テクマクマヤコンフルスロットル
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95,96年になにがあったか [2008年10月09日(木)]
さて、話を元に戻します。

95,96年の美容界にいったい何が起こったか!!

それはメイク革命

私がつかんでいる当時の情報から正確に分析すると、92年ごろまでは、ニッポン女子のメイクはそれまでと同じ、新色を目の上や唇に塗ってみせる昭和化粧でよかったのです。昭和化粧はパウダーファンデのマットな白肌に、濃い系の口紅を塗り、それにあわせた新色シャドウをまぶたに漠然と塗る。これが基本でした。

濃い系の口紅はそれだけでかなり顔の中で主張しますから、当時のメイクはまず、口紅ありき。口紅の色を中心に、どうしたらその口紅が最も映えるかというバランスでシャドウを塗っていたので、今見ると、シャドウを塗っていながらも、アイラインもマスカラも使っていたはずなのに、目元の印象が非常に弱い。

弱いといえば上品ですが、正直、なんとなく間が抜けてるんですね。ぼやけてるといいますか。それで印象が弱いのです。そのぶん目周りでは眉が太くて、かろうじて強い口元とのバランスをとっていたと思われます。

当時の女子にアンケートをとって「無人島にひとつしか化粧品を持っていかれないとしたら何を持ちますか?」って聞くと、100%が口紅という回答でした。

「これがアメリカ人になると全員マスカラなんだって! へーえ 不思議」

なーんて当時いってたものでしたが。今でしたら若い人は100%マスカラって答えるんでしょうか? 私は今だったら眉ペンシルかな。

余談が入りましたが・・・

ところがそこで93年ごろから、スーパーモデルブームとともにベージュ口紅化粧が伝えられます。これこそがメイク革命の引き金となったもの。スーパーモデルの彫深の顔には自然の凹凸がついてるから、色味のないベージュ口紅をつけてもカッコよく決まるけど、これをそのままニッポン女子が真似るとどうなるか。

当時おじさんたちに指摘されたように「今日はどうした?機嫌が悪いのか?」

ええ、余計なお世話で、最先端モードは常に理解されないものですけど、今にして思えばこれは核心ついてます。口紅をベージュにかえただけでは、日本人のフラットな顔では、めっちゃ不健康かつ不機嫌、ついでに、バブル崩壊で今みたいな株安・土地安の不安定なご時世を反映した不景気顔になるだけだったんですね。

そこでメイクの常識を1から、いや0にご破算で願いまして、全く違う観点から顔作りの勉強をする必要があったのでした。その混乱期が93年94年。奇しくも自民党が初めて野党に落ち、細川連立内閣ができるも、「やーめた」といって辞任。政局が混乱を極めていた時期と不思議に重なっていたのです。


(つづく)

リゾートならではのスパ [2008年10月07日(火)]
スパのトリートメントルームからも、英虞湾がよく見えます。

「昨日はここから素晴らしい夕焼けが見えたんですよ」とセラピストさんが教えてくれました。どうやらベイスイートはどこでも英虞湾に沈む夕日が見れるみたい。



上の写真はスパ内のトリートメントルームですが、実はこのベイスイート館の特別な宿泊ルームの中には、自室に専用のトリートメントベッドが置かれていて、何とお部屋でスパの施術(水関係のものは除く)を受けることができる部屋もあるんですよ。

これはいま、海外では次第にトレンドとなってきていて、タイのハイアット系ホテルの中にちらほら見られる傾向なんですが、実際、トリートメント受けた後は「このまま寝てしまいたいー」と思うときがありますよね。

リゾートホテルならではの、お部屋でスパ。スパ上級者にも、スパ初心者にも、嬉しいと思います。

eau SPA by Clarins [2008年10月07日(火)]
さて今回志摩観光ホテルのベイスイートに行ったわけは、ここにクラランスのスパができたからなのです。



スパも10月10日のオープンです。eauとは水という意味。海に囲まれた環境にあるだけに、ジェットバスやヴィシーシャワーなど水にまつわるトリートメントの充実をめざしたそうです。とくにヴィシーシャワーとともにクラランスのボディケアを受けることができる施術は、このスパが初お目見え。

ベイスイート [2008年10月05日(日)]
賢島まで行ったのは志摩観光ホテルに新しく完成したベイスイートを拝見するためでした。由緒ある、あの「華麗なる一族」の出だしに登場する志摩観光ホテルから少し離れた丘に、全50室スイートルーム。最低でも約100平米から、という広々とした作りになっています。

リビングや浴室からは海に沈む夕日も眺められるとのこと(訪問した日は残念ながら夕焼けしませんでしたが)



ほんとうに悠然たる内装の作りで、開放感があります。

朝ご飯は浜木綿(はまゆう)という和食レストランにて。やさしい味で朝からめちゃ豪華です。これにご飯とお味噌汁、お魚のひらきがつきました。

10月10日にオープンするということです。

大楠木 [2008年10月04日(土)]


境内にある大きな楠木(くすのき)です。巾着のような形になってます。ここへは特急のとまる志摩磯部という駅からも行かれるそうで、そのほうが駅前に車がいるから、普通の人には便利かも。

でもでも、地元の人たちの生活を支えているローカル線が好きな「鉄子」なら、迷わず無人駅「上之郷駅」を各駅停車でめざしてくださいね。

こんなところにお伊勢さん [2008年10月04日(土)]


今回の旅の目的ではないんですが、賢島からの帰り道の沿線に、以前、お伊勢さんにいったときに存在を知った、少し離れているところにある別宮「伊雑宮(いざわのみや)」への最寄り駅があるのを発見!

これも何かのお導きー(^.^) と途中下車してお参りしてきました。

最寄りの駅は、のどかな無人駅で、止まるのはワンマン運転の2両連結の各駅停車。でも、車内放送でわかったのですが、無人駅では先頭車両のいちばん前のドアしか開きません。なのでえっこらえっこら、2両目の車両から前に移動で待機です。

各駅が去り、1人取り残されたホームから数段の階段を下り、メイン道路に出てからほんの数分。曲がる場所は、大きな矢印と標識が出ていたのですぐわかりました。



お宮の直前に黄金色に稲穂が色づいた美しい田んぼが! この宮の料田で、毎年6月に行われる御田植式(おたうえしき)は国の重要無形民俗文化財だそうですよ。お宮には稲刈り中のおじさんもお参りにきていました。このお宮さんには天照大御神の御魂がまつられています。

真珠の生まれる現場を上から見晴らす [2008年10月04日(土)]
ここは賢島(かしこじま)

真珠筏が並ぶ、英虞湾(あごわん)の眺めです。

昨日は曇りがちだったんですが今朝はよいお天気。秋晴れになりました。志摩観光ホテルの屋上からの眺めです。

今日はなんの日? 日本武道館開館1964年 東西ドイツ統一1990年・・・ [2008年10月03日(金)]
って新幹線内のテロップニュースに出てました(^0_0^)ほほー

はい、ただいま西へ移動中です! さて、ちょっと間があいてしまいました。。。バブル前から92年ごろまでのメイク、それは季節ごとに提案される新色を塗る=「私もこの色塗ってますわー♪」と見せることで、流行についていってるということを示すものでした。


つまり大事なのはイケてる色を手に入れること。そしてそれが見えるように目の上に塗ること。しかし一方、であるがゆえに、それはメイクを塗り絵=つまり面でしか考えていない時代でもあったのです!

95年、96年、なにしてました? [2008年09月29日(月)]
昨日の話題に関連して、なぜ40代は、今ふうのメイクにシフトできてないか、ということを考えてみたいと思います。

その大きな要因は、90年代半ばに、革命的ともいえる、メイクの転換期があったという事実を抜きにしては語れなさそうです。

95,96年といえば、アムラー&コギャル時代。バブル崩壊後の世の中の試行錯誤を経て、94年ごろから新しい時代が動き始めたんじゃないかなーという気配が、はっきりとした実感となってきたころ。

美容界もAHAの角質ケアが入ってきたり、スヴェルトの上陸に長蛇の列ができたり、SKー2の広告に初めて桃井かおりさんが登場したり、CKoneで香りがユニセックスになったり、ヘレナのフォースCといういままでにない最強のスキンケアが発売されたり、

また、このころからインターネットが普及しばじめて、各種HPができてネットサーフィン族やニフティへの書き込みが始まりましたよね。


音楽でいうと、trfや安室ちゃん、globe、ともちゃん、いわゆる小室ファミリー全盛期ですね。アメリカではクリントン政権が誕生しました。


メイク史的にいいますと、この94年から始まって95,96年で結実した新しい流れ。これがそれまでのメイクの常識をくつがえし、その後、今に至る新しい顔作りの基礎となったと思われるわけです。

すなわち、この時代に、この新しいメイクについていかなかった場合には、それ以前の顔のままストップしてる可能性があるわけで。

それ以前のメイクというのは、目の上に新色といわれる色を季節ごとに塗り替え、でも、メイクの最重要アイテムは、やっぱり口紅でしょ、というメイクです。

新色を見せる

ここがポイントですね。何のデザイン性も、理論もなく、新色を手に入れたら目の上に塗る。でも主役は口紅だから、その季節ごとの色も口紅との組み合わせで提案される色使い。ついでに言うとネイルも口紅とお揃いの色でした。要は、目と口とツメに季節の色をのせること。これが80年代までのメイクでした。


だからこの大事な転換期であった95,96年に、メイクに熱中してたか、全く関わりをもたなかったかで、今のメイクテクがまるで違うのです。

これはいま、来年で20周年を迎える(はやっ!)クレアの特集のために、過去20年のヘアメイク史を、もういちど掘り起こすという作業をしているあいだに気づいたことなんですよ。そっかー、ここがターニングポイントだったんだーって。

(つづく)

浮遊プーじゃなくて、富裕プー [2008年09月28日(日)]
リーマンに端を発した外資金融機関の危機が語られてますが、当事者のなかには、この危機直前に退職や、独立しちゃった女子がいて、将来的にはもちろんまた職場復帰するでしょうけど、いまこの瞬間はプー、プーはプーでも

富裕プー 



構成メンバーは、だいたいにおいて、バブル時代に出現した高学歴バブル入社組の女子部で、当時、エリートがみんな就職先に選んだ外資金融でのキャリアを積んで、いいポジションにのぼりあげてた人たち。


同じ富裕層でも、親からの代の一家の財産を守っていく系の層は、家屋や車はスゴいですが、日常の経費はあまりかけないんですね。知り合いにも代々の名家のご出身のマダムがいますが、トイレットペーパーは値段比較の上で最安の場所で買いだめ派。カードもゴールドカードの年経費なんてムダ以外の何でもないと普通のカードをお持ちです。

聞くところによると、天下のロスチャイルド様も同じ理由で普通カードだとか。


これに対して自分で自分の財を築いた富裕プーは、見てますと、ホテルをはじめとする旅、ゴハン、身にまとうブランド物に迷うことなくお金つかいますね。

プーでなく、起業して社長としてバリバリやってる女子たちもいて、同じような消費傾向。彼女たちが新しい富裕層の一角を間違いなく形成してると思うんですが、

彼女たち、なぜか美容に弱いの。なぜだろう。もちろんきれいにしてるし、いちおうの流行りのコスメはつかんでるんだけど、基本的な美容に関する知識が意外と抜けてたりする。

90年代、日本が不景気で停滞してたときに、アメリカ系金融はクリントンバブルで景気爆発。いそがしい日々を送ってたからですかね。この時代にメイクはアーティストが主体となって、新色を塗るだけの時代から、顔をデザインして立体に見せるテクが確立されたから、そこを学んでないといまのメイクにシフトできないってことでしょうか。


ちょうどこの世代がアラフォーからジャスフォー(around40 から just40)になろうとしてるんです。素材としてきれいな顔立ちの人が多いのに、なんだかメイクが素材としていい顔を生かし切れてない、あるいは、ちぐはぐな若作りに走ってる残念な例が目立つ世代。

今後はこの世代にしっかりした美容知識を学んで、自分に合うスキンケアを選び取る目をやしない、新時代の40代らしいカッコいいメイクをマスターしてほしいと思うんです。元々頭のキレる人たちだから(1を言えば10がわかる的な)、少しだけ基本をつかめば、格段に美容偏差値が上がるのになぁ

・・・とちょい上世代の私は思うのでした。いえ、思ってるだけじゃなく、最近はこの世代に向けて、役立つ美容情報を発信するよう努めてます。まずは身近にいるこの世代をつかまえて、変な買い物(コスメ+服)してたら厳しく注意し、個別メイクレッスンをすることから始めてるのです
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