなしで1人で大きなキャリーをころがしてスタジオに入りメイク道具を並べるところからやってるのには少し驚きましたが「アシスタント要らないんですよ 自分ひとりでできることをするわけだから」的な解説には納得(私もそうなので)。


情熱大陸ではブランドの名前も開発背景もあまり語られませんでしたが、キッカの化粧品は、日本の50代マダムを美しくしたいという新しいベクトルに向かって「誰にでも失敗なく使える」どちらかというと表現者的なポジションではない立ち位置からのメイクアイテムとテクニックを具現化したものなんです。

クリエイターとして一家言ある人が、こういう方向性で物作りをし、どんどん素人の主婦の顔にメイクをほどこして化粧品の使い勝手を確かめ、同時にキレイな50代を増やしていきたいという挑戦に素晴らしい意味があると思うんですよね。


日本の50代女性って団塊〜JJ創刊ころの元祖サーファーメイク年代で、昔からお化粧まるでせず男女同権をたたかったっていうグループと昔はめちゃくちゃ化粧に興味もあったし一所懸命していたけど子育てやら何やらですっかり途中で情報のインプットが途絶えちゃってもう何をどうして化粧していいかわかんなくなってるというグループがあると思うけど、いずれにしても今の時代にどうやったらキレイに見えるかという化粧のノウハウを知らない世代な気がします。

だからコスメチャットでも話題になったんだけど「昔はこの人キレイだったんだろうなぁ」「昔はめちゃくちゃモテたんだろうなぁ」と過去の美貌は彷彿させるものの、現状は残念なことになってる人が多い! ってわけです。

その世代に向けて「これをこうして使ってここにこういう具合にこれを入れれば今どきのキレイが簡単に手に入りますよ」っていう提案とアイテムとハウツーを説くわけなので、これはうまくいけば本当に日本のマダム層の外見の底上げに貢献すると思いますねー。という意味で応援したいブランドなのでした。

読者のみなさんの中にはちょうどお母さんがその世代っていう人も多いと思いますが、お母さんをキレイにする運動をキッカとともに進めませんか? キッカ発売は3月予定なので詳しくわかりましたらまたアップします。そういう意味ではカウンターでは懇切丁寧に吉川メソッドをレッスンしてくれるような方式ができるといいなと思っています。やっぱりメイクは雑誌の紙の上では伝わらない。人から人へのアナログレッスンがいちばんいいのです。
明日の情熱大陸お見逃しなく [2008年01月26日(土)]
立て続けのアップしときます。

出張から戻ってすぐ本日土曜日の午後13時から18時ちょい前まで、実はクレアのコスメチャット特番の収録をしておりました。

3月7日発売になる号でファンデーション&ベース&パウダー類のみの限定コスメチャットをのせることになり、そのために年末早い時期までに該当新製品を集め、とっととチャッター5名に送りつけ、年末年始のかなり長い間をかけて、あれこれ試してもらった結果を発表する会だったのです。

その全貌は3月7日発売号でお読みいただくとして、最も話題になったのが「CHICCA(キッカ)」という新ブランドのファンデでした。

実はこのブランドのプレス発表は旧年のかなり早い段階で行われており、この化粧品のクリエイターもアメリカから帰国して、製品の解説や開発背景などを語ってくれたのですが、ブランドコンセプトを最も雄弁に語るのがファンデーションだったのです。こちらのファンデ、使ってみると非常に使い勝手も仕上がりもいい。そして崩れにくい。というわけで私、個人的にはかなり気に入っておりましたが、ターゲットを50代としているため、「若いチャッターさんたちからはどういう感想が出てくるかな」と思っていたところ、私と全く同じ感想で、好評でした

よかったよかった・・と家に戻り、なにげにTV番組表を見ていたら、なんと明日の情熱大陸人がこのキッカのクリエイターであるメイクアップアーティストの吉川康雄さんとなっているじゃーありませんか

あまりのタイムリーっぷりにビックリです

さっそくチャットメンバーにはメールをまわしましたが、みなさまも興味があればぜひご覧になってみて(って私も情熱大陸側でどういう取材をしたか知らないので明日見るわけですが)この時期に放送ってことはこの新ブランド「キッカ」に関する話題が中心かと思われますので話題先取りができると思います。

ファンデのみならずキッカはチークもおもしろいし、ファンデとともに使うホワイトのクリームやアイライン用のブラックシャドウ、ブラシ類も質が高く独自性があって使いやすく考えられています。20代の人や30代の人が使っても全然オッケー。

どうオッケーなのか、またなぜ50代ターゲットに考えたのかは明日の放送で出てくると思うので(恐らくご本人からの説明で)それを待つことにしましょう。

カウンターは春に新宿伊勢丹とうめだ阪急からスタートするようです。
ディオール青ピンクの秘密 [2006年07月22日(土)]
タイガーウッズ@セントアンドリュース(全英オープンゴルフ)での快進撃を見てますと、うーん、例年だと、全英は汗だくだく流して深夜まで見てたものだ・・・と思い出しました。今年はもはや虫の音色が聞こえてきそうな涼風の中のウォッチングですね。およーニュースによればヨーロッパは猛暑なんですって? お年よりが倒れるくらい激しい暑さとか。ご旅行、出張のある方は熱射病にお気をつけて!


東京にいますと、涼しいを通り越して、寒がりの私は相当寒いので、秋物を着そうになっちゃいます。先日香港のグッチでダークブラウンにこまかーい金色のラメラメがついた細糸ニットをセールでゲト(最後の1枚)したのですが(長袖)、これ着ててもちょうどいいくらいです。7月のパリで買ってしまったエルメスのロングスリーブ手袋にはまだ早すぎますけどね(笑)


今年の秋に気になる色といえば、鮮やかなターコイズ色。そしてそれに合わせるのによさそうなのが、このエルメスの手袋もそうなんですが、青系のピンク。ライラックからプリムローズ、フューシャといったカラー。なぜだかわからないのだけど、わたしは気になります。ターコイズブルーのコートに長めライラック色の手袋。ステキな配色でしょー。早く着たいな。いや、これから夏本番でした。早く暑くなってくれないと忘れそうですよ。これから夏だってこと。


さて青ピンクといえば、みなさまご存じ、ディオールやサンローランの80年代一世風靡の青ピンクの丸の内カラー口紅。この色をフューシャ色っていうんですが、フューシャって花の色だって知ってました? 以前にディオール様の生まれたお家の庭の話をしましたが、そこにもちゃーんとフューシャが植えられていました。フランス語名はフクシア。庭師の人にこれフクシアでしょ?といったらウィーといってました。ほうせんかみたいに下向きにつりさがる花です。


で、話はディオール青ピンク口紅。ムッシュが初めてのコレクションを発表したのは1947年だったのですが、トータルルックというものを常に考えていた彼は、服だけでなく香りも一緒に作らねばルックは完成しない、とすぐさま香りをつくり「ミスディオール」となづけました。そしてひきつづき、ルックを完成させるためのものとして作ったのが、口紅だったのです。


当時のディオールの顧客は上流社会のマダームだったので、ドレッサーの飾りにもなるクリスタルのオベリスクに入ったデコラティフな口紅を作ったんですが、さらに、ハンドバッグに入れて持ち運ぶための、ゴールドとシルバーのケース入りの口紅も一緒に出したところが、ムッシュの先見の明があるところ。この最初に作った口紅は去年の夏にディオール生家のミュゼに展示してありました。

残念ながら57年にムッシュは亡くなりますが、その後もメゾンは、オートクチュールを発表するごとに、それに合う化粧を提案しはじめました。68年からは、のちの資生堂インウイで有名になるクリエイター、セルジュ・ルタンスがディオールのメイクアップクリエイターに就任。69年からは口紅だけでなくネイル、アイシャドウなどをひとつのデザインでまとめた、マキヤージュ(フランス語で化粧という意味)のラインを発表したのです。

マキヤージュの白に紺とゴールドがアクセントというデザイン製品には、口紅や4色アイシャドウがあり、私などはめちゃくちゃなつかしいのですが、だってこのデザインは80年半ばまで残っていたのですからねー。当時の大学生や働く婦女子の憧れのまとですよ。

80年代半ばを過ぎると・・・サンククルールが生まれ、そのデザインはブルーにゴールドラインのものに一新されます。時のメイクアップクリエイターはティエンというベトナム人アーティスト。彼こそが青ピンクの傑作 ルージュアレーブルの565 475という不朽の名色を生んだ張本人でした。ティエンはその後、カメラマンとなり、いまでもディオール社にいて、広告ビジュアルの写真をとっていますのよ。


実はセルジュルタンスの時代から、青ピンクコレクションは存在してたんですよ。74年のルックにあるスカーレットマゼンタ1と2。急にティエンの時代に、急にわいて出たのではなく、もともとディオールメイクアップの系譜にあった色なんですね。


それもこれも、以前の庭の話でしたと思うけれど、ムッシュの創造力の源はことごとくお庭の草木や花々だった。だからフクシアの花のある庭から青ピンク色は自然に生まれて出たのですねー。


でもその青ピンクにイリディッセントの怪しい光と輝きを加えたのはティエンです。またいくらティエンが発想したとしても、その色素が技術的にできなければ口紅の色は誕生しなかった。新しい色素と玉虫色パールの開発が裏にあって、565や475は、あの時代に世に生まれてきたのでした。

あの時代ってどの時代かというと、80年代のディオールピンク史をその直前から紹介しますと

★84年 パステルトーンの可愛いピンク 365 575(ともに販売終了)

★85年 ブルーやグリーンのオペラ化粧のような目もとにあわせたのは、ハイビスカス色の766をはじめパステルより強めのピ口紅

★86年春 目元に妖艶なピンクやオレンジの暖色が入った年、口もとには277のパームツリーなどのやはり濃い系のピンク

★86年秋 玉虫色の565 デビリッシュローズ(悪魔のようなローズ)が生まれたのはこのとき。この年プワゾン発売される。

★87年 ルックのテーマ、チベットにあわせたティベ(チベットのフランス語名)という名の色が475フューシャカラーでした。 

バブルを現実に最初から最後まで体験した者として、プワゾンはとても印象的です。当時、クラッシィの美容記事づくりをしていて、お貸し出しなどで六本木をとおる機会が多かったのですが(当時いまのヒルズのけやき坂下のあたりにレブロンとマックスファクターがあったのです)このころ、六本木から地下鉄に乗ろうとすると、下から、甘いプワゾンの風が吹いてきたものでした。わかります? 地下鉄がとおると駅から地上に向かって風が吹くんだけど、その風がプワゾンの甘い匂いなんですよ。うわぁああって感じ。六本木という場所に似合いすぎるというか、ひとつ香りが流行るとみんなその香りをこぞってつけた時代だったというか、この香りとともにバブルが始まっていったというか、なんともなつかしい思い出なのであります。そんな時代にディオールの青ピンクは生まれてきたのですねー
メーク&モード ビューティの時代展 [2006年06月01日(木)]
本日は来週から始まるステキな展覧会の紹介。




女性の時代といわれた70年代

1977年からパリコレに参加し
メークとモードを結び付けてきた
資生堂の
トータルビューティへの試みを
なつかしいメーキャップブランドと

広告ビジュアルと、メーキャップクリエーション、ファッションショーなどの変遷を展示してくれるそうです。

場所は東京 銀座 ハウス オブ シセイドウ
(銀座並木通り 資生堂本社ビル1,2F)

パンフにあるビジュアルは

1977 6人のパリ
1977 マイピュアレディ
1976 ゆれる、まなざし
1977 うれしくて、バラ色
1978 君のひとみは10000ボルト
1978 メロウカラー
1981 ニートカラー

などなど。なつかしいとともに、それぞれのテーマソングまでよみがえります。昔のプロモーションってかならずビジュアルキャラクターとメークパターンと音楽が三位一体で登場するのが楽しみでした。

それが今季のTSUBAKIでは戻ってきたような気がするんです。キャラクターは複数の女優さんがたでピン勝負ではないけれど、スマップの唄うdear Woman という歌が今回の商品の主旨をメッセージで伝え(このプロモーションのために書き下ろされた詞だとか) 最後に落ち着いた女性のナレーションがかぶって全体をシメる。これはまーさーにーかつての「東京 銀座 資生堂」の王道広告だーと昔を知る私はとてもとても感慨深く画面を見つめてしまいました。 そして

資生堂の広告はこうでなくっちゃー

と、ひとり握りこぶし。

今回は私のいちばん好きだった広告=タクティクス「男の香りはスリリングなほうがいい」のシリーズは出てこないようですが、それでも資生堂のメーキャップキャンペーンが黄金時代だった(と思う)上記70年代のビジュアルが中心に見られるなんて、これはめったにない好機ですよ。私はいまとなってはコレクター垂涎の的といえる、資生堂コマーシャル史お宝ビデオを所持しており、ときどき見てますんで、あまりご無沙汰感はありませんが、普通の方の場合、過去の広告ってなかなか目にする機会ないですもんね。誌面で紹介したいと思っても肖像権とかからむもので、なかなか難しいんですよ。

しかもハウス オブ シセイドウですから、毎度のことながら、入館料無料です。6月8日から始まり、9月8日まで3ヶ月あまり続きますんで、銀座にお出向きの際にはちょっと足を伸ばして銀座7丁目までいらしてみてはいかがでしょう


平日 11:00−19:00
日祝 11:00−18:00 
(最終入館はそれぞれ30分前まで)
月曜休

詳しい場所などについてはリンク先のHPをご覧くださいね
フレンチ御三家 クリスチャン・ディオールの巻(1) [2006年04月08日(土)]
名作といわれる化粧品を語るとき、われわれ世代に欠かせないのが、外資系の御三家 つまり、シャネル、ディオール、サンローランの3大フレンチブランドではないでしょうか?

いまの若い人たちは気づいたときには周りがコスメだらけの世の中だったかもしれませんが、70年代80年代を過ごしてきた女性にとって、常に憧れであり、楽しみでもあったのが、このフレンチ御三家の口紅やネイルであり、アイシャドウであり、フレグランスであったのだと思います。

この御三家に共通なのは、フランスのブランドであることと同時に、3人の類い稀なるクチュリエ(自分のメゾンを抱えるファッションデザイナー)本人がスタートさせた化粧品ブランドであること。

まず天才ありき。そしてその天才がファッションを生み出すと同時にファッションから発想を得たカラーをモードの仕上げとして創り上げたのが、これら御三家ブランドの始まりなのです。

そこでこれからしばらくの間、このフレンチ御三家についてを掘り下げてお話していこうと思います。

まずは昨年、1905年生まれだったムッシュ クリスチャン・ディオールの生誕100年のお祭りがフランスで華やかに行われたクリスチャン・ディオールのブランドの成り立ちと名作について、話を始めていきたいと思います。

クリスチャン・ディオール氏の簡単なプロフィール

ノルマンディー グランヴィルの裕福な家庭の次男として1905年1月21日生まれる。

パリで服作りを学び、46年(41歳)でモンテーニュ通り30番地に自身のメゾンを開き、47年の春夏コレクションにでデビュー。このコレクションが「ニュールック」と呼ばれ世界にセンセーションを巻き起こし、一躍時の人に。

49年の秋冬コレクションでは、わずか1週間で1200着ものドレスの注文を受けるなど絶大な人気を博し、50年にかけて、フランス国内にのみならず、イギリス、アメリカ、ロシア、レバノン、インド、オーストラリア、アルゼンチン、日本・・・顧客には、リタ・ヘイワース、エヴァ・ガードナー、ジュリエット・グレコ、ローレン・ハコール、マレーネ・ディートリッヒ、ウィンザー公爵夫人、マーガット王女、ロスチャイルド夫人・・・こうして、戦争の打撃で落ち込んでいたフランスクチュール界を復興させるが、57年、心臓発作のため、旅先のイタリアで客死。

亡くなった旅先は、スパ好き旅好きイタリア好きな方ならご存じのテルメデモンテカティーニという温泉療養地。あまりの激務に過労気味のムッシュを見た友人が少し休みをとるようにすすめ、ムッシュもそれに従って出かけた保養のための旅先での急死でした。

ムッシュが肌身はなさず持っていた小さな手帳は、57年10月 depart en Italie イタリアへ出発 という書き込みで確かに終わっています。

葬儀は10月29日、パリ16区の教会で行われました。棺の中でなきがらに寄り添ったのは季節はずれのスズランの小さな白い花たちでした。

そう。ムッシュが愛していつも持ち歩いていたお守りのひとつがスズランの花。

5月になるとグランヴィルの生家の庭のある場所に咲いたスズランの花は、ディオールにとって幸運と成功をもたらすラッキーチャームだったのです。47年、初のコレクション発表時にも、ボタンホールにスズランの花を挿して舞台に登場したのだとか。

もちろんドレスやミュールのデザインのモチーフとしても、数多くスズランを使っていますが、5月のわずか2週間しか花をつけないというデリケートな花、スズランの香りをなんとかいつでも手の届くところにおきたい、という願いから作られたのが、スズランの花の香りを人工的に化学的に再現することに世界ではじめて成功した「ディオリシモ」だったのです。


ディオリシモというのはディオールという名前を最上級活用させたもの。すなわち

最もディオールらしいもの


という名前なんですね。ディオリシモの完成は1956年。ディオールが亡くなるわずか1年前でした。みなさんの中でも多くの人がこの香りを知っていると思いますが、こんなに長い間、愛されてきた香りなんですよ。すばらしいベストセラーのひとつです。

あの故ダイアナさんも愛用なさっていたという香り。少女のころの無垢な心、大人の世界にちょっぴり背伸びして入ったような優越感、清楚で、可憐で、もろくはかなくこわれやすいスズランの香りをそのまま象徴するようなイメージの香りです。

技術の革新でいまは真冬だろうと真夏だろうと、温室栽培のスズランがコネクションとお金さえあればいつでも手に入ります。けれど、スズランのほのかな芳香は、温室栽培の花からは香らないのです。元来スズランはとても難しい花で、直射日光があたっても風が強くてもダメ。かといって日が当たらなければダメ。広い広いディオール家の庭の中でもスズランが育つのはある一ヶ所だけだと庭師の方が教えてくれました。そうして大事に大事に育てられてはじめて、1年の2週間だけかすかな香りを放つのがスズランという花なのです。

フランスでは5月1日にスズランをお母さんにプレゼントする習慣がありますので、5月にフランスにいくと花やさんいっぱいにスズランが飾られているのにでくわします。フランス語でスズランはミュゲ。私は母の日にスズランをプレゼントするとばかり思い込んでいたのだけど、5月1日にスズランをプレゼントされると幸せになれる、っていういいつたえがあるんだって。だからみんな大事な恋人や友達や家族にすずらんを買うそうです。そしてこの日は誰でもスズランを売っていいことになってるから街で子供がブーケを売ってるって光景もアリなんだ。一方でメーデー(労働者の日 フランスでは労働者パワーが強いからみんなストして闘うなんか野戦的な日のイメージがあるけど)一方でスズランの日。フランスの2つの面がよく出ている日なんですね。

ともあれ、スズランのほのかな香りを化学的に作り出すことは当時の技術ではたいそう難しいことだったらしいです。成功したとき、ムッシュはどんなに喜んだでしょうね。そうして大切にいつも持ち歩いていたに違いありません。

今度ディオリシモの香りを嗅ぐどきはぜひ、そんなことを思い出しながら、試してみてください。


ディオリシモのボトルを包む
ピンクとグレーの箱の色は、
グランヴィルの
ディオール家の外壁の色。

ムッシュのクリエーションの源はいつもこの生家と生家の庭にあったのです。そういえば有名なムッシュのドレスに「5月」ってタイトルのものがある(メトロポリタン美術館所蔵)。ムッシュはスズランの花が咲き、スズラン祭りのある5月が大好きだったんですね。
私的美の殿堂入りコスメ [2006年03月10日(金)]
どんな世界にも世に語り継がれる名作があるように美容の世界にも不朽の名作、名ブランドというものが存在します。広く世に知られているもの、実はあまり知られていないものなどさまざま。

そこでこのコーナーでは、美容界の常識アイテムからマニア垂涎のアイテム、あまり語られることのなかったブランド秘話などを少しずつアップしていきたいと思っています。新製品カタログが増えてしまった雑誌のページでは読むことのできない、化粧品の奥深さ、製品にかけるクリエイターの意気込みなど、華やかに見える美容という舞台を支える縁の下の力持ち的な人たちの願いや思い入れまでが伝わるといいなと思っています。次回アップから具体的にスタートします

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